第37話 キックオフパーティー 1

 人混みをなんとか切り抜けると広場の入り口に出てきた。


 広場の様子は言うまでもなく――と思っていたが、中央に生えたシンボルツリーを中心に円形のパーティー会場が低い金属製の柵で囲まれできていた。


 その中にはこの日のために設置されたとされるステージや立食用の料理を今まさに作っている仮設の屋台小屋や飲み物や皿などの食器が置かれたテーブル等があった。


「さすがにここまでくると魔願術師協会の関係者がほとんどだな」


 関係者以外は会場の中に入れないためか、入場すると周囲には協会の制服を着た人を何人も見かけた。


「ねぇ、エディ。アレザやクレウルムが来てないか探そうよ!」


「ああ、そうだな」


 カイレンに手を引かれるまま僕たちは会場の奥へと進んでいく。

 村の広場全体を会場にしているため、人を探すにも一苦労しそうだ。

 とりあえず、人だかりができているのを数か所確認したためそこに向かってみる。


「おっ、男ばかりいるということは......」


 カイレンはそう言って男性の人だかりができているところに目星をつけて行ってみると、


「あっ、やっぱりいた。――クレウルムみっけ!」


「えっ――?」


 突然声を掛けられて一瞬困惑を表情に浮かべた銀髪長身の男、クレウルムがいた。

 当然、驚きの声を出したのはクレウルムだけではなかった。周囲を取り囲んでいた男性陣も、突如として現れたカイレンを前に二度見するように振り返った。


「カイレンちゃんじゃねぇか!久しぶり」


「えへへ、久しぶり」


 二人が言葉を交わしている間に僕たちも集団に紛れるように近づいていった。


「よぉ、久しぶり。クレウルム」


 早々にクレウルム目が合ったので声をかける。


「あっ、エディゼートお前!何がよぉだ!俺んところの皇帝の招待を保留にしやがって。こっちはなんとか話をつけてこいって家の方から言われ続けて大変だったんだぞ!」


 開口早々、クレウルムは僕が彼の故郷であるミリカナ帝国の招待を先延ばしにしていたことを言及してきた。

 実を言うとと言うべきか、やっぱりと言うべきか、クレウルムは名門貴族の出身であり三男という立場にあった。

 幼少期から自身の願力特性の不慣れさから出来損ないと言われ続けたこともあって十代半ばに家を出て冒険者をやっていたが、十九歳になると魔願術師協会の所属試験を自力で突破し翌年には魔願帝になるまでの実力を身に着けていたと、任務後の食事の席で酔っ払ったクレウルムが何度も言っていた。


「まぁ、それは知らん。僕にも都合があるんだ。とは言え、元気そうで何よりだ」


「あぁ、元気も元気だ。お前のことを思い出す度にむしゃくしゃするから、魔法の切れ味も抜群だ。どうだ、飛龍でも倒しに行くか?」


「......どうして冒険者は皆して龍を狩りに行きたがるんだ?」


 後方に目を向けると、何も理解していない様子のアベリンとベリンデがキョトンとした様子で僕を見ていた。


「まぁコイツ......エディゼートへの文句はここまでとしておいて、エイミィちゃんも、それにアベリンちゃんとベリンデちゃんも久しぶり」


 カイレンに足を踏まれかけながら、クレウルムはエイミィたちにも手を振って挨拶をした。


「お久しぶりですね、クレウルムさん」


「久しぶり~」


「お久しぶりです」


 三人はそれぞれクレウルムの言葉に返事をすると、周囲を取り囲んでいたクレウルムの知り合いたちが騒めきだした。


「お前っ、クレウルム。年下が趣味だったのか......」


「あのクレウルムにもついに春が訪れた?」


「認めん。認めんぞ俺は!おかしい、クレウルムに女の子の知り合いがいるだなんて......!」


「やばいっ!こいつに先を越されることだけはっ!」


「ついに、なのですね......」


 などなど、いかにも男同士のノリという感じの言葉が飛び交った。


「お前らうるせぇ!勘違いするな!英雄様たちに失礼だと思わないんか!いいか、わからん奴のために言うけど、このヘンテコがカイレン、おしとやかなのがエイミィ、そして確か......」


 するとクレウルムはアベリンとベリンデを見て急に言いよどんだ。


「むむ?まさかとは思うけど、どっちがあたしなのか忘れたわけじゃないよね?」


 訝しむようにクレウルムを腕を組んで見つめるアベリン。


「あっ!今の言葉で思い出した!えーと、こっちの黒い方がアベリンで、白い方が......」


「ちがーう!クレウルム酷い!女の子の名前を言い間違えるだなんて」


 アベリンは大袈裟に手で顔を覆った。


「えっ、いや、そんなつもりは......」


 アベリンはぷいとそっぽを向いた。

 その言葉を聞いた周囲の男どもは、


「うわぁ、最低」


「こいつのモテない理由が詰まってる......」


「女の敵、なのでしょうか?」


「共にグラシアを救った仲間を忘れるだなんて」


「最低」


「最低だ」


「こんなやつが魔願帝だなんて。やっぱお前人格者じゃねぇよ、うん」


と、これでもかと非難の言葉を浴びせた。


「ちょっと、お前ら!一応俺に対しては敬うような態度をとるのが世間では一般的だってことを忘れんなよ!それと、すまん!もう間違えない。黒い方がベリンデちゃんで、白い方がアベリンちゃんだな」


 クレウルムの言葉を聞くと、アベリンはくるりと振り返った。


「ふふん、わかればよろしい。でも以後気を付けるように」


「はい。今後気を付けます、アベリン様」


 クレウルムは軽く頭を下げ、アベリンは胸を張って腕を組んだ。

 終始その様子をベリンデは慌てた様子で見ていた。


「それにしても、『見願』というからにはすげーやつが来るんかと思ったけど、案外普通っていうか、よく見たら俺よりも年下なのか?」


 するとクレウルムの取り巻きの金髪の一人がまじまじと僕を見つめながら突然そう言ってきた。


「えーと、どちらさんで?」


「すまんエディゼート。冒険者はこういうやつばっかなんだ。ほら、下がってろ」


「いや、別に気にしてない。ただ、ここにいるやつらは全員あの時願魔獣三体を討伐したメンバーってことでいいんか?」


 すると僕の言葉を聞いて冒険者らしい男たちは誇らしげな表情をとって僕を見た。


「如何にも。俺たちはミリカナ最強の冒険者パーティー『最強男児』の一員。そして俺はこのガチガチ馬鹿と一緒に前衛を担当しているジニーだ。以後よろしく」


「......あ、ああ」


 男は気味が悪いほど流暢にそう言った。

 手を差し出されたので握手を交わす。


「えーと、もう知っていると思うが僕はエディゼート。よろしくな。ところで、さっき最強男児って言ったか?」


「ああ、『最強男児』だ」


「......本当に?」


「ああ、『最強男児』だ」


「......」


 僕が聞き返してもジニーと名乗る男はなんとも言い難いセンスのパーティー名を復唱した。

 困惑しているのは僕だけじゃなかろうと後ろを振り返ってみる。


「......えっ?」


 しかし、予想に反してアベリンとベリンデは尻尾を物凄い速度で左右に揺らしながら目を輝かせて取り巻きの男たちを見ていた。


 ――もしかして、『最強男児』って冒険者の間では有名なパーティーだったり......


「あ、あの!すみません、あなたがジニーさんということはこちらの方は......」


「あぁ、こいつか?こののっぽ陰気がローレル、それでこの人相の悪いムキムキがバレッタ。後のやつは全員魔願術師ディザイアドだ。名前はほとんど知らん」


「おぉ!」


 ジニーの言葉に興味津々なのか、ベリンデはいつになくテンションが高くなっていた。


 ジニーは中肉中背で長めの金髪を後ろで一つ結びにしていた。年は三十代前後だろうか、クレウルムよりも年上という印象だ。


「まさか生ける冒険譚として名高い皆さまにこうして出会えるとは......!」


「あっはは!嬉しいこと言ってくれるなぁ嬢ちゃん!」


 バレッタは豪快に笑った。


 褐色の肌は服の上からでもわかるほどの筋肉を体に押しとどめているのではないのかというように張りがあり、目つきは鋭く近づきがたい印象があった。しかし豪快に笑う姿から心根は悪い人ではないことがわかった。

 言葉遣いの割には年は若そうに見える。クレウルムと同年代くらいだろうか。


「ねぇねぇ!あたしたちのことはわかる?」


 アベリンはローレルにそう尋ねた。


「えぇ、もちろん。『白牙』のお二人の名前はこちらでも度々聞きますので。ですがこうして実際に会って驚きました。まさか本当にその年で上級の二段までたどり着いているとは」


 ローレルはにこやかな表情で優し気にそう言った。


 如何にも、後衛を担当していそうな見た目をしていた。女性にも引けを取らない長さまで伸ばされた赤茶色の髪は腰のあたりで一つ結びにされていて、病弱とも思えるほど色白だった。冒険者としては、相当な美形だと言えるだろう。


「それでも、『最強男児』のみんなは上級の五段かぁ。あたしたちも頑張んないとだね!」


「えぇ、二人はまだ若いのでいくらでも成長できますよ」


「ふふっ、なんだかそう言われると今すぐにでも魔物を狩りたくなってきた!」


 アベリンとベリンデはすっかり冒険者たちと馴染んだ様子だった。

 気さくに会話することが冒険者流の交流テクニックなのだろう。


「あっ、そうだクレウルム。アレザってもう来てた?」


 カイレンは思い出したかのように尋ねた。


「ん、アレザならさっき俺に同じことを聞いていたぜ。カイレンちゃんたちを探しているみたいだから......って、その必要もないみたいだな」


「えっ?って、ああ。ほんとだ、あはは......」


 クレウルムが振り返る先。

 自身の体躯にも迫るほどの大きさの翼でアベリンとベリンデを抱擁する純白の少女、アレザトリエの姿があった。早々に、無言で目を瞑って二人を堪能していた。


「すぅー、はぁ。お日様のいい香り......」


「やぁ、アレザ。久しぶり」


 するとカイレンの言葉にアレザはアベリンとベリンデの頭の上から顔を出した。


「久しぶり、カイレン。それにエイミィとエディ、そしてアベリンとベリンデも」


 完全にリラックスしているのか、いつもよりふやけたような様子でアレザはそう言った。


「もう、びっくりしたぁ。あたしたちが気配に気づけないだなんて......」


「本当ですよ。危うく反撃しそうになっちゃいましたよ」


 ――なるほど、二人が急に静かになったのはそのせいだったのか


「えへへ、二人が驚く姿を見てみたいなぁって思ったらつい。じゃあみんな、この二人をちょっとさらっていくけどいいかな?」


「......堂々と言うんだな」


「うん!僕はこのためにここに来たと言っても過言ではないからね。それじゃあ~」


 まるで男どもからアベリンとベリンデを引きはがすようにアレザは二人を翼にくるんだ状態でどこかに行ってしまった。


「......何だったんだ、あいつ」


「あはは。まぁ、楽しそうで何よりだね」


 エイミィは静かに笑った。

 これで一通り顔見知りに会った、ということになるのだろう。

 会場には続々と関係者が入場し、次第ににぎやかになってきた。


「そうだ、エディ。スピーチの準備は大丈夫?」


「ん?あぁ、それなら馬車の中で完璧に仕上げてきた」


 個人的に最も心配していること。それは人々の視線と意識が僕自身一点に集中するスピーチで失敗をすること。

 それは何としても避けたい。

 もし失敗でもすることがあれば、僕は恥ずかしさのあまり明日一人でグラシアに突っ込んで手あたり次第開拓の邪魔になる魔獣たちを皆殺しにしていくだろう。


「まぁ、その様子だと大丈夫そうだね」


「ああ。ところで、あそこに人だかりができているけど誰か来たんか?」


 丁度僕らの反対側。ひと際大きな人だかりができているのを確認した。


 ――そういえば、まだ一人あっていないような......いや、気のせいか


 出所のわからない違和感はすぐに消えてしまった。


「協会の誰かお偉いさんでも来たのかな?私あんまりそういう人のところに行きたくないんだけれど......」


「そういやお前、敬われるような態度をされるのが嫌なんだっけ」


「そうそう。なんだか堅苦しくて重苦しい気分になっちゃうからね」


 それに関しては同感だった。僕自身も世間に存在が公表されてからというもの出会う人のほとんどから堅苦しい様子で話しかけられていた。

 そう言った点において冒険者というのは気さくに話しかけてくれて助かる。一応、面倒くさい奴もいたりはするが。


「とは言ってもカイレンは小言を言われるのが嫌なだけでしょ?例えば、何故国王にならないのとか、序列一位の自覚を持てだとか......」


「うっ、エイミィ。それ以上はやめようか、お腹が痛くなってきた」


 カイレンは心底嫌そうな表情を浮かべていた。


「でもあそこまで人だかりができるほどの人って一体誰なんだ?イグロットっていう指揮監督の人か?」


「さぁ、どうだろうね。でも私も少し気になるかも」


 好奇心には抗えない様子のカイレン。


「じゃあ行こうぜ。まだパーティーは始まらなさそうだし」


「そうだね。はぁ、もし怖い人がいたらどうしよう」


 そんなことを言いながら僕たちは人だかりの中へと向かっていった。


「おっと、すみませーん。ちょっと通してもらってもいですか?」


 人だかりというよりか、人の壁ができていた。

 しかしカイレンが一たび声を上げるとすぐに人が避けていった。


「おいっ、道を開けろ!カイレン様とエイミィ様だ」


「なんと!丁度いいところに」


 何が何だかよくわからないが、すぐに人だかりの最前列に辿り着くことができた。


「ふぅ、やっと終わりが見えてきた。さて、誰がいるのかって......あ」


 発見早々気まずそうなカイレン。


「ん、誰がいたんだって、ああ。......そう言えば、忘れていた」


 発見早々思い出した僕。


「一体誰がって、あぁ。あはは......。私も、すっかり」


 発見早々同じような反応を見せるエイミィ。


 人だかりの中央、僕らが目にしたもの。それは――。




「――......ん?あぁ!いたぁ!」




 すっかり存在を忘れていた、『願人』がそこにいた。


 特徴的な二枚構造の丈の長い服に素足、服の隙間から生えた半透明の細長い尻尾そして翼。カイレンとエイミィの半分ずつを受け継いだ少女がご立腹だ。


「や、やぁ。ご機嫌麗しゅう......。あはは、どうも......」


 カイレンは僕らを見て声を荒げた願人にたどたどしい様子で挨拶をした。


「何がやぁだよ!私今まで一人で頑張ってたのに、急にカイレンが国王やらないっていうんだもの。私置いていかれたんじゃないのかって心配で心配で......」


「あぁ、ごめんって!半分の私!でもおかしいな。半分エイミィのはずなのに私の性格の方が強く出ているような......」


 慰めるようにカイレンは願人を抱きしめて背中をさすった。


「......半分自分のことだからこうなることはわかっていたけど、こんな薄情者が私の半分だと考えるとなんか嫌」


「えーん。私とエイミィにそう言われるなんて......」


「あは、あはははは......」


 エイミィはこの光景を何とも言えないような表情で見守っているだけだった。おそらく、半分自分であることから複雑な気持ちなのだろう。


「......ふぅ。別に私はカイレンに慰めてもらいたい訳じゃないの」


「む、もしかして......」


 カイレンのもとを離れた願人は、何故か僕の方に歩いていった。


「エディ、久しぶり」


 願人は僕の片手をつまんでそう言った。


「久しぶりだな。その、すまんな。あれ以来顔を出さなくて」


 すると願人は首を横に振った。


「ううん、大丈夫。少し寂しかったけど、これからはここにいてくれるんでしょ?」


「あぁ。だからこれから一緒に頑張っていこうな」


「うん!えへへ」


 願人はすっかり機嫌を取り戻したのか、満面の笑みを僕に見せた。


「......何だかエディを無許可でとられたみたいでいやだ」


 そう言ってカイレンは願人をむすっとした表情で見た。


「周りの人を見てみろ。全員遠目で苦笑いしてるぞ」


 こんな他愛のないやり取りをするには少し人の目が多かった。

 ここにいる制服を着た協会の職員のほとんどは中年もしくはそれ以上だった。

 微笑ましい目を向けているのか、やれやれと呆れているのやら。


「むぅ。――ほら、若者の感動の再会を邪魔したくない人はあっち行ったりして配慮してくださーい。大人の皆さん、ほら配慮配慮ー」


 追い払うようにカイレンは手を振って周囲の人々にこの場から去るように促した。

 さすがにここにいても仕方がないと思ったのか、ほとんどの人がこの場から離れていった。


「ふぅ、これで心置きなくエディを......」


「――あれ、この感じだと俺も離れた方がいいっすかね?今来たんすけど......」


 知っている男の声が聞こえてきた。

 後ろを振り返る。


「セノールさん!」


 僕らの背後にいたのは中肉中背の茶髪の男、セノールが立っていた。

 僕とカイレンそしてエイミィの補助担当という激務を若年にして成し遂げてきたエリート中のエリート。僕たちが知らないところでセノールは一体どれだけ動いてくれたのかと考えると頭が上がらない存在だ。


「はは、お取込み中だったら全然離れるっすけど」


「いえ、誰も邪魔だなんて思っていませんよ。恩ある方にそんな失礼なことするわけないです」


「そうだよ。私たちがどれほどお世話になったことか」


 願人はまるで自分のことのようにそう言った。


「そうっすか、それならよかったっす」


 セノールは僕が『見願』であることを公表されてから世間体に合わせるために一応最低限の言葉遣いで接するようになった。だが相変わらず親しみやすい態度をとってくれるおかげで話しやすい存在に変わりはなかった。


「そうだ、セノールさん。僕たちはグラシアを拠点に活動していくのですが、その際補助担当でなくなりますよね?」


「そうっすね。それなんで、俺はこれから協会の入会試験があったりなんだりして補助対象が増えていくのでそっちの方を担当するっす」


 かつての僕と同じ、所属して間もない研修期間の戦闘員を補佐するのだろう。

 少し早い気もするが、僕にも後輩ができるというわけだ。


「そうなんですね。短い間でしたが、本当にお世話になりました」


「いえいえ。俺がしたことといえば誰だってできる事務作業ばかりっすよ」


 謙遜するようにセノールは両手を横に振った。


「そんなことないよ。セノールさんのおかげもあって私たちが現場に出向くだけでいいんだから」


「あはは。カイレン様にそう言ってもらえるとは、感激しちゃうっすね」


 カイレンの言葉に気恥ずかしそうにセノールは後頭部を掻いた。


「私に関してはまだまだこれからもお世話になりますね」


「エイミィ様はそうっすね。でもお二人の前でこういうのはあれなんすけど、エイミィ様は手がかからないというか、事前事後の処理が楽というっすか。まぁ、そんな感じなんで」


「「「あはは......」」」


 その言葉の裏に、一体どれほどの苦労を滲ませているのか。僕とカイレン、そして願人はただただ苦笑いすることしかできなかった。


「まぁ、俺は来場確認がてら皆さんに挨拶しようと思っていただけなんで、これにて失礼するっす。それでは!」


「はい、またパーティーで」


「またねー!」


「じゃあねー」


「お疲れ様です」


 あっさりと、元気よく手を挙げてセノールは去っていった。


「さて」


 会場を見渡す。

 気づけば着々と立食用の料理が大きなテーブルに盛り付けられていた。

 ステージの上では拡声器だろうか、その調整をしている職員が見受けられた。


「エディは声を大きくする魔法が使えないでしょ?だから用意したんだ」


 ステージの様子を見る僕に、カイレンは気の利く女であることをアピールするように言ってきた。


「そっか、ありがとな。まぁ、一応無いわけではないけど、ここら一帯の人を吹き飛ばしちゃうだろうな」


 風魔法の一つで自身の声を増幅させて衝撃波を放つ魔法ならある。しかしすぐ喉を傷めることからあまり使いたくない。


「ぷっ......。大声を出しながら人を吹き飛ばすエディを想像したらつい......」


「......今度それで吹き飛ばしてやろうか?」


 ――そんなくだらないことを言い合っていると、あっという間に時間が過ぎていった。


 会場には盛り付けられた料理のいい匂いが立ち込めて、今にも腹の音が鳴りだしそうだった。それだけでない、どこからか陽気な音楽も流れていた。

 会場の設営案にはカイレンがリクエストしたものがたくさん含まれている。この音楽もその一つなのだろう。


「さて、そろそろいい時間だね」


 広場の外れに建てられた時計塔はパーティー開催予定時間の七時を指していた。


 ――スピーチの準備は万端。あとはカイレンが本番で変なことをしでかさなければ


 本当に、一番危惧していることがカイレンのアドリブだ。絶対カイレンは何かしてくる。これはもうわかりきっていた。事前に予定外のことはするなと言っても無駄だということも。


「ん?どうしたエディ。緊張してるね」


 感情が読み取れる願人にはお見通しだった。


「半分の、お前のせいだけどな」


「「ん?」」


 カイレンと願人は何もわかっていない様子で互い見つめ合った。


 ――まぁ、今から心配したって仕方ないか。諦めよう


 諦める心の大切さを、この世界に来てから思い知ることとなった。

 どうせ用心したところでできないことはできない。そう割り切ればいくらか気持ちが楽になる。

 そう自分に言い聞かせてなんとか心の平穏を保った。


「あっ、見て。セノールさんがステージの上に」


「本当だ。司会役はセノールさんなんだな」


 エイミィが指を指す先、拡声用の手持ちサイズの細長い魔道具をスタンドに装着して高さを調節しているセノールがいた。手には進行が書かれた物だろうか、それらしき紙を持っていた。


「さて、いよいよ始まるね」


「あぁ」


 再びほのかな緊張が心に滲み出てきた。

 すると誰かが僕の手を優しく握ってきた。


「大丈夫だよエディ。私に振り回されることくらい、もう慣れてるでしょ?」


 願人はいたずらな表情を浮かべて僕に語り掛けた。


「はは、そうだな。ありがとう、おかげで少し緊張がほぐれた」


「ふふっ、それならよかった」


 するとステージ上のセノールは音量を確かめるように何度か声を出した。


 ――いよいよ、開拓開始を祝したパーティーが始まる


 会場だけでなくその周囲も次第に人が増え、パーティー開催の宣言を心待ちにしていた。

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