第48話 第一次グラシア開拓作戦 5
「おーい!」
カイレンは地上にいる皆に向かって手を振った。だが一同心配そうな面持ちでこちらを見ていたので誰一人として手を振り返すことはなかった。
「よっと」
地上に降り立つと、第一部隊の面々が駆け寄ってきた。
「おい、水龍はどうなったんだ!?」
真っ先に口を開いたのはバーゼンだった。
その額には汗がにじんでおり、心配そうな様子で僕らを見ていた。
「水龍はどっちも逃げちゃった。でも、エディが二度とこの地に来ないように説得したから大丈夫だよ」
「......説得?水龍を?」
カイレンの言葉の意味を理解できていないのか、バーゼンだけでなく一同首をかしげていた。
「そうだ。念話によって交渉した」
交渉と言うよりか脅迫に近いことをやったのだが。
「念話?願人ならともかく、古龍とできるものなのか?......いや、そういえばエディは『見願』だったな」
僕が言い訳をするまでもなくバーゼンは納得のいく答えを導き出せたようだ。
言う手間が省けた。
「つがいの水龍の片方を半殺しにして、回復魔法で治してやったら言うことを聞いてくれたんだ」
「半殺し?それで回復までしたのか?」
「そう。もう片方は先に逃げていったけど、相方が僕の要求を伝えてくれるはずだ。次ここに来たら必ず殺すってな」
「......そうか」
バーゼン以外口を開こうとする者はいなかった。皆、言葉の意味を処理しきれない唖然とした様子で立ち尽くしていた。
それもそのはず。本来大規模な討伐隊を編成して挑むはずの古龍種それも二体を同時に退けたからだ。呑み込めないことだらけで困惑するのは仕方のないこと。
「......もしかして俺たちいらなかったか?」
するとゲテルが苦笑いをしながら前に出てきた。
「そんなことない。皆がいるおかげで開拓ができているんだ。個人の成果だけが作戦の全てじゃない」
「......うーん、きっとその言葉はすっげー強いから言えるんだろうなきっと。はは」
「とは言っても、僕も勝手に飛び出して悪かったと思ってるよ」
――危うく片腕を失うところだったし
「......まぁ、とにかく二人が無事でよかった。これが今の俺が言える全てのことだ。水龍と念話とか、意味わからん」
「ははっ、信じられなくて当然だ。僕だってそう思う」
あの時偶然アベリン達に誘われ、偶然赤龍に化けたレイゼに見つかり、偶然古龍と念話する機会を得ただけだ。もし何かしらがずれていればそんなことするはずもなかった。
巡り合わせというのは不思議なものだ。
「それで、皆してここに来てしまったけど今日はどうする?バーゼン、カイレン」
「そうだな。エディとカイレンが水龍と対峙している間に、範囲内の森をくまなく探索して魔物を一掃したから、やることは特にないな。この作戦の一番の脅威も取り払われたことだし」
「それじゃあ今日はこれで終わりでいいんじゃない?北部は今日を以って魔物の殲滅完了。予定を早めて明日東部に行きましょ」
カイレンは手を一度叩いてそう言った。
「まぁ、後で一度集まって明日の方針について考えるとするか」
「そうだな。よし、ぐちゃぐちゃになった拠点の復旧でも始めるか」
「ああ、そうするか」
――こうして開拓作戦二日目は昼過ぎを以って早々に終了した。
その後湖に向かうとそれは何とも言えない酷い有様で、地表面は水浸し、水面は大きく低下し戦闘の被害に巻き込まれた天幕や物資などが散乱していた。
僕の魔法は便利なもので、濡れた地面や泥まみれの天幕を綺麗にして乾かすと周囲は一気に片付いた。
物資のほとんどは水浸しになったり強い衝撃によって破損し使い物にならない様子だった。だが誰一人として犠牲者が出なくてよかった。命あっての何とやら、とにかく安心するばかりだ。
「湖の水、少なくなっちゃったね」
「なんだかこう見ると気味が悪いな。結構深いし、垂直に掘られてるし」
水龍が作ったとされる湖だけあって、その不自然さは一目見てわかるものだった。
途中まではなだらかな傾斜で底に向かっていると思いきや、ある場所を境に一気に真下へと深くなっている。水が全てなくなれば大穴と呼べるだろう。
「はぁ。仕方ない、水面をもとに戻すか」
「おっ、再び奇跡の給水主様のお力が見られるというわけですな!」
「......そのあだ名を定着させようとするな。ほら、願力を注いでくれ」
「はいはい」
いつも通りのやり取りを済ませる。
何故かカイレンは手を添えるのではなく僕を後ろから抱きしめていた。
「お疲れ様、エディ」
「はは。本当に、疲れたさ」
まさかこんなにも早く水龍と対峙することになるとは思わなかった。
今考えると作戦初日の時点で二体の水龍が眠る湖のそばに拠点を構えていたことを考えるとゾッとするものだ。本当に人が少ないタイミングでよかった。
それにしても、腕を切られ記憶を覗かれ、今日は散々だ。
「さて、やるか」
僕の言葉を聞いてカイレンは離れた。
今朝とは逆に、水を集めるのではなく生成するように魔力を吸収。
もう人目などどうでもよいので湖の目の前に立って手を水面に向けた。
「――ふぅ。――『
一呼吸置いて、僕は吸収した魔力を水の創造へと変換させた。
たちまち湖の水面直上に巨大な水塊が出現し、徐々にその規模を大きくしていった。
一度に大量に落としてしまうと再び周囲が水浸しになりかねないため、水面の上昇に合わせてゆっくりと水塊を持ちあげながら水を注いだ。
「おお!すげぇ!」
その様子に気づいた人々の視線は湖の中央へと釘付けにされた。
これが奇跡の給水主様の実力だ。みるみるうちに水面は元の高さへとせり上がっていった。
「エディ、お前もしかしてこの湖を甦らせようと?」
「あぁ、その通りさバーゼン。奇跡の給水主としての力をとくと見てな」
「はは。水龍と戦った後だというのにエディは働き者だな」
自分であまりこのあだ名で呼ぶなと言いつつも、語呂がいいのでおどけてみせた。
「それにしてもすごいな、どんどんと水面が上がっていく......」
「さすが私のエディ。湖を元に戻すくらいお手の物だね」
魔法を発現して五分ほど経過しただろうか、湖は元の高さまで水かさを取り戻し、青々とした透き通った様を僕らに見せつけるように日の光を照り返した。
「さて、これで復元完了だ」
「ご苦労様、エディ」
カイレンがひょこっと隣にすり寄ってきた。
「一度ほとんどの水が抜けたから綺麗になったな」
「そうだね。へへ、これならエディと二人きりで過ごす場所としてぴったりだね」
「ああ」
そういえばこの場所はカイレンが家を建てる候補地として挙げていた場所だった。
最初は濁りに濁っていたためあまり見た目が良くないと思っていたが、今はどこか涼し気のある綺麗な湖となっていた。
「二人はここに家を建てるのか?」
「あぁ、そのつもりだ」
「こうして綺麗になると結構いい場所でしょ?」
「あぁ、そうだな。それにここは二人の実力で手に入れた場所だ。きっと、いい思い出の場になるはずだ」
何とも気の利いた言葉をバーゼンは言ってみせた。
確かにこの場所は僕とカイレンが水龍を撃退して手に入れた場所と言っても過言ではない。開拓のためと思っていてやったことがいつの間にか自分たちのためにもなっていたとは。何とも嬉しいことだ。
「俺には妻がいることは知っているよな?今は街中の小さな家に住んでいるが、いつかこの場所のような自然溢れる場所で暮らしてみたいものだ」
「はは、いいかもしれないな。暮らしは街中より少し不便かもしれないけど、心が穏やかになるのは確かだからな」
魔願術師協会に所属しているため魔法が使えることが当たり前だと感じていたが、実際は魔法が使えない人の方が多数派だ。ましてや飛行魔法ともなるとほんの一握りの存在になってくる。
バーゼンの奥方がどのような人かは知らないが、彼と一緒ならどこに行こうが幸せだろう。少し無愛想だが誠実さと優しさがある男だ。
僕の中ではバーゼンに対する評価はかなりいいものだった。
「さて、今日はとりあえずやることが全部終わったから明日の作戦会議でもするか」
「そうだな。カイレン、皆を呼んできてくれるか?」
「うん!行ってくるね」
カイレンがそう言って駆けていくのを見て僕らは拠点本部の天幕へと向かっていった。
――――――
「――カイレンとエディには疲れているところ悪いが会議を始めよう」
今後の予定を決定する会議はバーゼンの一言で始まった。
「まず、予定では三日目である明日まで北部地方を中心に魔物の殲滅を行っていく予定だったが、水龍の件も含めてこれら全てが完了した。よって明日から東部地方に向けて進行した方がいいだろう」
「私も同意見だよ。東部にはまだたくさんの魔物がいるらしいし、やっと開拓部隊全員が総力を以って戦うことになりそうだね」
カイレンの言う通り、別動隊の報告で東部には水龍から逃れたとされる不自然な魔物の群れがいくつも確認されているとのことだ。現在別動隊の上級冒険者らはその殲滅に当たっているらしい。大方脅威度の高い魔物の排除は済んだらしいが、その他の数の多い魔物に関しては手付かずのままでいるという。
「なぁ、そうなると拠点ってどうなるのさ?」
ゲテルは手を挙げてそう言った。
「地図には東部の方に小高くなった箇所が明記されている。どういう場所なのか詳しくはわからないが、ひとまずそこを候補地とするつもりだ」
大方魔願樹周辺の地形はイアゼルの力で修復されているが、影響範囲外の地域に関しては別だ。未だ地脈異常の影響が根強く残っている地域もたくさん残っていた。
「浮遊島の一部が落っこちてこなけりゃいいけどなぁ」
「もしその危険がある場合は魔法で先に撃ち砕くのも一つの手だ」
「ま、その場のことはその場で考えりゃいいか」
ゲテルはそう言って椅子にもたれかかるように腕を頭の後ろで組んだ。
「なぁ、ちょっといいか?」
すると今度は珍しくラーカが手を挙げた。
「どうした?」
「総力つっても、少し過剰すぎやしないか?東部も広いことはわかるが、私たちは西に行ってもいい気がする」
「ふむ、そうか......」
ラーカの言うことも一理ある。別動隊が東部の作戦範囲内の脅威度を下げた今、僕らが出向いたところで部隊全体の戦力を最大限に活かせないだろう。万が一の可能性もなくはないが、効率的に行動するのならこの手がいいように思えた。
「別動隊の連中を東部の殲滅に向かわせて、私たちは西部のつえーやつを先にやっつける。どうだ?悪くないだろう」
ラーカは鼻を鳴らして得意げそうに腕を組みながらそう言った。
「それ、ラーカが暇になるのが嫌なだけだろ」
「うるさいなチビ!余計なことを言うな。せっかく機会を設けようと必死に考えたのに」
「いててててててて!やめろデカ女!あ、頭が割れるーっ!」
小言を挟んだバルトレッドに対してラーカは側頭部の両側を拳でぐりぐりと押し付けていた。
「――コホン。まぁ、ラーカの提案は俺も賛成だ」
「私も、なんだかその方がいい気がしてきたかも」
バーゼンとカイレンはラーカの提案を吞むように縦に頷いた。
「お、本当か?へへ、
ラーカは豪快に笑ってみせた。
「じゃあ明日は第二部隊を東部に向かわせて、僕たちは西部を目指すってことで決まりだな」
「私たちで魔物を一匹残らず殲滅しよーぅ!」
カイレンは拳を突き上げて笑顔でそう言った。
「よし、案外早く決まったな。――おい、通達係はいるか!」
「はい、こちらに」
バーゼンが周囲を見渡しながらそう言うと、有翼人種の女性職員が返事をした。
「明日の行動について本部にこう伝えてくれ。第二部隊および別動隊で編成した部隊で東部の魔物の一掃、第一部隊は西部へと進行し魔物の殲滅に当たると」
「かしこまりました。お伝えしておきます」
「頼んだ」
そう言って職員は下がっていった。
「さて、行動が決まったことだ。次は動き方について話し合おう」
「あ、水を差すようで悪いんだがバーゼンや、別にその場の流れに任せるんでよくないか?」
自由人ゲテルはそう言って周囲を見渡した。
「なんだかそれぞれがそれぞれの戦闘スタイルってもんがありそうだし、考えなくても皆強いから大丈夫っていうか。まぁ、せいぜい空を飛ぶような奴らは俺たちがやるってくらいでいいんじゃないか?」
「ゲテルお前なぁ。......まぁ、正直言って俺も皆の得意とする戦い方を完全に把握しているわけではないが」
「――じゃあそれぞれが得意とする戦い方を言っていけばいいんじゃない?」
カイレンは促すように口を開いた。
「だってさ。カイレンちゃんもそう言ってるんだし、冒険者組もそれぞれ言ってくれるか?あまり俺たち互いのことを知れてないからさ」
「――あぁ、いいぜ。そんなに聞きたいなら仕方ない。ふふっ、まずは俺ら『最強男児』からだな」
ジニーはそう言って席から立ちあがった。
「まず、俺は前衛だ。その役割は魔物の前でちょろちょろ動き回って隙を作ること、つまり得意な戦い方は陽動によって他の連中が戦いやすくして一気に畳みかけるこった」
「俺は後方から魔法を差し込む中衛だ。一応前衛もできるが、こいつに比べると動きが遅いからいつも後ろで叩き潰す機会を窺っているって感じさ」
バレッタはジニーに続くようにそう言った。
「私は場合によって前衛と中衛、そして後衛を切り替えて戦います。近接が有効であれば前に出向き、そうでなければ魔法で支援を行う、そんなところですね」
ローレルは『活願』の願力特性を持ち合わせているため特殊な立ち回りをしていた。さすがは上級冒険者だ、近接火力も凄まじく後方支援もできることを北部の森の中で証明するように戦闘を繰り広げていた。
「まぁ、俺らはこんなところだ。次は『玉砕命令』のリーダーから、どうぞ」
『最強男児』の面々が着席すると、今度はラーカを筆頭に『玉砕命令』の面々が立ち上がった。
「ははっ、紹介に与った『玉砕命令』のリーダーとはこの私だ。私はこの隣にいるチビと一緒に近くの魔物をぶった切るのが主な戦い方だ。特に作戦は今まで考えたことはない、何せ考えるよりも腕を振るった方が早く片が付くからな」
「それで私が後衛だよ。いつも後ろから二人を支援してるってわけ。作戦がないというより、ラーカとバルトは戦っている最中考え事ができないから私が指示をいつも出してるんだー。ま、得意なことは魔法の壁で魔物をいなしたりすることかなー。そんな感じ」
セントレッタは足を組みながら指を立ててそう話した。
「なるほど。冒険者側のことについては大方わかった」
「それじゃあ次は俺たちだな」
ゲテルは冒険者の面々を真似るように席を立った。
「ふっ、俺はそうだな。立ち位置は冒険者で言うところの、後衛みたいなもんだ。近接は危なっかしくて苦手でな。主に『
ゲテルはそう言って腕を組んだ。
「同じく、俺も立ち位置的には後衛と言えるだろう。だが得意な戦法は魔法による中距離からの攻撃と近接による攻撃を使い分けるものだ。魔物との戦闘はゲテルと共に行うことがほとんどだった。一応、上級下位の魔物であれば難なく倒せるくらいには戦えると言っておこう」
「ま、俺たち仲良しコンビは二人で一つみたいなもんだ」
そう言ってゲテルは座った状態のバーゼンの肩を組んだ。
「それじゃあ、次は私ね」
イリスも立ち上がることなくその場で小さく手を挙げて続けた。
「私も、立ち位置は後衛になるわ。得意な戦い方は、標的の視認外からの遠距離攻撃。『錬願』の願力特性があるとだけ伝えておくわ」
「おっ、うちのクレウルムと一緒じゃん!いいねイリスちゃん」
「あ、はは。それはどうも。ははは......」
「......あれ、もしかして今の俺変だった?なぁ」
「知らねぇよ、俺に聞くな」
ゲテルのノリに自身のペースを乱されたのか、イリスはぎこちない様子で笑ってみせた。
「それじゃあ次はお待ちかね、英雄様のお二方の番よ」
するとイリスの言葉にカイレンは立ち上がり腰に手を当てた。
「ふふ、イリスちゃんの次はこの私。――カイレン・ゾーザナイトの得意とする戦い方を発表するね。ふふっ、聞いて驚くことなかれ。それはなんと、接近戦なんだ!」
――そうそう。カイレンは接近戦が得意で今までも......ん?
「......え?カイレン、今接近戦が得意と言ったか?」
「そうだよエディ。私、実はそっちの方が得意なんだ」
――......マジで言ってるのか?
カイレン本人はそう言うものの、今まで一度もそのような戦い方を見たことがなかったので信じることができずにいた。
「え、じゃあ逆になんで今まで一度も接近戦をしてこなかったんだ?」
「だってそうするよりも少し離れたところから魔法で攻撃する方が早く多く倒せるでしょ?」
「あぁ、そう言われれば確かに......まったくもってその通りだ」
その言葉に納得せざるを得なかった。
確かにカイレンであれば願力によって強化した肉体を駆使して近接戦を行うことができるだろう。だがそれではあまりにも非効率的だ。冒険者と違って暴走した大量の魔物相手にする場合は離れた場所から魔法で攻撃する方がよっぽど早く片が付く。
だが、それにしても意外だった。まさかカイレンは近接戦が得意だったとは。
「ひえぇ、それにしてもさすが世界最強だ。何だか俺、近接で魔物をなぎ倒していくカイレンちゃんを見てみたくなってきたかも」
「ふふっ、じゃあ明日はゲテルの要望に応えてそうしよっか?」
「おおっ、マジか!?ぜひお願いしますっ!」
一同も思っていたことはゲテルと同じようで、カイレンの提案に興味津々な様子で見ていた。
「まぁ、私は全距離対応の何でも屋だと思ってくれればいいよ。それじゃあ最後はエディの番だ」
「ああ、そうだな」
締めくくりをカイレンから任された。
僕はカイレンの着席と入れ替わるように立ち上がった。
「僕も言うなれば全距離で戦える。それと、ジニーほど短距離を瞬間的に動くことはできないが、飛行速度には自信がある。得意な戦法はそうだな、魔法による飽和攻撃だな。あとは身体強化魔法や回復魔法で周囲の支援をすることもできる、そんな感じだ」
「なるほどな」
バーゼンはそう言って頷いた。
「すげーよな、エディって。身体強化と回復だけでも十分おかしいっていうのに、水龍を退けるほどの実力もあるだなんて」
「いいか、ゲテル。それもこれも全て僕が『見願』だからできることだ」
「へへっ、そうだったな。相変わらず、史実通りでたらめだ」
歴代の見願がもし願力が見えるだけの存在だったらこんなことも言えなかっただろう。一体僕は何度彼らに感謝しなくてはいけないのだろうか。
「よし、これで全員の得意とする配置と戦法が出揃ったな。先ほどまでの話をまとめると、前衛がジニー、ローレル、ラーカ、バルトレッド、カイレンの五名。中衛がバレッタ、俺、エディの三名。後衛がセントレッタ、ゲテル、イリスの三名だな」
バーゼンは先ほどの会話から立ち位置を全て覚えていた。
「へぇ、すげぇなバーゼン。お前全部覚えたのか」
「当たり前だ。いつもお前が何も覚えないせいで記憶力だけは付いた」
「へへ、悪かったな」
「はぁ......まったく」
バーゼンは深くため息を吐いた。
どうやらその記憶力はゲテルの怠慢によって身に付いたものらしい。
「それで、出そろったところで作戦を考え始めるか?」
ジニーは心待ちにしていたかのような口ぶりで促した。
「あぁ、そうだな。だが暴走状態じゃない魔物相手の戦い方は冒険者の方が詳しいだろうから、立案は頼んだ」
「あぁ、任せとけって!」
ジニーはそう言って胸をどんと強く叩いた。
「おい、私も忘れるなよ、ジニー」
上体を反らしながら椅子にもたれかかるラーカは腕を組んでジニーを見た。
「あれ、ラーカって作戦考えるような脳みそあったっけー?」
「ふふっ、何も私は考えなしに動いているわけじゃないのさ」
ラーカはセントレッタの言葉を自信ありげな表情で否定してみせた。
「まぁ、それはともかくまずは俺からの考えだ。いいな?」
ジニーは指を立て立ち上がって続けた。
「まず、別動隊の報告から考えられる通り、西部の魔物は水龍から逃げ延びた生き残りがいる可能性が高い。魔物っていうのは見知らぬ場所に迷い込んだ時、いつもと違って襲い掛かるんじゃなくて逃げることが多いんだ。これは何度も経験してきたから言えることだ、信頼度の高い情報として汲み取ってくれ」
ジニーは一同に目配せをしながらそう言った。
「それでこれらのことから俺はとある作戦を考えた。――それは範囲内の魔物の囲い込みだ」
「囲い込み?」
ゲテルはジニーの言葉を復唱した。
「あぁ。まずは開拓範囲の境界辺りを包囲するように人を並べるんだ。次に西部の魔願樹寄りの地域から、魔法による無差別攻撃を始める。するとそれに驚いた魔物は皆西の方へと逃げていくだろう。そこをあらかじめ配置した奴らで一網打尽ってわけさ。どうだ?完璧な作戦だろ?」
ジニーは得意げそうな表情を浮かべ鼻を鳴らして腕を組んだ。
ジニーが考案した作戦は抜け目のない完璧な作戦に思えた。が、その作戦に異論を呈する者がいた。
「――ふっ、駄目だ駄目だ。その作戦、少し詰めが甘いな」
「......なんだと?」
するとラーカはまるでジニーをあざ笑うように見ていた。
「いいか?ジニーが提案した囲い込み作戦、これは私の考えと一緒だ。最初は同じ考えだと期待したのだが、少しばかり私の方が賢かったな」
「......何だよ、勿体ぶらずにさっさと言ってみろよ」
ラーカはジニーに促されるまま続けた。
「まず、範囲内の魔物の殲滅についてだ。これだけが目的ならジニーの作戦で問題ないだろうな。だが、今回の作戦の目的は開拓だ」
「つまり、何が言いたいんだ?」
「お前の作戦は目的範囲内の魔物を楽に狩ることができるだろう。だが、範囲外にいる魔物に関してはどうだ?」
ラーカの問いかけに、ジニーは少し考えるように黙り込んだ。だがすぐに何かに気づいたようにはっと顔を上げて目を丸くしてラーカを見た。
「......ま、まさかっ!ラーカお前、殲滅作戦後の開拓のことも考えて――!」
「――ああ。だから無差別攻撃を行う場所は境界付近で、だ」
ラーカは不敵な笑みをジニーに見せつけた。
「ちょっと待て、それはどういう意図があるんだ?」
バーゼンはラーカに尋ねた。
「ハッ!
するとラーカは長机に置かれた地図を指さした。地図には今回の作戦の開拓域が円形の線で描きこまれていた。
「きっちりここまでの魔物を殺したところで、魔物がこれ以上来なくなる保証はない、だろ?」
「......確かにその通りだ。だが、それだったら境界よりも少し外側まで広がればいいのではないか?」
するとバーゼンの言葉に対してラーカはため息を吐いた。
「違う違う。いいか?それだと遠くに逃げていく魔物がいなくなっちまうだろ?外側で派手に暴れまわれば範囲内の魔物は内側に逃げ込んで、外側のやつは他の魔物も追い出すように逃げていく。つまり私の作戦は、殲滅と魔物を遠くに追いやる二つのことが同時にできるってわけさ!ハッ!どうだい見たかジニー!」
ラーカは格の違いを見せつけるように立ち上がってジニーを見下してみせた。
「......そうか。これなら外側に追い込むよりも魔物の対処に当たる一人当たりの範囲が狭くなる」
「お、茶髪の
「うぅ、くそっ!何も言い返せねぇ!」
ジニーは負けを認めるように拗ねた表情でそっぽを向いてしまった。
「ハッハッハ!何が『最強男児』だ、所詮筋肉だけのバカ野郎ってわけか」
「ラーカ、そこまでー。ほら、バカはあの人だけで他の人はそうじゃないかもしれないでしょ?」
「ん?ああ、そうだな。すまんすまん」
セントレッタはラーカを宥めるかと思いきや、ジニー個人に対して深々と突き刺さるような鋭利な言葉を吐いた。
バレッタとローレルは苦笑するばかりだった。
一方でジニーは特に反応する気力もないのか、ただ下をボーっと眺めていた。
「ま、今日のところの格付けはここまでにしといてやるよ。で、どうだ?私の作戦は」
「文句なし、採用!」
カイレンはラーカの問いかけに答えるように手を挙げた。
「俺も、この作戦が最適だと思う」
「俺も賛成。というか、すげぇな冒険者って。俺たち暴走した魔物の相手がほとんどだかこんなこと考え着きもしなかったぜ」
バーゼンもゲテルもラーカの作戦を採用する意思表示をした。
「ハッ!まぁ、冒険者が全員私のように賢いとは限らんがな」
「......どうしたお前、今日はいつになく俺に対して当たりが強くないか?」
とても小さな覇気のない声がジニーから聞こえてきた。
事実だけを述べると、ジニーよりもラーカの作戦の方が何枚も
「さて、これにて作戦会議は終了かな?」
カイレンは締めくくるように手をぽんと一度叩いた。
「そうだな。だがラーカの作戦は東部の第二部隊と別動隊にも同じことが言えそうだ。そちら側にも指示を出してみるか」
「わかった。――では、これにて本日の会議は以上となります。一同解散!」
――こうしてカイレンの元気な掛け声とともに、二日目の作戦会議は幕を閉じた。
その後、夕食時までジニーは生気を失ったように項垂れていた。話によると、『最強男児』と『玉砕命令』の格付けは、ミリカナ帝国では恒例の行事となっているらしい。
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