第47話 第一次グラシア開拓作戦 4

 後方に向けて弾幕を放つ。だが高速で飛行を続けるには水龍の居場所をいちいち確認できる暇はなかった。


 おおよその場所に向けて魔法を放つが、全て水龍は身を翻して回避していた。

 このままでは再びブレスが来た時に対処ができない。


 ――仕切り直しだ


 水平飛行から一気に直上へと急加速。

 吹き飛ぶように上昇すると、水龍もそれに合わせるように翼に願力の光を纏い急上昇。


「くっ!」


 凄まじい風圧と無呼吸状態に耐えながら雲の上へ。回復魔法と身体強化魔法を常に体に回し続け無理やり体の形状を維持する。

 水龍は自身に願力を再び纏わせ更なる急加速。凄まじい轟音と共に僕へと急接近した。


 ――まだだ、まだだ、まだだ......!


 加速と回復と身体強化の並列思考を維持しながら限界高度まで上昇。気づけば雲よりも高い場所まで到達し、眼下には日の光に照らされた雲の白い世界が広がっていた。

 光に目を細めながら、追尾する水龍に弾幕を張り続ける。


「――キイイィ!!」


 ブレスの前兆が見えた。

 水龍の喉元に光が満ち、口を大きく開けた。


「それを待っていた!――『閃光くらめ』!!」


「――!?」 


 水龍が確実に視界に僕を収める瞬間、後方に向けて眩い光を拡散。光は水龍の透明な内瞼を貫通し、その視界を真っ白に染め上げた。

 すると視界を奪われた水龍はブレスをでたらめな方向へとまき散らすように放った。当然、そのどれもが届くことはなく横をすり抜けていった。

 その隙を逃さぬようにと急転回そして加速。


「――『光剣くらえッ』!!」


 すれ違いざまに一太刀。

 聖属性の剣を握りしめ、相対速度による高威力の一撃を水龍の右側面に向けて叩きつけた。


「――ギィィイエイィイイ!!」


「はっ、さっきのお返しだ!」


 身体強化魔法によって強化された一撃は水龍の右腕を皮膜ごと切り裂いた。

 断面からは赤い鮮血が噴き出し、依然視界を奪われたままの水龍は制御を失うように暴れまわった。

 この隙を逃すまいと、再度魔力を吸収しイメージを構築。完全な無力化を狙う。


「――『絶界きえうせろ』!」


 水龍を取り囲むように魔法結界を発現させる。変則的な速度と方向で飛行を続けていた水龍は結界内部の障壁に衝突し、結界内の底にぼとりと落ちていった。

 底面は水龍の右腕から流れ出る血で深紅に染まり、水龍は状況を把握できないまま暴れまわっていた。

 すると『絶界』は存在の維持を図るため周囲の魔力を吸収し始めた。水龍の目にはどう映っているかわからない。だが無理解な状況は水龍の暴走を加速させ、結界の内部で激しくもがき始めた。

 すると翼からは願力の光が消え失せ、次第に水龍は衰弱するように静かになっていった。


「ふぅ、これでやっと殺せる」


 結界の上部に立ち、真下にいる水龍に目を向ける。

 視力が回復したのか、今でははっきりとこちらを睨みつけるように見上げていた。


 ――それにしても、こんなところまで来てしまったな


 見渡すとどこもかしこも雲で覆われて地上の様子があまりよく見えなかった。

 空気は薄く、明らかに肌寒い。おまけに魔力濃度も低い気がする。

 遥か上空も、極地と呼ぶにふさわしい環境だった。


「さて、お前を殺す前に」


 ふと思いついたことがあったので、結界の上部に人一人分の小さな穴を開けた。


「おっと」


 すると水龍はその隙を見逃すまいと長く鋭利な尾を突き刺してきた。


「はぁ。すぐに殺さないだけ感謝しとけっていうのに。――『嵐刃きりさけ』」


「――ッ!?」


 僕は結界内に風属性の魔法によって作られた刃を水龍の尾の中間あたりに向けて放った。


「――ギィィイイイ!!!」


 すると『絶界』によって願力を失った水龍は先ほどまでの防御力が嘘のようになくなり、ほんの一撃だけで千切れる寸前までの深手を負わせた。


「賢いなら立場くらいわきまえろ。つっても、人の言葉で話しかけても無駄か」


 結界に小さな穴を開けたのは願力を内部に通すためだ。

 そう、赤龍の時のように対話を試みるのだ。

 もし可能ならばこの水龍から事情を聞き出してから殺しておきたい。その方が今後のためにもなるだろう。


「さて、どうだろうか」


 目を閉じて、手を水龍に向けてかざす。

 願力を伝えるように体外へと流し、意思を載せた。


 ――何故この地に来た、と


「......駄目そうか?」


 返事はなかった。

 水龍は僕の問いかけに反応することなくただこちらを静かに見つめていた。


「まぁいいや。殺すか......いや、待てよ。そういえばそうだった」


 『絶界』のせいで水龍は願力を扱えないのだった。これじゃあただただ一方的に話しかけただけだ。返事がなくて当然だった。


「はぁ、仕方ない」


 水龍に願力による念話が通じていることを期待して、再び願力を送った。


 ――お前に聞きたいことがある。もし言うことを聞くなら回復魔法をかけてやる。そうでなければお前を今すぐ殺す。さぁ、どっちを選ぶ?


 当然、水龍が答えることはなかった。だが、明らかに先ほどまでと違って殺気を感じることはなく、静かに僕を見据えているだけだった。


 ――これは、会話の余地ありってことでいいのかな


 そう思い、警戒しつつ結界の内部へと入っていった。


「......」


 警戒するように、水龍は視線を逸らさぬまま後ずさりしていった。


「はぁ。今すぐ回復魔法をかけてやるから動くな。――『再生ほら』」


 自身の願力を魔力に変換し、回復魔法を発現させた。

 さすがにこの規模の巨体の回復ともなると、必要な魔力量が凄まじかった。少しばかり立ち眩みがする。

 すると薄緑色のオーラが弾けるように消えると、水龍の裂けかけた尾はくっつき右腕は何事もなかったように再生した。


「......」


 水龍は自身の体を見まわしていた。

 確かめるように姿勢を起こすと、翼を狭い結界内ではためかせた。


 ――聞き出した後に殺そうかと思ったけど、なんだかなぁ


 傷が治った水龍と昨日回復魔法をかけて喜んでくれた人々の顔が重なって見えてしまった。先ほどまで命を懸けたやり取りをしていたというのに、不思議なものだ。

 僕は再び意思を伝えるため、水龍に向けて手をかざした。


 ――今からこの結界を解く。地上に近づけばお前は飛べるはずだ。話は地上でしよう


 すると水龍は僕の言葉を解するように立ち上がった。

 長細いとはいえ、その大きさは圧巻の者だった。


「さて、行くぞ」


 地上よりも魔力濃度が薄いため『絶界』は僕の解除を待たずして崩壊し始めた。

 亀裂音とともに結界は底面から崩れ落ち、僕らは地上へと落ちていった。

 水龍の隣に張り付くように、地上に向けて急降下。水龍はその翼を大きく広げて風を受けていた。

 次第に水龍の翼に願力の光が満ちだし、制御を取り戻すように水龍は飛び上がった。

 僕もそれに合わせるように飛行魔法を発現する。

 なんとも不思議な感覚だ。つい先ほどまで追いかけっこをしていたというのに、今ではこうして隣を飛んでいる。

 僕は水龍を先導するように、人気のない場所へと飛んでいった。




――――――




 どこかもわからないが、魔願樹より北西側にいることは確かだ。北部にある川らしきその一部が見えた。

 僕と水龍は見晴らしのいい平原に降り立った。

 辺りは北部同様手付かずの自然が広がり少し強い風が吹いていた。

 僕は水龍の方へと歩みだし、水龍は体を伏せるように頭を地面に下げた。


 ――それで、話はできそうか?


「――『ああ』」


 声は聞こえないが、確かに水龍の意思が理解できた。相変わらず、何とも不思議な感覚だ。


 ――まず、僕の質問に答えろ。何故この地まで来た


 すると水龍は頭を上げて北の方に目を向けた。


「――『私たちは逃げてきた』」


 端的に、水龍はそう答えた。


 ――何から逃げてきたんだ?


「――『地脈の龍王、そして異変からだ』」


 地脈の龍王。この言葉に覚えがあった。おそらく地脈から直接魔力を吸収する魔物のことだろう。だが龍と表現したためそれは言葉の通りの姿をしているに違いない。

 異変についても、地脈異常で間違いないだろう。そうなると願魔獣による汚染被害から逃げてきたことになる。


 ――事情はよくわかった。だが、お前たちはこの地にいてはいけない


「――『それは何故だ?』」


 ――簡単だ。人間が、お前たちを殺しに来るからだ


 すると水龍は僕を鋭い眼差しで睨んできた。


「――『何故、何故かようなことを!』」


 ――それは僕たちがお前らと同じ、生きていくために必要だからだ


「――『......』」


 水龍から返事はなかった。

 長く生きた分、賢く物事を理解することができるのだろう。

 正直、このことを伝えたら再び襲い掛かってくるのではないかと心配していたが大丈夫そうだ。水龍は再び落ち着きを取り戻すように地面に伏せた。


 ――だからこれは僕からの提案だ。黙ってこの地を去ってくれ。そうすればお前の命は奪わない


「――『彼は、私の彼はどうなった!?』」


 思い出したかのように、水龍は突然上体を反らして起き上がった。

 僕の提案など聞いてもいない様子だ。


 ――それについては知らん。互いに殺し合いをしていたんだ。きっと殺されているかもな


「――『ああ!嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!......やめてくれ!』」


 悲痛な叫びが僕の脳内を埋め尽くした。

 だが今更僕がどうしようと殺されていれば殺されているし、そうでなければそうでないと、現実が変わることはない。


 ――ん、いや待てよ?僕も楽観している場合ではないのでは......


「まずいっ!」


 そのことに気づいた瞬間、互いに地上を飛び立っていった。

 並走するように僕らは飛び立つと、湖がある東側へと一直線に駆け抜けていった。


 ――おいお前!もっと早く飛べ!このままじゃお前のパートナーが殺されるぞ!


「――『何故こちら側がやられる前提で話をしている!殺されたいのか!』」


 ――さっき僕に殺されかけたくせに!もう一度殺されたいのか!


 そう言い合いながら湖に向かって互いに今日一番の速度で湖を目指していった。


「――『どこだ!どこにいる!』」


 ――この辺りのはずなのに見えない!


 水龍と共に周囲を見渡すが、どこにもカイレン達の姿が見えなかった。

 湖は人が完全に避難し、もぬけの殻となっていたため妙な静けさを嫌でも覚えた。

 冷汗が頬を垂れ落ちる。


「――『まさか、共倒れというわけでは』」


 ――いや、カイレンがやられるわけない。きっとどこかに......


「あれ、エディだ!」


「――え?」


「――『誰だ?』」


 突如として現れた声に振り返る。

 するとそこには水龍でもカイレンでもない、イアゼルが目を丸くして僕らを見ていた。


「えっ、なんでエディは水龍と一緒にいるの!?」


「えーと、それは......ってそんなことよりもカイレンはどうなった?!」


「そ、そんなに慌てないでよ。大丈夫、水龍は逃げていったよ」


「本当か!?よかったぁ......」


 緊張が解け、心地いい脱力感に襲われた。


 ――よかった、カイレンが無事で


 心からの安堵に胸をなでおろすばかりだった。が、人の言葉を解せない水龍は様子が違った。


「――『どこだ!どこにいるんだ!』」


 ――落ち着け、朗報だ。お前のパートナーは逃げたから生きてるって


「――『ほ、本当か!?』」


 ――ああ。だから落ち着いてくれ


 すると水龍は甲高い咆哮を空に向けて放った。

 その音圧は凄まじく、隣にいるだけで頭が割れそうな勢いだった。


 ――うるさい!少しは静かにしろ!人が寄ってくるだろ


「――『人のことなどどうでもよい。それよりも、どこに行ったんだ?』」


「――『――それならあっちの方だよ』」


 するとイアゼルは何食わぬ顔で水龍と僕の念話に割り込み、北の方を指さした。

 願人だけあってさすがだ、念話はお手の物。


「――『向こうだな。わかった』」


 ――ちょっと待て!


「――『ん?なんだ。私は急いでいかねばならぬ』」


 ――最後に一言だけ。もうここには来るなよ。ここは人間の縄張りだ。次来たら確実に殺す、いいな?


「――『ふん。まぁいい。だがもし人間が私らの安寧を脅かすようであれば容赦せん。食い殺してやる』」


 僕と水龍は互いに牽制し合うように物騒な言葉を掛け合うと、水龍は翼を大きくはためかせた。


「――『ではな、理から外れし者よ』」


 ――ああ、二度と来るなよ。......って、お前記憶を覗きやがったな!


 そういえば僕は体質の都合上念話の最中に相手に記憶を覗かれることがあった。


「――『勝手に見えてしまっただけだ。ふふっ、だが実に興味深い。次会ったときはもっと覗かせろ』」


 ――次があるのかよ......ほら、さっさと行け!


 僕が嫌そうな顔を向けると、水龍はそれ以上語ることなく鼻を鳴らしながら背を向けて飛び立っていった。


「あれ、行っちゃった」


「いいさ、人と龍は深く関わるべきじゃない。これが正解だ」


 僕自身は水龍と意思疎通が図れるが、普通の人間であればこうもいかないだろう。果たして世界中で何人の人が古龍と念話できるということを知っているのだろうか。

 もし僕が水龍を見逃している様子を誰かが見ていたらどう説明すべきか。

 念話での交渉の末、水龍を退けたと言って信じてくれる人はどれほどいるのか。


 ――まぁ、考えるだけ無駄か


 あれもこれも全て『見願』だからと言ってしまえばどうにでもなる気がしてきた。便利な言い訳だ、まったく。


「さて、カイレンはどこだ?」


「噂をすれば、人って来るもんなんだね」


「ん?」


 するとイアゼルは北側を指さした。

 目を向けると遠ざかる水龍の傍らを、カイレンはすれ違うように横切っていった。


「よかった。無事みたいで」


「ねぇ。それよりも、エディの制服どうしたの?腕の部分が切られてるけど......」


「あぁ、えーとだな。――腕を切られたよ、はは......え?」


 誤魔化しても仕方ないのでありのままを伝えた。が、その瞬間イアゼルから凄まじい量の願力が渦巻いた。


「......イアゼル?どうしたいきなり」


「......許さない。絶対に、許さない!」


 怒り心頭といった様子でイアゼルは水龍を睨みつけ手をかざした。


「ちょっと待て!落ち着けイアゼル!」


「落ち着いていられるわけないでしょ!あいつ、よくもエディを!絶対に殺す!」


「だから落ち着けって!なぁ!」


「むあっ!?」


 殺気立ったイアゼルの視界を遮るように無理やり抱きしめ胸に埋めた。


「僕は死なずにここにいるだろ?あいつを許す必要はないが、見逃してやってくれないか」


「えー......。すぅ――はぁ。まぁ、エディがそう言うのなら......すぅ――はぁ。仕方ないなぁ」


「......何を深々と吸ってるんだ?まぁいっか」


 とりあえず、イアゼルの周囲を渦巻いていた願力の光が消え失せたのを確認できたのでよかった。

 危うく凄まじい威力の魔法が水龍目がけて撃ち込まれるところだった。

 戦闘による疲労感と感情の起伏の激しさの重ね合わせによって、ごっそりと気力が失われたような感覚を覚えた。


「――おーい、エディー!って、あぁー!?」


 すると先ほどまで遠くにいたはずのカイレンがいつの間にかすぐそばまで来ていた。


「イアゼルずるーい!私が頑張って追い払ったって時に!」


 カイレンは制服に傷一つ付けずに水龍を追い払ったらしい。

 疲れた様子も見せずに、僕の胸元にしがみついているイアゼルに言及していた。


「イアゼルが暴走しないようにこうしているだけだ」


「暴走?そうなんだ。あっ、そうだ。エディ、水龍を仕留めなくてよかったの?あいつとすれ違ったとき襲ってこなかったから見逃したけど」


 イアゼルは遥か遠くを飛んでいる水龍に指さした。


「あいつと念話して、ここには来ないように忠告したから多分大丈夫だ」


「念話?あ、そういえばエディはできるんだっけ」


「あぁ。ちょっとばかり記憶を覗かれたけどな」


 本当に、記憶を覗かれるのが今のところ古龍と理解のある吸血族の生き残りだけでよかった。もし口の軽い奴にバレたりでもしたら一大事だ。今までの努力が全て無駄になってしまう。


「やっぱりあいつを倒した方がいいんじゃ......って、あれ?どうして腕の部分が切れてるの?」


 ――あっ、マズい!気づかれた!


「聞いてよカイレン!」


「ん、どうしたのイアゼル?」


「あいつ、エディの腕を切り落としたんだよ!」


「......えっ、エディの、腕を?あいつが?」


「そう!」


「......なんであいつが生きてるの?」


 先ほども見たような光景が、目の前に再現された。

 カイレンは水龍が飛んでいった方に体を向けると、赤黒い殺気の籠った願力をその身に宿した。その規模は願人であるイアゼルにも引けを取らないほど膨れ上がり、今にも凄まじい威力の魔法が放たれようとしていた。


「――待ってくれ、カイレン!」


「むあっ!?」


 イアゼルの時と同様に、意識を無理やり遮断するようにカイレンを深々と抱きしめた。


「確かに僕は腕を切られたけど、こうしてもとに戻ってるし、死んでない。だからあいつのことは許さなくていいから見逃してくれないか?」


 同じような言葉が自然と口からこぼれていた。


「うー......。すぅ――はぁ。まぁ、エディがそう言うのなら、すぅ――はぁ。仕方ないなぁ」


「......お前も吸うのかよ」


 半分ずつとはいえイアゼルとカイレンは同じようなことをして落ち着きを取り戻した。

 気づけばカイレンの周囲に満ちていた願力の光は消え失せていた。


「まぁ、これでよかったんだよな」


 カイレンに吸われるまま空を仰ぎ見てそう呟いた。

 本来であれば脅威の排除のために殺しておくべきだったが、意思疎通ができて交渉の余地がある以上そうすることができなかった。人の心の弱さを改めて実感するようだ。


「ごめんね、エディ」


 するとカイレンは顔を埋めたまま謝罪の言葉を僕に向けて述べた。


「ん?どうしてカイレンが謝るんだ?」


「だって、エディがこんな状態になってるときに水龍と追いかけっこして遊んでたから」


「......もしかして、余裕だった?」


「......うん」


「......そっか」


 どうやら僕が苦戦した水龍でさえ、世界最強にとっては遊び相手だったようだ。

 それもそのはず。湖にいた時は相手の方が完全に有利な条件で戦っていた。一部の魔法による攻撃は物質的な防御の前ではかなり弱い。ましてや水を使った防御など以ての外だ。

 不利な状況から一転すれば強化された水龍にすら無傷で撃退とは。だがカイレンが水龍を逃してしまったのは飛行速度の違いだろう。水龍は本気を出した僕と同程度の速度で飛べるのだ。カイレンが本気を出しても追いつけるはずがない。


「まぁ、あれだ。別れてそれぞれが戦おうと指示を出したのは僕だ。受けた傷の責任は全て僕にある。だから、気に病まないでほしい」


 そう言って僕はカイレンの背中をさすった。


「うん、わかった。でもよかった、エディが無事で」


「僕も、カイレンが無事帰ってきてくれてよかった」


「むぅ、私そっちのけで二人で盛り上がらないでよ。寂しくなっちゃうじゃん」


 イアゼルから茶々を入れられた。

 拗ねられると困るので、僕とカイレンは引き離れた。


「すまんすまん。はぁ、それで皆はどこに......」


「真下を見て」


 イアゼルが指さす場所に目を向ける。

 するとそこには開拓部隊のほぼ全員が揃いも揃って僕たちのもとへ駆けよっている姿が見えた。


「既に通達員に水龍は撃退したと伝えておいたからね」


「まじか、行動が速くて助かる」


 イアゼルは念話を示すような身振りをしながらそう言った。


「二人とも行ってきなよ。みんな心配してるだろうからさ」


「そうだね。みんなに報告しなくっちゃ」


「あぁ、水龍は僕とカイレンが撃退したってな」


 するとカイレンは僕の手を引いて下方に向かっていった。


「さぁ、英雄様たちのお帰りだ!」


「はは、そうだな!」


 カイレンに導かれるまま、僕たちは地上へと向かっていった。

 日は高く昇り、気が付けば曇り模様は晴れ模様へと移り変わっていた。

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