第24話 本戦開始

 その蠢く黒は、禍々しい願力を体表からにじませながら進行していた。


 体長はかなり大きい。

 かろうじて魔物として認識できる姿であり、そのどれもが僕たちが討伐してきた魔物の特徴を有している。

 先頭を歩く三体。黒狼型の魔物を模していることがわかる。さらに後方、浮遊島の間から姿を現した怪鳥型の願魔獣。飛んでいると表現するよりも、漂っていると表現する方が正しい。そんな様子だ。

 意思を持たない何かが、無理やり生物の形を保とうとしている。非常に不気味な光景だった。


「――狼を吸収した奴が三体と、鳥を吸収した奴が一体。......なるほど。こっちは低級の魔物を模してくれていいが、問題は......」


 クレウルムが視線を向ける先、ひと際大きく佇む『異形』が、鎮座していた。

 報告に上がっていた願魔獣の数は八体。だが、この場で確認できる願魔獣は五体。つまり、このことから言えることは......。


「はぇ~。合体しているね」


 アレザは少しけだるそうにそう言った。


 残りの四体すべてが一つの個体として集結している。そう断定できるほど、最後尾を蠢く願魔獣は大きかった。

 頭部はいくつもの魔物の特徴を携え、不気味に蠢いていた。


「地脈異常が複数発生した時、稀に願魔獣が合体することがあると聞いていたけど、まさか四体分が一度にとはね......」


 興味深そうに、エイミィはそう呟いた。


 願魔獣自体、何か意思をもって行動しているようには見えなかった。

 ただ、魔願樹を中心としてそこから遠ざかるようにゆっくりと進行していた。

 願魔獣が通った場所は願力で汚染されていないのか、いくつかの筋のように地表面が残されていた。


「さて、先にどいつから相手をしようか」


 クレウルムがカイレンの方に顔を向けながら言い放つ。


「そうだね、先に下の三体をやっつけちゃおうか。もし途中で飛んでるやつが襲ってきたら、後衛の私たちが対処する」


「了解だ、それでいこう」


 やはり、こちらから手を出さない限り願魔獣は襲ってこなさそうだ。

 そうなれば、先に地上にいる願魔獣たちを一掃する方がよさそうだ。


「先頭にいる一体は、俺が不意打ちでやっつける。そしたら開戦だ、いいな?」


「わかった。あ、その前にエディに強化魔法をかけてもらおう」


「強化魔法?」


 クレウルムだけでなく、アレザも強化魔法を知らないからか、二人は不思議そうに僕を見てきた。


「総合的に身体能力を向上させる魔法だ。今からみんなにかける」


 腕を横に薙ぎ払うようにして、全員に強化魔法をかける。

 僕の腕から放たれた純白の光のオーラが、一同を包み込んだ。


「ん、なんだこの光は......」


「――すごい。体の底が、じんわり暖かい......」


 クレウルムはあまり効果を実感していないようだったが、対照的にアレザはすぐにその効果を実感するように自身の翼をさすった。


 聖属性の身体強化魔法『昇能』、僕自身には身体能力にしか作用しない魔法だが、この世界の人たちには魔願変換効率を上昇させる効果がある。よって恩恵は僕より大きいはずだ。


「さすが『見願』だけあるね、エディ。すごいや、こんな魔法見たことない」


「あくまで一時的な強化だから、無茶しすぎないようにな」


 この魔法はある一定時間を経過すると徐々にその効果が消えていく。再度かけなおせばいいが、その際の身体的な負担については実のところよくわかっていない。

 彼らの普段の感覚を狂わせない配慮も必要かと考えたが、この任務を無事成功させなければ意味がない。


「うん、無茶はしないから大丈夫。それにしても、あのイゼル・ラールと同じ『詠唱いらず』ねぇ......」


 ――しまった!完全に詠唱をすることを忘れていた


 今までも何気なく無詠唱で魔法を使ってきたが、指摘されることはなかった。そのせいか、完全に油断していた。

 カイレンやエイミィも僕の失態に気づいていた様子だったが、表情は普段通りだった。


「あ、ああ。まぁ、詠唱がなくとも魔法は使えるなぁ」


「そうだったのエディ?!」


 アベリンが食い気味に聞いてくる。


「えーと、僕はなるべく静かに暮らしていきたいと考えていたから秘密にしてたんだ......はは」


「はーん、本人が隠していたから『見願』がいるってことが周知されてなかったわけだ。にしてもエディゼート、お前自身が『見願』であって尚且つカイレンちゃんといる時点で静かに暮らすのは無理だな」


「......そうだな」


 クレウルムから的確なツッコミを入れられる。

 ただの苦し紛れで言ったセリフだが、やはり僕は平穏に生活することはできないのだなと、改めて実感する。


「まぁ、そんなことはどうでもいいや。さて、なんだか体の調子がよくなってきたところだ。――お前たちに俺の最速最強の一撃を見せてやるよ」


 クレウルムは後方にいる僕たちに振り向きながら、にやりと口元に不敵な笑みを浮かばせた。


「――『顕願ヴァラディア』......」


 クレウルムが短く詠唱すると同時、目が眩むほど明るい願力の光が彼の前に現れた。

 一瞬にして光は凝固するように集結し、次第に物体としてその姿を変化させていく。

 これが『錬願』。クレウルムの手によって顕現した願力の長剣は、煌々と蒼白の光を放っていた。


「お前たちも準備をしとけ。開戦は俺の一撃だ。――一瞬だから、見逃すなよ」


 再びクレウルムの周囲に願力が漲る。

 それに合わせるように、カイレンとエイミィは『顕願ヴァラディア』によって願力の刃を背後に装填し、アベリンとベリンデはそれぞれ双剣と大剣を同じく『顕願ヴァラディア』で生成し、アレザは『調界イノヴニス』だろうか、自身を願力の結界のようなもので覆った。


「それじゃあいくぞ。――『瞬動デューザ』!」


 ――瞬間。文字通り、クレウルムが詠唱と同時にその場から姿を消した。


 最後に見たのは、クレウルムの長剣放つ光の残像。

 クレウルムはどこに消えたのか。

 何も理解できないまま、その場に発生した風圧に顔を腕で覆う。


「――っ......!」


 ――一体何が起きた......?


 尋常ではない速度でクレウルムが移動したことはわかる。だが当の本人はどこに消えたのかがわからない。

 下に顔を向ける。


「――はは......まじかよ」


 僕がいる遥か上空。その眼下には、最速の一撃によって肉片となり飛散した願魔獣だったものが、えぐり取られた大地のあちこちに付着していた。原型すらわからない肉片は、禍々しい願力を放出するように徐々に消えていった。

 最速による視認外からの一撃。警戒できていなければ、願力の流れに敏感な願魔獣であろうと、一瞬で撃破することができる。

 世界最強の魔願術師ディザイアドが一人。クレウルムはその称号を示すかのように、開戦の一撃を見事に披露した。


「――ほら、エディ。ぼーっとしてないで行くよ!」


「あ、ああ」


 カイレンに背中を叩かれ、ようやく我に返った。

 開戦の合図は、クレウルムの一撃だ。すでに作戦は開始されていた。


 先を行くカイレン達に続くように、僕たちも急降下を始める。


「アベリン、ベリンデ。気を付けて!」


 地表付近まで近づき、アベリン達に発現させていた飛翔魔法を解除する。


「ありがとう、エディ!」


「いってきます!」


 二人は上空にいる僕に体を向けて手を振ると、その勢いのまま体勢を翻して地表を駆け出していった。


 正面に視線を向ける。

 大きく半球状にえぐり取られた地表面の中心には、長剣を構えながら願魔獣の死骸の上に立つクレウルムがいた。

 周辺の地形は完全に滅茶苦茶だ。クレウルムの一撃によるものなのか、願魔獣から滲み出る願力によるものなのか。

 まだ、高度の低い浮遊島が正面に見える。その奥、先ほどまでとは打って変わり、明確にこちらを視認しているように睨む二体の願魔獣が姿を現した。


「――総員、攻撃に備えろっ!」


 クレウルムが吠える。

 それと同時、二体の願魔獣の頭上に無数の氷柱が展開される。


 ――なるほど。やはり、僕と同じだ


 願魔獣の魔法の発現の様子が、完全に僕のそれと一致していた。『氷穿』、シンプルながら高威力の氷属性の魔法。


 ――狙いは......クレウルム達


 願魔獣が吠える。

 展開された氷柱は、咆哮と重なるように射出され弾幕となった。

 おおよそ狙いを定めたようには見えない精度の攻撃。だが、それを考慮する必要がないほどの密度で射出された弾幕は、地上にいるクレウルム達を蹂躙するように激突した。


 地面が抉れる激しい衝撃音の連続と共に、地表面は舞い上がった土煙と氷柱の破片で上空からでは視認することができなかった。


 だが、僕が心配する間もなく、土煙の中から一線の青白い光の筋が見えた。

 長剣を携えたクレウルムは、怯む様子もなく地表面を駆けていた。

 アベリンやベリンデも例外ではなく、クレウルムの後を追うように土煙から姿を見せた。


 ――アレザは......いた


 いつの間にか、アレザは二体の願魔獣の背後にいた。

 すると願魔獣はそれに気づいたように、顔を後方に向ける。

 アレザは自身に展開させた願力の結界で願魔獣の気を引くように、その場で滞空しながら徐々にその結界の規模を拡大していった。


「やつらの注意がアレザちゃんに向いている!今のうちに叩くぞっ!」


 クレウルムが再度吠える。

 僕らは一気に加速し、願魔獣との距離を埋めようとする。


「――っ!何か来るよ!」


 後方を向く願魔獣の頭上に光の像が展開されると同時にカイレンが叫ぶ。


 聖属性魔法特有の光。そして顕現した二対の光の矢。


 ――まさか、あれは......!


「まずいっ!――受け流すな!横に避けろっ!」


 聖属性で最高威力を保有する『聖弓』。

 僕の警告と同時に、絶対の一撃がクレウルム達目がけて放たれた。


「――っ!」


 障壁同士が激突したような、激しい衝撃音が体を突き抜ける。

 すぐさま視線を着弾地点へと向ける。

 土煙はクレウルムがいた位置で巻き上がっていた。

 その後方にはアベリン達の姿が見える。二対の矢はクレウルムのみを目がけて放たれていた。


「って、まさか......!クレウルム、大丈夫か!」


 すぐさま地表面まで急降下する。

 土煙からは先ほどまで見えていた願力の光が見えない。


 ――まさか、間に合わなかったのか?!


「おい、大丈夫か!おい......って」


「......ははっ、くははははは!すげぇ、こいつはすげぇや!」


 僕の心配とは裏腹に、愉快そうに豪快に笑うクレウルムが土煙の中に佇んでいた。

 顔から流血していたが、当人は気にしない様子で雑に拭う。

 周囲には魔法を受け、散っていった『顕願ヴァラディア』の一部が散乱していた。


「なぁ、エディゼート。お前の魔法すげぇな!いつもだったら腕がぐちゃぐちゃになってたけど、今回は受け止められたぞ!しかも二つ同時だ!ははははは!」


「は、はぁ......」


 何がなんだかわからない。だが、クレウルムが無事でよかった。そう思えることは確かだった。

 それにしても、まさかクレウルムは以前にもこの『聖弓』を防ごうとしていたのだろうか。いつもだったらと言っていたので、もしかしたらそうなのかもしれない。


「ああ、こうしちゃいられない。――みんなが時間を稼いでくれているんだ」


 満足いくまで笑い倒したのか、クレウルムは気味が悪いほどすぐに冷静になって願魔獣の方を見た。

 すると僕たちを除いた全員が、既に願魔獣に対して攻撃を仕掛けていた。


 アレザは攻撃することなく、願魔獣の注意を引くことに徹していた。

 願魔獣が放つ土属性の魔法は、アレザ自身の周囲に展開された願力の結界の内部に突入すると、すぐさま迎撃されるように散っていった。

 堂々と滞空して魔法を防ぐその様は、まるでアレザには弾幕が絶対に届かないように見えた。


 上空にいるカイレン達は、『顕願ヴァラディア』によって装填した斬撃を願魔獣に放っていた。だが、そのほとんどが願魔獣が展開した『聖盾』によってはじかれていた。

 願魔獣はカイレン達を視認しているようには見えなかったが、まるで全方位を見渡しているかのように的確に斬撃を防いでいた。


 アベリンとベリンデは願魔獣に接近しようと試みていたが、願魔獣の頭上に展開された魔法は後方にいるはずのアベリン達にも等しく向けられて射出されていたため、攻めあぐねた様子で魔法を回避していた。


「エディゼート、アベリンちゃんとベリンデちゃんの援護に行くぞ!」


「ああ!」


 クレウルムは僕の返事を聞く様子もなく、凄まじい速度で低空を駆け抜けていき、一瞬にして前方にいたアベリン達と合流した。

 僕も周囲の魔力を一気に消費して、話された距離を埋める。

 クレウルムは合流早々長剣から横なぎの斬撃を放った。

 願魔獣は背後から放たれた一撃を視認することなく迎撃しようと『聖盾』を展開する。


「ケツ見せるほど、余裕ぶっこいてんじゃねぇ!――『瞬動デューザ』!」


 クレウルムに願力が満ちるのを確認した瞬間、前方に一閃の青が奔る。


「――!」


 左方にいる願魔獣によって展開されていた『聖盾』が、最速の一撃によって砕け散る。

 ガラスが割れたような乾いた音が響くと同時、願魔獣は不意を突かれたようによろめいた。


 ――その隙を、二人は見逃さなかった。


「「――『瞬動デューザ』!」」


 アベリンとベリンデは願魔獣の攻撃が止むのと同時に爆ぜるように急加速し、隙が生じた願魔獣に急接近して連撃。


「――?!」


 二人の一瞬にも満たない連撃によって、一体の願魔獣の四肢が豪快に破壊される。

 その勢いのまま、二人はアレザのいる方へと駆け抜け体勢を翻して振り返った。

 何をされたか理解できないように、一体の願魔獣はその場に突っ伏す。


 ――この好機を逃すまいと、さらに上空から追い打ちがかかる。


 突如として、瀕死の願魔獣目がけて無数の剣が弾幕となって降り注ぐ。

 カイレンは自身の下方に展開した一枚の願力の面から雨のように次々と巨大な願力の像を射出していた。その一撃のどれもが大木ほどの大きさを有しており、圧倒的質量が一体の願魔獣目がけて投下される。


「――っ!」


 激しい土煙と風圧が押し寄せる。


 地表面付近は視界不良で何も見ることができない。それもそのはずだと、納得するに相応しいほどの威力の魔法は、地面と衝突したのち一斉に消失した。


「どうなったんだ...... ――『嵐刃』」


 風魔法の斬撃によって、土煙を掃う。


「......」


 視界が晴れ、目の前には見るも無惨に引き裂かれひしゃげた願魔獣の死骸が散乱していた。

 死骸から血が出ることはなく、ただ禍々しい願力が放出されるように飛散していた。


 ――ゆっくりと、上空を見上げる。


 これほどの威力の魔法を発現してなおカイレンは疲れた様子もなく、すぐに残りの一体の願魔獣目がけて魔法を放っていた。


 ――これが、世界最強たち......


 戦闘における頭の回転の速さ、卓越した魔法技術。それらを持ち合わせた彼らの姿を目にすると、どうしても自分がちっぽけな存在のように感じてしまう。

 

 そんなことを考えている間にも、カイレン達は休む間もなく攻撃を仕掛けていた。


 正直、今までどこかうぬぼれていたのかもしれない。

 驕ったつもりはない、だがカイレンの隣に立てる存在だと勝手に思っていた。

 今はどうか。意気込んだ割に何もできていない。


 ――まだ僕は皆のことをわかっていない。


 どうすればいいか、援護は、攻撃は。漠然と、他の皆にはあって、僕だけないようなものがあるように感じた。

 それが何かがわからない。掴めそうで、掴めない。なんとももどかしい。


 ――そんな思考が吹き飛ぶような光が、視界の横に映った。


 残りの願魔獣がアレザから目を逸らし攻撃を上空にいるカイレンに集中させた瞬間、アレザを取り囲んでいた願力の結界が一瞬にして彼女を中心に凝縮し渦巻く。

 まるでアレザの背後から光がさしているように見えた。

 翼は願力を完全に吸収し、今にも高火力の一撃が放たれるように思えた。

 それだけではない。遥か上空、エイミィの翼からも同じように光が見える。

 煌々とほとばしる紅い願力がその翼に満ち溢れ、地表面が赤々と照らされる。


「おいみんな!今すぐ離れろ!」


 クレウルムの忠告に従うように、願魔獣の付近にいたアベリン達はすぐさま距離をとった。


 何か、本能が危険だと訴えかけてくるような空気を感じる。

 赤と白。二つの光に照らされ願魔獣からは影が二つ伸びていた。


 そして――


「――『壊閃ノイトミィ』」


「――『壊衝ノイトナ』!」


 アレザとエイミィ。二人から同時に発せられた願力の熱線が、願魔獣に向けて放たれた。

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