第二章 グラシア開拓最前線編

第31話 グラシア開拓計画

 ――時は過ぎ、この世界に来てから約二月。


 あり得ないほどの密度で過ぎ去っていったあの日々が、今では懐かしいと感じられる今日この頃。


 僕――エディゼートの名は『見願』の魔願術師として世界中に広まった。


 僕の存在の公表を渋っていた協会の上層部も、周知されるのは時間の問題だと諦めてすぐに世界各地へと通達したらしい。


 ――『見願』が現れると、歴史が動く。――『見願』が現れると、魔法に革命をもたらす。


 そんな大袈裟な、と思いたくもなるが、実際魔法体系に革新的な技術がもたらされたのは歴代の『見願』たちの成果もある。


 話によると、『見願』が願力を視認することができるのは身体と願力の親和性が極めて高いかららしい。その特性を活かして、常人では識別することのできない微細な願力の働きの違いを観測して、今の魔法は大成したとのことだ。


 しかし、僕の場合はまた別だ。あれからエイミィとレイゼにいろいろと調べてもらったが、僕の体は願力との親和性が最悪らしい。そのため、自身の願力を十分に纏うことができず結果的に願力抵抗がほとんどできていない。


 これから解決していかなくてはならない、重大な問題だ。対人戦闘に関して、衝撃波のような魔法を使われたら手も足も出ない。


 この世界に数えて十三番目の魔願樹が誕生した知らせは瞬く間に世界各国へと浸透し、それにまつわるとある話題で大騒ぎとなっていた。


 ――そう、誰も魔願樹の主、すなわち国王に名乗り出なかったのだ。


 十二魔願帝と言えど、年齢として若年が多くその責務を全うしたいと志す者はいなかった。


 これは前代未聞の事態らしく、世界中の権力を持った人間たちがこの処遇をどうするか協議しているらしい。噂によると、現段階での序列第一位であるカイレンに国王として魔願樹を管理してもらおうと動きがあるらしい。


 そして、その当の彼女はというと――。


「いーやーだ!絶対にやだ!」


「はぁ。カイレン、君にとって責任が伴う大変なことだと思うが、魔願帝の地位である以上仕方のないことだ。私もその協議に参加して、どうにか君にならないように抵抗してみてはいるが......」


 ガネットはため息を吐いた。


 ここはディザトリーの協会本部の会長室。

 カイレンのみがここに呼ばれたが、何かを察したのか僕とエイミィを半ば無理やりここまで連れてきた。


 抵抗、という表現からカイレンが国王になる方針はほぼほぼ確定していることが窺える。


「なんで魔願帝は十二人もいるのに誰も国王になりたいって言わないんだ!」


「はぁ......。皆、君と同じ。責任を負いきれる器ではない、自由を手放すほどの価値が見いだせない、辺境の地で一から始めるのは無理だ、と言っているらしい」


「なんでー!?」


 それはカイレン、お前が言えたことじゃない。

 そうツッコミを入れたいところだったが、僕も同じ立場だったら嫌だと駄々をこねるだろう。


「ねぇ、エイミィ......」


「そんな顔しても、私はやらないからね。何度も言ったでしょ?私もカイレンと一緒で、やりたいことがたくさんあるんだ。それに、私は序列第七位。カイレンは第一位でしょ?」


「そんなぁ......」


 ぷい、と珍しくエイミィは冷たくカイレンをあしらった。


 最近のエイミィは研究を進めていたテーマに新たな着眼点を見つけたと言って、研究室に足繫く通うようになっていた。

 どうやら兄が研究を進めている『蓄願素材』を応用して実験をしているらしい。


「うぅ、いっそのこと魔願帝なんて......」


「そうしたら、特権が剝奪されるがいいのか?まぁ、君ならそれすら必要としないほどの力を持ち合わせているが」


 カイレンやエイミィと共に生活をしていく中で、魔願帝には生活の中で様々な恩恵を受けられることがわかった。その特権の中には、購入した物品や契約したサービスなどの領収書を協会に提出すると、その費用の一部を協会側が負担してくれるというものがあげられる。

 この他にも、他国への入国の際の手続きや王位より一つ下の特別階級の身分が付与されたりと様々だ。


「でもそうしたらエディに何かあったときに......。うぅ」


 今のところ、僕は世界を敵に回すことなく生活することができている。

 それもこれも、すべて周囲の人たちの行動のおかげだ。

 特にカイレンとガネットの影響は凄まじく、序列第一位と魔願術師協会の会長という誰も気安く逆らうことができない最強のカードを前に、誰一人として僕に危害や不平不満を言いつけてくる人はいなかった。

 身元不明、しかし『見願』を有する僕にとってありがたいことこの上ないことだ。


「まぁ、カイレン。あれだ、もしお前が国王になることがあったとしても、僕はお前のそばにいるから」


「......本当に?」


 何故かカイレンは半泣き状態だった。

 相当嫌なのか。


「でも、今の様子だと、僕はあちこちの国からの出動要請とかに出ないといけないからなぁ......」


「それは嫌だぁ!」


 そう言ってカイレンは隣に座る僕に顔をうずめてしまった。


 現状、僕はとても忙しい。

 あちこちの国の偉い人から、ぜひ我が国に来てほしいと、手紙が何通も届いていた。

 とりあえず、共に戦ったクレウルムとアレザの母国には足を運んでみたいと思っていたが、地脈異常の発生が続いていたのでその対処に当たっていた。そのため、まだどこにも行けずにいた。


「なんとか、ならないものですよね......」


 ガネットの方を見る。


「まぁ、カイレンがこの場で国王になる判断ができないことは予想していた。少し、待っていてくれ」


 すると、ガネットはおもむろに立ち上がって部屋の奥へと歩いていった。

 何かを手にすると、それを持って再び椅子に腰かけた。


「これは......世界地図」


 ガネットは丸められた世界地図を机の上に広げた。


「――なんとか、なるかどうかはわからないが。まぁ、一応なくはないとだけ伝えておこう」


「本当に!?」


 ガネットの言葉を聞いたカイレンは勢いよく起き上がった。

 ぱぁっと、その表情は希望に満ち溢れていた。


「それでそれで!ガネット会長!その方法は!?」


「まぁ待て。落ち着いてくれ。実を言うと、ここに君を呼び出したのはあることを提案するためでもあったのだ」


 カイレンが国王にならずに済むあることとは、一体何のことだろうか。


「いいか。まずはこのディザトリーにおける実質的な最高権力者は、願人であるこの私だ。実際、私に付与された身分は王位と変わらないものだ」


「なるほどなるほど」


 釘付けに頷くカイレン。


 思えば、このディザトリーという街を治める王はいない。正式に国ではないが、ディザトリーは最初に魔願樹が誕生した地として特別区扱いとなっている。


「そして、この世界にはこのディザトリー以外で願人が王として君臨し、支配している国がある」


「――ミクニ王国、ですね?」


 エイミィは地図を指さした。

 そこには、大海の際にポツリと点在する奇妙な形状をした島国があった。


「そうだ。この国の実権を握っているのは私と同じ願人。名は――『レクリカ』だ」


「レクリカ......」


 ガネットを例に、願人は自身の魔願樹を国樹とする国が建国された際に名を与えられる。

 そのため、今現在グラシアの願人には名前が付いていない。


「私が最初に考案したが却下した第一案、それは最初からグラシアの願人自身を国王の座に就かせるということだ。これにはいくつかの問題がある」


「問題、ですか?」


 確かに、願人を国王にしてしまえば未来永劫その座は固定されることになる。しかしこれが最善であるかどうかを考えると、少し話が変わってくる。


「現状世界中で願人を国王として機能している国はミクニ王国だけだ。その理由は簡単だ。まず、願人は魔願樹そのものと言っても差し支えない。そんな願人の行動に少しでも軍事的、政治的な関与があった場合に起こることは想像に容易いだろう。つまり、ミクニ王国は願人が政治的にも軍事的にも関与しても問題ないような状況を恒久的に整備されていると言えるのだ」


「なるほど。ミクニ王国は島国だから隣国に魔願樹の地脈が届くことがない。閉鎖的な環境だから成り立っているのですね」


「軍事的な面では、そういうことだ」


 前にレイゼが願人のことを、誰も逆らうことのできない生物兵器だと表現していた。


 ほぼ無尽蔵に湧き出る願力、それが実現するあらゆる魔法に対する絶対抵抗。そしてその力を意のままに操る願人は、まさしくこの世の秩序を保つことも、破壊することもできる究極兵器に相応しい存在と言えるだろう。


「そして願人『レクリカ』のオリジナルに当たる人物――『レミノ・カーヴァ』は、『大海の妖狐』の異名を持つ、優れた商人であり魔願帝序列第二位の実力者だった。彼女の遺志を継ぐレクリカは、絶海の孤島とされたミクニ王国をその交易術で大国へと押し上げた」


「なるほど......」


 このことを踏まえると、ミクニ王国は軍事的にも政治的にも願人を国王として実権を握らせても問題がないことがよくわかった。そう考えると、カイレンもエイミィも戦闘面では世界屈指の実力を持ち合わせているが、政治的な立ち回りに関しては素人そのものだ。いきなり願人に任せようにも、少し問題があるだろう。


「ガネット会長」


「なんだ?カイレン」


「その......この話を聞いた限り、私が国王になる以外選択がないような......」


 カイレンはボソッと呟くように言った。


「まぁ、待て。今、私はあくまで第一案を断念した理由を提示しているだけに過ぎない。本題はここからだ」


「......わかりました」


 するとガネットは地図上のグラシアの地域を指さした。


「私が提案すること。それは――最初からグラシアに国を築くのではなく、グラシア開拓の拠点となる特別区を形成することだ」


「グラシア開拓......?」


「ああ、そうだ」


 ガネットは続けた。


「この世界の極地と呼ばれる地域。主に魔願樹の地脈による影響が少ない北極点付近の地域には、魔力こそあるがその濃度は微々たるものとなっている。そのため、そこに生息する魔物は同種であっても強力な個体が多数存在している。また、その環境に適応できていない魔願術師にとって、魔法を行使しようにも十分な魔力が得られず火力不足になることがあった。そのため今まではグラシアの極地を開拓することができずにいたのだ」


 僕とカイレンは極地と呼ばれる地域と魔願樹の地脈の影響を受ける地域の境目近辺で出会っていた。地脈異常は地脈の先端付近で発生する確率が高いと、先日エイミィから聞いていたのを思い出した。


「しかし、今となっては新たにグラシアに魔願樹が誕生したため、極地はその規模を大幅に減少させた。グラシアにおいて、もはや極地と言える地域はなくなったと言っても差し支えないだろう」


「以前、グラシアの魔願樹の地脈の範囲を調査隊が確認していましたものね」


 エイミィは視線を地図の上に落としながらそう言った。


「ああ、そうだ。グラシアにおける魔力濃度は飛躍的に改善し、ほとんどの地域で普段通り魔法を行使することができることがわかっている。これは人類にとってグラシア開拓の起爆剤となる要素と言えるだろう。しかし、魔力濃度の上昇に伴いその脅威度を増す存在も当然いる」


「それが、極地に生息していた原生生物たちってことですね」


「ああ、その通りだ」


 カイレンの言葉にガネットは頷いた。


 地脈にによる恩恵は、人類だけが享受するものではない。魔力濃度の低い過酷な環境下で生存してきた魔獣にも当然ある。


「突如として変化した環境を前に、魔物たちの行動はより獰猛となり開拓の脅威となるだろう。そこで先ほどの提案のように、開拓の拠点となる特別区を制定して世界中から人員を募り、グラシアの開拓を進行させる。その間に願人本人には行政や外交、交易などの知識を身に着けてもらい、開拓がある程度進行し移民が確保でき次第新たに建国をする。かなり時間を要する案だが、これであればカイレン、君が国王にならずに済むと言えるだろう」


「た、確かに......!」


 カイレンは目を輝かせながら頷いた。


 なるほど。建国の前に、まずは領土の整備からというわけだ。人員は冒険者を生業とする人口が多いことからすぐにとはいかないが確保できそうだ。未知の領域、そして強力な個体からしか得ることのできない素材の数々と、このような宣伝をすればかなりの人数が開拓に志願してくれるだろう。


「歴史上、魔願樹が誕生した地域のほとんどは既に人類が生活を営んでいた地域であった。今回のグラシアのように、国土の大半が未開の極地だったケースは非常に稀なことだ。付け加えて、世界中の上流階級の面々がすぐに建国をさせたい理由は、グラシアという広大な国土を有する国家と協和関係を構築して自国の優位を確保したいだけに過ぎない。そのため焦らずともいいと私は考える。これらのことを踏まえてどうかね?私の案は」


「はい!ありがとうございます!一生ついていきます、ガネット会長!いえ、ガネット様!」


 仰々しく、カイレンは時間差なくペコペコと頭を下げながらそう言った。


「はは。相変わらず、君は素直で面白い。だが、この案が全て計画通りに進められるとは断言できない。それでもいいか?」


「はい。少しでも可能性があるならば、私は最後までしがみついてあがき続けるだけです。――運も実力のうちですので!」


「運も実力、か。昔の君の口癖を久しぶりに耳にしたな」


「えへへ」


 何かを思い返すように、無表情だったガネットの顔が少しだけ笑っているように見えた。


「ではこの方針でいこう。早速だが、これから私はこの計画案を会議で公表するための準備に取り掛かる。もし何か気になる点があればここに来てくれ。もしここに私がいなくとも、急用がなければ呼ばれたらすぐに現れるようにしよう」


「わかりました。ありがとうございます、ガネット会長」


 カイレンの言葉を聞いて、ガネットは立ち上がった。

 以外にも、話はあっさりと終わった。これも全てガネットが適切な案を考えてくれたおかげと言えるだろう。


「礼には及ばん。私自身、君たちといるとなかなか愉快で退屈しないからな」


「あはは......。それっていいことだと受け取っていいのですかね」


「少なくとも、私は前向きに受け取ってもらってもいいと思っている」


 そう言って、ガネットは部屋を後にしようとした。


「――そうだ、エディゼート」


「はい。何でしょうか?」


 扉に手をかけたガネットに声を掛けられる。


「君の可変制服の調整が終わったとの連絡が今入った。だから昼食後に別館の研究棟に向かってみるといい」


「はい。わかりました」


 さすが願人。どうやらガネットは念話のような能力があるらしく、交信したいと念を含んだ願力を察知して意思疎通ができるそうだ。


「私はここを離れる。ではまた」


 そう言って、ガネットは部屋を後にしていった。

 相当僕らを信頼しているのか、会長室には僕とカイレン、そしてエイミィだけが残っていた。


「よかったね、カイレン」


「本当だよエイミィ......。でも、結局忙しくなりそうだね。開拓の最前線に立つのは、きっと私だろうし」


 そう言ってカイレンは崩れるように椅子に寄りかかった。


「でも、もしそうなった場合なら僕も開拓を名目にカイレンと共に行動できると思うから、少なくとも離ればなれになることはないはず」


「えっ、確かに。そうわかれば、何だかワクワクしてきたかも!誰もいない未開の地で、エディと二人きりで......えへへ」


「「......」」


 一体、何を考えているのやら。

 些細な言葉一つでこうも気分を変えられるのはいいことなのだろうか。


「それよりも、さっきガネット会長が言っていた可変制服の話は、きっとお兄ちゃんからだろうね」


「やっぱり?ってことは、初めてエイミィのお兄さんに会えるってことだ」


 何度か可変制服の調整とその性能の検査のためにお世話になっているが、そういえば僕はエイミィの兄と直接顔を合したことがなかった。と言うのも、エイミィの兄に会いたいと言うといつもエイミィが渋い顔をして「うーん」と唸るからだ。


「はぁ。でも、いつかは顔を合わせておくべきだとは思っていたから丁度いいかもね」


「はは。たとえどんな人であろうと僕は大丈夫だからそんなに心配しなくてもいいよ」


「うーん。エディはいいかもしれないけど、私が少し恥ずかしいというか......」


 そう言って、エイミィは視線を下に落とした。


 エイミィがそうなるほどの、変人なのだろうか。少なくとも、今まで出会ってきた人の中にも曲者は何人もいたので耐性はついていると思うがどうだろう。


「確かに、あれはエディと会わせたら厄介なことになるかもね」


「カイレン......。あまり人の兄をあれ呼ばわりするな、エイミィが苦笑いしているぞ」


「あはは......。でも、仕方ないよ」


 エイミィはカップに残ったハーブティーを飲み干してそう言った。


「まぁ、待たせるのも悪いし、とにかくお昼を食べに行こうか」


「そうだね。ああ、エディとあいつが出会ったらどうなるのだろうか。へへ、楽しみだなぁ」


「......」


 不穏な言葉を発するカイレンをよそに、僕らは会長室の扉を開いて廊下へと出た。


 時刻は丁度昼時に差し掛かる頃。少しの空腹を覚えつつ、僕らは冒険者ギルドの食堂へと向かっていった。

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