WAR LIFE -ウォーライフ-
明日海あき
第1章
第1話:追憶の黙示録
森はまことに美しく、暗く深い。
だがわたしにはまだ、果たすべき約束があり、
眠る前に、何マイルもの道のりがある。
眠る前に、何マイルもの道のりがある。
――『雪の夜、森のそばに足を止めて』
ロバート・フロスト
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物語には明確な始まりもなければ終わりもない。
果てしない時間
というわけで、俺がこの物語の始まりに選んだ場所は地下深くに設置された取調室で、大きな鏡が一枚――それはもちろんマジックミラーだ――無機質なコンクリートの壁に取り付けられているだけの殺風景な場所だった。
室内の中央にはスチール製の机とパイプ椅子がぽんと置かれているだけで、あとは何もない。そして天井の蛍光灯のか弱い光とシーリングファンの回る微弱なモーター音が、その部屋の寂しさをより一層引き立てていた。
俺はといえば、糸の切れたマリオネットのように惨めったらしく椅子に拘束されている始末だ。
鏡には呪詛をはらんだ俺の目が映っている。背中に回された両手には既に感覚がない。絶望がゆるやかに侵食していく。そいつは、口に広がる錆臭い血の味にどこか似ていた。
不意にブザー音が響き渡り、背後の扉が開いた。それからゆっくりした規則正しい足音が近づいて来るのが聞こえ、その音は俺の真後ろで止まった。すると、急に俺の両手は自由になった。
振り返るとそこにはダークスーツに身を包んだ男が。
「気分は?」男は淡泊にいった。
「あんたは誰だ?CIAか?」
「そんなことはどうでもいい」
要するに俺は質問する立場じゃないということだろう。男は書類の束と俺の手首から外されたばかりの手錠を無造作に机の上に置き、反対側の椅子に腰を降ろした。
そいつは中肉中背の四十代半ばくらいの男で、整髪料の塗られた七三分けの髪型と首元でしっかり結ばれたネクタイが、いかにも神経質そうな役人という雰囲気を醸し出している。
男は手元の資料に目を落とした。「アレックス・コール少佐。認識番号七一七八四一二。特殊部隊ブラックセル、ブラボー小隊隊長」
どうやら自己紹介の必要はなさそうだった。
「イラン、グアテマラ、コロンビア、クロアチア……戦歴も大したものだ」
「あんたの望みに沿う気はない」
「どうかなコール少佐。君はまだ自分の置かれた状況が分かっていないようだ」男は溜息交じりに言った。
「48時間前、国土安全保障省から一人の男を命令違反で拘束したとの連絡が入った。しかしその男が言うには、ロシアの脅威に関する情報を持っていると。で、こうなった。思い出したかね?」男はニヤリと笑った。人懐っこく振る舞って見せているが、奴の目は笑っちゃいない。
「尻拭いをしてやろう。君の協力が有ればだが?断れば、この事件は公になる。君は罪に問われるんだ。除隊となり、残りの人生は刑務所で惨めに過ごす事となる。グアンタナモの悪評なら、君も耳にしたことがあるだろう?」
沈黙。
鉛のような静寂が俺を押しつぶす。まるで懐に
しかし臨んだ回答が返ってこないと悟った取調官の男は肩をすくめると、手元の資料を片付け始めた。「どうやらそれも仕方ないようだな」
あと数秒のうちに決めろ。俺は自分自身に言い聞かせた。いつまでも「暴力脱獄」のポール・ニューマンを気取って、この肥溜めのような場所に留まり続けるのか。
それとも――。
「待ってくれ」俺は立ち上がりかけた男を呼び止める。「何をすればいい?」
取調官はまたあの胸糞悪い微笑を浮かべると、椅子に座り直した。そして懐からタバコの箱を取り出すと、こちらの手元に投げてよこした。それは俺の好みの銘柄だった。
奴は本当に俺のことをよく調べ上げたようだ。
*
マッチが耳障りな音を立て、男の手元でパッと明るく燃え上がる。男は
肺が安っぽい毒に満たされていく。タバコは俺の頭を激しく燃やす燃料だ。
だがタバコをゆっくり味わう時間までは用意されていないらしい。取調官はおもむろに話を切り出した。
「安らかな境地について知ってることを教えてくれ」
俺は天井に煙を吐きながら、「武器売買で大規模な取引を行っている組織だ。主に
そこで一度言葉を切ったが、奴は黙っていた。話を続けろという意味だ。
「CIAは安らかな境地を排除したいと考えたんだ。そこでブラックセルに協力要請が降りた。非公式な暗殺任務なら俺たちの
「だが、
「知る由もなかった」頭の中で鳴りやんだはずの銃声が再び鳴り響く。
「君は彼を抹殺するため、いくつかの極秘作戦に参加した。その経緯と内容を話してくれるかね?」
取調官のざらついた声が俺を過去へと誘う。
くそっ。
どうしても過去に戻らなければならないのか。
答えを見つけるためには、1か月前に戻らなければならない。混乱が支配する、正義なきあの戦場へ。
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