第28話 一段落ついた頃

 ――......んん



 見覚えのある、あるはずのない青い空。

 また、あの場所だ。



 ――ああ、そうだ。確かは......


 カイレンの願力で気を失った。

 最後にある記憶はそれだった。




 ――また、いつもの場所か......




 何かを期待して、意味もなく俺は起き上がった。


 ――......


 何もない。

 それは空間を指してのことではない。

 あの場所にいたはずの二人の姿が、どこにも見当たらなかった。


 いつも、ここには二人がいた。


 ――どこだ?まさか......!?


 急な焦りが心を染め上げる。


 ――おい!ライカ!ミーリエ!どこだ!


《......》


 聞こえてくるのは風に揺れる草の音。

 少し涼しく心地いい風。

 流れゆく雲。


 しかし、それだけだ。

 二人が返事をすることはなかった。



 ――......ああ、それもそっか



 理由は案外簡単なことだった。


 そう――






 ――今ここにいるのは、なのだから






 知覚と共に、夢は崩れていった。










――――――










「――ん、うぅ......」


 ああ、こうして起きるのは何度目だろうか。


「......」


 駄目だ、今回に限って頭の立ち上がりが遅い。

 視覚も、聴覚も、感覚も、すべてが鈍い。


 ――ん、やけに騒がしい......もう少し、静かにしてくれないか。頭に響く


 何がどう騒がしいのかわからない。だが声は聞こえる。


 ――誰だろう。ああ、揺さぶらないでくれ。頭がひどく痛い


 自分が今どういう状態なのかわからない。だが誰かに触られているのはわかる。


 ――あれからどれほど時間が経ったのだろう。空はまだ暗い。よかった、眩しくなくて


 どれほどの時間気を失っていたのかわからない。だがまだ日は昇っていないようだ。


「......」


 ――そうだ、カイレンに文句を言わないと


 僕をこうしたのはカイレンだ。

 当人は今どこにいるんだろうか。




「......ああ。なんだ、ずっといたのか」




「......!」




 僕の制服の腹部が強く握られる。

 視界も急に暗くなる。

 すすり泣く声が聞こえる。


「そんなに僕の制服を引っ張って覆いかぶさっても、起き上がれないじゃないか」


 カイレンに、僕は膝枕されていたのだ。

 今はカイレンが上から覆いかぶさるような姿勢でいるため、顔を横にして押しつぶされている状態だ。


「......うぅっ、ごめんなさい」


「はぁ。ったくよ......。まずは僕を解放するところからだ」


 そう言うと、カイレンはすぐに僕を解放するように体勢を変えた。


「......」


 やっとのことで起き上がると、カイレンは僕と目も合わせず下を俯いてぺたーっと座り込んでいた。

 よほど僕を気絶させた行為のことを悔いているのか。


「......こりゃ、お仕置きが必要だな」


 自身の願力を魔力へと変換させ、鼻先へと指を向ける。

 そして――


 ――バチンッ


「ひゃうっ?!」


 極小規模の雷魔法の発現と同時に、カイレンは小さく跳ねた。


「......!」


 するとカイレンはようやく顔を上げて僕を見た。

 だが、すぐに視線を逸らしてしまう。


「はぁ。まだお仕置きが足りないと?まだ自分が許せないと?」


 カイレンは肯定するように小さく頷いた。


 ――さて、どうしたものか


 自分が犯した罪の意識を決めるのは、結局自分自身だからどうしようもなさそうだな。


「あれ、そういえばここに他にも人がいたような......」


 周囲を見渡すまでもなく、ここにはカイレンと僕以外誰もいなかった。

 魔願樹とはそこまで距離が離れていない。

 だがここにはどこからか持ってこられたブランケットのようなものが敷かれていた。


「――おや、目が覚めたみたいだね」


 後ろから声を掛けられる。

 振り向くと、そこにはセノールがいた。


「セノールさん!えーと......」


「ああ、カイレン様のことだね。ずっとエディゼート君が気を失っている間見てくれていたんだ。だからどうか多めに見てあげてくれるかな?」


 セノールも、カイレンにいつまでもこうしていられると困るのか、ぎこちなく笑いながらそう言った。


「僕はもうカイレンにお仕置きを済ませたんですけどね。本人は自分が許せないと」


「そっか。それじゃあ今は時間が必要だね」


 セノールはそう言うと僕に水筒を渡してきた。


「ありがとうございます。――そうだ、僕が気を失ってどれくらい経ちましたか?」


「そうだね。カイレン様の魔法が確認されてから一時間くらいかな。そう考えると、エディゼート君は回復までが早いんだね」


「あはは。そうかもしれないですね」


 よかった。魔願樹もほとんど完成に近いが、願人らしきものも見当たらない。

 今はただ、僕たちが会話を続けている最中ずっと顔を下に向けてしょぼくれているカイレンをどうにかするだけだ。


「それじゃあ俺は皆さんのいる方に戻るから、来れそうになったら来てね!」


 セノールはそう言うと、振り返って僕に手を振った。


「はい!」


 セノールは抉られた大地を歩き出した。


 ――そうだ。水分を摂らないと


 途端に喉の渇きを覚える。

 中身は何だろうか。


 ――んっ!これは......!


 ――あの葡萄ジュースだ。


 冷え込む外気にさらされて、中身は冷たい状態で保存されていた。

 そこそこ大きな容器だったが、喉の渇きとその美味しさが相まってどんどんと中身が減っていく。


「ぷはぁ......」


 ――ああ、うまかった


 本当に、うまかった。

 疲れた後だからだろうか、いつもより甘く美味しく感じた。

 さすが僕らの補助職員だ。もう僕の好みを把握しているのだろうか。


 ――おっと、今はそれどころかじゃない


 一人で勝手に心の中で盛り上がっているよそで、カイレンは膝を抱えて座り込んでいた。顔も伏せているので表情がわからない。


「......」


 どうしたものだろうか。

 こういうとき、どうすれば。


「......あ、そうだ」


 唐突に現れ、そして今はどこかに行ってしまった少女、レイゼの言葉がふと頭をよぎった。


【――誰かとこうして、身を寄せ合えばいい】


 確か寂しかったときだったような気もしたが、それはどうでもいい。

 心が穏やかになるのなら、問題ないはずだ。


 下に敷いてあったブランケットを回収する。


「......カイレン、隣座るぞ」


 カイレンは下を向いていたため頷かなかったが、拒否する仕草は見せなかった。


「......ん」


 僕は無理やりカイレンの隣に身を寄せ合うように座り、離れないようにブランケットをかけた。


「......」


 かける言葉が見つからない。

 だが、今はこれでいい気がした。


 セノールが言っていた通り、今は時間が必要だ。

 あれだけのことがあったんだ。きっと、身体的にも精神的にも消耗してたに違いない。

 だったら、今はカイレンのそばにいてやるべきだ。


 いいんだ。これでひとつ、カイレンもわかっただろう。




 ――僕の身体は、願力による魔法にめっぽう弱い。




 願力の操作が依然と比べて自在にできるようになったものの、どう意識しても願力に抵抗できる感覚が掴めない。

 もしかしたら、願力の性質だけで言ったら、僕の願力は最弱なのかもしれない。


 初めてカイレンと戦ったあの日。もしカイレンがあの魔法の発現を成功させていたら、今頃僕は死んでいたかもしれない。

 そもそも、僕だけに限らず『破願』の時点で皆同じなのだが。


 だがこの弱点は、どうにかして隠さないといけない。

 『顕願ヴァラディア』のような、実体を伴うような魔法であれば対処できるが、願力による衝撃波のような攻撃をされてしまうとどうしようもない。


 もしこのことが周知されてしまうと、僕の存在をよく思わない人物に目をつけられたら一巻の終わりだ。

 なんとかして、この事実を隠し通さないと。

 もしくは、抵抗できるための手段を考えるか。


 レイゼに一度精神を乗っ取られかけてから願力操作の自由が利くようになった。

 まだ完全にレイゼのことを信頼できてはいないため、いずれ必要だと感じた時に聞いてみ――




 ――いや、既にレイゼは僕の弱点について知っていたのだった!




 ああ、まずい。そうだ、僕が願力抵抗ができていないことを教えてくれたのはレイゼじゃないか。

 今もし、レイゼが僕を本気で殺そうとしたのならば僕は――




「――やぁ、エディゼート」




「――っ?!」




 瞬間、心臓がドクッと動く。

 悪寒と共に冷汗が額に滲み出る。


 ――どこだ?!どこからレイゼの声が!


「......ん?どうした、そんなに慌てふためいて......」


 唐突に頭上に現れた少女、レイゼは、怪訝そうな表情を浮かべて僕を見下ろしていた。


 再会を喜ぶべき場面であるはずなのに、体が動かない。

 ブランケットに包まれていたのもあるが、動揺で体がどうしようもなく震えて動けない。


「......?」


 レイゼに不自然に思われるばかりだ。

 落ち着け。

 別にレイゼから何かされたわけじゃない。

 それに隣にカイレンがいる。

 前にレイゼはカイレンの『破願』に対抗する手段は持ち合わせていないと言っていた。


 だから、今は――


 ――今は、とにかく落ち着くことだ。


「――、――ふぅ」


 まだ動揺で身震いが止まらない。

 でも、大丈夫なはずだ。


「......どうしたのエディゼート。様子が変だよ?」


「あ、ああ。すまない。ちょっと、いろいろあったから......」


「いろいろ、ね。確かに、願力抵抗が十分にできないのに、あれの余波を受けたら......」


「――?!」


 完全に、見られていた。


 どうしようもない、表現し難い気持ちが心を染め上げるよう。

 生きた心地がしない。

 決してレイゼと敵対しているわけでもないのに。

 決してレイゼから危害を加えられたわけでもないのに。

 動揺のあまり、手足が変に痺れてきた。


「......やっぱり、どこか変だよ。どうしたの?」


「......」


 理由を言うべきだろうか。

 だが、動かなければいけないのは僕の方だ。

 最悪のケースなど、想像している場合じゃない。


 今ここで、確かめるしか――


「――なぁ、レイゼ」


「ん、なに」


 大きく、呼吸を挟む。


「お前は、僕の敵じゃないよな?」


「......」


 脈絡もない、非常に滑稽な、だが今の僕の精一杯な言葉を、レイゼに投げかける。


「――ふふっ、あははは!」


 突如として、レイゼは笑い出す。


 すると飛行を止め、地上へと降り立った。


「何をどう考えてそう聞いたのはわからないけど、もし仮に私がエディゼートの敵だとしたら、敵だよって言うかな?お前を殺すために、綿密な計画を練っていたとしたら絶対に言わないはずだよ」


「......レイゼの言う通りだ」


 ぐうの音もでない。

 冷静に考えればわかることだが、今の僕にはただ安心が欲しかった。ただそれだけだった。


「今この場で言えるのは、私はエディゼートのことを殺そうだなんて一度も思ったことはないということ。だから答えは、敵じゃない」


「......そっか」


 ふと、気が抜けたように余計な力みも消えたような感覚になった。


 この際言葉の信憑性など、至極どうでもよかった。

 ただ、危惧したことと、それに関連する出来事が少しタイミング悪く重なっただけだ。

 何も、身構える必要はなかった。思考がよく回るが故余計なことを考えてしまう。人がための悪い癖だ。


 自分を安心させるように、自答を心の中で繰り返した。


「......あとね、エディゼート。その質問を、最もお前を好きでいる人の前で言わないでくれるかな?さっきから私、物凄くカイレンから睨まれているのだけど......」


「――えっ?」


 レイゼにそう言われるまで、気づかなかった。


 隣に座るカイレンは、目を腫らし鼻を赤くしながらじっとレイゼを睨んでいた。

 その目は鋭くレイゼに向けられていたが、顔の至る箇所が赤かったため、大して威嚇にもなっていないように見えた。


 だが、ようやく、カイレンは顔を上げてくれた。


「......私のエディを殺したら、楽に死ねると思わないで」


「はぁ。そんなことするわけもないって。こんなに不思議で面白い人を殺すだなんて、ありえない」


 ため息を吐いて手を振りながらレイゼはそう言った。

 不思議、それは僕の性格のことなのか、僕の存在のことなのか。

 いつの間にか、どうでもいいことを考えられる余裕が心に生まれていた。


「それで、どうしてエディゼートは私がお前の敵になったって思ったの?」


「ああ、そうだな。それを話さないと、いつまでもカイレンがレイゼを睨みっぱなしでいるからな――」


 そう言って、僕は考えていたことを一からすべて二人に打ち明けた。






――――――






「――そういうわけだ。だからこれは、僕の心配事がタイミングよく重なって起きた単なる事故みたいなもの。わかったか?」


「へぇ、なるほどね」


 事の経緯をすべて話し終えると、レイゼはすっきりしたような表情で頷いた。


「確かに、自分の弱点を知っている人がいきなり目の前に現れたら動揺もするね。案外、エディゼートも人間らしいね」


「なんだよ、僕はすべて純粋な人間だ」


「あんな魔願術師ディザイアド殺しの魔法を使っておいてね」


「......」


 それは関係ないじゃないか。


 そう言いたかったところだが、この世界の人からしてみればそうか。

 魔力から直接魔法を行使でき、尚且つ魔願術師を無力化できる魔法まで持ち合わせている。


 ――それはもう僕は、【魔王】と呼ばれるに相応しい力を有しているだろう。


 『絶界』を見せてしまった以上、いよいよ世界に僕の存在が周知される。

 時間の問題だと考えていたが、仕方ない。とりあえず今は世界の保全が最優先だ。


「はぁ。いつか僕は、世界を敵にまわすのだろうか」


「ん?でもいいじゃない。たとえそうなっても、隣にいるカイレンが最後までお前と共に戦って、最後までお前のことを愛してくれるのだから」


「「――?!」」


 ――なんでレイゼがその言葉を?!


 あまりにも聞き覚えのある言葉が、レイゼの口から発せられた。

 動揺のあまり、また体の調子が変になりだす。


「ちょっ、レイゼ。もしかして......」


「ん?二人が抜けだしてイチャコラしてたこと?ああ、あれはびっくりしたよ。まさかあのお堅いエディゼートが大胆に愛の告白をするなんてね。でも、少しムードとか、場の持って行き方が早かったような......」


「ああー!」


 渾身の叫びがでた。


 見られていた。――完全に、レイゼに見られていた。

 どうしようもないくらいに顔が熱い。

 鼓動もドクドクと速くなっている。

 終始、レイゼの姿が見えなかったため、完全にいないものかと思っていた。


 ――そんなことはなかった。


「なに、いいじゃない。そこまで悶えなくたって。誰かと愛し合えるだなんて、そんな素敵なこと」


「でも......でも」


 駄目だ、もう頭がおかしくなりそうなくらいに顔が熱い。


「......」


 カイレンも、顔を真っ赤にして静かに悶えていた。


「......」


「......!」


 ふと、視線が合った。

 だがカイレンはすぐに顔を背けてしまった。

 真っ赤に染まった耳元は隠しきれず丸見えのままだ。


「もう......カイレンもカイレンだよ。いつまでも機嫌を損ねていると、エディゼートが心配するだけだよ」


「......わかってるよ、それくらい」


 ようやく、再びカイレンが口を開いた。


「......ん、ほら」


 するとレイゼは僕に何かを促すようにカイレンを指さした。


「......どうも、レイゼ」


 僕の礼に応えることなく、レイゼは静かに僕のそばに座った。

 改めて、カイレンの方を向く。

 耳の赤みは収まっていたが、いつまでも僕の方を向いてくれなかった。


「......」


 さて、どうしたものか。

 そこまで、自分を許せないのだろうか。


「なぁ、カイレン。どんなに自分が悪いと思っても、僕を見ないようにするほど――」


「――違う」


「......え?」


 違う。何が、どう違うのだ。


 わからないまま、少しの間があいた。


「何が、違うんだ?」


「その......」


「ん?」


 カイレンは何かを言っていたが、とても小さな声だったため聞き取れなかった。


「なぁ、少し大きな声で......」


「エディのお仕置き!」


「――?!」


 びっくりした。突然大きな声を出すものだから。


 それよりも、僕がカイレンにしたお仕置きが原因なのだろうか。


「えーと、僕のお仕置きがどうしたんだ......」


「エディの魔法、治りが遅いの!」


 そう言って、カイレンは赤くなった小鼻を見せびらかすように振り向いた。


「......」


 ああ、そういうことか。

 先ほどからカイレンは、僕に赤くなった鼻先を見られたくなかったのか。


 ――なんだ、そんな可愛げのある理由だったのか


「ふっ、ふふ」


 心の底から、笑いが込み上げる。


「......もう、そうやって笑われると思ったから......」


「いや、ごめん。でも、別に鼻のことを笑ったわけじゃないよ」


「......そうなの?」


 僕がそう言ってもなお、訝しむように見つめるカイレン。


「安心したらついね。カイレンが可愛い理由で僕と顔を合わせてくれなかったって思ったら」


「......もう」


 するとカイレンは鼻を手で押さえながら僕の方に体を向けた。


「いいかな、エディゼート」


「ん?」


 すると後ろからレイゼに肩を叩かれ声を掛けられる。


 そのまま首だけ傾ける。


「お前の魔法による影響を治癒することについてはさておき、そもそも女の子の顔に傷をつけるのは駄目だよ。たとえ、お仕置きであってもね」


「......はい、以後気をつけます」


「ふふっ、わかればよし」


 レイゼは笑顔でそう言った。


 それもそうか。僕だって顔を傷つけられるのは少し嫌なんだから、なおのことだ。

 お仕置きだから何をしてもいいわけじゃない。まるで親に怒られたような気分だ。


 再びカイレンの方を向く。


 すると、カイレンは何かを訴えるように僕の目を見つめながら鼻を押さえて頷いた。


「はは。ごめんな、いろいろと配慮が足らなくて」


「ううん、エディが謝る必要なんてない。いいの、これはエディが私のためにしてくれたお仕置きだから。私はこれを受け入れる」


「受け入れても僕と顔を合わそうともしてくれなかったのに......」


「......それはそれ」


 いつまでもカイレンが鼻を押さえっぱなしでいるのもあれだな。

 ようやく顔を向けてくれたんだ。そろそろ許してやろう。


「はぁ、仕方ない。ほら、今治癒魔法をかけたから、手をどけてもいいぞ」


 そう言って、僕はカイレンに治癒魔法をかけた。

 カイレンは緑色のオーラが弾けて消えるのと同時に、恐る恐る手をどけた。


「......あ、本当だ。もう赤くも痛くもない」


「よかったな、僕の許しがもらえて......」


「うん......」


 ふと、視線が合った。



 ぼーっと、少しの間見つめあう。



「――ふっ、はは!変なの」


「ふふっ、本当に。変だね!あははっ」


 安堵による心からの笑いが、反射的に表れる。


 本当に、変だ。何が変なのかもよくわからず僕たちは笑っている。

 でもようやく、何も考えずに笑えるようになった。

 今はただ安心感のような何かが心を満たしてくれていた。


「はぁ――。よかった、カイレンが笑ってくれて」


「長らくわがまましちゃってごめんね。でも、もうエディを気絶させちゃったことでくよくよしたりしない。エディから許しをもらえたから」


 そう言うとカイレンはもたれかかるように僕の方へと倒れた。


「おっと。なんだ、切り替えが早いな」


「ふふん。切り替えの早さ、それが私のいいところでもあるんだよ?」


「はいはい、そうですか」


 他愛のないやり取りが、ようやく戻ってきた。


「ふふっ」


 隣にいるレイゼが小さく笑った。


「いいなぁ、お前ら。些細なことでこうも笑えて」


「いいでしょ?羨ましいでしょ?」


 ふふん、と鼻を機嫌よく鳴らしながらカイレンはレイゼにそう言った。


「でもエディは私たちの共有財産だから、レイゼももしこうしたくなったら私に一言伝えてからエディを堪能すること」


 するとレイゼはカイレンの言葉を聞いて意外だと思ったのか、物珍し気な表情を見せた。


「へぇ、驚いた。カイレンはエディを独占しようとは思わないんだね」


 いつから僕は皆の共有財産になったのかについて、誰も触れる様子はなかった。

 そんなことも気にせず、カイレンは続けた。




「だって――」




――――






「――エディのたくさんの魅力を、私だけが独り占めできるわけないんだもの!」






「――なっ?!」






 特大の笑顔と共に、カイレンは僕の頬に口づけをした。

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