第34話 招集命令会長室にて 2
「――レイゼを、どうにかして協会に所属させる方法はありますか?」
簡潔に、しかし手段がわからないため曖昧に、カイレンはガネットに対してそう尋ねた。
「ふむ。やはり、か」
どこか、カイレンが言うことを察していたようにガネットは腕を組んだ。
「......」
会長室に静寂が満ちた。
レイゼを所属させる方法を模索しているのか、それとも既にその方法を考えてはいたが実現性がないことを言いよどんでいるのか。ガネットはどちらともとれる反応を見せた。
「――ねぇ、ガネット」
先に口を開いたのはレイゼだった。
「私について、なにか思うところがあるから決断をためらっているのよね?」
「ああ。そうだ」
そう言って、ガネットはレイゼに視線を向けた。
「会長のレイゼに対する、思うところって何ですか?」
カイレンは単刀直入に尋ねた。
「そのことについて、レイゼ本人から何も聞かされていないのか?」
「聞かされて......あぁ、そういえば」
ガネットの言葉に、カイレンだけでなく僕も心当たりがあることに気づく。
そう。――レイゼは、過去に同族を滅ぼしたと自白していた。
考えなくとも、このことが事実であればレイゼは危険人物をなる。そのような不安要素を協会内に持ち込むのは、いくら昔馴染みであるとはいえできないことだろう。
「おそらく、君たちが考えている通りだ。レイゼは千年前とはいえ大量虐殺を行った」
「それは......そうですね」
何も、言い返す言葉が見つからなかった。
正直、レイゼの本心がわからないのは事実だ。何かを企んでいるのか、何をしてきたのか。今になって考えると、僕たちはレイゼについて知らないことの方が多かった。
「まぁ、お前が私のことをそう言って渋るのはわかっていたよ。どうせお前が精神鑑定をすると、今でもわずかながら私の中には潜在悪が残っているだろうからなおのこと、ね」
「......」
諦めたような口ぶりでレイゼはそう言い放った。
「......そうだな。君の中にはほんのわずかだが、悪と呼べる感情が心の奥底でくすぶっている。――憎悪と、後悔。そして、悲しみと共にな」
ガネットは鋭く目を細めてレイゼを見つめた。レイゼは意外にも間の抜けたような表情を見せた。
「......私の、中に?」
「ああ、そうだ」
そう言ってガネットは組んでいた腕をほどいた。
「私は当時何があり、どのような経緯で君が凶行に及んだのかについて詳しくは知らない。私はただ、その事件の結末と容疑者を知っているだけだ」
ガネットはレイゼのことを容疑者と言った。その言葉には、本来の意味以上のことが含まれているようにも思えた。
レイゼ当人が口にしないことによる、事実の不鮮明さ。ガネットは酌量の余地をレイゼに与えるような言葉をレイゼに掛けた。
「......そうね。誰も、覚えているはずがないもの。願人である、お前も例外なくね」
「はは、そうだな。有史以来、人類で願人に魔法で影響を及ぼせたのは彼一人だけだからな」
僕らが知らないことについて言い交す二人。
どこか、レイゼは寂しそうな表情を浮かべていた。
「むぅ。会長もレイゼも、二人だけで盛り上がらないでください。話せない事情があるのはわかりますけど、何だかむずむずします!」
僕の心の代弁を、今まさにカイレンがしてくれた。
「すまない、カイレン。だが私は昔のことについてレイゼの許可がないと直接的なことは話せない。所属検討に必要な情報を聴取していると思ってくれ」
「はーい。会長がそう言うのなら、私はいくらでも......え?今、所属検討って言いましたか会長?」
目を丸くしてカイレンはガネットに尋ねた。
「あぁ、そうだ。今まさに、『レイゼ』という人物がこの協会の一員として相応しいか見定めているところだ」
「えっ、本当ですか!?」
「私は必要のない嘘は言わない。だからもう少しだけレイゼと話をさせてくれ」
ぱあっと、カイレンの表情が明るくなった。
「あぁ、会長!ガネット会長様ー!どれだけ私たちのために尽くしてくれるのですか!」
ご機嫌に瞳を輝かせながらカイレンはそう言った。
「とは言ってもカイレン。僕たちはまだレイゼがここに所属したい理由をまだ話していない。ガネット会長のためにも伝えておくべきだ」
「そうだね。でも、それについてはレイゼ本人が言った方がいいでしょ?」
カイレンはレイゼの方を見た。
「はぁ、そうだね。わかった、話すよ」
やれやれと、また何かを諦めるようにレイゼは顔を上げた。
「......じゃあ、まずは――」
――レイゼは宿にいた時のように簡潔にこの協会に所属したい理由を述べた。
「――ってことよ。だから私はこの魔願術師協会に所属したい」
「ふむ、なるほど」
ガネットはレイゼの言葉を聞き終えると考え込むように腕を組んだ。
「それにしても、何故君は世界から敵にされると思ったのだ?」
ガネットは鋭い眼差しでレイゼを見た。
「それは......。その前にまず、しておきたい話がある」
レイゼはいつになく真剣そうな眼差しでガネットを見た。
「私は、人の姿に戻ってから表立って生きていこうと決心したんだ。千年かけて、心の整理をして。別に、昔の償いをしたい訳でもない。ただ......」
「――ただ、彼の願いのためにか?」
言いよどむレイゼに続くようにガネットは言った。
「......そう。――そうよ。私は、彼の願いを忘れたくはない。ただ、それだけ」
「私がこうしているのに、か。でも、いい心がけだ。きっと、その言葉は本心なのだろう」
詳細なことはわからないが二人の間には共通の知人がいて、レイゼは彼の願望のためにこうして人々のために力を尽くそうとしている。
その男性と同族の虐殺にどのような関係があったかは定かでないが、レイゼの生き様を良くも悪くも左右させるほど、二人の関係は大きなものだったのだろう。
「私は、この力を腐らせておくのはよくないと思った。誰かのために、使うべきだと思ったんだ。そうなったとき、もし私の正体が絶滅したはずの純粋な吸血族の生き残りだと周知されれば、必ず私を異端として排除しようと世界は動く。その点に関して、千年前とあまり変わっていなかったことはよくわかった」
「後ろ盾も何もない、ただの一人の女性という立場ではな」
「そう。だから、お前たちの力が必要だと思った。単騎で国を滅亡に追い込める脅威と、この世界の広域における絶大な影響力、そして、異端を体現する異能の保持者。牽制として、お前たちの名前は十分にはたらく」
人と争うことはしたくない、そのために抑止力として僕たちの存在が必要だとレイゼは言った。
後ろ盾が欲しいことに関して、僕もよくわかる感覚がある。力を有していたところで、得られるのは破壊のみ。いくら強大な力を人のために使おうと、適切に評価してくれる場所がなければ何の意味もない。
居場所として、この魔願術師協会が必要なのだろう。
「別に、私は世界を敵に回したところで生きていけない訳じゃない。でも、その力はもう人に向けたくはない。だから私は...... 。――私は、私がいてもいいという、居場所が欲しいの!」
今までになく必死に、レイゼは声を上げてガネットを見た。
今にも身を乗り出しそうな勢いだった。
「......わかった。十分に、君の思いは伝わった」
「......そう」
ガネットの言葉を聞いたレイゼは落ち着きを取り戻すように静かにそう言った。
「――一つだけ、方法がある」
ガネットはぽつりと口を開いた。
「一つ、それはどういう?」
「少しだけ、遠回りになるがな」
そう言ってガネットは立ち上がり、奥の机の方へと向かっていった。
すると引き出しを開き、一枚の紙を取り出した。
「その紙は?」
「これは、ここ魔願術師協会と冒険者協会の間で今後適用される新たな推薦枠を示したものだ」
ガネットは再び席に戻ると、机の上に該当の紙を置いた。
そこには、冒険者階級上級以上を対象とする魔願術師協会への推薦枠と書かれていた。
「現状、君を今すぐに所属させる手段はない。完全にないとは言えないが、私の立場が危ぶまれるためそれは避けたい。だが、一般的な方法で魔願術師協会所属の試験を受験しようにも君には身元を保証できるものがないため難しいだろう。そもそも、受験すらできない可能性がある」
ガネットは腕を組み、続けた。
「しかし、冒険者協会に自身の名を登録することは容易だ。多少制度に変更が加わったが、身元を保証するものがなくともできることだ。――これらのことを踏まえた結果、私はこの方法が最善且つ最速でこの協会に所属できる方法だと考えた。どうだ、レイゼ?」
「......なるほどね。冒険者になって、上級以上まで昇級して推薦枠を手に入れる。実に面白いね」
紙を手にしながら、レイゼはほのかに笑みを浮かべた。
確かにこの方法であれば一年と待たずとも所属ができるかもしれない。
「推薦試験は半年に一度、今から二か月後だ。それまでに、上級冒険者に昇級できるか?」
「ふふっ、私を誰だと思っているの?ガネット。私はこう見えても千年生きた老兵だよ?そこら数十年の若造の枠組みに収まることはないね」
レイゼは自身に満ち溢れた表情をガネットに見せた。
「――おおっ!今のレイゼ、すごくかっこいい!」
「ふふっ。目的のためだったら、私は手を抜くことはないよ。だから少し遅れることになるけど、私もすぐに二人のもとに行くから待っててね」
いつも通り口調ながら、意気揚々とレイゼは言った。
「はぁ。一体いつ君のグラシア派遣が決まったのだ?」
「いいじゃない、ガネット。お前であれば、それくらい造作もなくできるでしょう?」
いたずらな表情を浮かべるレイゼ。ガネットはやれやれと肩をすくめていた。
「まぁ、そうだな。距離的にも、君はカイレンとエディゼートのそばにいるべきだ。もしも君が暴走でもしたときに止められるようにな」
お返しとばかりにガネットはレイゼに言い放った。
「なによ、その言い方は。まるで私のことを薄い小瓶に詰めた劇薬みたいに言って」
「これから私がする苦労に対しての、ほんのささやかな愚痴だと思ってくれ」
「ふーん、変なの。――でも、懐かしい」
そう言ってレイゼは窓の外を眺めた。
つられて僕も窓の外を見てしまう。今は時間にして昼休憩が終わろうとする時間だろう。太陽が高い位置で光り輝いていた。
「レイゼについてのことで、カイレンやエディゼートから何か聞いておきたいことはあるか?」
「特に、私からはないです」
「エディゼートは?」
「僕は......」
聞いておきたいことと言うより、心配なことの方があった。聞くべきかどうか、非常に迷う。
「はは、心配事をガネット会長に言っても仕方ないですので、僕もないです」
「心配事、か。私も、レイゼに対して心配が全くないと言えば嘘になる。しかし、君たちには心強い冒険者の知り合いがいるはずだ」
――アベリンとベリンデのことだ
「そうですね、二人にも事情を話してみようと思います。きっと、冒険者としての立ち回りは二人の方がよくわかっていますので」
アベリンとベリンデはこのディザトリーの冒険者の中でも顔が利く方で、尚且つ上級冒険者だ。二人には任せるような形で話をすることになってしまうが、きっと快く受け入れてくれるに違いない。
「なに、皆して私の心配をしてくれているの?ふふ、嬉しい限りね。でもそんなに心配なら、エディゼートも私と一緒に上級冒険者を目指してもいいんだよ?」
「あはは......。それは遠慮しておく」
「そう?残念」
――まぁ、何はともあれ。これで心置きなくグラシアに向かえそうだ
まだ少しだけここでやることが残っているが、僕やカイレンについての出発前の準備は大方済んだ。後は出発の日時と現地での予定の確認と調整をするだけだ。
「ということで、今日の話は以上でいいだろうか?」
「はい。ありがとうございます、ガネット会長」
「本当に、ありがとうございました」
カイレンに続くように礼を言う。
「私も、もう一度お前の世話になるとはね。運命と言うのは不思議なものだよ」
「そうだな。私は可能な限り皆の助けができるように働いているつもりだ。だから、要望の通る通らないに関わらず、一度私に相談してみてくれ」
「「はい!」」
こうして、会長室でのやり取りは幕を閉じた。
――その後、会長室を出ていくとレイゼは早速冒険者協会に出向いて登録をしてくると言って颯爽と廊下の奥に進んでいった。
今は昼過ぎ。僕らは昼食がまだだったことに気づくと街中の飲食店に向かっていった。
――――――
――このディザトリーにいるのも残りあとわずか。いろんなことがあったなぁ
思い返すと、本当に長いようで短いあっという間の二か月間だった。特に、最初の十日間あたりは激動も激動。いきなり世界の最高戦力と共にグラシアの危機を救ったり、その前には赤龍に化けた少女と戦ったり、その前はこの街に着いて早々戦ったりと。
――何だか、戦ってばかりだな。今のところの僕の対界生活は。でも、その方が退屈しないしいっか
そう思いながら空を見上げる。
ボーっと、まだ肌寒いが少し暖かい日の光を浴びる。
「ねぇ、エディ。エディはどれにする?」
「うーん、そうだな。前は塩味のスープを頼んだから......今日はトマトベースのやつにしよう」
僕らはレストランの外のテラス席でメニューを見ていた。
ゆったりと、近くを流れる川の音が心地よい、僕らお気に入りの店だ。
「わかった。――すみません」
カイレンが手を上げて店員を小声で呼びつけ注文を済ませる。
ここ最近感じるのは、外にいる間だけカイレンは別人のように上品に振舞う。むしろ、マナーや作法を知らない僕よりも断然大人っぽく振舞える。
ジルコ邸のメイドのリーシュに刷り込まれたのだろうか。
「それにしても、何だかあっという間だよな。僕がここに来てから」
「ふふっ、そうだね。あの時はあまりにも忙しかったよね。私も、気を抜いたらやられちゃうんじゃないのかって思ったよ」
「はは。世界最強がそう言うか」
「世界最強でも、それ以外は普通の人と同じなんだよ?」
「まぁ、そうだな」
言われてみれば、その通りだ。
たとえ戦闘でどんなに強かろうと寝ないと疲れるし、お腹は空く。そんな当たり前を、目の前の少女も抱えていた。
「でも、これからまた忙しくなるなぁ。開拓を先導する代表者だって、私が」
「そして僕はその補佐役。カイレンは、人使いが荒そうだなぁ」
「なに、エディは私の優秀な
「はは。そう言えば、最初にそう誓ったもんな」
最初にカイレンと半ば騙されて結んだ約束。
「まさかその約束が、現段階で婚約という形まで発展するとは」
「えへへ。なんだかすごくロマンチックだね」
ちょくちょく、落ち着けるタイミングでカイレンとそのような会話をしていた。
今のところの計画では、グラシアの魔願樹を一望できる場所に結婚式場を建設し、そこに知人関係者を大勢招いて盛大に式を挙げるということになっている。
職業柄、落ち着いた生活をすることは不可能に等しいが、それでも拠点となる場所の確保など、環境が整うまでは結婚しないことにした。
「私たちに子供ができたら、どんな子に育つのかなぁ?考えるだけでワクワクしてきた」
「はは。もしかしたら、魔力からも願力からも魔法が使えたり」
「むぅ、違うよエディ。女の子だったらきっと私のように可愛く儚げに、男の子だったらエディみたいに男前で優しい子になるだろうなぁって、これくらいのことだけでいいんだよ」
「あぁ、そうだな。カイレンの言う通りだ」
今の今まで、自分に子供ができた時のことを考えたこともなかった。自分のことで手一杯な現状だと、どうしても子育ては大変そうだ。
しかし、これからの生活を想像してみるとワクワクしてくるのは確かだ。
困難は少なくはないだろうが、カイレンといるならばなんだって乗り切れる。そんな自信で心は満たされていた。
「......お、料理が運ばれてきたぞ」
「やったぁ!もうお腹ペコペコだよぉ」
人気の少ないテラス席。二人の時間を外でなかなかとれない僕たちにとって、最高の場所だった。
「――お待たせしました。根菜と鶏肉のトマトスープと、白身魚のクリーム煮、そしてバケットが二人前でございます」
「おぉ!美味しそう!」
余程腹が減っていたのか、カイレンは心底嬉しそうに並べられた料理を眺めた。
「――いつも、当店をご利用いただいてありがとうございます」
「あ、バレてたんだ。あはは」
「はい。カイレン様とエディゼート様がお忍びで食べにくるレストランとして、お二方のおかげで当店の評判は大変良いものとなっております。そのお礼として、お二方にアイスクリームを食後にサービスしたいのですが、いかがなさいます?」
「食べる!」
カイレンは女性店員の言葉に対して間髪入れず返事をした。
「かしこまりました。では、食事をお楽しみください」
そう言って、店員は店内へと戻っていった。
「えへへ、やったぁ。なんだか得しちゃったね」
「そうだね。でも願力で体温調整できない僕からすると、冬場の外でアイスクリームを食べるのは少しお腹を下しそうで怖いけど」
「それなら私がエディの分も食べてあげるよ!ふふん、エディにはわからないか。冬場に食べる冷たいものの美味しさを」
「僕のいた世界とこの世界は違うんだ。冷たいものは夏場の暑い日に食べるから美味しいもの。まぁ、それはともかく、頂こうか」
「うん!」
こうして、僕らはテーブルに並べられた料理に手を出した。
何気ない穏やかな一日は、これまでの僕らを労い、これからの僕らに舞い込む忙しさを嫌でも意識づけるように過ぎていった。
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