第43話 開拓作戦開始前 2
「実は王宮なるものの建設案がいくつか出されていまして」
そう言うと職員の女性らが囲んでいた机の上には何枚かの図面が置かれていた。
「おぉ、すごい!これって私のおうちってこと?」
イアゼルは目を輝かせていた。
王たるもの、その威厳を示すために王宮は必要不可欠だ。
どうやら僕らと彼女らの目的はこの机の上一つで事が済みそうだ。
「はい。開拓の進行状況を考慮いたしますと、丁度今頃から作業に取り掛かれば建国の際に王宮が出来上がるはずです」
「なるほどなるほど」
返事はしたものの、イアゼルは職員の言葉そっちのけで図面を漁っていた。
僕らも図面に目を落とす。
「へぇ、いろんな種類があるんだ」
カイレンの言う通り、様々な様式の図案があった。標準的な城のような見た目から、庭園を前面に構えたものなど、多種多様だ。
「どれもすっごくいいね......」
これらの内どれかが今後この地に建てられると考えると、とても心が躍る。
何せ自分のために建てられるようなものだ。イアゼルにとっては堪らなく嬉しいものだろう。
「ん、見て見て二人とも!」
カイレンは何かを見つけたように僕らに手を招いた。
「どうしたんだ?」
「これすごくない?魔願樹の周りを回廊のように囲んだ建物だって!」
見てみると、確かにその図面の完成予想図にはそのようなものが描かれていた。
まるで国の目玉、つまり象徴となるような目を惹く造りだった。
何層にも積み上がったガラス張りの渡り廊下や、地上付近に階層を設けない、まるで空中に浮かんでいるように見える設計には心惹かれるものがあった。
「本当だ、何だか近未来的な造りだな」
「すごい......」
他を見る限り、このような斬新な構造をしているのはこの一枚だけだった。
「あ、その一枚をご覧になられましたか?実はそれは世界的にも有名な建築家の方が発案したものなのですよ」
「へぇ、いいね。これ気に入ったかも」
イアゼルはそう言って図面を占領するように覗き込んでいた。
ディザトリーを例に魔願樹から絶え間なく溢れ出る願力を利用したエネルギー機構によって、その周囲には最新技術を搭載した発電施設等を併設すると書かれていた。
「お気に召したようで何よりです。現在このグラシア特別区は全家屋に送電線を張り巡らせる計画が立てられています。イアゼル様のお力に頼り切ってしまうこととなってしまうのですが、もし実現ができた暁にはこの特別区は最新鋭の環境設備が整った国として世界中により存在をアピールすることができると思います」
意気揚々と、女性職員はイアゼルにそう答えた。
現在ディザトリーでは願力をガネットの力によって必要な場所に供給することで、照明などの魔道具を使用することができている。
これはディザトリーという街が他国と比較して人口が小規模であることによって成り立っていることであって、グラシア特別区ではそれは人口に対する供給量的に不可能だろう。いくら絶え間なく願力が生成されるからといっても、その量には限度がある。
そのため、電力というひと手間加えた形になってしまうがその方が確実に広域にエネルギーを供給できるのだ。
「最新鋭、ね。ふふっ、何だかかっこよくていいかも」
「判断基準が小さな子供みたいだな」
「いいじゃん!最新の設備に、私のための王宮。私第一で選ばなきゃ!」
興味を示したものには真っすぐな二人の性格がとてもよく反映された言葉だった。
カイレンも何故か納得するように笑顔で頷いていた。
「ねぇねぇ、職員のおねえさん。私はこの案がとても気に入ったからこれにしてもいい?」
「はい。いずれどういった造りがよろしいか伺おうと思っていましたので」
そう言って職員の女性は机に散乱した図面を回収していった。
「でもいいのかイアゼル?そんなにあっさり決めないで、もう少し考えてみてからでも......」
「エディならわかってるでしょ?私の性格くらい」
イアゼルにそう言われたので、ふとカイレンの方を見た。
「そうだよエディ。こうなったイアゼルには何を言っても無駄だよ」
何故か得意げそうな表情を浮かべるカイレン。
「はぁ、そっか。そうだったな。これはイアゼルが決めるものだ。余計なお世話でしたね」
想定よりもあっさりと環境部門からの用件は片付いてしまった。
あとはイアゼルと発案者当人で細かな調整を今後していくのだろう。それならば大まかなデザインが決まっていた方が話も進めやすいはずだ。
「ふふん。あ、それよりも二人のお家のことも考えないとじゃない?」
――そういえばそうだった。ここに来た目的を忘れるところだった
一応表向きではグラシア・アカデミアの建設予定地についての相談だったのだが。
「そうだな。さて、どう考えるべきか」
家の大きさ、造り、場所。すぐに思いつくようなものでもなかった。
「すみません、環境部門って土木課とかも含まれてますか?」
「はい。ですので環境に関することであればお力添えすることができると思います」
きっと、この部屋の奥にある事務室がそれに当たるのだろう。
そうとなればいろいろと相談することができそうだ。
「なぁ、カイレン。お前はどんな場所に住みたいとかあるか?例えば、静かな場所とか、街に近い場所とか」
「うーん、そうだね......。私はどちらかと言うと、少し人里から離れた静かな場所がいいかな」
意外にも、カイレンは郊外がいいと答えた。
「そうなんか。何だか意外かもしれない」
「ふふっ、エディとの時間をじっくり味わいたいからね」
「――っ!?お前なぁ......」
気恥ずかしさもなく、カイレンはそのようなことを口にした。
当然、周囲からはあらあらと微笑ましそうな表情が向けられた。
「まぁいい。それで、静かな場所となると......」
「開拓後、になるかな?」
カイレンはそう言って机の上に広げられたグラシア特別区周囲の地図に指さした。
そこには少し大きめな湖らしきものがあった。
「湖畔か。結構いいかもな」
そう言ってふと、カイレンとの生活を想像してみた。
静かな朝はボーっと水面を眺め、外に作ったバルコニーでゆったりと過ごす。少し街から離れているが、そのおかげでこの場は二人だけのものとなるだろう。
――あれ、なかなかいいかもしれない
理想にも近しい生活が容易に想像できた。
「私はね、朝ゆーっくりと起きて湖を見ながらだらりと過ごすんだ。いいでしょ?」
「ははっ、僕と全く同じことを考えてる」
いつの間にか互いを互い色で染め上げているように思えた。
「いーなぁ。そこだと存在を保つだけでやっとの距離なんだよなぁ」
心底うらやましそうにイアゼルはそう言った。
「あれ、グラシア全域くらいだったら行けるんじゃなかったっけ?」
「それは魔願樹の力を全て私に集中させた場合だけだよ。さすがに他のところに願力を注いでいるとそうもいかないんだ」
「そうだったんだ。へへ、何だか悪いねぇ」
僕のことを共有財産と言っている割にはカイレンの独占欲は大きかった。現にカイレンはイアゼルに対して勝ち誇ったような表情をしていた。
「別にいいもん。私は願人であり王になる存在なんだ。これくらいどうってことないよ」
そう強がってはいたものの、イアゼルはどこかしゅんとした様子だった。
「まぁ、あれだな。開拓が終わってから建築業者と一緒に現場視察しに行くか。その方がいろいろと決め事がしやすいだろうから」
「そうだね。じゃあ、なおさら開拓作戦に気合を入れていかないとだ」
カイレンは鼻を鳴らしてそう意気込んだ。
「ああ。さて、家の場所も大方決まって、王宮のことも決まったし。あとはグラシア・アカデミアについてだ」
本題であるグラシア・アカデミアの建設場所について、色々と考えなくてはならないことがある。例えば、用意した資金でどの程度の規模の設備を用意できるか、研究所と校舎の間取りをどうするか等。このことについてはどうも僕一人では限界がある。有識者の助言が必要不可欠だった。
「あの、エディゼート様。もしよろしければですが、その手のことに詳しい職員をお連れ致しましょうか?今であれば、集合をかけられますので」
すると近くにいた中年男性職員がそう提案してきた。
「いいのですか?」
「はい。私共、以前のパーティーよりエディゼート様が考案なさったグラシア・アカデミアについて興味がございまして。よろしければぜひ私共にも設立を手伝わせていただきたいところでございます」
何ともありがたいことに、僕の計画に協力的な姿勢を見せてくれた。
「そうなんですね、ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもございません。では、ここを離れた場所にいますが多くの屋敷を設計した経験のある建築家がいますので、その方をお呼びしますね」
「はい」
――――――
――その後、僕らはグラシア・アカデミアの構想について話し合いをした。
その最中、続々と人が集まり話し合いは会議のような形まで発展し、延いてはディザトリーの研究所を建設した関係者にまで魔道具を用いて連絡を取るまでに至った。
どうやら僕の発表以来多くの人が興味を持っていてくれたようで、その後数日間にわたって会議は進められた。
開拓作戦前の総合会館はグラシア・アカデミアのこともあってとにかく人の出入りが激しくなっていた。
話によると世界中からこの話に興味を持った人々が設立に参加したいと、申し込みが来ているらしい。先の話になるが、各人の来訪予定に合わせて行われる会議の計画も進行しているとのことだ。
局長という僕の立場は王になるイアゼルと同様に名ばかりのものだということ痛感した。
都合の合う会議のすべてに参加してみたものの、専門的な内容だったため話についていくだけでも精一杯だった。
建設予定地はなんと魔願樹のそば、つまりは王宮の近くとなった。
イアゼルが早い段階で王宮の建設案を決定したこともあって、会議は驚くほど速いペースで進行していった。
「――ってことになったんだ」
「おお、そんなところまで話が進んだんだ」
ニグルス村の宿で待っていたカイレンに、その日の会議で決定したことについて話しをした。
「よかったね、エディの目標のためにみんなが力を貸してくれて」
「本当に、ありがたい限りだ」
資金面では、魔願術師協会の会長として千年間務めてきたガネットが貯金の一部を融資として提供してくれるため、あちこちから協力を求める必要がなかった。
その他にも、早いことに各国の教育機関から声がかかることもあった。
一般層には魔道具を使った長距離間での連絡は普及していないが、国の機関となれば別だ。総合会館で行われる会議は当然のように通信用の魔道具を傍らに置いて進行していた。
「まぁ、表向きには研究と教育を主軸としたものなんだろうけど、本当は違うんでしょ?」
「はは、カイレンにはお見通しだったか」
僕がこのグラシア・アカデミアを創設しようとする背景には、もちろん思惑があった。
――それは、僕の強化と自己解析のためだ。
強化といっても、単に鍛錬を積むだけというわけではない。願力による魔法への完全抵抗を成し遂げるために、サフィリア兄妹が研究している蓄願素材の開発を促進させるのだ。そうすればいずれ願力による魔法の衝撃波に抵抗できるようになるはずだ。
それに僕の魔法を研究解析することで、もしかしたら「魔力」による魔道具が製作できるかもしれない。そうすれば、世の中の魔法体系に革新的な影響をもたらすことができるだけでなく、僕自身の正体についてもわかるかもしれない。
とは言ったものの、記憶がない時点で僕がこの世界に来た理由がわからないことに変わりはない。とりあえず、何故僕はこの世界の理に準じないのかについてだけでも解明しておきたいところだ。
「それでも、僕のこの行いはすべてが僕のためにはならないはずだ」
「そうだね。きっと、エディはこの世界に名を遺す偉大な魔法使いになれるよ」
「はは、そうだといいな」
以前までは夢物語のような構想段階のグラシア・アカデミアも、今では現実的なものとなってきた。
こうなると僕がすべきことはただ一つ。このグラシアをたくさんの人が住めるように開拓することだ。
「さて、明日からいよいよ作戦が始まることだし、今日はもう寝ようかな」
「ああ、そうだな」
ベッドは人数分あるというのに、カイレンは当たり前のように僕のベッドに潜り込んできた。
「へへへ、エディの温もりだ」
「......ほら、寝るぞ」
そう言ってベッドのそばに点けられた照明を消した。
「へへ。明日から、大変な一週間になるけど頑張ろうね。エディ」
「あぁ、言われなくとも」
――僕たちの、静かな暮らしのために
そう思って、僕は目を閉じた。
連日の疲れから、気づかぬうちに意識は闇の中へと沈んでいった。
――――――
――翌朝午前五時、グラシア特別区総合会館前にて。
総勢百名以上にも及ぶ開拓部隊が、門前に集結した。
身なりは違えど、皆目的を共にした仲間ともいえる存在だ。その顔には、これから待ち受ける脅威を前に昂る者、不安そうな表情を浮かべる者、少し眠気を浮かべる者など様々であった。
会館の二枚扉が開くと、中から金髪を一つ結びにした中年の協会職員が出てきた。
「皆集まったようだな」
イグロットは門前に集まった大勢の姿を見てそう切り出した。
「では。これより、第一次グラシア開拓作戦を開始する。皆、心して臨むように。魔物の脅威度は一般的なもののそれと大きく異なる。七日後、こうして揃って解散できるよう命を懸けても死に絶えることのないよう、存分にその力を奮ってくれ。私からは以上だ」
短く作戦開始の合図を伝えると、イグロットは次の話し手に切り替えるように少し後ろに下がった。
我らが第一開拓部隊頭首、カイレン・ゾーザナイトは集団から離れ一人前に出て振り返った。
「みんな、朝早くからご苦労。天気が晴れでよかったね、絶好の開拓日和だ」
カイレンは優し気な語り口で続けた。
「もしかしたら、開拓では私たちの想像を絶する出来事が待ち受けているかもしれない。隣にいる人が、帰らぬままグラシアの樹海に骨をうずめることになるかもしれない。本当はこう言ったらよくないのだけれど、不安なのは私も一緒。だから、皆の力を私たちに貸してほしい。できる限りのことを、グラシア開拓のためにぶつけよう。――まぁ、要するに頑張ろうってこと!これで堅苦しい挨拶はおしまい。さぁ、未来の私たちのために出発しよう!行くぞー!」
「「おぉっ!!」」
カイレンが拳を掲げると、威勢のいい声が朝の街に響き渡った。
日は既に昇り、これからの出発を後押しするように光が差した。
「では、イアゼル様。飛翔魔法を」
「うん!わかった」
イグロットの言葉に従うように、イアゼルは自身の周囲に願力を充填させた。
その輝きは凄まじく、周囲には風が渦巻いていた。
「それじゃあみんな、準備はいいかな?」
すると集団を包み込むように願力が満ち溢れてきた。
「それじゃあ、いってらっしゃい!――『
イアゼルが声高らかに詠唱すると、百名にも及ぶ全員の体が宙に浮きだした。
次第に高度と速度が増していき、集団の中からは初めての飛行経験に驚きと興奮の声を上げる者が大勢いた。
目指すは魔願樹より北側。約十分に及ぶ中距離移動によって開拓者たちとそれを支える物資が運ばれた。
――――――
「――じゃあ、ここから先は任せたよ」
「あぁ、ありがとな」
移動が終わると、会館前から瞬間移動をしてきたイアゼルは僕ら見送るように手を振った。
願人としての力を発揮できる限界範囲約三キロメートル。そこを第一拠点とするように様々な物資と人員が配置された。
「エディ、カイレン。くれぐれも無茶はしないでね。特にエディ。カイレンを心配させちゃ駄目だよ?」
「わかってるさ。でも、隣にカイレンがいてくれるなら大丈夫だ。だろ?」
「もちろん。エディに何かあろうものなら私が全力をもって叩きのめすまでだよ!」
カイレンは清々しい表情を浮かべながら拳を前に突き出した。
「はぁ、それなら大丈夫そうか。よし、私の心配はここまで。気を付けてねー!」
「ああ!」
「行ってきまーす!」
こうして、僕らは深い森に向けて足を踏み入れていった。
薄暗く深い森の中には、一体どのような脅威が待ち受けているのか。
一瞬たりとも油断ができない殲滅作戦が、今始まった。
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