幕間 打ち上げとその後

《イリス視点》


「――それじゃあ、無事作戦を終えられたことを祝して~、かんぱーい!」


「「乾杯!!」」


 音頭を取るカイレンに合わせて、なみなみと酒が注がれたジョッキを掲げ合った。

 皆、それらをすぐさま傾けると幸せそうな表情を見せ合った。


「さぁ、今日は私の奢りだからじゃんじゃか頼みなさい!」


「よっ、さすがは世界一の女!飲みっぷりも世界一!」


 ゲテルがそう言うように、カイレンは既に注がれた酒を全て飲み切っていた。


「カイレン、いくらお前が酒に強いからとはいえ飲み過ぎるなよ?」


「大丈夫だってエディ。いざとなったら回復魔法をかけてくれるんでしょ?」


「そうだけれども......」


 そういえば、昨日も酔っ払って机にかじりつきだしたゲテルを回復魔法で強制的に素面にさせたのだっけ。正直言って、喉から手が出るほど羨ましい魔法だった。何故なら酔いつぶれることがないから。


「いやぁ、あの魔法はやばいぜ。楽しかった気分が一瞬でしゅんと萎えるみたいな気味の悪い感覚がするんだ」


「それじゃあ、今日もそうならないよう途中で水を挟みながら飲むんだな。わかったか?」


「......お、おう。バーゼン、だからそんな不気味な笑顔で見るなよ。なぁ、ははは......」


 すると私たちが囲む円形のテーブルに次々と料理が運ばれてきた。

 さすが魔物の巣窟である地域が近いだけあって肉料理が多かった。だが大勢の商人の往来が見えたことから野菜もかなり流通しているらしく、野菜もふんだんに使われていた。


「すげぇうまそうだなぁ!これなんて名前なんだろう?」


「さぁ、メニューには炒め物としか書かれていなかったからな」


「まぁいいや。どれどれ......んっ、おい、これ食べてみろよ!きっとお前が好きな味だぜ」


「本当か?......ん、美味しいな。スパイシーな味付けが癖になりそうだ」


 ゲテルとバーゼンはまるで夫婦のような仲良しさを感じてしまうのは気のせいかしら。まぁ、男同士の友情には少しあこがれることもあるけど。


「ねぇ、イリスちゃん」


「ん?これは」


「遠慮しないで食べてね。あ、もしかして苦手なものがあった?」


「いや、そんなことはないわ。ただ、皆楽しそうでよかったなって思っていただけ」


 カイレンから料理を盛り付けられた小皿を受け取って口にしてみる。


 ――あら、意外とくどくない味付けね


「美味しい......」


「そう?へへ、よかった」


 本当に、今回の出張はカイレンのおかげで楽しいものになった。

 人見知りな自覚はある。けどそれをすぐに改善できるかと言われれば無理な話だ。私が私でないみたいで気味の悪い感覚になってしまう。

 でもそんな私をカイレンは気にかけてくれた。さすが魔願帝、人格者だけあってとても年下とは思えない優しさがあった。


 ――そんなこんなで楽しい打ち上げ会は進んでいった。


――――――


「なぁ、イリス。そろそろ回復魔法をかけてあげようか?」


「ん?いらないわ。だってまだ私、飲めるもの」


「そ、そうか。それならいいんだが」


 先ほどからエディがしつこくそう言ってくる。


「そ、それにしてもカイレンちゃんもすごいが、イリスちゃんもすごい飲みっぷりだなぁ」


「そうかしら?まぁ、そう言うゲテルは大したことないわね」


「えっ、あぁ、いやぁだって俺、さっきからずーっとバーゼンに気味の悪い笑顔を向けられているし......あははは」


 酒は他人に舵を取らせて飲むものじゃない。自分の欲求のまま飲むものだ。それがわからないとは、ゲテルは馬鹿ね。


「はぁ。もうすぐお別れだなんて寂しいわ私。カイレンちゃん、このまま私を連れてって」


「おお、イリスちゃんって酔っ払うと大胆になるんだね」


「へへ、カイレンちゃんのお腹あったかい......」


 そのままカイレンに頭を撫でられた。この感覚、子供の頃母親にしてもらった振りだ。心地いい。


「はぁ、みんなともっと話したかったわ......」


「みんな!イリスちゃんはもっとみんなと話したかったって言ってるよ!」


 カイレンは私のつぶやきを間髪入れずに大声で周知させてしまった。


「そうだったのか?すまないな、俺は人との距離を詰めるのが苦手でな」


「いいのよ、バーゼン。あなたはいい人だわ。あなたはいつも私たちのために考えていてくれたわ。ゲテルと違って」


「えっ!?どうして急に俺?」


「とは言ってもゲテル。あなたが騒がしくしてくれたおかげで退屈じゃなかったわ。ありがと」


「お、おう。急に落としてから上げてくるなぁ。へへ、でもよかったぜ。うるさいことが俺の唯一の取柄だからな」


 本当に、皆優しい人たちばかりだ。昔は『錬願』を使いこなせず苛まれることもあったけど、今ではそんなことなかった。この協会の人は何だかんだ言っていい人たちばかりだ。


「えへへ、幸せだわ」


「よかった、イリスちゃんがそう言ってくれて」


 私の最後の記憶はカイレンのその言葉で終わっていた。


 ――その後、気づいた時にはカイレンの隣で寝ていた。驚きのあまり飛び上がると、椅子に座りながら寝ていたエディが起きて声を掛けてくれた。

 ベッドはシングル二つが隣同士に寄せ合っていたため、エディは遠慮して椅子で寝ていたらしい。なんだか二人の時間を割いてしまったようで申し訳なかったが、エディはもう朝かと言って散歩に出かけてしまった。


「ふふっ、変な人」


 ありがたくベッドを使うことにした。

 カイレンの体温はとても暖かく、毛布の中はとても心地よかった。





――――――





《ゲテル視点》


「ん......あぁ?ここは......」


 目を覚ますと真っ先に見覚えのある天井がお出迎え。


 ――いてて、変な格好で寝てたな


 節々が軋むように痛かった。体が半分ベッドから落ちかけていた。そのせいで長時間関節が曲がらない方向に力がかかってしまっていた。

 治癒力を高めるために願力を体内に巡らす。すると痛みは今までなかったかのように消えていった。


「あれ、確かさっきまでみんなと飲んでいたはず......ありゃ、もうこんな時間か」


 宿の部屋にたてかけられていた時計は十一時あたりを指していた。


 ――ちと、飲みすぎちまったか


 だがいつものことだからか、これ以上特に何も思うことはなかった。


「はぁ、帰り支度でも済ませるか」


 出張に行けば一時的に任務を免除されると言われて快く引き受けたものの、なかなかに大変なものだった。俺は特に何もしていないが。

 水龍の存在の痕跡をバーゼンが見つけたと言ったときは生きた心地がしなかった。が、さすがはグラシアを鎮めた英雄様たちだ。エディは腕を切られたみたいだが見せてもらうと縫い目一つなくくっついていた。


「......ん?なんだ、起きていたのか」


「今起きたんだ」


 扉が開くと身なりを整えたバーゼンが紙袋に何かを詰めて出てきた。


「なんか買ってきたのか?」


「あぁ。妻へのお土産だ」


「......そっか。はぁ、いいなぁ奥さんがいて」


「予定よりも早く帰れそうでよかった」


 心底幸せそうな顔をしやがって。まぁ、不幸な顔される何倍もましなのだが。


「そんじゃあ、早く身支度を済ませないとだな」


「ああ。ん、そうだ、馬車は昼過ぎに出る。その前に一度エディとカイレンに挨拶をしに行かないか?」


「賛成。あーあ、お前ら揃いも揃って相手がいていいな」


「そのひねくれた性格をどうにかすれば、お前は別に悪くないとは思うがな。まぁ、その性格が良くなるとお前らしくなくなるけどな」


 失礼なことを言っちゃってさ。俺は自分の自由意思を尊重してるってだけなのに。


「余計なお世話だな。まぁ、準備するから少し待ってろ」


「あぁ、いつになく寝癖が爆発してるから三十分後かな」


「そんなかからんわ」


 何だかんだ言って俺も今年で二十七歳になる。実家に顔を出す度に子供は――孫は――と催促するような諦められているようなことを言われ始めてるのが癪だ。


 ――はぁ、どこかにいい出会いがないかなぁ


 そう思って鏡の前に立った。するとそこに映るのはどうしようもないくらいぼさぼさで冴えない間抜け面の男だった。


「ふっ、ははっ!おい見てみろバーゼン」


「さっき見た」


「これ過去最高じゃねぇか?ははっ!」


 それはもう櫛だけではどうにもならなそうなほど派手についた寝癖だった。すべての毛が逆立っているような、爆発しているような。


「先に行ってろバーゼン。こりゃ三十分コースだ」


「いいや、俺はここで報告書の作成を少しでも進めることにする」


「げっ、そういえば忘れてた......」


 バーゼンは目をくれることなく机の上に報告書を広げすらすらとペンで記入していた。

 出張の報告書は面倒くさいんだ。事細かに行動記録を付けなくちゃならない。

 振り返るように、この作戦のことを思い出してみた。


 ――それにしても、エディのやつは......


 ふと、疑問が浮かんだ。


 ――何故エディは魔力を吸収する魔法の近くにいながら、その魔法を維持することができるのか。


 魔法は本来体内のみで起きる願力の特異現象を体外にも発現させることだ。だから魔願変換ができなくなる以上魔法を維持することはできないはず。


「......」


 ――まぁ、気にしたところで無駄か。何せ『見願』は俺たちと体の作りが違うもんな


 納得のいく結論が出た。そもそも水を創り出したり他人を回復できる時点でおかしいのだ。このこともきっとその範疇なのだろう。


「バーゼン、俺のも書いてくれないか?」


「文書の不正は犯罪だぞ?俺を犯罪者に仕立て上げるな」


「ちぇっ、お前が入りたての頃はいろいろと教えてやったのに」


「教えてくれたのは補助職員だ。俺の記憶だとお前は先輩面してただけだろ」


 生意気に成長しやがって。昔はもう少し俺に対して敬意をもって接してくれていたというのに、今ではいっちょ前に昇級して俺と同じ上級戦闘員だ。


 ――そんなこんなでバーゼンに話しかけ続けて少しでも手の動くスピードが遅くなるようにしていたが、俺が身支度を整えるころには書面のほとんどがびっしりと文字で埋められていた。ちくしょう、できる男を見せつけやがって。


「ほら行くぞバーゼン。早くしろ」


「......俺は今までずっとお前を待っていたのだが?」


「今は俺が先に部屋を出ているんだ。座ってないでさっさとしろ」


「はいはい、わかったさ」


 こうして俺たちは宿を後にしてエディとカイレンの宿へと向かっていった。





――――――





《バーゼン視点》


 昼まで起きないと思っていたゲテルが意外にも早く起きたので、ここを発つ前にエディとカイレンに挨拶をしに行くことに決めた。


「確か場所は......ここだな」


 昨日酔いつぶれたイリスを抱えたカイレン、そしてエディがこの宿に入っていくのを見た。


「あれ、宿の場所を教えられていたのか?」


「はぁ。お前は昨日結局酔いつぶれてたからわからないだろうな」


「ん?どういうことだ?」


 そんなゲテルを一人置いて宿の中へと入っていった。


「――それじゃあまたいつか会った時に」


「うん!楽しみに待ってるね」


「じゃあな、イリス」


 すると広めの受付広間にはエディとカイレン、そしてイリスの姿が見えた。

 事前に示し合わせていたわけではないが、偶然にもイリスがこの宿を発つ前に顔を出すことができた。


「おっ、丁度いいじゃねぇか」


「そうだな」


 すると三人は俺たちの声が聞こえたのか、こちらを振り返った。


「あれ、バーゼンとゲテルだ」


「本当だ。なんだかまた再集結したな」


「偶然ってあるものなのね。でも、丁度いいわね」


 第一次グラシア開拓作戦第一部隊魔願術師組の再集結だ。

 少しの間だけだったが、俺たちの距離は日を追うごとに縮まっていった。


「ここを発つ前に少し顔を出そうと思って来たんだ」


「そういうことー。でもイリスちゃんも一緒でよかった。これでみんなといっせーのでお別れできる」


「そうだな。――皆のおかげでこの数日間、僕は本当に楽しかった。別れと言うと少し寂しい気もするけど、いつかまた暇ができればここに来てくれ。多分、来るたびにこの場所はどんどん変わっていくはずだ」


「私も、とっても楽しかったよ。いつかみんなのところにも行くから、その時は一緒にご飯でも食べよう!」


 エディとカイレンは暖かな眼差しでそう述べた。


「そうだな。ここからミリカナ帝国の首都まではそう遠くない。それにノレアス王国も、ミリカナ帝国を越えればすぐだ」


「じゃあ明日にでも行こうかな~。なんてね」


「カイレンちゃん、それじゃあ別れの言葉が台無しになっちまうぜ」


「えへへへ」


 愉快な声が響き渡った。本当に、今まで何人との出会いと別れを繰り返してきたがこうも別れが寂しいのは初めてだ。きっと、それだけこの出張が充実したものだったからなのだろう。


「さて、宿の外まで見送るよ」


「そうだな。出発まで時間はあまりないからな行かなくては」


 そう言って俺たちは宿の外へと向かっていった。


「――それじゃあ、元気でな」


「二人とも、幸せに暮らしやがれよ!」


「じゃあね、二人とも」


「ああ。皆も、元気でな」


「じゃあねー!」


 エディとカイレンは手を振っていた。その姿を背に、俺たちは馬車の発着場へと歩き始めた。

 別れ際はあっさりとしていたが、逆にこれくらいの方が名残惜しくなくていい。いずれ俺たちはまた会えるのだから。


「もしかして、イリスちゃんの馬車って俺たちと一緒か?」


「そうかもしれないわね。ふふっ、よかった。これなら少しは退屈しなさそうね」


「おおっ、まさかあの物静かでツンツンしていたイリスちゃんとここまで仲良くなれるとは......」


「ゲテル、その言葉は失礼にあたるぞ?」


「そうよ。まったく、少しはバーゼンを見習ったらどう?」


「えっ?あはは、すまねぇすまねぇ。悪気はないんだ。へへへ」




 ――こんな調子の会話は馬車がグラシアを発っても続き、気づけばあっという間にミリカナ帝国に到着していた。

 先に一人下りた俺は荷物と紙袋を手に、わが家へと向かっていた。


 ――さて、きっとファーナは驚いてくれるはず


 妻の待つ家は、ここからそう遠くはなかった。

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