第26話 最終決戦を目前に

 しばらくすると、クレウルムは落ち着きを取り戻したのか、放心するように穴の開いた宙を眺めていた。


 【融光】の影響は射線範囲内のみならず、その余波によってか浮遊島の一部は砕け散って滞留していた。

 過剰火力以外何でもない一撃。もしこれを地上にいる願魔獣に向けて撃っていたらと考えると、少し危なかった気がする。正面遠くの魔願樹まで被害が及びそうだ。


「ねぇ、エディ」


「ん、どうした?」


 エイミィに話しかけられる。


「魔法を撃つ際に発現したあの模様が描かれたものは一体何なの?」


「えーと、そうだね。ちょっと耳をかして」


 するとエイミィは片耳を僕の方へと傾けた。


「あれは僕が魔力で魔法を発現させる際のイメージが形になったものだよ」


「そうだったの?なるほどね......」


 エイミィは小声で呟いた。


 以前は自身の体内でのみ魔力を操作できたが、体外での願力操作が可能になっている今、もはや自身の体内に魔力を吸収する必要がなくなりつつある。

 今回、ぶっつけ本番のような形で魔力を吸収せずに魔法を発現させることに挑戦してみたが、いくつか利点があるように思えた。


 ――まず一つ、身体への負荷が少ない。


 何と言ってもこれに尽きる。自身の許容値以上の魔力を吸収し、それを維持しようとするだけで願力がかなり消費される。しかし体外で魔力を操作できるようになれば、この過程で発生する疲労を抑えることができる。

 今まではあまりこの規模の魔力を吸収したことがなかったが、もし従来のやり方で同じ威力の魔法を発現させようとすると途中で気絶していただろう。


 ――二つ目は、わずかであるが魔法の発現までの時間を短縮することができる。


 従来の方法で魔法を発現させようとした場合に、頭の中で完成させた魔法のイメージに従って、願力で形を整えた魔力を体外に放出するという過程が必要となる。

 しかし、その過程が必要でない今は、脳内のイメージをそのまま魔法として発現させることができるので、結果的に発現までの時間を短縮することができるようになった。

 普段使うような小規模の魔法だとあまり恩恵はないが、【融光】のような膨大な魔力を必要とする魔法であればあるほど、この方法の有効性は高まりそうだ。


 ――そして三つ目、魔法の効果や威力を増強することができる。


 詳しい理由はわからないが、おそらくこれも体内から体外へと伝達する際の過程で生まれる消耗が少ないからだろう。

 単に今回は使用した魔力の量が多かったという明確な原因があるが、それでも想定していた以上の威力を発揮していた。


 これらのことを考えると、もし仮に僕が一切の配慮無しに魔法が使えるようになった場合、どのようなことができるのだろうかと、妄想が後を尽きない。


 なんだか少しだけ気分が高揚してきた。


「......最強の一撃を見せてやるよと言った自分が、とても恥ずかしい」


 空を見上げるクレウルムは、こぼれるように呟いた。

 その姿は、これでもかというほどの哀愁を漂わせていた。


「何を言っているんだ。近接戦闘ならお前の方が僕より断然強いだろ」


「うるせぇ。今はお前に情けをかけてもらいたい訳じゃねぇんだよ。はぁ......もう魔願帝は引退かな」


「......」


 どんな言葉をかけるべきなのか、まるでわからない。

 クレウルムには悪いことをし......いや、していない。僕はただ激励してくれたクレウルムに応えるために行動しただけだ。ここは図々しくいこう。


 クレウルムの背中を、バシッと叩く。


「......なんだよ」


「まだ戦いは終わってないだろ?ほら」


 僕が指を指す方向。蠢く巨大な漆黒の塊は、その巨体を揺らしながらゆっくりとこちらに向けて進行していた。


「......もうお前ひとりでいいんじゃないか?」


「馬鹿言え。あれを地上に向けて撃てる威力にしたところで、願魔獣の魔法で止められるにきまってるだろ。――僕にはまだ、皆の力が必要なんだ」


「......」


 クレウルムは考え込むように、返事をしなかった。

 だが、すぐにきまりの悪そうに頭を掻いてため息を吐くと僕の方を見た。


「はぁ......。俺はお前にバカな事考えるなって言っちまったもんな。......あーあ!なんだ、せっかく楽できると思ったのに、残念だ!やっぱり、『見願』様にはまだまだ俺たちの力が必要だった訳か!かはははは!」


「......なんだよ、いきなり元気になりやがって」


 クレウルムは豪快に笑うと、バシバシと、先ほどのお返しとばかりに僕の肩を叩いた。

 でも、やっといつも通りの様子になってくれた。本当に、情緒がころころと変わりやすい奴だ。


「すぅ――、はぁ――」


 深く呼吸をすると、クレウルムは皆のいる方へと体を向けた。


「おいみんなぁ!聞いてくれ。あんなバカみたいな魔法を見せつけておいて、エディゼートはまだ俺たちの力が必要だとよ!どうだ?あのデカブツ、全員でぶっ殺しにいくか?――いきてぇやつは声あげろ!」


 荒廃した大地に、クレウルムの声が轟いた。


「はいはい!私いけるよ!」


「私も!」


 真っ先に声をあげたのはカイレンとエイミィだった。


「あたしも!あたしもいける!」


「あたしもです」


「僕も、断る理由がないね!」


 アベリンやベリンデ、アレザたちも、続くように声をあげた。

 先ほどまでの静けさが嘘のよう。クレウルムの言葉によって、一同に再び熱が満ちた。

 士気を上げることに関して、クレウルムには才能があるように感じざるを得なかった。


 僕にない才能。少しだけ、羨ましいと思った。


「よし、興がのってきた!けど、どうするかあのデカブツ。――正直言って、俺にはどうすればいいかわからない!マジでどうしよう!」


 思考を放棄するように投げやりになったクレウルム。

 僕も、正直言ってどうすべきかわからない。


「あの願魔獣、まだ魔願樹の近くにいるからなるべく被害を最小限にしたいところだよね......」


 エイミィも、すぐにいい案が思いつかない様子だった。


「う~ん」


 カイレンも考え込むように唸った。


「――あっ!もしかしてこれだったら......」


 するとカイレンは何かを思いついたのか、パっと顔を上げた。


「なんだ、カイレンちゃん。何かいい案でも思いついたんか?」


 一同の視線がカイレンに集まる。


「うん......そうなんだけど。――ねぇ、エディ。ちょっとこっちに来て」


「ん?いいけど、どうしたいきなり」


「確認したいことがあるんだ」


 カイレンに手を引かれるまま、僕とカイレンは皆に話し声が聞こえない距離まで遠のいた。


「みんな、ちょっと待っててね!」


 一同は僕らの様子を不思議そうに見てきたが、こちらの様子は気にするなと言わんばかりにカイレンは彼らに向けて手を振った。




――――――




 僕たちは、皆がいる場所から半球状にくり抜かれた地表を一つ挟んだ場所まで来た。

 上空には、おそらくくり抜かれる前の地表面だったものが浮遊島として点在していた。


「――それで、確認したいことって?」


 するとカイレンはその場に立ち止まってくるりとこちらを振り向いた。


「ねぇ、エディは私と初めて戦った時を覚えてる?」


「初めて?ああ......」


 何事かと思ったら、カイレンから急に思い出話を持ちだされた。

 ほんの数日前。目まぐるしく状況が変わっていたせいであっという間に過ぎていったが、あの時のことは今でも鮮明に覚えていた。

 この世界に来て、初めての戦闘。わからないことだらけの出来事だった。


「覚えているも何も、忘れるわけ......って、ああ。そういうことか!」


 ――合点がいった。


「そう!わかった?」


「ああ。でも、それだと......」


 カイレンが考案した作戦――魔力を吸収する『絶界』を展開して願魔獣を弱体化――は、確かに効果がありそうに思えた。

 だが、そこには魔力を吸収する異質な魔法が存在するという、最大の懸念点があった。


「うーん......」


「えーと、エディ。もしかして自分の正体がバレないかなって考えていたりする?」


「うん。それもあるけど......。あんなおかしな魔法、発現させて大丈夫か?皆からこれ以上怪しまれたりしたら......」


「ふふっ、やっぱり」


 するとカイレンは小さくクスクスと笑い出した。


「な、なんだよ。急に笑い出して......」


「いや、もう今更だよ。エディがさっき撃ったあの魔法、あれだけでもう十分エディは異端者だよ」


「......」


 ――ああ......それもそうだな


 今更魔力を吸収する結界を展開したところで、何だというのだ。もう既に、僕は十分やらかしていた。それも盛大に。クレウルムの反応が、その例として相応しいだろう。


 クレウルムにも言われた通り、静かに暮らそうだなんてもう無理な話だ。

 この世界の魔法に触れて、薄々感づいていた。遅かれ早かれ、僕の正体は世界中に広まる。

 だったらもう、少しくらいバカなことをやってもいいじゃないか。

 誰かが目の前で傷つくことになるくらいなら、いっそのこと全力を出して手早く終わらせた方がいいじゃないか。


「中途半端に出し惜しみするくらいなら、か」


 何となく、魔願樹のある方角に視線を向ける。


「うん、そうだよ。私はエディの強さをみんなにもっと知ってほしいくらいだよ」


の、エディってことね」


「えへへ。だんだん私の思考がわかってきたね」


 カイレンは静かに笑っていた。


 隣にカイレンがいてくれるのであれば、僕はこれ以上を望むことはない。たとえ選択した行動によって世界を敵に回すことになったとしても、彼女がいてくれるのであれば。

 この数日間で、僕の中でのカイレンという存在は明らかに大きなものになっている自覚があった。

 どんな縁があったのか、記憶はないが完全な赤の他人でないことは徐々にわかっていた。だが、カイレンに対する気持ちに心当たりがなかったせいか、初めのうちはどう気持ちを整理すればいいかわからなかった。


 ――でも、今は違うとはっきり言える。


 何がどうしてカイレンのことがと、理由を探すのは無駄で馬鹿馬鹿しいことだと気づけた。僕は記憶がない、だから知らないわからないことがあって当然だ。この世界のことも、自分の気持ちのことも。

 僕自身単純なものだ。たった考え一つで、今までもやもやしていたくだらない考えの着地地点が見えてきた。


「......はぁ」


 考えていることは、カイレンにも話して伝えなきゃいけないな。

 結論のような、方針のような、やるべき行動が今決まった。


「――なぁ、カイレン」


「ん?どうした。エディ」


「ああ、いや......」


 言いよどむ僕をキョトンとした顔でカイレンは覗いてくる。

 聞こうとしている内容も相まって、気恥ずかしさと緊張で頭が真っ白になりそうだ。


 ――目を......背けるな。ちゃんと、口で伝えるんだ


 最終手段。視線を逸らさぬよう、僕は優しくカイレンの肩に両手を添えた。


「すぅ......ふぅ」


「あははっ、どうしたの?エディらしくなく、そんなに緊張しちゃってさ」


「いや、すまん。その、カイレンに聞きたいことがあって」


「ふぅん。それで、どんなこと?」


 いたずらそうな顔のカイレン。やめてくれ、顔が変に熱くなるから。 


「カイレン、お前は......」


「うん」


「――僕が、異端者として世界から追放されても、僕と一緒にいてくれるか?」


「......」


「僕と、一生を......共にしてくれる、か?」


 心の中を精一杯言葉にして、カイレンにぶつける。


 カイレンは僕を見つめたまま、考えるように口を閉じていた。

 プロポーズじみた言葉に、耳がやけに熱く、鼓動がうるさく聞こえた。これじゃあまるで、初めて会った日の夜みたいだ。

 でも、なんとか伝えることはできた。

 どっかの誰かのおかげかもしれない。


 するとカイレンは片手を僕の手に重ねた。

 その手は暖かく柔らかく、僕の手を撫でた。


「ふふっ、当たり前だよ。もし世界がエディを倒そうとするならば、私は最後までエディと戦うし、誰もがエディを嫌っても、私が最後までエディのことを愛するよ」


 カイレンは満面の笑みでそう返した。

 頬は先ほどよりも少し赤く、瞳にはほのかに光が満ちていた。


「だからエディ、心配しなくていいよ。私がいるから。ね」


 目の前に佇む少女が、どうしようもないくらいに愛おしく思えた。

 月明りに照らされた白い肌、薄ベージュの柔らかな髪、透き通るような青い瞳。彼女がもつ何もかもが、愛おしい。

 魅了の魔法にでもかかったように、今はカイレンのことしか頭にない。ただ、それが本心であることは、はっきりとわかっていた。

 今は少しくらい思いのまま、大胆なことをしても――。






「そうか。――そう言ってくれて、ありがとう。カイレン」






 ――沸き上がった感情に身を任せて、僕はカイレンをめいいっぱい抱きしめた。






「――?!もう、エディったら......みんなに見られちゃってもいいの?」


「いいんだ、もう」


「......そっか」


 何故だろう。物凄く、物凄く嬉しい。


 暖かい。心も体も、何もかもが温もりを帯びているように感じる。


 やっと、少しだけ自分に正直になれた。


 やっと、得体のしれない気持ちの片づけ方がわかった。


 どんなことがあろうと、カイレンは僕を愛してくれると言ってくれた。


 今までカイレンは、何度も僕に思いを伝えてくれていた。


 でも僕はどこか頑なに自身の思いを口にすることをためらっていた。


 今になってわかった。きっと、カイレンに拒絶されるのが怖かった。それだけじゃなく、 漠然とした自分の気持ちを解明しようと無駄な遠回りをしていた。


 カイレンが、僕のことを本当に愛してくれているかについての確証が得られていないと勝手に思っていたんだ。


 でも今、その懸念が一瞬にして晴れた。


 カイレンは、その言葉にどれだけの思いをのせて言ってくれたのかはわからない。


 でもその言葉は、深く僕の心に届いた。


 ここが戦場であることですら、忘れてしまいそうだ。



 ――カイレンは、僕が腕を放すまでずっと優しく背中をさすってくれた。






「今までお前に言えなかったけど、カイレン。僕は、お前が......お前が、好きなんだ。離したくない......他の誰かに、奪われたくないくらいに」


 カイレンの顔が見えない。でも、おかげで変な様子を見られずに済んでいる。こんなことを言って、平然とした表情を取り繕えるものか。


 すると、カイレンは手を下ろした。それに合わせて僕もカイレンの顔が見えるほどの距離まで上体を上げる。

 カイレンは見上げるように、小さな背丈を伸ばすように僕の目を見つめていた。互いの息遣いがわかる距離。永遠にも、一瞬にも思えるような時間が流れているような感覚。


「私も、エディのことが大好きだよ。愛してる」


 静かに笑いながら、優しく見つめながら、カイレンは口を開いた。


 今まで、何度も似たような言葉を耳にしてきた。だが、この言葉だけは特別だった。

 僕の胸の内の告白、それに対する答え。心がほどけるような、甘い感覚。


「――ねぇ、エディ」


「ん?なんだ――んっ?!」



 カイレンはそう言ってフワッと浮かび上がり、そのまま僕に――



「んへへ、ハグのお返しだよ」


 

 ――隙だらけの僕の口は、あっさりと塞がれた。







――――――








「――場所が場所だったけど、これが初めてでよかったのかなぁ」


「いいじゃん!戦場で口づけだなんて、すごくロマンチック」


 カイレンからの予想外のキスに、まだ心が動揺して鼓動がうるさく聞こえる。


「でもエディが私のことを好きって言ってくれて、今とっても嬉しいよ!」


「......うん、よかった」


「へへへ、エディ顔真っ赤」


 興奮とサプライズの余韻がまだ残っているせいで、体が少し震えていた。

 カイレンに思いを伝えられて、本当によかった。

 実のことを言うと、いつかカイレンに、僕はカイレンのことが好きじゃないと誤解されたらどうしようと心配していた。

 でもよかった。ムードも何もかもなかったかもしれないが。


 斜面を越えると、僕らの合流を待つ皆は談笑をしていた。


「――おっ、随分と長い作戦会議だったじゃねぇか」


「あはは、そうだったかなー。待たせてごめんね」


 合流早々クレウルムが放つ言葉に誤魔化すようにカイレンは返事をした。

 他の皆も、僕たちに気づいた様子でこちらを見た。


「......」


 するとクレウルムはまじまじと僕たちを見つめだした。


「......ふむふむ。ははーん、なるほどなるほど」


「な、なんだよ。気味が悪いぞ」


 何かを納得したようにクレウルムは腕を組んで頷いた。


「はぁ......。さてはお前、カイレンちゃんと向こうでイチャイチャしてたなぁ?」


「なっ!?何をバカなことを......!」


「隠したって無駄だ。二人して耳真っ赤だぞ」


 ――バレるの早っ!


 いつの間にか僕らは二人して自分の耳元を触っていた。


「ははっ、嘘だよ。冗談冗談、からかっただけだ」


「......えっ?」


「だから、冗談で言ったんだよ。......えっ、まさか本当にイチャイチャしたりして......」


「――さてさて!作戦を皆に伝えるよーっ!」


 クレウルムの言葉を遮るように、カイレンはひと際大きな声を出した。


「お、おう......。やけにテンション高いな、カイレンちゃん」


「やる気満々だからね。それで作戦なんだけど、エディにはまだまだすっごい魔法があるから、それを使って願魔獣を弱体化しよう」


「弱体化?」


 一同から、疑問の声が上がる。


「そう!なんとなんと、エディは魔力を吸収することができる魔法が使えるの!」


「......」「おお。なるほど、そういうことね」


 僕の魔法を知っているエイミィ以外、理解できない様子で静まり返ってしまった。


「なぁ待て、カイレンちゃん。今、魔力を吸収する魔法って言ったか?」


「そうだよ。だから、エディがその魔法を使って願魔獣の周囲にある魔力をすべて吸収しきったら、一斉攻撃をしようって作戦」


「......」


 本日何度目だろうか、クレウルムは顔を手で覆ってそのまま空を仰ぎ見た。


 すぐに理解できない事象の連続、そしてその理解を強制させられる精神的疲労。

 僕もこの世界に来てからすぐは同じような境遇だったため、クレウルムの気持ちがよく分かった。


「えっ、エディってそんなことできたの......?」


「本当に、本当にそんな魔法があるのですか?」


 恐ろしいものを見るように、アベリンとベリンデは僕に問いかける。


「はは。嘘かもしれないけど、本当だよ。ほら」


 そう言って、僕は立てた人差し指の先に小規模の『絶界』を発現させた。

 たちまち結界はその存在を維持しようと周囲の魔力を吸収し始めた。


「うわっ......本当だ」


「確かに、願魔獣が魔法を発現するときに見える魔力の消失反応と一緒ですね......」


 アベリンとベリンデは、実物を見たがそれが真実であることを受け止めきれないような表情で僕の指先を興味深く見ていた。


 ――だが、そんな二人よりも興味深そうに見つめる者がいた。


「......あの、アレザ。近いよ?」


 アレザは今にも鼻先に指が付きそうな距離まで近づいて『絶界』を凝視していた。


「ああ、ごめんごめん!いや、でも驚いた。こんな魔法があるなんて......」


「この魔法自体ただの結界のようなものだから、触れても害はないよ。触ってみる?」


 僕がそう言うと、アレザだけでなくアベリン達も寄ってきた。


「おお、本当だ。近づくだけで、体の力が抜けていくようだ」


 アレザは翼の先端を『絶界』に接触させていた。


「ど、どう?お姉ちゃん」


「うん、なんだかぞわぞわするかも......」


「ぞわぞわ......」


 アベリンは好奇心に抗えない様子で『絶界』に触れたが、ベリンデは少し離れた場所から様子を見守るように立っていた。


「クレウルムもどうだ?」


「誰がそんな気味の悪い魔法に触るか!本当に、何なんだよお前は......」


 失礼な。僕だって好きで気味の悪い魔法を使っているわけじゃないんだ。

 だがそんな事情を、クレウルムが知っているわけでもないから仕方ないか。


「えーと、みんないいかな?作戦の続きを話しても」


 するとカイレンは気を引くように手を叩いた。


「この魔法を使って完全に魔力を吸収してしまうと、私たちも魔法を使うことができなくなっちゃう。だから、攻撃を仕掛けるタイミングは魔法が消失して少し時間が経ってからね。わかった?」


「了解!」


 一同は理解を示すように頷いた。


 おおまかな戦闘の流れを把握すると、一同は願魔獣の方に視線を向けた。

 視線の先、依然として願魔獣はその巨体を歪ませながら進行していた。


 ――最終決戦が始まる。


 皆、気持ちを切り替えたのか、静寂が訪れる。


 ――グラシアの保全をかけた戦いが、今始まろうとしていた。

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