第50話 第一次グラシア開拓作戦 7
――第一次グラシア開拓作戦四日目、天候は晴天。だが今日は風が少し強く吹いていた。
昨日よりもゆっくりな朝。大規模な殲滅作戦がないためか、今日は午前九時前まで寝ている者もいた。
「――今日は昨日の夕食の時に決めたように、作戦範囲内全域をくまなく探索するつもりだ。これまでで一番気の楽であることに変わりはないが、油断することのないように。まぁ、まさか水龍ほどの脅威が眠っているとは思いたくもないが」
「ははっ、そうだな、お前の言う通りだ。だがもしもの時はカイレンちゃんとエディがいるんだ。俺らが出るまでもなくすべて片付いちまうさ」
「はぁ、ゲテル。さっきの言葉は全てお前に対して言ったようなものだぞ?肝に銘じておくように」
「へいへいバーゼンさん」
バーゼンとゲテルのやり取りを聞くと、集まった第一部隊の面々はそれぞれ必要なものを準備しだした。
「とりあえず第二部隊と別動隊で北部と西部を、俺ら第一部隊が東部を探索することにしてある。特にそれ以外の細かな指示は考えていないから、各自休息も兼ねて気ままに探索してきてくれ」
「「了解」」
一同はバーゼンの言葉に返事をした。
カイレンはいつの間にか現場指揮権をバーゼンに譲って気楽そうにしていた。
こういったことは年長者に任せておくのが最善だろう。いくら世界最強の実力を持つからと言ってもカイレンはまだ十六歳だ。バーゼンとは八つも年が離れている。
「それじゃあ一緒に行こう、エディ」
「あぁ、そうだな」
準備するものは特にない。魔法があれば問題なし。それはカイレンも同じなようで、今日は特に戦闘を長時間行うわけではないので気楽そうに伸びをしていた。
「日没までには拠点に集合するように。それでは解散」
バーゼンがそう言うと、それぞれ東部を目指して歩み始めた。
僕らもそれに続くように歩き出した。
「こうやって見ると、まだまだ開拓は始まったばかりなんだなぁって思うね」
カイレンは眼前に広がる広大な樹海を目に映しながらそう呟いた。
「そうだな。いずれもっと遠くの方まで行くことになるからな」
今回の作戦の目的は、生活圏の拡大が目的だった。居住区の確保だけでなく、田畑や牧畜用地も含まれるため極めて重要な一歩だと言えるだろう。
「ねぇ、エディ。私もしかしたら飛ぶと疲れちゃうかも」
「ん?あぁ、はいはい。こうしろってことでしょ?――『
そう言ってカイレンに飛行魔法を発現させ、宙に浮かせた。
僕もそのまま空中に飛び立った。
「えへへ。エディに連れ去られちゃう」
「変なこと言うな。行くぞ」
そう言って僕らは森を目指して飛んでいった。
――――――
――昨日の成果もあってか、森は至って静かで探索と言うよりか散策に近しいものだった。
生き残りを見つけて追いかけっこをしたり、こっそり誰も見ていないような場所で昼寝をしたり、木の実をつまんでみたり。カイレンが「森のデート」と表現するように、なんだかんだ充実した一日になった。
そんなこんなで特に何かが起きることなく四日目の作戦は終了した。
バーゼンの指示通り、日が傾き始めると続々と第一部隊の面々が戻り始めた。
皆、これまでで一番精神的に気楽なものだったのか退屈そうにする者や気の抜けた顔をしている者もいた。
第二部隊や別動隊も例外ではなく、皆楽し気に談笑しながら拠点に戻ってきていた。
「さて、夕食前に一度集まって話し合いでもするか」
「じゃあみんなを呼んでくるね」
「頼む」
カイレンは指揮役から呼び出し係へと担当を移すようにバーゼンの言葉に従って皆を呼びに行った。
「はぁ、なんだか意外と早く終わりそうだな」
ゲテルの言う通り、残り三日を残して第一目標である魔物の殲滅が完了した。
その背景には二体の水龍による魔物の逃避行動が要因としてあった。奴らがいなければ今頃東部の魔物を全員で狩っていたところだろう。今となっては奴らの存在が少しばかりありがたかった。
「で、明日からどうするの?」
「それをこれから皆で話し合って決めようっていうんだ。そわそわしてないで、少しは落ち着いたらどうだ?」
「へいへい」
そう言ってゲテルは拠点本部の天幕に置かれた机に肘を掛けた。
「みんな連れてきたよー」
すると天幕の出入り口が開き、カイレンの後に続くようにぞろぞろと第一部隊のメンバーが到着した。
「揃ったようだな。皆、座ってくれ。これから明日以降の行動について会議する」
一同は着席した。
「まず、ご苦労だった。予定よりも三日早く、皆の頑張りのおかげで作戦範囲内の魔物を完全に殲滅することができた」
「みんなお疲れー」
バーゼンとカイレンはねぎらいの言葉を述べた。
「さて、ここから本題なのだが、明日以降は調査部隊を派遣するためその護衛として人手が欲しい。一応第二部隊や別動隊にも声を掛けてある。皆、口を揃えて満額以上の報酬が欲しいと言っていた」
報酬の内容として、予定日よりも早く作戦が終了した場合、その後の活動参加に対しては追加報酬が支払われると総合会館の掲示板に書かれていた。依頼を達成して報酬を受け取る冒険者にとっては、当然参加しない理由はないのだろう。
「それでどうだ、明日の護衛に参加したい人はいるか?」
バーゼンの言葉に反応を示す者は誰一人としていなかった。
それもそのはずだ。上級冒険者が危険度の少ない場所の護衛など退屈でやるはずもない。
「まぁ、そんなことよりも、俺はミリカナに帰って早く皆に自慢話がしたいぜ」
「私も、早く素材を売り払って換金したいから参加はしないな」
両冒険者パーティーのリーダーは口をそろえて辞退を表明した。
「わかった。まぁ、人手が欲しいと言ったが第二部隊の連中だけで事足りるだろう。それじゃあ明日の朝ここを発って総合会館前まで行くとしよう。後のことは俺が話を付けてくる。繰り返しになるが、皆大変ご苦労だった。短い間でいろんなことがあったが、最高の形で幕を閉じることができた。感謝する」
「私からも。ありがとね、みんな。楽しかったよ、本当に。なんだか寂しくなっちゃうけど、またいつか機会があれば一緒に開拓を手伝ってくれるかな?」
「あぁ!報酬がうまけりゃいつだって来てやるさ!」
ジニーは一番乗りでカイレンに返事をした。
「私たちも、この地の魔物に興味が湧いてきたところだ。ダブルセイバーマスターのカイレンの頼みとあらば、いつだって駆けつけよう」
ラーカもカイレンの実力を認めたからか、快く返事をしてくれた。
「へへ、みんなありがとう。じゃあその時はお願いね」
「おう!」
「ああ、任せとけ」
ジニーとラーカは腕を組みながら力強い眼差しでカイレンを見て頷いた。
「さて、呼び出しておいてなんだが早いところ話は以上だ。そうだ、このまま解散するのも惜しいから、今日は皆ここで夕食を食べるのはどうだ?」
「賛成!そうだよね、せっかくみんなが集まる最後の時なんだし、もっとお話ししたいなぁ」
カイレンはバーゼンの提案に身を乗り出して賛成の意を示した。
「へへ、酒があればもっとよかったんだがなぁ」
「おい、
「......えっ!?まじか?」
「まじだ。実はこの日のためにと持ってきていたんだ」
ジニーはゲテルに対して悪そうな表情を浮かべてそう言った。
「おい、お前ら」
「あっ、まずい!」
「へ?もしかして駄目か?」
ゲテルは厳しい表情を二人に向けた。だが、すぐに呆れたようにため息を吐いてみせた。
「はぁ、今日だけは見逃してやる。そもそも明日以降は皆帰っているからな。だが、飲み過ぎるなよ。特にゲテル、お前はな?いいか?」
「へ、へい。わかってるさ、多分。へへへ」
バーゼンから念を押されているということはゲテルは余程酒癖が悪いのだろう。予想通りと言うか、酔って暴れまわるゲテルの姿が容易に想像できた。
「今晩の夕食は作戦が早く終わることもあって、食材が余らないようにたくさん用意されるらしい。各々、料理を受け取ったらここに集合だ。それでは、解散」
バーゼンの一言を後に一同は揃って天幕の外へと出て料理を受け取りに行った。
今日はバーゼンが言ったように献立が一種類でなく、複数あったためどれを選ぼうかかなり迷った。
結局選びきることができないまま、根菜と魔物の肉の煮込みスープと小麦の生地で食材を包み込んだ名前のわからないスパイシーな味付けの料理を手に天幕へと戻っていった。
「――それじゃあみんな揃ったということで、かんぱーい!」
「「乾杯!」」
ゲテルは酒が待ちきれない様子で音頭をとると、一同はコップを掲げ各々食事を始めた。
天幕内は料理が放ついい匂いと和やかな雰囲気が満ちていた。
「んっ、んっ、ぷぁー!最高!あぁ、もう飲み切っちまったぜ」
「おいおい、持ってきたとは言えそんなに量はないんだ。もっと味わって飲めや」
「そうだぞゲテル。お前は弱いんだから、もっとペースを考えて飲め」
ゲテル、ジニー、バーゼンの三人は寄せ合うように酒と料理を口にした。意外にもバーゼンも少量だが酒を手に料理を楽しんでいた。
「はん、私らは酒に溺れるような奴とは違うのさ」
「とか言って、前に飲み過ぎてクエストに行けなかったときがあったじゃないか」
「いちいちうるさいなぁ、このチビは」
そう言ってラーカはバルトレッドの料理をつまみ食いした。
「あぁっ、おい!それは僕が大事に残しておいた肉なのに......!」
「相変わらず、二人は仲良しだねー」
微笑ましそうな様子でセントレッタは料理にかぶりつきながら二人を見ていた。
「イリスちゃん、どうだった?今回の出張は」
「そうね、最初は少し馴染めなかったけれど、今となってはカイレンちゃんと仲良くなれたから楽しかったわ」
「えへへ、そう言ってくれてよかった」
第一部隊で唯一のノレアス王国から来たイリスは確かに作戦開始時点ではあまり馴染めない様子でいた。だが今では居場所を見つけたようにカイレンと共に楽しげな様子で食事をしていた。
「そういえば、『最強男児』ってクレウルムが付けたパーティー名なのか?」
僕はなかなか話す機会がなかったバレッタとローレルのそばで食事をとっていた。
「あぁ、そうだ。あいつは昔、生意気な問題児として有名だったんだ。いろんな奴とパーティーを組んでは俺と釣り合わねぇって言って、入っては抜けてを繰り返してたのさ」
「当時私たちはギルド内でそこそこの実力をもったパーティーでしてね。それで見かねた私たちは調子に乗っているクレウルムに現実を見させようとパーティーに誘ってクエストに出かけたんです。すると意外にも相性が良くてですね。クレウルムの実力は口だけではなかったですし、連携がしやすいということもあって新たなパーティーを作ったのです」
「なるほど、それが『最強男児』の始まりってわけか」
バレッタとローレルの会話から、昔のクレウルムは結構やんちゃ坊主だったことが窺えた。家のことや自身の願力特性を活かしきれていないこともあって、精神的に荒んでいたのだろう。
「それにしても、どうしてこんな変なパーティー名が多いんだ?」
『最強男児』もさることながら、『玉砕命令』というのもなかなかのネーミングセンスだ。
「あぁ、それはミリカナの昔っからある習わしみたいなもんだ」
「習わし?」
「ええ。冒険者というのは死亡率が非常に高い職業ですからね。もし誰かが死んでしまったときに、せめてその人のことを笑って思い出せるようにという願いからそうなっていると言われています」
「へぇ、如何にも冒険者らしいいい考えだな」
――だからこんなおかしなパーティー名だとしても反対することがなかったのか
納得がいった。確かに、人が死にやすい職業なのにいちいち引きずってしまうようでは心が持たないはずだ。冒険者らしい、気前のいい考え方だ。
「まぁ、あいつにとっては覚悟の表明みたいなものでもあったからな」
「最強の男を目指すと?」
「ああ。だがあいつはそれを成し遂げたんだ。調子に乗るから本人の前では言えないが、俺はクレウルムのことをミリカナ帝国一の冒険者だと思ってるさ」
「私も同じく」
「へぇ。クレウルムもいい仲間に巡り合えたんだな」
僕はこの話が二人とできてよかったと心からそう思った。
気の荒い気に食わないやつも多いが、冒険者には仲間に対する他にない意識が美徳として存在していた。しばしそれに心惹かれるときもあった。
「まぁ、エディゼート。いつかミリカナに立ち寄ったときは俺たちとクエストに出かけようじゃないか」
「えぇ。ぜひ一緒に古龍を討伐してみたいものですね」
「......なんで冒険者は皆して龍を倒しに行きたがるんだ?」
「ん?だって『龍殺し』の称号は冒険者の憧れだろ?まぁ、俺たちは既に持っているがな」
バレッタはそう言って見せつけるように腕に巻かれたアームバンドをこちらに向けた。するとそこにはブレスを吐く龍の姿が掘られた金属のバッジのようなものが取り付けられていた。
「へぇ、それが『龍殺し』の称号の証ってことか」
「そうだ。他にも称号はあるが、一番そいつの強さがわかりやすいのがこれって訳さ」
「これを身に着けていれば世界中どこの冒険者ギルドに行っても舐められることはありません」
絶対的な縦社会の冒険者にとってこの称号は大いに役立つのだろう。よく見たらローレルの胸元にもバレッタと同じバッジが取り付けられていた。
「いいな。僕も水龍を倒せばもらえたかな」
「まずは冒険者協会に登録を済ませるところからだな。その後は緊急クエストかなんかしらで正式な依頼が出されるまで気長に待つこと」
「正しい手順でないと称号が授与されませんからね」
「なるほどね。それじゃあ後で登録だけでも済ませておこうかな」
もしかしたら今後冒険者関連のことで役に立つかもしれない。魔願術師協会と違って登録は実質名前だけでいいようなものだからすぐできるはずだ。
「いいじゃねぇか!エディゼート、お前ならすぐ上級冒険者になれるぞ」
「はは、そうかなぁ」
ふと、ディザトリーにいるレイゼのことを思い出した。
今、どのあたりの階級にいるのだろうか。明日の解散後にでも確認がてらディザトリーに立ち寄るのも悪くないかもしれない。
「『見願』の英雄であるあなたでしたら、登録直後から中級の一段から開始できるはずですよ」
「お、そんな仕組みもあるのか」
「ええ。強き者にはより高難易度のクエストをやらせたいものですからね」
こうして冒険者たちと話すと魔願術師協会では知ることのできなかった様々な情報が聞き出せた。
その仕組みは至って簡単なもので、冒険者の職業人口が多いのも頷ける。
強い者が上を目指せる。実に夢のある職種だ。
「まぁ、しばらく僕は忙しくなりそうだから暇でもできたら尋ねてみるよ」
「あぁ、そん時はよろしくな」
「よろしくお願いします」
「ああ」
二人から突き出された拳に拳をぶつけ返した。
――こうして第一次グラシア開拓作戦最後の晩餐は終始和やかな雰囲気で流れていった。
その後案の定泥酔して軽く暴走状態になったゲテルに回復魔法で無理やり酔いを醒ましたり、ラーカに大食い対決を申し込んだジニーが顔を青ざめて天幕の外へ駆け出して行ったりと騒がしい夜が続いた。
――――――
第一次グラシア開拓作戦五日目の朝。調査部隊とその護衛に名乗り出た者以外はイアゼルの影響範囲内まで進行していた。
その人数は想定よりも少なく、ただ働きも同然で報酬がもらえると言って多くの冒険者たちは未だ拠点で待機していた。
「――よし、ここまで来ればいいはずだよ」
「おーい」
するとカイレンの予想通り、遠くからイアゼルがこちらに向けて手を振っていた。
「みんなお疲れ様。それにしても随分と少ないんだね」
「そうだね。稼げるときに稼ぎたいんだって」
「そっか、冒険者だもんね」
そう言うカイレンの後方には第一部隊の全員と三十名ほどの第二部隊の面々が集まっていた。
「それじゃあイグロット総司令官が待ってるから行こうか」
「うん、お願いね」
すると出発した時と同じように僕らを囲い込むように凄まじい量の願力が渦巻き始めた。
「みんな舌を噛み切らないようにねーっ。それじゃあいくよ、――『
イアゼルがそう高らかに詠唱すると、僕らの体はたちまち宙に浮きだした。そしてそのまま魔願樹の方を目指して移動していった。
およそ数分で、遠くに見えていた魔願樹は首を上に傾けないとその全貌を収めることができない距離まで近づいていた。
「さて、開拓者たちのご到着~」
総合会館前まで移動すると、イアゼルはそう言って地上付近まで僕らを下ろして飛行魔法を解除した。
会館前には大勢の職員らが僕らの帰還を待っていた。
そこにはイグロットの姿もあり、僕らは盛大な拍手の下暖かく迎えられた。
「ご苦労だった、諸君」
イグロットは僕らの到着早々口を開いた。
「当初の予定とは違って全員がこの場にいないが、まずは君たちの功績を称えよう」
その言葉に合わせるように、拍手の音は先ほどよりも大きくなった。
「グラシア開拓はまだ始まったばかりだ。だが、君たちの活躍はその第一歩として、いずれ王国となるこの地の歴史に深く刻まれることだろう。その証として、今回の作戦に参加した勇気ある者たちの名前を記した名簿を記念館に掲示する予定だ。記念館はまだ建設段階だが、出来上がったときに立ち寄ってみてくれ」
記念館はこの総合会館の別館として現在建設作業が進められていた。まだ歴史の浅い国ですらない場所だが、後世に残すものを保管展示する場所は必要だろう。
「まぁ、私の話は以上だ。ここにいるほとんどの者が冒険者だからな、長々と話はせん。ではお待ちかね、今回の作戦に参加した報酬についてだ」
すると後方から冒険者たちの歓喜の声が聞こえてきた。
さすがイグロットだ。冒険者たちの扱いの心得を理解している。
「掲示板に張り出した通り、予定期間よりも早く帰還したが報酬は満額支給する。報酬の受け取りは会館を入って正面に受付所を設置した。そこで職員に声をかけたのち受け取ってくれ」
すると先ほどよりも大きな喜ぶ声が聞こえてきた。
掲示板に書かれた報酬金は一人当たり小金貨五枚の五万ネールだった。魔願術師協会に所属する僕らにとっては月々支払われる給料に満たない額だが、冒険者にとっては破格の報酬金らしい。誰一人として文句を言うものはいなかった。
「はは、皆喜んでくれて何よりだ。それでは、これにて締めといこう。――皆、大変ご苦労であった!解散!」
こうしてイグロットの威勢のいい声と共に第一次グラシア開拓部隊の解散命令が出された。
冒険者たちは我先にと会館の入り口へ殺到し、普段の静かな会館からは想定できないほどの賑わいを見せた。
「第一部隊の諸君、少しいいか?」
するとイグロットは僕たちを見つけると声をかけてきた。
「繰り返しになるが、本当によくやってくれた。報告に聞いていたが、まさか四日ですべての地域の魔物の殲滅を成し遂げるとは驚いた」
「ふふっ、ちょっと想定外のことがありましたけど、私たちにかかればこれくらいどうってことないですよ」
カイレンの言葉に同調するように、一同誇らしげな表情をイグロットに向けて見せた。
「二体の水龍の撃退をどうってことない、か。ははっ、実に頼もしいな!これからが楽しみだ」
いつになくイグロットは豪快に笑っていた。
「そうだ、もう少し近くまで集まってくれ」
するとイグロットは全員にそう促すように手招きをした。
「あの場で声を大にして言うことができなかったが、第一部隊には私から特別報酬として金額を上乗せしてある。後で私の執務室まで取りに来い」
するとイグロットは声が漏れないように小声でそう言ってにやりと口角を歪ませた。
「おおっまじかっ!えっ、どれくらい上乗せされてんだ!?」
「おいこのバカ!今他の連中に聞こえないようにしてたってのに何大声出してやがるんだ!」
「あっ、すまん。つい......へへへ」
ラーカは興奮した様子のジニーに拳骨を脳天に叩きつけてそう言った。それにハッとするようにジニーは口を塞いだ。幸い、他の連中には聞こえていなかったようで事なきを得た。
「ははっ、冒険者というのは愉快でいいな。ぜひ、次の開拓作戦の時にも力を貸してくれ」
「おう、任せとけ!」
「報酬次第で私たちは動いてるってもんさ、提案次第じゃいつでもいいぜ」
パーティーリーダー二名は気前のいい返事をイグロットにしてみせた。
「わかった。では、皆ご苦労だった。今日はゆっくりと体を休めてくれ。ではな」
そう言ってイグロットは背を向けて会館内へと向かっていった。
「よし、そうと決まればこうしちゃいられねぇな。おい、バレッタ、ローレル。ちんたらしてないで行くぞ!」
「あいよ、サブリーダー」
「行きましょうか」
そう言って『最強男児』の三人は出入り口の方へと向かっていった。
「私らも行くとするか」
「はぁ、やっとひもじい思いをせずに暮らせる」
「とか言って、バルトはすぐに賭け事で溶かすんだからー」
『玉砕命令』も後を追うように向かっていった。
残されたのは魔願術師の僕ら五人だけ。
「それで、どうする?夜にでもニグルス村の酒場で打ち上げでもするか?」
「おっ、エディいいこと言うじゃねぇか」
「そうだな。無事帰還できたことを祝して皆で食事をするのは大いにありだ」
「いいわね。私も、まだ皆と話がしたかったから丁度よかったわ」
「じゃあ決まりだね!それじゃあ私たちも報酬を受け取りに行きましょう」
「「ああ」」
一同カイレンの後を続くように会館内を目指していった。
――第一次グラシア開拓作戦、第一部隊の活動はこれにて終了。
僕らは予想外の報酬の上乗せに驚愕しつつも、金貨で満たされた小袋を片手に満足げな表情を浮かべながら会館を後にしていくのだった。
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