第35話 エイミィの贈り物
何だかんだで時は過ぎ、気づけばこの世界に来て三ヶ月が経過しようとしていた。徐々にではあるが暖かいと感じられる日が増えてきたこの頃。ついに僕たちのグラシア移住の目途が立った。
かつて作戦拠点として広場を借りていたニグルス村は現在グラシアの魔願樹に最も近い村として、様々な国から行商人や冒険者、探検家などが訪れかつてないほど賑わっているらしい。
地脈異常の影響で抉れ上がった大地や荒廃した森は全て願人の力によって整備され、以前とは違った様子が見られるそうだ。
今のところ、関係者以外はニグルス村の敷地よりグラシア側に侵入することを禁止されているらしく、僕らが到着する予定日に合わせてその一部が解禁されるらしい。
最初は簡易的な天幕しか建てられていなかったニグルス村近辺のグラシアの土地には、今では各国からの支援もあり居住区が建てられた。
その他にも、開拓者の拠点として天幕が張れる広大な平地を用意したりと僕らの知らないところで準備は着々と進んでいた。
「着いたらまずはニグルス村の広場で開拓開始のキックオフパーティーをするんだってね」
「なるほど。それで僕たちがそのパーティーの目玉となるわけか。はぁ、人前で話すだなんて慣れていないから緊張してきた」
当然のことながら、開拓開始を祝うスピーチの担当はカイレンと僕の二人だ。本来はカイレンだけのはずだったが、一緒にステージの上に立ちたいとしつこく言ってきたので渋々了承した。
パーティーと名がついている通り、仰々しいような重苦しいような雰囲気の式は挙げず、集まった関係者たちと気兼ねなく交流しようというカイレンの意向があった。
正直言って、僕もその方が気が楽だ。礼儀作法についてはわからないことだらけだ。しかし一応最低限の立ち振る舞いはできるので、もしかしたら対界にいた僕はなんだかんだお貴族様だったのかもしれない。全くと言っていいほどわからないが。
「出発前の挨拶も一通り済ませたし、あとはその日を待つだけだ」
「そうだな」
本格的に異動の準備が始まったので、その前に顔を見せに行こうと世話になった人たちのもとを訪ねた。
ジルコはカイレンの旅立ちを豪快に笑って称えていたが、どこか少し寂しそうな表情を時折見せた。
僕はジルコからカイレンを頼むと、一言だけ伝えられて背中を思い切り叩かれた。思わず息ができなくなるほど強く叩かれたのは、きっと僕がこれからの生活を思ってシャキッとしない表情をしていたからだと、今更ながら思った。
世界最強とは言え、カイレンも一人の少女だ。ジルコの前では普段通り笑顔で接していたが、屋敷を離れると途端に泣き出してしまった。きっと、今までの思い出が込み上げてきたのだろう。その日は何も言わず、宿に帰ってカイレンと一緒のベッドで横になった。――翌朝いつも通りのカイレンに戻ったのは予想通りというか、意外にも珍しく朝まで引きずったというか。
「アベリンやベリンデも、レイゼのことは任せてって言ってたから一安心」
「はは、何だかいつもより嬉しそうにしてたもんな。それにしても、レイゼはもう中級の四段まで昇級したんだな。昇級の仕組みについてよくわからないけど、このペースなら何とか一か月後の推薦枠をとることができそうだ」
アベリンとベリンデは、レイゼが無事上級冒険者になるまではディザトリーを拠点として活動してくれるそうだ。その後は開拓者としてグラシアの方に来て活動するらしい。
二人を頭とするギルド『白牙』は他にもメンバーがいたそうだが、ほぼ全員が二人の熱烈なファンということもあって、実力が伴わず二人が受注するクエストにはあまり連れて行かないらしい。
最初はレイゼの実力を計るためにファン兼低級冒険者のメンバーとパーティーを組んでクエストに出かけていたが、予想通りレイゼの実力は凄まじく、追いつけないと言って他のメンバーは戦意喪失してしまったらしい。
申し訳ないことをしてしまったと我ながら思ったが、今はアベリンとベリンデ、そしてレイゼの三人でパーティーを組んで上級以上の冒険者を対象とした高難易度のクエストを尋常じゃない速度で攻略しているとのことだ。
「そうだね。でもまさか、レイゼが本当に相応の実力があるかどうか怪しまれて冒険者ギルドの職員がクエストに同行したって聞いた時は笑っちゃいそうになったよ」
「はは。まぁでも、あれだけの力を見たら誰も何も言えないだろうなぁ」
時折レイゼは宿で僕たちに愚痴をこぼしていた。
周りの冒険者が可愛い嬢ちゃんのための洗礼だと言ってしつこく付きまとってきたり、不正をしてると勝手に決めつけて一対一の模擬戦を申し込んできたり、挙句の果てに職員からどこかの国の最上級冒険者が身分を偽って冷やかしに来たのではと噂されたりと、散々なことを口にしていた。
――しかし、それも最初だけ。
レイゼの実力が本物だと証明されると、レイゼに対する周囲の人間の目は一転して、今では冷徹嬢レイゼの二つ名で周囲から一目置かれる存在となっていた。
アベリンやベリンデ達のサポートも相まって、今では冒険者ライフを満喫しているそうだ。
――このまま冒険者として生きていくだなんて言い出さないよな?
そんな考えが一瞬浮かんだが、気のせいだと一蹴した。
「さて、今日はエイミィの研究室に行ったら明日の出発の準備をしよう」
「あぁ、そうだな」
出発前に僕たちに渡したいものがあるから研究室に来てほしいと、朝早く宿を出ていったエイミィは置手紙を残していった。
身支度を済ませた僕らは早速エイミィの研究室へと向かっていった。
――――――
「えーと、手紙に書かれた場所はここで合っているよな?」
「うん、そうだね」
ほのかに薄暗い研究棟の地下一階。換気口から絶え間なく流れ出る空気の音が通路に鳴り響いていた。
金属製の扉を前に、少し戸惑う。
――本当に、ここで合ってるんか?一応、書かれた部屋番号と一致しているけど......
意を決して、扉をノックする。
「......あれ、いないのかな?」
「別に入っちゃえばいいんじゃない?」
「えっ?」
「失礼しまーす」
扉の前で立ち尽くす僕をよそに、カイレンは何のためらいもなく扉を開いた。
「......おぉ、ここが」
扉の奥には、研究室と呼ぶよりも書斎と呼ぶ方が適していると思うような空間が広がっていた。蔵書庫というわけでもないのか、部屋の両側には壁を埋め尽くすように本が棚に並べられていたが、部屋の中央にはソファーや机が置かれていた。
「ここはエイミィが私有化した休憩室なんだ。ほら、ほのかにお茶の香りがするでしょ?」
「本当だ。何だか自分だけの隠れ家みたいでいいな」
日の光は届かないが引きこもるには最適な環境だと感じた。
「エイミィはまだ隣の部屋にいるかなぁ~」
カイレンはそう言って部屋の奥にある扉の方に向かった。
「おーい、エイミィ――うわぁっ、びっくりした」
「あっ、ごめんカイレン。扉の前にいるとは思わなくて」
カイレンが扉を開けようとドアノブに手を伸ばそうとした瞬間、奥からエイミィが先に扉を開けて出てきた。
「お邪魔してるよ、エイミィ」
「あはは。ごめんね、気づかなくて。――では改めて。ようこそ、私の休憩室へ。そんな大した場所じゃないけど、二人がここを離れる前に渡しておきたいものがあるから呼び出しちゃった」
エイミィは白衣姿で登場してきた。
「なんだかその姿のエイミィを見るのは新鮮でいいな」
「ふふっ、大した恰好じゃないよ。それよりも渡したいものがあるからそこで座って待ってて」
するとエイミィは再び隣の部屋へと姿を消した。
「渡したいものって言うと、何だろうな?」
「さぁ。それは貰う時までわからない方が楽しみじゃない?」
「それもそうだな」
そう言い合いながら僕たちはソファーに腰を掛けた。
――しばらくすると隣からバタバタとエイミィが向かっている音が聞こえた。
「ふふっ、エイミィったら珍しく慌てちゃって」
「――あはは。ごめんね、待たせちゃって」
すると扉の奥からエイミィが姿を現した。
手には何かが入った布製の袋を持っていた。
「この袋が僕たちに渡したいものなのか?」
「いやいや!そんなことするわけないよ」
首を横に振って否定するエイミィ。
「はは、すまん。少しからかっただけだ」
「もう......。最近少しだけエディが意地悪な気がする」
そう言ってエイミィはむすっとした表情で僕を見た。
「あはは。きっとエディはエイミィとなかなか会えなくなるかもしれないからって寂しくなっているんだよ」
「なっ!?......まぁ、嘘ではないが」
エイミィに意地悪をした仕返しとばかりにカイレンから横やりが飛んできた。
「ふふっ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。別にここからグラシアまではそこまで離れているわけじゃないからね。研究が一段落ついたらいつでも顔を出しに行くつもりだよ」
「そっか。それならよかった」
そんなやり取りを済ませるとエイミィは袋を机の上に置いてソファーに座った。
「この袋の中に、エディとカイレンに渡したいものがあるんだ」
机の上に置かれた大きめの袋の中には盛り上がっていることから何かが入っていることがわかった。
「ねぇ、開けてみてもいい?」
「うん。気に入ってくれたらうれしいな」
「じゃあ開けるね。どれどれ~」
そう言ってカイレンは袋を縛っていた紐をほどいて中身に手を伸ばした。
「ん、これは......」
「おっ、まさか!」
「そう!私が用意したのは二人の外出用の普段着なんだ」
袋の中から出てきたのは僕とカイレンの全身分の服装一式だった。
「えへへ、どうかな?」
中身を手に取って持ち上げてみる。
僕に用意された服装は白無地の半袖と少し粗めで丈夫そうな長袖の灰色の薄手のシャツ、そしてこれまた丈夫そうな生地で作られたタイトで薄手の黒いスラックスだった。
「すごい......。前に僕がいいなって思ってたやつと一緒だ。覚えてくれてたのか?」
「うん。ここに来てから何度か服屋を通るたびにエディが欲しそうに見ていたからね。どうかな?デザインとか、色合いとか」
貰った服は上から灰色と白と黒。落ち着いた色合いがとてもクールだ。
「本当に、かっこいいよ。シャツに入った明るめの茶色の刺繍とかボタンとかいい色合いをしてるし、白と黒の組み合わせなら他のシャツとも組み合わせやすい」
「ふふっ、そう言ってもらえてよかった」
内心大満足だった。今までローブや制服と言ったあまり街を歩くには適さないような恰好しかできなかったためなおさら嬉しかった。
「それで、カイレンはどうかな?」
「――エイミィ。今すぐハグしよう。ありがとう」
「えっ!?あ、うん。はは......そう言ってくれてよかった」
そう言ってカイレンは目にも止まらぬ速さでエイミィに抱き着いた。
机の上に目を向けると、そこにはフリルをふんだんに付けられた白の長袖のシャツと、灰色と紺色が混ざり合ったような色合いの肩掛けのロングスカートと太い繊維で編み込まれた白い帽子があった。
「エディと一緒に歩いた時に色合いが邪魔しないように選んだんだ」
「そんなところまで考えてくれるだなんて......!はぁ、なんて素敵な女性なのかしら。もう世界で一番だよ」
「えへへ、大袈裟だなぁカイレンは」
カイレンほど大袈裟なことを口にするつもりはないが、そこまで考えてくれたのは非常に嬉しかった。
もうこれで少しは人目を気にすることなく外を出歩くことができる。これだけで十分ありがたかった。
「本当に、ありがとな。エイミィ」
「ふふっ、どういたしまして。でも、お礼を言いたいのは私も同じなんだ」
「そうなのか?」
するとエイミィは座り直して姿勢を整えた。
「短い期間だったけど、私は二人がいてくれたおかげで少しだけ前よりも元気が出るようになったんだ」
「そっか、そうだったんだな」
「うん。初めてのことだらけのはずなのに頑張っているエディを見てたら自然と私も頑張ろうって思えるようになったんだ」
するとエイミィはカイレンの方を向いた。
「そんなエディを支えようと、カイレンもたくさん頑張っていたよね」
「ふふ、そうだね。まぁ、ほとんどガネット会長頼みだったことばっかりだったけど」
エイミィは首を横に振った。
「そんなことないよ。カイレンが頑張ったから、今こうしてエディはいられるんだよ。私はカイレンのそんな姿からも元気をもらっていた」
「えへへ。何だかそう言われると恥ずかしくなってきちゃうなぁ」
そう言ってカイレンは気恥ずかしそうに微笑んだ。
エイミィは僕たちがここを離れる前にこのことを伝えたかったのだろう。
その感謝の気持ちをプレゼントを添えて伝えてくれるとは、本当に嬉しい限りだ。
「何だか、ここを離れるのが少し寂しくなってきたな」
込み上げる感情がそのまま口に出た。
「あはは。エディ、少し鼻が赤いよ?」
「......うるさい。こんなことをしてもらって、普通でいられるか」
「ふふっ。相変わらず、素直じゃないなぁ」
これ以上の追撃を逃れようとそっぽを向く。
ちょっと油断したら目頭が熱くなってきそうだ。
「あぁ、そうだ。言い忘れていたけど、エディとカイレンに渡したその服は全部可変制服からできてるんだ」
「......えっ?そうだったのか?」
「うん。ほら、試しにたくさん願力を流してみて」
エイミィに言われるまま服一式に願力を注ぎ込んでみる。
「えっ、本当だ」
「でしょ?最終調整と言ってお兄ちゃんから受け取った後にまた回収したのはこのためだったんだ」
机の上には、いつもの見慣れた軍服が置かれていた。
「だからカイレンは珍しくいつものワンピースじゃなかったんだな」
「うん。実は私の制服もエイミィに回収されててね。でもこんな形で返ってくるなんて思いもしなかったよ」
カイレンは普段の純白のワンピースではなく柄のついたワンピースを着ていた。
「あ、エディの制服なんだけれども、一定以上の願力を瞬時に注ぎ込むと変形、一定以下の場合は蓄願するように調整したんだ」
――なるほど、確かにこれなら簡単に変形させられそうだ
「ん?なぁ。もしかして、エイミィがしていた研究ってこのためのものだったのか?」
ふと、そんなことを思ったので口にしてみた。
「うん、その通りだよ。はは、このプレゼント計画を思いついた時には既に研究室に足を運んでいたなぁ」
――なるほど。だからグラシアの一件以来エイミィは足繁く研究室に通っていたのか
今までのエイミィの行動に合点がいった。
「そうだったんだな。なぁ、せっかくならエイミィも一緒に新しく普段着を可変制服に組み込んでみないか?せっかくこうして僕たちにくれたんだ。エイミィも一緒の方がいいだろう」
どんな仕組みでこの制服に形状記憶させるのかはわからないが、できるのならばそうするべきだ。その方が皆で出かけるときに一体感が出ていいだろう。
すると僕の言葉にエイミィはおもむろに立ち上がった。
「ふふっ、実はこんなこともあろうかと、私も作ってみたんだ」
「えっ、まさか......」
「じゃーん」
そう言ってエイミィは白衣のボタンをとって机の上に脱ぎ捨てた。
「「おお!」」
なんとエイミィは白衣の下に今まで見たこともない装いの服を着こんでいた。
白にほのかな薄ベージュを混ぜたような色合いのロングスカートにフリルのついた薄めの桃色のシャツ、そしてスカートよりも少し明るめの色合いのカーディガンを着ていた。
「ねぇ、これってつまり」
「そう、皆で着替えてこれからお出かけしましょう!」
「やったぁ!」
カイレンは嬉しそうに返事をした。
なるほど、エイミィの計画に抜かりはなかった。
「はは、まさか、ここまで準備していたとは」
「当然だよ。だって二人は明日ここを出て行っちゃうんでしょ?だからその前に皆でおしゃれしてお出かけしたかったんだ」
そう言ってエイミィはソファーに座った。
「さすがエイミィだ。それにしても、私とほとんど一緒の服装にしてくれたんだ。すっごく似合ってるよ」
「えへへ。そう言ってくれてよかった」
気恥ずかしそうにエイミィはそう言った。
一緒に着替えて出かけるならば、早速行動に移すべきだ。
――どこか着替えてもいい場所は......
「なぁ、エイミィ。どこか着替えられそうな場所はあるか?」
「えーと。それだったら今隣の部屋には誰もいないから、私とカイレンがそっちに行くよ。だからエディはここで着替えて」
「わかった。ほら、カイレン。そういうことだから隣の部屋に行ってくれ」
しっしっと、手を振ってカイレンを促す。
「もう、何度も互いに見てるっていうのに、何を今更」
「それはお前がわざと覗いているだけだろ!それに僕のはただの事故だ」
実のことを言うと今更着替えを見られた程度でどうも思わないほど互いの着替えの場に出くわしていた。出くわしていたが、宿の外だとそうもいかなかった。
「まぁまぁ。ほら、行こうカイレン」
「ちぇ~。見ても減るもんじゃないのに」
そう言ってカイレンは服を手に取ってエイミィに連れられて隣の部屋へと消えていった。
その隙に、素早く着替えを済ませた。
――――――
「僕の方はもう済んだから入ってきていいぞ」
カイレンにいたずらされないように素早く着替えたが、さすがに覗かれることはなかった。
「もうすぐこっちも着替え終わるから、待っててね」
「わかった」
隣からエイミィの声が聞こえた。
貰った服の感想としては、想像していたよりも中々動きやすかった。
スラックスは見た目はかなり細めに作られていたが可変制服であるため自身のサイズに合うように調節することができた。
シャツと半袖の組み合わせは袖を折るなど調節ができて年中着ていられそうだ。
「着替え終わったよエディ」
隣の部屋からカイレンの声がした。
「じゃあ、可愛く仕上がったカイレンを見せてくれ」
「ふふん、その可憐さに悶えることなかれ!じゃーん!」
扉が威勢のいい声と共に開けられると、中からもらった服に身を包んだカイレンが出てきた。
得意げそうに、胸を張って鼻をご機嫌に鳴らしていた。
「おぉ。想像した通り、よく似合ってるよ」
「へへへ、そうでしょ?」
「ああ。カイレンはすらっとしてるからこういった服装もいいね。それに、白い帽子の色合いが髪色とよく合っている」
思いのままを、カイレンに伝えた。
「へぇ。エディがそこまで言うなんて珍しいなぁ」
「そうか?別に僕は思ったことを言っただけだぞ」
我ながら普段の自分は素直じゃないと思うが、この時ばかりはありのままを伝えよう。
「エイミィも、あの時は驚きの方が優先しちゃって言えなかったけど、とても似合っているよ。白が似合うのは、綺麗な人の特権だ」
「えっ、本当に?えへへ、何だか男の人にそう言われると恥ずかしいなぁ」
「......エイミィ、そう言われると僕も恥ずかしい」
何だか口説いているような気もしていたたまれないが、ここは男を魅せるべきだ。褒めるんだ、相手が聞いていい気分になってくれるのであれば。
「ところで、自分で言うのもなんだが僕のはどうかな?」
気を紛らわせるようにそう言って全身を見せるように少し身を翻してみせた。
「......エイミィ、私よりも先に感想をどうぞ」
カイレンは何故か真顔でそう言った。
「えっ、あぁうん。その......すごく似合ってるよ」
突然カイレンから振られたからか、気恥ずかしそうに耳を赤らめてエイミィは言った。
「......どうも」
「あはは、ごめんなさい。あまりエディみたいに気の利いたことを言えなくて」
「全然!そんなことしなくたって十分嬉しいさ。ありがとな、エイミィ」
「うん」
いつになったら僕とエイミィの初々しさは解消されるのやら。
――この空気感は多分、これからしばらく続いていくんだろうなぁ 。はは
そんな僕らの様子をニマニマと見つめているカイレンが気味の悪いこと。
「それで、カイレンは何と僕に言ってくるんだ?ん、どうしたいきなり近づいてきて」
「エディ、腕を広げて」
言われるまま腕よ広げた。
「こ、こうか?」
「うん。そのまま、えいっ」
――ぼふっと、カイレンは僕に抱き着いた。
「......なぁ、これが僕に対する感想なのか?」
「うん。思わず抱きしめたくなるような見た目をしてるよ。すぅー、はぁ。エディの匂いもよく嗅げる」
「――っ!?」
顔をうずめたまま、こもった声でカイレンはそう言った。
「な、なぁ、おい変態さん。エイミィが顔を真っ赤にして見ているぞ」
エイミィは赤面しながら口に手を当てて僕らを見ていた。
「ふふっ、エディもエイミィも何を今更。抱きしめることくらい、夕暮れ時の街の噴水前を歩けば見かける光景でしょ?」
「そう言われればそうだけれどもよ......」
だとしても人には心の準備ってものがあるだろうと口にしようとしたが、カイレンを前には無意味だと諦めてやめた。
「――はぁ。エディの補充完了っと」
「や、やっと終わった」
特に何かをされたわけじゃないが、カイレンから解放されると精神的な何かを吸われたような脱力感が襲ってきた。
「さて、次はエイミィの番だよ」
「えっ!?私も?」
なんとカイレンは次の標的に狙いを定めていた。
「うん。さっきハグした時すごくいい匂いがしたから」
「えっ、ちょっとカイレン!私たちは女の子同士だよ!?ねぇちょっと、ねぇってばぁ!」
「すぅー、はぁ。お花のいい匂い」
「ん~!」
暴走したカイレンの次の餌食として選ばれたエイミィは、なすすべもなくカイレンに抱き着かれて堪能された。
「......なんだこれ」
可愛そうに、そう思いつつも僕はただただ眺めることしかできなかった。
――結局、この後僕らが研究室を後にしたのは昼過ぎだった。
つやつやのカイレンとは対照的に、僕たちは精神力を吸い取られたような感覚のまま街中を散策していくこととなったのだった。
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