第33話 招集命令会長室にて

 ――エーディンから可変制服を受け取ってから数日後、カイレンにガネットから招集命令が再び届いた。


 どうやらガネットが発案したグラシア開拓計画が受理されることとなったらしい。

 その過程で一体どのようなことが行われたのか想像に難いことであるが、尽力を尽くしてくれたのは確かだ。

 国王になることを免れたカイレンは朝からとても上機嫌で、そわそわと落ち着きのない様子で宿の部屋をうろついていた。


「ああ!ガネット会長最高!本当に、大好き!」


「はは、よかったな」


「うん!」


 何はともあれ、これから僕たちの生活が一変することに変わりはない。活動拠点も、このディザトリーからグラシアの方に移すこととなるだろう。


 ――だが、その前に一つだけやらなくてはいけないことがあった。


「はぁ、よかったよかった。これで精神状態が不安定で気味の悪いカイレンを見ずに済む。でも、まさかとは思うけど私の件も忘れてないよね?」


 そう言って、レイゼはにこやかな表情でカイレンを見た。


「あ、ああ。うん!忘れてないとも!レイゼを、協会に所属できるようにするんだよね!うん、忘れてない。忘れてない」


「僕はてっきり忘れているものだと思っていたぞ」


「あ、あはははは......」




 正直、後回しになるのも無理はない。自分のことで手一杯な状況が続いていたのだ。


 魔願帝の序列第六位以上には優秀な魔法使いをスカウトする権利が与えられている。

 一応僕を例に実力を見極める模擬戦闘や、願人による精神判定、犯罪歴の有無や出生など調べられるそうだが、レイゼも僕と同じく出所不明の怪しい人物であった。

 僕は存在が極めて特殊な場合であったため、逆にかくまうような形で所属を決定したが、レイゼの場合はどうなのだろうか。

 僕の中では、レイゼも極めて特殊な部類に属すると思うが。


「でも私の推薦権は、もうエディに使っちゃったからなぁ」


「確か、連続してスカウトはできないんだよな?」


「そうなんだよ。年に一度だけだから、今すぐにというのは無理なんだ」


 レイゼの正体を知っているエイミィは序列第七位だ。そのため推薦権を持ち合わせていない。

 さすがに事情を知らないクレウルムに頼むのはリスクが高すぎる。


「でも、今すぐ魔願術師協会に所属する必要もなくないか?どうしてレイゼはそんなに早く所属したいんだ?」


 すると、僕の問いに対してレイゼは深くため息を吐いた。


「はぁ。いい?私もお前らと同じ、生きているとお腹は空くし、最低限の安心と安全が欲しいの。エディゼート、お前がこうして今暮らせているのはカイレンという絶大な存在のおかげなんだよ?」


「......確かに」


「それに私もお前と同じ、あまり人に言えないような事情を抱えている。私だって、世界を敵に回すのは嫌だよ。だからこの協会に所属してカイレンの後ろ盾を手にしたい。そうすれば幾分か生きやすくはなるでしょ?」


「な、なるほど」


 全くをもって、その通りだった。

 確かに、よくよく思い返すとカイレンの存在の恩恵というものは計り知れないものだった。この世界での居場所も、生活していくための基盤を作ったのも、全てカイレンのおかげだ。


「......カイレン、お前ってすごいんだな」


「ふふん。ようやく気付いたんだ。もっと感謝してもいいんだよ?」


 そう言って、ベッドの隣に座るカイレンは僕の胸元に頭をぐりぐりと擦り付けてきた。


「まぁ、ガネット会長に呼ばれているわけだし、レイゼも一緒についてきて交渉してみるか」


「そうだね。直接会った方がいろいろと話が通しやすくなるかもしれないし」


 ガネットには立て続けに迷惑をかけることになりそうだ。

 でも、このことが解決できれば僕らは心置きなくこのディザトリーを離れることができる。


「まぁ、その願人との接触はなるでく避けたいところではあるけど、仕方ないね」


「なにか、不都合でもあるのか?」


「はは。あの願人は......。いや、なんでもない」


「ん?」


 ――まぁ、おそらくは過去のことだろうが


 レイゼが過去でどんなことをしてきたのか、僕たちは何も知らない。

 もう千年前のことだ。自分から口にしてもらわないと誰もわかるわけがない。


「エディ、レイゼ。ほら、行くよ!」


「はいはい、わかったよ」


 上機嫌に、一人先に部屋の扉の前で待つカイレンにせかされるように向かう。


 今は昼時より少し前。朝早く研究棟に向かったエイミィは、今頃何をしているのだろうか。






――――――






 魔願術師協会に所属の本部内に辿り着くと、職員たちが忙しない様子で廊下を往来していた。

 普段と比較して、書類の束を抱えた職員を多く見かけた。


「あっ、カイレン様!おはようございます。ガネット会長が会長室でお待ちですよ」


「おはよう。悪いね、私のせいで忙しくしてしまって」


 すると女性職員は首を横に振った。


「いいえ、そんなことはありません。むしろ、歴史的な出来事に携わることができて光栄です」


「あはは、そっか。でも、無理はしないようにね」


「はい!ありがとうございます。では」


 カイレンは、普段とはかけ離れた様子で職員と挨拶を交わしていた。

 以前から思っていたが、カイレンは気持ちの切り替え方が器用だ。誰かの口癖ではないが、気味が悪いほどに。


 そんなこんなで会長室に辿り着いた。


「――さて、そろそろ後ろからガネット会長が......」


 不意に、カイレンはそう呟いた。


「――なんだ、気づいていたのか」


 カイレンが口を開くと同時。銀髪長身の男、ガネットは何事もないように僕らの背後に現れた。

 自身が願力によって構成されているからこそできる離れ業。

 最初は僕も驚かされていたが、今では完全に慣れた。


「まぁいい。すぐに来てくれたこと、感謝する。それで、呼び出しておいてこう言うのもなんだが、大した話はしない。だが、正式に決定した事項を君に伝えておこうと思って招集をかけた」


「それなら丁度良かったです。私からも話があったので」


「はは。きっと、それはこの少女のことなのだろう」


 そう言って、ガネットは視線をレイゼの方に落とした。

 身長差も相まって、まるで見下しているように見えてしまった。

 レイゼは「どうも」と、一言だけ口にして視線を逸らした。


「さすがガネット会長。話が早くて助かりますよ」


「それにしても、このやり取りを以前にもしたような記憶があるのは気のせいか」


 僕を見ながらガネットはそう言った。


「あはは......。あの時も今でも、ガネット会長にはお世話になりっぱなしです」


「ふっ、そうだな。――さて、立ち話はここまでとして中に入ってくれ」


 ガネットは扉を開けた。


「失礼しまーす」


 カイレンの声と共に、会長室の中へと入っていく。

 すると机の上にはいくつかの書類が配置されていた。

 遠目であまりよく見えないが、おそらく決議書か何かだろう。


「まぁ、まずは三人ともそこに掛けてくれ」


 ガネットに促されるまま、僕たちは長椅子に腰を掛けた。


「早速だが、本題に入ろう。まず、今朝伝えた通り協会幹部の合同会議によって私の案が正式に採用されることが決定した。一番右の書面が、その証明となる決議書だ」


 カイレンは言われた該当の紙を手に取った。

 覗いてみると、確かにガネットが発案したことが事細かに書かれていた。


「すごい、ほとんどすべてが採用されてる。あはは、ガネット会長、相当嫌な顔を向けられたんじゃないですか?」


「そうだな。幹部の中には、他国とのつながりがある者もいた。しかし、開拓前線基地の設置に伴う利益について説明したところ、皆渋い顔をして了承してくれた」


 世界中から人員を募り、その派遣した人員に対して優先的に生活できる権利を与える。開拓の支援をしてくれた国に対して関税率の引き下げなどの交易に関して優位にはたらくようにする、等々。いずれも開拓直後では実行が難しく既存国にとって旨味のない内容が書かれていたが、長期的に見て考えるところがあったのだろう。


 もしカイレンが国王になることがあったときのためにと、暇な時間を使って図書館で少しだけ行政や外交の知識を付けに勉強しに行ったりしたが、所詮素人の独学ではまだまだ分からないことだらけだ。


 人員募集に関して治安が非常に悪くなりそうだが、グラシア特別区の制定と共にディザトリーで施行されている法を適用させると書面に書かれていた。

 その他の行政機関は、世界各国から魔願術師協会によって推薦された専門家たちが運営していくと書かれていた。


 ――そう考えると、この世界における魔願術師協会の権力は凄まじいものだ


 建国の権利を持つのも、魔願術師だ。

 一応協会の所属審査の筆記試験の内容として行政などの魔法以外の知識を問うものもあるらしいが、そう考えるとこの協会に所属している人は皆エリートだ。


 頭脳面に関して一部、カイレンや僕のような例外もいるが。


 ――......もしかして、クレウルムもアレザも勉強ができる方だったのか?


 正直、国王と言うのはあくまでも象徴として必要なだけなのだろう。でなければ、素人に国営を任せたら一瞬にして既存国の食い物にされてしまう。協会の職員に知識人が多いのは、こういったことにならないための補助をするためでもあると、今更ながら思った。


「その書類に、一通り目を通せたか?」


「はい。でも、まだまだたくさんの書類があるんですね」


 依然として、机の上には何枚もの書面が並べられていた。


「そうだ。とは言っても、後の書類のほとんどはカイレン、君の署名をもらうだけでいい」


「なるほど......。そういうことですね」


 カイレンは書類に目を通すと何かを理解したように頷いた。


「世間的には君の方が知名度と人望がある。様々な計画や契約の代表者として君の名も載せた方がいいだろう」


「わお、既にガネット会長の名前も書いてある。一緒に責任を負ってくれるということですね!」


 頼もしそうに、カイレンはガネットの方を向いた。


「だが、くれぐれも勘違いしないでくれ。私の名前はあくまでもささやかな保険に過ぎない。責任は分割されることはなく、君にものしかかることを忘れないように」


「はーい。わかってますって」




 ――その後、カイレンはガネットの指示によって次々と書類に記名していった。




「......よし。これで最後だ」


 そう言って、カイレンは最後の書面に名前を書き終えてガネットへと渡した。


「うむ、ご苦労だった。これで今日君を呼んだ理由の大半が片付いた。後は少し、これからの任務について話をしよう」


「わかりました」


 ガネットは書類を一つにまとめながら続けた。


「まず、君の所属はディザトリーのままになるが、グラシア開拓の主導者として一時的に任務を引き受けなくてもいいように調整しておくことにした。これで君は心置きなくグラシアでの活動をすることができるはずだ」


「つまり、招集命令が私に届かなくなるってことですね?」


「ああ、そうだ」


 魔願術師は地脈異常の発生地の近隣地域であれば支部関係なく招集がかかる。

 既に僕も何度か経験したが、その頻度はまちまちだ。

 早く地脈異常の鎮圧ができる日は二日ほどで帰還できるが、前兆が確認されたがなかなか地脈異常が発生しない場合は一週間弱待機することもあった。


「これから先、グラシアに新たな魔願樹が誕生したことでその周辺地域での地脈異常の対処に追われることとなるだろう。おそらく、君とエディゼートであればそのすべてに対処できると思うが」


「はは、さすがにそれは忙しいですよ」


 時期が悪いと、戦闘員がいない状況ができてしまうこともあった。その補填として僕ら三人が出向くことがあった。

 しかし、途中で分かったことがあった。それは、僕とカイレン、そしてエイミィの三人は、通常の地脈異常を対処する場合過剰戦力であるということだ。世界最高戦力が二人もいるとなれば、当然の話であるが。


 一般的な魔願術師では、とてもではないが願魔獣を単騎で討伐することは不可能と言えるだろう。何せ、願魔獣に辿り着く前に暴走した魔物の対処をしなくてはならないからだ。相手にしている場合でないが、無視することもできない厄介な存在だ。

 だが、『破願』を持ち合わせるカイレンとエイミィにとって、暴走した魔物は紙切れ同然。最小限の願力で対処が可能だ。


「しかし極地で生息していた魔物たちは今、潤沢な魔力を浴びて活性化している。可能性として、君の願力特性の効果を減衰させるほどの個体も存在するかもしれない」


「まぁ、でも大丈夫ですよ。地脈を吸うような卑怯者は極地にはいませんので」


 前にカイレンは魔願樹に魔法で傷を付けることはできないと言っていた。

 その大まかな理由は、願力の密度が人間のそれと比較して非常に高いからだ。


 ――この世界に来て、願力の性質について少しだけ詳しくなった。


 願力は様々な要素のようなものが組み合わさってできており、願力特性の有無とは、その要素の一部が突出しているかいないかであるということらしい。

 カイレンの場合、願力の侵食性と排他性が異常に高いらしく、その結果一般的な魔法ではカイレンの魔法を防ぐことができないらしい。


 しかし、いくら『破願』の特性があるからといって、完全に防げない訳ではない。カイレンの願力特性に侵されないほど、願力を強固に練り上げればいいのだ。その点、魔願変換による消耗によって一時的ではあるものの、『錬願』を持つクレウルムはカイレンの攻撃を防ぐことができるらしい。


 カイレンが言っていた地脈を吸う卑怯者というのは、おそらく地脈から溢れ出る魔力を独占的に直接摂取する魔物のことだろう。この目で見たことはないが、非常に強力な魔物とのことだ。


「そうだな。君が対処できない魔物が存在するということは、誰も倒せない人類の脅威であるからな。――さて、今度はエディゼートについての話をしよう」


「はい」


 ガネットは僕に視線を向けて続けた。


「本来、カイレンがいない分の戦力として君をここに留めておきたいところだが、ディザトリー周辺で発生する地脈異常の件数は非常に少ないものだ」


「そうですね。どちらかと言うと、離れた地域からの支援要請での出動がほとんどでしたからね」


 まだこの世界に来てから二か月ほどしか経過していないが、その間ディザトリー付近で地脈異常が発生したことはなかった。


「そういった点に加えて、君はグラシアの極地と地脈の影響範囲の境目からディザトリーまで一日で移動できる飛行能力を有しているとカイレンから聞いた」


「そうですね、それは事実です。僕一人であれば、ここからグラシアの魔願樹まで一時間もかからずとも行けるでしょう」


「――えっ、そうだったの?エディ?」


 目を丸くしたカイレンが尋ねる。


「身体強化系の魔法を重ね掛けすればな。それに、今の僕はこの世界に来た時と比べて願力の操作が上達したから、より魔法の発生速度と効果を高めることができるようになったんだ。レイゼのおかげで」


 今の今まで、沈黙を貫いていたレイゼに目を向ける。


「......」


 すると自分の話をされていることに気づいたのか、レイゼは顔を上げて僕を見た。


「はぁ。全く、お前は余計なことを言うんだから」


「はは、すまん。ただ、ずっと黙っているから気になっただけ。ガネット会長もすみませんね、話の腰を折るようで」


 するとガネットは首を横に振った。


「別に構わん。私自身、会話における程よい寄り道は良いことだと思っている。君が彼女を気に掛けたおかげで、少しながら彼女からの負の感情が和らいでいる」


「――っ!?」


 見透かされてか、レイゼはいつになく気恥ずかしそうに下を向いた。


「え、そうだったのか?」


「そうだったの、レイゼ?」


 僕に続いてカイレンもレイゼに尋ねた。


「......はぁ。これだからお前みたいな願人は嫌いなんだよ。配慮ができないところも、まるで昔と変わっていない」


「はは、すまない。千年ぶりに姿を見たものでな。忘れているふりをして少しからかってみただけだ」


 ――ん?一体どういうことだ?二人は顔見知りということなのだろうか?


 カイレンも同じようなことを思っているのか、不思議そうに二人を見比べていた。


「二人は、一体どう関係なんだ?」


「はぁ。エディゼート。この世には知らなくていいことがたくさんあるんだよ。ほら、お前も話を戻しなよ、人もどき」


 露骨に嫌な表情を浮かべるレイゼ。ガネットはというと、いつになく表情が柔らかく見える、気がする。声の高さが少しだけ上がっているのは確かだ。


「そうだな。ところで、『レイゼ』か。今は君をそう呼べばいいのだな」


「......もし、実名を呼びでもすれば承知しないからね」


 顔を下に向けながらガネットを睨みつけてレイゼは低い声で言った。


 本当に、二人の間で過去に何があったのだろうか。

 どうしようもないくらいに気になるが、レイゼを怒らせたら大変なことになるのは間違いないので聞くのは我慢しておく。


「では話を戻そうか」


「そうですね」


 僕らがそう言うと、レイゼは目をつぶって不機嫌そうにぷいとそっぽを向いた。


「君の移動能力を考慮すると任務の招集命令をカイレンのように調整する必要はないと、当初は考えていた。しかし、現在のグラシアでは未知の要素があまりにも多すぎる。そのため、戦力面で君の力が必要不可欠と考えた」


 終始不安そうにガネットの言葉を聞いていたカイレンの表情が和らいだ。


「それってつまり、僕は......」


「ああ。カイレンと共に、グラシアの開拓の最前線を担当してくれ」


「――ありがとうございます!」


 ガネットから告げられた言葉、それは紛れもなくグラシアに行くことになったカイレンと共に過ごす時間が増えることを意味していた。


 カイレンも、目に見えて嬉しそうに願力で瞳を輝かせていた。

 カイレンは感情が高まると瞳に願力が満ちるという、僕だけにしかわからない癖があった。


「あぁ、ガネット会長~。本当に、大好き!ハグします?」


 腕を広げてカイレンはそう言った。


「それは遠慮しておこう。まぁ、このようなことを言った後で伝えるのもあれだが、あくまで調整というのは免除ではなく、招集命令の通達を君たちの予定と照らし合わせて行うというものだ。エディゼートに限ることだが、開拓がある程度進行して招集をかけられると判断され次第こちらから声をかける。わかったか?」


「はい。それだけでも十分です」


 開拓の代表者としての役割を担うカイレンと違って、僕には頻度は少ないものの招集がかかる。たとえそうだとしてもかなり助かることだ。


「はぁ。よかったぁ。これでエディと離れ離れにならずに済む」


「本当に、何から何までありがとうございます」


「いいんだ。こうすれば君たちを有効的に活用できると考えたまでだ」


 ガネットという願人は、何と頼もしい存在であることか。

 本当に、ありがたい。


「でも、エイミィとはしばらくお別れになっちゃうね」


「......そうだな」


 エイミィはその立場から僕やカイレンのように調整することが難しいのだろう。そしてエイミィは魔願術師であるとはいえ、研究者でもある。自身が研究していることに関して、僕の存在や兄の影響もあってかなりの進行度で研究が進んでいるらしい。どこまでも自分の興味があることに突っ走る、研究者らしい選択だ。


「当初、私は君たち三人で行動するようにと言ったが、グラシアに魔願樹が誕生したことで事情が変わった。そういうことにしておこう」


「あはは。そういえばそうでしたね。でも、少しの間だけだったけれどもエイミィは以前よりも前向きになった気がしたので良かったです」


 今思い返すと、エイミィが僕らと共に行動するようになったのは過去の失敗による落ち込みから気持ちを立て直すためであった。

 最初、エイミィは僕たちといるとき努めて明るく振舞っていようとしていた。けど、いつの間にか心の底から笑えるように心境が変化していったとわかるようになっていた。


 ――そう考えると、吸血衝動状態のエイミィは一体何なんだ......?


「まぁ、エイミィは暇なときにグラシアに来てくれるって言ってたから大丈夫だよ」


「そうだな。一生の別れってわけじゃないんだ。僕たちは僕たちのやるべきことをやるまで」


「ふふっ、そうだね」


 これで心置きなくグラシアに行ける、と、そう思ったがまだだった。


 ――まだ、レイゼのことが残っていた。


 ――でもレイゼはガネットに対して嫌そうにしてるんだよなぁ


「よし、これで私からの話は以上だ。――では、カイレン。君の要望とやらを聞かせてくれ」


「はい、わかりました。では――」


「はぁ......」


 いよいよ自分の番だと、レイゼは諦めたような表情で顔を上げた。

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