第45話 第一次グラシア開拓作戦 2

 二日目の朝は昨日の様子からは信じられないほどの濃い霧の中から始まった。

 それもそのはず。近場には湖があり、気温は低い。発生条件としてこれほど明確なものはなかった。


 ――だが、僕の前では属性に関連する事象など手中に収まるものに過ぎない。


「霧、すごいね」


「ああ。でもなんだかこれはこれで雰囲気があっていいかもしれないな」


 そうは言いつつもカイレンに可変制服に願力を注いでもらっていた。


「よし、これで十分かな」


「ああ、ありがとな。――それじゃあ始めよう」


 少し人気の少ない木々の奥、大勢に悟られないように魔力の吸収を始める。

 吸収の中心を次第に湖の上へと移し、固定させた。

 水面は吸収されてゆく魔力の流れによって少し波立っていた。


「あっ、みんな気づきだしてきたかも」


 カイレンの言う通り、早朝から起きていた者はその異変に気が付き始めた。


 ――とりあえずこのことは後で説明するとして、今は集中だ


 魔法の発現に必要なイメージを願力によって魔力へと流し込む。


「よし、それじゃあいくぞ。――『解霧はれわたれ』!」


 僕の掛け声が引き金となり魔法の行使が始まった。

 湖の上空に突如として出現した渦はたちまち周囲の霧を吸い込み始めた。

 次第に渦は大きな水の塊へと変化していき、並行するように視界が徐々に晴れてきた。


「おお!すごいすごい!」


 隣で見ているカイレンは楽し気にその様子を眺めていたが、事情を知らない人々はただ唖然とその様子を眺めていた。


「そろそろ、いいころだろう」


 周囲に蔓延していた深い霧はいつの間にか消え去り、曇り模様の空が見えてきた。

 そのことを確認して、僕は巨大な水塊をゆっくりと湖へと投下していった。

 もし近場に天幕がなければ派手に湖に落としていたところだ。


「ふぅ、一件落着」


「お疲れ様、エディ」


 人がいる天幕内でできなかった、毎朝恒例のおはようのハグを済ませる。


「よし、これで今日も頑張れる」


「あぁ。今日は川を目指して進行するからな」


 夕食後の作戦会議によって、僕らは三日目に行く予定だった川を目指して進むことになった。


 大まかな内容としては、まず進行する最中に魔物がいれば総力をもってそれに対処。次に川に辿り着き次第周辺の探索を全員で行い、もし水龍がいなければ周辺一帯の魔物の殲滅。もし水龍がいる場合は第二部隊は撤退し、第一部隊のみで対処に当たるというものだ。


 当然水龍討伐に向けた作戦も同時に考えられていた。

 まず、切り札としてカイレンと僕の存在が挙げられた。だが古龍種は総じて賢いため、自身より格上の存在を認知するとたちまち逃げ出してしまうらしい。そのため戦闘開始直後のカイレンと僕は水龍の攻撃を魔法によって防御するタンクとして立ち回ることになった。

 次に水龍が撤退しない程度に中距離から魔法で攻撃を加えつつ、近接戦闘が得意な者によって意識を完全に僕とカイレンから引きはがす。水龍がそれらの対処を行っている間、僕が水龍を囲い込むように『絶界』を発現。もし囲い込めないようであれば周囲に複数展開させて無理やり弱体化を図る。そして魔力濃度の低下によって防御力が落ちたところをカイレンらが遠方から魔法の弾幕によって一斉掃射。

 もし仮に討伐ができなくとも、深手を負った水龍はしばらくこの地に来ることはなくなるため命を優先して対処に当たることとなった。


「それじゃあみんなのところに行こうか。奇跡の給水主エディゼート様」


「......はぁ。もしかしたら霧を晴らしたせいで余計にそう言われるかもしれない」


 そんなことを言いつつも、僕らは拠点の方へと歩いていった。






――――――






 ――一日目と同様、開拓部隊はイリスを先頭に森の中を突き進んでいた。

 昨日の成果もあってか、森の中に魔物の気配はなく動物たちの声が時々聞こえてくるだけだった。


「それにしても、エディゼート。お前ってやばいな」


 開口早々、ゲテルは僕の肩を叩きながらそう言ってきた。


「いくら吸引する魔法があるからとはいえ、広範囲の霧だけをっていうのはさすがに驚いた」


 バーゼンもいつになく驚いた様子で語り掛けてきた。


「一体どんなことを考えれば霧だけを吸い込めるんだ?」


「えーと、それは僕が『見願』だからって理由じゃ駄目か?」


「『見願』か。確かにでたらめなことでも、そうならば不思議と納得できてしまうな」


 ――ふぅ、よかった


 アベリンとベリンデの二人と初めて会った懇親会での失態が、今になって功を奏しているという何とも言えない状況に自分の運の良さを自覚するばかりだ。

 大体のことは『見願』だからと一言いえば誤魔化せる。魔力を吸収できる魔法を使えることも、無詠唱で魔法が使えることも。歴代の見願様に心からの感謝を申し上げたいくらいだ。


「なぁ、エディゼート」


「ん?どうしたラーカ」


 すると僕らの背後には僕と同等の背の高さをもつ大柄な女冒険者、ラーカが不気味な笑みを浮かべて僕のことを見ていた。


「提案だ。私のパーティーに入って、世界一の冒険者として歴史に名を残そうじゃないか!」


「却下だ」


「即答かい。もう少し悩め」


 恐ろしく速いのは僕の返事だけでなくラーカのつっこみもだった。

 当然、僕にはカイレンと交わした約束があるためカイレンが冒険者にでもならない限りその道を選ぶことはない。


「暇なんだなお前は。まぁ、水を創り出せる僕の存在が冒険者にとって有用なものであるのはわかってるさ。でも、たとえどんな提案があろうとも僕はカイレンから離れるつもりはないよ」


 心に誓った約束を明言した。


「はぁ。――だってよお前ら!エディゼート様の勧誘失敗だ!失敗。残念だなバルトレッド、水係は続投だ」


「えぇー?そんなぁ」


「あはは!頑張れ弟よ!男ならできるっ。ほら、しゃきっとして」


 後続ではセントレッタがバルトレッドを背中を強く叩いて慰めていた。

 本当に、冒険者というのは愉快な奴ばかりだ。

 何と言うか、いろんな意味で気が楽だ。基本的に身分を過度に重んじることがなく、仲間になった人は皆兄弟のように接してきてくれる。

 ある意味、僕もカイレンも実は冒険者向きの性格だったのかもしれない。


 そんなことを考えながら森を進んでいると、いつの間にか木々はその数を着実に減らしていった。



――――――



「みんなお待たせ。もうすぐ森を抜けるはずよ」


 イリスは手にした地図を眺めながらそう言った。


「ふぅ、やっと薄暗くてジメジメしたところから出られるぜ」


 そう言ってゲテルは伸びをした。


 昨日の時点では進むことのなかった未知の領域。

 小高くなった場所を乗り越え、僕らはついに森の外へと踏み出した。



「――おお、すげぇ」



 その光景に、思わず息を吞んだ。

 僕らの眼前には、今までの森が嘘のように思えるほどの低草原が広がっていた。

 まるでこの場だけ特別な力がはたらいているようにも見えるその光景は、神秘的な力を感じざるを得なかった。

 どこまでも続いていそうなほど広大な平地。冬がようやく終わり、春先に向けて草花はその青々しさを命一杯大地に広げていた。


「まさか、こんな場所があるとは」


 全く予想もしていなかった光景を前に、バーゼンは魅入られたように呆然とその景色を眺めていた。


「風が......自然が歌っているみたい」


 イリスは目を輝かせながらそう言った。

 その言葉が適するように、平原を吹く風によって大地からは草木の葉同士が擦れ合う心地いい音が響いていた。

 するとまるで僕たちを歓迎でもするように、雲間から太陽が顔を出してきた。

 一筋、また一筋と空から降り注ぐ光の柱は神々しく大地を照らしていた。


「......きれい」


「ああ、本当にきれいだ」


 隣のカイレンも、一言そう呟いて目に焼き付けるように草原を眺めていた。


「これは、開拓なんかしないで残しておきたいくらいだ。母ちゃんに見せてあげたい」


 ゲテルは地面に座り込んでそう言った。

 本当に、人の手を加えるのも躊躇われるような自然の美しさがどこまでも広がっていた。


「あそこにあるのが今回の目的地の川ね」


 イリスが指さす方向、わずかだが水が流れている様子が確認できた。

 地図上に明記された、この草原を避けるように湾曲した流れの緩やかな川。僕らが目指すべき場所が、目の前にあった。


「さて、行こうか」


「ああ、そうだな」


 あくまでも今の僕らの目的は北部の開拓。そのことを忘れないよう促すようにカイレンはそう言った。

 その後とても長い隊列は、自然の神秘を傷つけぬよう轍を辿るように進行していった。




――――――




 川に到着すると、僕らは一度作戦会議も兼ねて小休憩をとることにした。

 それぞれ装備を抱えて足場の悪い道なき道を何時間も歩いてきたので、大勢の人々は大地の恵みを享受するように冷たく透き通った川の水に手を伸ばした。


「ふぅ、冷たくておいしい」


 カイレンは『顕願ヴァラディア』によって生成したコップに水を汲んでそれを一気に飲み干した。


「あまり飲み過ぎると腹を下すぞ?」


「平気平気。魔法使いは体の中身も丈夫だから」


 僕は一応回復魔法なるものが使えるが、原因が内部に存在する場合は治せないことの方が多い。例えば、病や呪いの類など。だが酔っ払いには効くのでその基準がよくわからないままだ。


「それにしても、歩いてたった数時間の場所にこんなところがあるなんて」


「はは、何だかもっと奥まで探検してみたくなってきたな」


 調査隊は飛行魔法によって上空から偵察しただけなので、このような草原はいちいち地図に明記していなかったのだろう。おかげで初めて出会う景色に感動を覚えることができた。


「後でエイミィやレイゼ達にも見せてやりたいな」


「うん。そうだね」


 レイゼは今頃何をしているのだろうか、ふとそのようなことを考えた。時期的にはもうすぐ第一次選抜が始まる頃だ。果たして、レイゼは上級冒険者になって推薦枠を手に入れられるのだろうか。


「はぁ、エイミィには私がいなくなった穴を埋めるようなことをしてもらっているから、申し訳なくなってきたなぁ」


「はは、それに今は僕の後輩になる新入りの面倒も見なくちゃいけないからな」


 年に一度の一般選考試験は既に終わり、今は合格通知を受け取った者が研修生として様々なことをやらされている頃だ。

 実質同期と呼べる存在について気になっているため、この作戦が終わり次第少しだけディザトリーに顔を出すのもいいかもしれない。


「エディったら、たった三か月くらいの差しかないのに先輩面しようとしてるの?」


「ははは、そんなわけないさ。ただ、どんな人が来たのか楽しみと言うか、そんな感じだ」


 魔願術師協会の中でもディザトリー支部は選考基準がとても高く、全世界で最も所属が難しいとされていた。その主な原因は魔願帝序列第一位の籍がディザトリー支部に置かれるため、その格式を乱さないようにするためだ。

 だが今の第一位はカイレンだ。威厳も格式も、協会上層部が望むものを捨て去るような非模範的行動しか起こさなかったカイレンは、何度か第一位の称号を剥奪されかけていた。そのことをエイミィから聞いた時のカイレンは、下手くそな口笛を吹いてそっぽを向いていた。


「もしかしたら、新たな魔願帝候補になるかもしれないね」


「あぁ、そうかもしれないな」


 そう言って、僕らは皆のいる方へと歩いていった。

 皆休憩は済ませたようで、作戦会議に移るため全員近場に集まっていた。


「みんなお待たせ。さて、作戦会議をしようか」


 カイレンの一言によって、僕ら第一部隊の面々は円を作るように集まった。


「それで、ここら一帯が今回の作戦の最終地点になるけどどうする?」


 更なる進行を図るか、早期に撤退して他の場所の開拓を進行させるか、二択を問うようにカイレンは一同を見渡した。


「まず、俺から一ついいか?」


 バーゼンは手を挙げた。


「うん、いいよ」


「では話をしよう。まず、この地に水龍がいなかったことについてだ。現段階で、水龍による脅威が完全に無視できないものとなってしまった。その理由は、あの湖だ」


 そう言ってバーゼンは後方の湖がある方角を指さした。


「あの場所まで水龍が飛来することがわかっている今、今作戦中にどうしてもやつを仕留めておかなくてはならない。だが、今その姿すら確認できずにいる。これは非常にまずい事態だ」


 今作戦の全体目標である、魔願樹より半径十五キロメートル圏内の脅威を排除。その完全達成ができない状況が出来上がってしまっていた。

 再びいつ水龍がこの地を訪れるかわからない。情報がなくてはその脅威を排除する段階にすら立てずにいることになる。


「別動隊に水龍の捜索を依頼しているが、今現在では手掛かりなしだそうだ。それどころか、魔物の数は東部にかなり集中しているらしい。不自然な地龍の群れを確認したそうだ」


 バーゼンは度々部隊の連絡役と情報を交換し合っていたので、こうしてこの場で情報を周知させたのだろう。


「なぁ、待て。もしかしたら水龍の次の標的って......」


「ああ、ジニーの考えている通り、東部の生き残りに向けられるかもしれない」


「......まじかよ」


 冒険者としての経験がそう判断したのか、ジニーとバーゼンの考えは一致していた。


「ってことは、今別動隊の連中がかなりまずいことになってるんじゃないのか?」


「その可能性もある。だが西部の状況はまだ探索が行われていないためわかっていない。もしかしたらそっちにも生き残りがいるかもしれない」


 可能性ばかりの会話から、判断基準としての情報が少なすぎることが窺えた。

 危険を抱えて作戦圏内すべての調査を進めるか、戦力を集中させて確実に開拓を進めでもしないと進展がなさそうだ。


「まぁ、思っていたよりもマズい状況ってことはわかったさ。で、どうする?」


 ゲテルは話を促すようにそう言った。


「とりあえず、今日のところはこの地域周辺の魔物の完全排除を目的に行動するのはどうだろうか。今は情報も少ないから下手に動かない方がいいだろう」


 現段階では、その判断が最善であるだろう。

 一同は同意するように頷いた。


「そうとなれば、みんなに指示を出してこようか?」


「ああ、頼むよカイレン」


 バーゼンの言葉に従うようにカイレンは輪の中から離れていった。


「はぁ」


 不安げそうな表情を浮かべながらバーゼンはため息を吐いた。


 ――それにしても、情報か


 考えられることはいくつもある。例えば、水龍がこうして人里近くまで飛来する程の脅威がこの遥か先に待ち受けていることや、予想外の水龍の襲来によって大量の犠牲者が出てしまうことなど。考えだしたら不安なことばかりできりがない。


「......なぁ、ジニー」


「ん?どうしたエディゼート」


「水龍って、どれくらい速いんだ?」


「......ん?ってまさかまさか......!」


 最初僕の質問の意図が理解できていないのか、ジニーは一瞬首を傾げたがすぐさまそれを理解して目を丸くさせた。


「あぁ。――水龍を、探しに行こうと思う」


 僕の言葉にジニーだけでなく他の人たちも振り返った。


「ちょっと待て!確かにエディゼートは強いかもしれねぇけど、あれは別格だ。えーと、そんでさっきの質問なんだが水龍は飛龍である以上驚くほど速い。だから並みの速さで飛んでるとすぐ追いつかれちまうだろうよ」


「そうか......」


 実際この目で確かめないことには何とも言えないが、水龍の飛行速度は速いらしい。


「あとあれだ!腹を空かせた時期の水龍はあり得ないほど気性が荒いんだ。目につくものすべてを食って壊そうとしてくる」


 討伐経験者だからこそその危険度を知っているのだろう。まるで僕を引き留めるようにジニーはそう言った。

 それに今は魔力濃度が以前よりも高くなっているため、以前クレウルムたちが戦った水龍よりも強力な個体として認識するべきだ。


「エディ、俺も行かない方がいいと思うぞ?」


 ゲテルもそう言って僕を引き留めようとした。


「あぁ、わかった。――じゃあ、僕一人で行かないことにするよ」


「あぁ、よかったぁ。エディが一人で行くかと思って......ん?あれ、今なんて......」


「だから、僕一人で行かないことにするよって言ったんだ」


「「......」」


 一同に沈黙が訪れた。


「お待たせー!みんなに伝えてきたよーって、あれ?どうしたのみんな急に黙り込んで......」


「――なぁカイレン。僕と一緒に水龍を探しに行かないか?」


 僕はカイレンに向かって笑顔でそう提案した。


「水龍?うん!いいよ。エディと一緒ならなんだってするんだから」


 あっさりと、二つ返事が返ってきた。

 その間も、他の人たちは皆揃ってその様子を黙って見ていた。


「ってことだ。世界最強が隣にいることだし、問題ないよな?」


 すぐに返事は返ってこなかった。

 相変わらず、無理解を強制させられたように口をぽかんと開けていた。


「反対意見がなければ行ってくるぞ?」


「ま、待ってくれエディ。正気か?」


 口を開いたのはバーゼンだった。


「世界最強の魔願術師ディザイアドに、世界最強に推薦された元魔法使いの二人だ。ここで水龍くらい見つけ出せなくてこの先どうするつもりなんだ」


 強引に自分の意見を押し付けるように引き留めるバーゼンに対してそう言い放った。


「確かに、そうかもしれないが......」


「大丈夫だよ、みんな」


 次に口を開いたのはカイレンだった。


「いざとなれば私がなんとかするから!」


 カイレンは満面の笑みでそう言った。


「そ、そうか......。はは、カイレンがそう言うのなら不思議と大丈夫な気がしてきたな」


 カイレンの言葉は実に曖昧にもかかわらず、何故か強大な説得力があった。

 それは世界最強であるが故のものであることは確かだ。誰もカイレンの実力を否定できるものはこの場にはいなかった。


「まぁ、そういうことだ。これからもっと強い魔物と戦うことだってある。だから一度僕らがこの先やっていけることを証明しようじゃないか」


 念押しするようにバーゼンの肩を叩いた。


「あぁ、そうだな。二人にそう言われちゃ、どうしようもないな」


 納得した様子でバーゼンは頷いた。

 すると考えを改めたのか、周囲の人たちも理解を示すように頷いた。


「じゃあ、そういうことで僕たちは行ってくるよ。皆はここに残るよな?」


「ああ。だが日没までには湖の方に戻ってるはずだ。くれぐれも、無茶だけはするなよ」


 念を押すようにバーゼンは僕の肩を強く叩いた。


「あぁ、わかった。――行こうか、カイレン」


「うん!」


 確認を済ませた僕らは集団から離れていった。


「念のため少し願力を注いでくれ」


「わかった」


 そう言ってカイレンは僕の背中に手を当てて願力の供給を始めた。

 次第に制服からわずかに漏れ出ていた願力の光が強まり、僕の目には制服が淡い光で白く輝いていた。


「もう大丈夫だ、ありがとな。――さて、皆を心配させないように、バカみたいな速度で飛び出してやるか」


「えへへ、エディもだんだん私みたいなことを言うようになってきたね」


 誰のせいだと心の中で念じて、大気中の魔力を吸収して身体強化魔法をカイレンにも付与した。


「強化魔法もかけて、制服に願力も注いで、準備は万全だ。舌を噛み切らないように気を付けろよ?」


「はいはい、わかってるって」


 ちょっとしたやり取りを済ませると、僕は自身とカイレンに飛行魔法を付与した。するとたちまち体は宙へと浮かび上がり、皆のいる場所の上空まで高度を上げていった。


「気をつけてなー!」


 地上にいる皆がこちらに向けて手を振っていた。


「ああ!――それじゃあ、――『飛翔いってきます』!」


 別れの挨拶と共に、吸収した魔力を一気に推進力へと変換。

 空気が爆ぜるような音と共に、僕たちはグラシアの上空を目にも止まらぬ速さで駆け抜けていった。

 皆の様子は見えない。だが地上には物凄い風圧の突風が巻き起こっただろう。


 ――目指すは魔願樹より西部。水龍を見つけられるように


 そう念じて僕はひたすらに速度を維持していった。

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