番外編 あの男は一体
《とある魔願術師》
「ん、エディゼートっていうやつか?あぁ、聞いたこともねぇな。そもそも、ディザトリーのことなんて離れてるからわからねぇし、お前の聞き間違えじゃないんか?」
やっぱり、誰に聞いても知らないわからないと答えるばかりだ。
――確かに、そう名乗る男はいたのだ。
魔獣にやられそうになった俺を助けてくれた命の恩人。
でも、本部の戦闘員名簿を確認しても、それに該当する男はいなかった。
おかしい。たとえ研修中だとしても、協会に所属できた時点で名前は載るはずだ。
誰かが消した?いや、そんなことはさすがにないだろう。
あの制服は、間違いなくここのものだ。
「それにしても、お前がその男の名前をいろんなやつに聞きまわっているって噂が立っているほどに、お前はなんでその男のことを?」
「あぁ、いや。言ったところで信じてもらえないと思うんだが......」
俺はあの夜、川辺で見た出来事をありのまま伝えた。
「巨大な炎を撃ちだした?それも甲虫型の魔物の群れを一掃できるほどの威力で?」
「あぁ。確かに俺は見たんだ。そう名乗る男の手から小さな火球が出たと思ったら、とんでもない威力で炸裂したんだ。炎を操る魔法自体、ないわけじゃないがあの威力はありえない。魔法で爆発物を作り出していることになるんだぞ?」
「確かに......その話は俺も聞いているが。でも、本当は魔法じゃないんじゃないのか?」
冷静に考えれば、その通りなのだろう。
でも、あれは間違いなく魔法だった。根拠はないが、俺の直感がそうだと言っている。
「そうだな。まぁ、こうして手がかりがないってことは、俺の勘違いだってこと......ん?なんだ?」
廊下の奥から、同僚がものすごい勢いでこちらに向かってきた。
「おいおいおいおい!聞いてくれ!」
「な、なんだよどうした。そんな息を荒げてさ」
紙か何かを握りしめていた。
「そんじゃ、俺は今から昼飯を食いに行ってくるわ」
そう言って、あいつはどこかに消えてしまった。
「えーと、それでどうしたんだ?」
――バンッ、と一枚の紙がテーブルに打ち付けられた。
「とりあえず、見てくれ!たった今届いた、やべぇ情報だ。多分、お前が最も欲しいと思っているやつ」
「そ、そうか。えーと、どれどれ......」
その紙に書かれた内容――。
「ディザトリー支部に、『見願』の、魔願術師......はぁっ!?」
「やっぱり驚くよな!?だろ?」
「えっ、ちょっと待て......。え?」
理解が、追いつかない。
確か、最後に『見願』が現れたのって......。
「おい、それだけじゃねぇって。下までよく見てみろ!」
「下まで......あぁー!?」
「だろ!?お前が言ってたことは、本当だったかもしれねぇんだぞ!」
記事によく目を通すと、そこには俺が探し求めていた「エディゼート」という名前が記載されていた。
「お前が言ってた爆発も、『見願』ならあり得るかもな」
「......確かに」
どこか、心の中のもやもやがすっきりと晴れたような気がした。
「――まさか、俺を助けてくれたのは『見願』様だったとは......」
俺は運がいい。
こんな経験ができるだなんて、一生の思い出だ。
「......おっ、他の奴らにも伝わってきたみたいだな」
建物中が、騒がしくなってきた。
おめでたい空気の中、突然舞い込んできたビッグニュースだ。
誰しもが驚くだろう。
――ビーッ、ビーッ
「ん、なんだ?」
突如、出撃要請を合図するブザーが鳴り響いた。
「――この場にいる、戦闘員に通達する。現在、南西地域に地脈異常の前兆と思わしき魔物の行動が確認。至急、準備の程現場に向かってほしい。想定される願魔獣の等級は――」
――どうやら、出番が来たらしい。
「おいっ、パンを腹に詰めたらいくぞ!」
「あぁ、そうだな。『見願』様に助けられた命。今こそここで燃やし尽くすぜ!」
「......それは縁起もないぞ?」
とにかく、今は気分がいい。
ちゃっちゃと終わらせて、嫁に新しい服を買ってやるんだ。
そう意気込んで、俺は戦地へと赴いた。
――――――
《レイガン》
――俺の村が、魔物の猛攻で滅びるかもしれない。
そう聞かされた時は、何をバカなことを言っているんだと思った。
この村はグラシアの森からは近いが、村には強い奴もいるし、魔物の強さだってそこまで強くはない。
でも、魔願術師協会の人が切羽詰まった様子で言ってきたんだ。
この村から、いち早く出て行けと。
――事態の深刻さは、すぐにわかった。
いつも通り、稼ぎを得るために森に入った。
なんてことない、日が暮れるころまでには帰ってくるつもりだった。
でも、その日は森が変だった。
魔物たちが、いつもより落ち着きなく走り回っていた。
さすがの俺でもわかった。何かが、おかしい。この森に、何かが起きている。
日暮れ前に村に帰ると、知らない人たちが大勢広場に集まっていた。この村に、これほど人が来るだなんて滅多にない。皆、魔願術師に関係した人だとはすぐにわかった。
――村が魔物の影響で壊滅する可能性がある。だから今すぐ非難するべきだ。
協会の人たちはその一点張りだった。
でも、俺の村のやつらは頑固だ。当然、その提案には乗らずに、共に戦うことを決めた。
俺も、この村を手放すことができなかった。守るべきものがあるからだ。
余程時間に余裕がなかったのか、協会側の方があっさりと折れ、俺らの村には対策本部とやらの天幕が村中に張られ、ぞろぞろと人員や物資が届いた。
こんな辺鄙な村に、これほどまでとは。いよいよ、ただ事ではないことが伝わってきた。
戦闘は、既に行われていた。
帝級魔願術師、クレウルムとその一行が三体の願魔獣を討伐した。この村から北東の位置には三体の願魔獣が出現し、討伐されていた。
あり得ないことだ。それは、三体の願魔獣を討伐できたことを指しているわけではない。
普通、グラシアには地脈異常が起きないのだ。だから魔物の生息地に近いこの村は、小さいながらも長い間続いてきた。その常識が、今この瞬間で掻き消えたのだ。
いてもたってもいられなかった。
魔願術師たちは既に森の中へと向かっていた。
俺も、この村を、守るべきもののために向かおう。そう思って、家を飛び出そうとした。
当然、止められた。俺が命を落としたら、いったいこれから先、どう生きていけばいいのか。俺の命の大切さは、俺だけのものじゃないことくらいわかっていた。
でも、今はそれどころではない。俺は、この村のやつの誰よりも強い。その肩書を背負って逃げ出せるわけがない。
守るべきものを守らず逃げるだなんて選択肢は当然なかった。
――俺は俺を引き留める声が聞こえないよう、戦場へ駆けていった。
森は魔法の発現によって、あちこちが点滅していた。
日暮れになると、魔物が視認しずらくなる。雪が降りやみかけていたのが幸いだった。
――斬った。とにかく斬った。力の限り、気力が持つ限り。
気づけば俺は最前線にいた。
太古の地龍が力尽き山となったあの場所。見晴らしがよく、地形もなだらかで魔物の相手をするのにちょうどよかった。
だが、先に限界が来たのは俺の体力だった。
薄々、わかっていた。この森にいるほぼすべての魔物と相手しているのだと。斬っても斬っても、山道の隙間から魔物があふれ出てくる。積み重なる魔物の死骸を乗り越えて、また別の暴走した魔物が襲い掛かってくる。地獄のような有様だった。
――もう駄目なのか?
一瞬。そのような考えが浮かんでは消え、また浮かんでは消えていった。
きっと、魔願変換過多による精神摩耗のせいだ。
わかっているなら、まだできるはずだ。
――俺は声を上げた。連戦で、喉は裂けそうなほど乾いてどうしようもなく痛かった。
それでも、闘志が尽きない限り体は動いていた。
あと何匹で終わる。いや、終わるまで何匹でも狩り続けるんだ。
――その思いが天に伝わった。そんな出会いがあった。
「――加勢するぞ!」
黒の軍服、そして瓜二つな獣人の少女二人。
村の防衛だけならここまでくる必要もないのに、そいつらは俺のいる場所までたどり着いていた。
体力も気力もボロボロな今の俺ができること。
魔力を願力に変換。そして魔物の注意が俺に向くように仕向けた。
加勢したやつらはでたらめに強かった。
初めて俺と共闘するはずなのに、三人の連携は完璧だった。
決して派手な威力の魔法を使っていたわけでも、特別な能力を持っていたわけでもなかった。ただ、戦闘における頭の良さが絶対的に違かった。
制服を着た男は見たことのない魔法で魔獣を切り裂いていた。しかも、俺が斧を振りきったタイミングで襲い掛かってくる魔物を的確に仕留めていた。
おかげで俺は腕を振り続けるだけでよかった。考える余裕が生まれるだけで、戦闘はかなり楽になった。
獣人の二人は速かった。遠目に映っただけだったが、その一撃には速度だけでなく確実に獲物を仕留める技があった。
全身を使ってその一撃の威力を最大限に引き出し、加速することで対処の隙を与えない。思わず眺めていたくなるほどの身のこなし方だった。
――でも、一番おかしかったのは、制服の男が使う魔法だった。
身体強化魔法と、男は言った。
見たことも、聞いたこともない魔法だった。
でもその効果は絶大なものだった。
力が、摩耗した気力が、湧き出るように回復した。いや、無茶がまだまだきくようになった。たまらなく興奮した。今の俺なら、この魔物から村を守れると。
気づけば魔物たちは姿を消していた。
積み上がった魔物の死骸は、野いちごのジャムのように大地を染め上げていた。
「――今まで、ここを一人で?」
男は魔物の対処をしたのにも関わらず、息一つ上げずに俺に尋ねてきた。
その後、なんて答えたかは覚えていない。限界を超えていたことを、体が気づいてしまったんだ。
――でも、よかった。
こう思った瞬間、俺の意識は暗闇の底に落ちていった。
――――――
――――
――
「――い。おーい」
「......んん。なんだぁ?」
眩しい。
ああ、もう朝か。
俺はまだ、寝てたいのに。
「ほらレイガン。朝だよ!」
むぅ、しつこいなぁ。
今起きようとしてるっていうのに。
「......わかってるって」
「じゃあ今すぐ――ひゃあっ!?」
起こしに来た最愛の女、トーナの腰を掴んでベッドに引き込む。
「ちょっと!?もう......スープ冷めちゃうよ?」
「それは......大変だけど。まだ、起きれない」
「はぁ......困った困った」
ごろんと、トーナは諦めるように俺の隣に寝転んだ。
「体調は、もう大丈夫になった?」
「あぁ、おかげさまで。なんだか、今日は動き回れそうだ」
先日の一件のせいか、しばらく体の調子が悪かった。というのも、謎の身震いのようなもののせいで体にうまく力が入らなかった。きっと、無茶しすぎたのだろう。
「ふーん。せっかく元気になったなら、森じゃなくて街に出かけてもいいんだよ?あたしの機嫌を買うのも、悪くはないと思うよ?」
「......ははっ、こりゃかなわねぇ。よし、朝飯食ったら準備するか」
ボロボロになって帰ってきたせいで、トーナからはこっぴどく叱られ、大泣きされていた。
今日はせっかく体の調子が良くなってきたんだ。街にでも出て、満足してもらわねぇと。
――俺はベッドから勢いよく起き上がって、そのままトーナを抱えてテーブルへと向かった。
「いつか、レイガンを助けてくれた
「ああ、そうだな」
どこの誰かも名前も知らない男に感謝をしながら、俺は少し冷めかけたスープをすすった。
「......しょっぱい」
「なっ!?文句を言うな!」
不器用なトーナの作るスープが、今日は何故かおいしく感じた。
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