第23話 全員集結

 一同が視線を向ける先、ついに最後の一人が現れた。


 灰色の瞳に雪のように白い肌、そして純白の翼を有するアレザトリエからは、その明るい声音からは対照的に神秘的な印象を感じられた。

 それもそのはずだ。

 常時翼にまとう願力、その色もまた純白かつ今まで出会ってきた誰よりも光り輝いていた。

 願力を絶えず生成する魔法器官のような翼は、細い彼女の身体を強化するのに十分な願力を有していると見受けられる。


「――アレザ、久しぶり!」


「カイレン!それにエイミィも!」


「久しぶりだね、アレザ」


 カイレンとエイミィはアレザトリエと面識があるようだ。


 エイミィは自身の翼の片方とアレザトリエの翼の片方をさすりあって挨拶をしていた。

 一方カイレンはアレザトリエの翼に頬を擦り付けていた。なめらかな肌触りで気持ちいいのだろうか。


「よぉ、アレザちゃん。久しぶり」


 クレウルムはアレザトリエに声をかける。

 ――しかし、アレザトリエはクレウルムが誰だかわからない様子で眉をひそめた。 


「......えーと、誰だっけ?」


「クレウルムだ!この鳥頭、一体このやり取りを何回やれば気が済むんだ......」


「......?」


 クレウルムは自身の名をアレザトリエに伝えたが、当の本人はいまいちピンと来ていないのか、指を口元に当てて考え込むように首を傾げた。


「あー!そういえば前に一度だけ一緒に任務に行ったことがあったようなー、そうでもないような......」


「もういい、もう初めましてでいいよ......」


 やれやれと、クレウルムは顔に片手を当ててため息を吐いた。


 先ほどクレウルムが言っていた「会えばわかる」というのはこういうことだったのか。

 アレザトリエは自分の興味のあることしか覚えていられない性格なのだろうか、それとも単純にクレウルムのことを忘れていただけなのだろうか。

 いずれにせよ、今のところ彼女がずば抜けた戦闘力を持つようには見えない。


「――ん?ここにいる二人のモフモフちゃんが作戦メンバーの冒険者?」


 アレザトリエは今まで皆の様子を見ていたアベリンとベリンデを見つけると、フワッと跳躍して静かにアベリン達のもとに着地した。


「......えいっ」


 着地と同時、アレザトリエはアベリンとベリンデをじーっと見つめると、頭を無言でわしゃわしゃと撫でだした。


「へへへ~、そうだよ。あたしたちも一緒に戦うんだ」


「はぇ~。こんなに可愛い子たちも参加してくれるだなんて、僕嬉しいよ。それで、二人の名前は?」


「あたしはアベリン!」


「あたしはベリンデです」


 アレザトリエはアベリンとベリンデを見比べた。


「うんうん、白いバンダナがアベリンで、黒いバンダナがベリンデね。――よし、完璧に覚えた」


「やったー!それじゃあこれからよろしくね」


「よろしくお願いします」


 アベリンとベリンデがそう言う。するとアレザトリエは勢いよく二人を抱きしめ、


「うん!」


と言って深く息を吸い込んだ。


 終始アレザトリエはアベリン達を堪能しながら会話をしていた。

 アベリンとベリンデはまんざらでもなかったのか、尻尾をご機嫌に揺らしていた。


 僕はクレウルムのそばまで歩み寄る。

 クレウルムはアベリン達の様子を無表情で眺めていた。


「......気にすんな」


「うるせぇ。あいつは多分男に興味がないんだ、きっとそうなんだ」


 もしそうでなければクレウルムはただただ可哀想な人になる。

 それはさておき、僕も挨拶くらいはしておかなくては。


「そうだ。僕、本部から聞いたんだ。『見願』の新入りくんがいるんだって。その人は......」


「――僕だよ」


 丁度いい。アレザトリエがアベリン達に尋ねていたところだった。

 僕が話しかけると、彼女はすぐに振り返った。


「ほぅ。君が『見願』くんねぇ」


 まじまじと、好奇の目を向けるように見つめてくる。


「どうも初めまして。僕の名前はエディゼート、カイレンにスカウトされた新入りだ。エディって呼んでくれ」


「エディね。――わかった、覚えとくよ。それじゃあ僕のことはアレザって呼んでくれるかな?これでお揃い」


 アレザははにかみながらそう言った。

 思ったよりもアレザは僕に対して友好的に接してくれた。僕の特性に興味があるからだろうか。


「わかった。それじゃあよろしくな、アレザ」


「うん!」


 アレザは返事をすると、早々にアベリン達のもとに戻っていった。

 すっかりアレザはアベリン達のことを気に入ったのか、大きな翼を使って抱き寄せるようにして二人の後ろに立っていた。


「......なんだよ」


 先ほどから、無表情で僕を見つめてくるクレウルムがいた。


「いや、アレザちゃん、俺の初対面の時とは全く違うなって」


 特に表情に出ているわけではなかったが、クレウルムの声からはいつもの活力がないように聞こえた。

 アレザは男自体に興味がないわけではなく、単にクレウルムに興味がなかっただけだったようだ。

 こんなにも面白い奴なのに。


「皆顔合わせが済んだようだね」


 カイレンは一同を見渡しながらそう言った。


「アレザにはアベリンとベリンデ、そしてクレウルムと一緒に前衛を担当してくれるかな?後衛は私とエイミィとエディがやるから」


「わかった、全員で総当たりするんだね。――それじゃあ一緒に頑張ろうね。アベリン、ベリンデ」


 アレザの呼びかけに、二人は元気よく返事をした。

 アレザはすっかりクレウルムのことは眼中にないらしく、いよいよクレウルムが可哀想になってきた。


「なぁエディゼート。なんで俺だけ仲間外れにされているかわかるか?」


「さぁね。でも、ああいう何を考えているのかわからない人のことを考えるのは、疲れるだけだからやめた方がいい」


「......お前が言うと言葉の重みが違うな」


「うるせぇ」


 クレウルムは僕がカイレンに振り回されていることを同情しただろうか。

 だがクレウルム、今は仕方ない。この場の男女比は女子の方が高い。それに皆若い。こうなった場合肩身が狭くなってしまうのは至極当然だ。

 そんなことを言ってやろうと思ったが、悩んだ様子のクレウルムを見ているのは面白いのでやめておこう。


「――皆さん準備ができたでしょうか?」


 先ほどまで僕らの様子を見守っていたセノールが口を開く。


 ――皆、準備はできているようで頷くように首を縦に振った。


 談笑していた空気は一変して、現場には静かな緊張感が走る。


 一同は森の奥の方に目を向けた。視線の先、無数の浮遊島群を照らす未完の魔願樹。心なしか、この場に初めて辿り着いた時よりも成長しているように見えた。


 いよいよ、僕の研修を含めた世界保全の戦いが始まる。

 ――忘れかけていた緊張感が、再び僕の心に滲み出てくる。


「そうとなれば早速行こう、みんな。――敵は願魔獣八体。願人の出現はまだだけど、気を付けて。願人が出現次第、私とエイミィの『調界イノヴニス』で調教を始めるから、みんなその時は私たちの援護をお願いね」


「――了解!」


 一同はカイレンの指示を了承する。皆、戦闘員として気持ちを完全に切り替えていた。


「では、俺は戦場が見える位置で待機しているので、何かあればすぐに引き返してほしいっす。世界の保全の要を担う皆さんは、大切な存在なので」


「心配するな、職員のにいちゃん。願魔獣がこんだけいるのはちと気味が悪いが、今までの歴史で願人の調教に十二回も成功しているんだ。俺たちなら何とかなるはずだ」


 クレウルムはセノールの言葉に対して自信ありげに返答した。


「そうすっか、はは。頼もしいっすね」


 僕には、クレウルムがただ調子に乗っているだけには見えなかった。


 既に三体の願魔獣はクレウルムの手によって討伐されている。その手ごたえと、世界最強の魔願術師ディザイアドが四人集結しているという事実。これらをもととした、根拠のある自信。

 その根拠に、僕が含まれているかはわからない。だが、僕やアベリン達の参加を拒否しなかったのは、強者であるが故の余裕なのだろう。

 僕の前を歩くクレウルムの背中が、心なしか大きく見えた。


「――それじゃあみんな、行くよっ!――『飛翔イアルヴ』!」


 カイレンの言葉に従うように、皆一斉に空へと飛び立った。


 アベリン達の分の飛翔魔法を発現させ、僕らはカイレン達の後を追うように宙を舞う。

 世界最強の実力をこの目で見届けられることに対する心の高揚感、未だ接敵したことのない願魔獣に対する興味と不安、そして今まさに誕生しようとする魔願樹を前に、僕の心臓はいつになくうるさく鼓動していた。




――――――




 雲間から月が覗き、肌寒い風が僕らの背中を押すように吹いていた。


 想像していた以上に、魔願樹との距離は遠かった。未だ辿り着く気配がない。


「それにしても、ここまで魔物がいないとなると不気味だなぁ......」


 クレウルムは周囲を見渡しながらそう言った。


 確かに、僕らも暴走した魔物の対処をしていた時は際限なく続くのではないのかと思ってしまうほど、魔物の数は多かった。


「願魔獣が八体もいるとなると、魔願樹の浄化作用で暴走状態が解除されてもそいつらに倒されちゃうだろうからね」


「なるほどなぁ」


 カイレンの話から、願魔獣は魔物も襲うことが伺える。

 すでに不自然な切れ目が入った山より北側にいる魔物は、カイレン達の手によってほとんどが討伐されていた。


「――なぁ、カイレン、エイミィ。願魔獣ってやつに、知っておかないといけないようなことってないか?」


 僕はカイレン達の隣にそっと近づき、小声で話しかける。


「うーん、普通の魔物より大きくて、見たことのない魔法を使うだけだからなぁ。ただ、願力の流れに敏感で物凄く勘がいいんだ。普通の魔物と同じ手は効きにくいと思って」


「それと、エディにはあまり関係ないのだけれど、願魔獣には願力特性が効かないからカイレンや私はただの魔法使いになっちゃう。これくらいかな」


「なるほどな」


 願力特性が適応されないと考えると、確かにカイレンやエイミィのような願力の性質に関係する特性だと、大幅な弱体化となってしまう。

 その点クレウルムの『錬願』は、魔法の効果に直結する願力特性であるため、そちらの方が願魔獣との戦闘に関して有効そうだ。


「だからエディ、もし私たちが危ない目に遭いそうになったら守ってね」


「そんなこと、当たり前だ。絶対に、誰も死なせたりはしないさ」


 ――そう、絶対に、絶対にだ。もう二度と......。――っ?!


 ――突如、頭が何かに貫かれたような激痛が走る。


 目の奥が焼けるように痛い。


 ――っ......?!何なんだ、一体?


 酷い後悔の念が、心を染め上げる。

 吐き気、何故気分が悪いのだ?一体何が、僕を突き動かしているのだ?何を後悔していたんだ?

 何もわからない。ただ心がめちゃくちゃだ。


「エディ、大丈夫?」


 心配そうな表情をしたカイレンとエイミィ。


「あ、ああ。大丈夫だ、多分。この世界に来てから、時々発作みたいに起きるんだ。でも、問題ない」


「それだと、余計に心配なんだけど......」


「大丈夫、もう痛みは引いたから」


 目を擦る。

 すると僕の指先は涙で濡れていた。


 ――どうして、どうして僕は泣いているんだ?


 わけがわからない。痛みによって反射的に涙が出たのだろうか。でも今はどうでもいい。


 後ろを振り返る。

 幸い、アベリン達にかけていた魔法は解除されていなかった。

 というか、アベリン達はなぜかアレザに抱き着かれながら飛んでいた。

 まるで毛布に包まれたようだ。


「――どうした、エディゼート。まさか怖気づいて、カイレンちゃんやエイミィちゃんに励ましてもらいに行ったのか?」


 ニヨニヨと、少し離れた場所を飛んでいたクレウルムは、嫌な笑顔を向けながら言ってくる。


「はぁ......。お前は誰かにかまってもらわないと死ぬ病気なのか?――それとも、居場所がなくて寂しいのか?」


「なっ――?!そんなわけねぇわ!」


 非常にわかりやすくクレウルムは反応する。

 今いる人数は七名。アベリン達はすでにアレザのお気に入りとなり、僕とカイレン、そしてエイミィは同じディザトリー支部。そうなると、クレウルムの肩身は非常に狭いものになる。


 少しくらい、話し相手になるべきか。


「ただ......」


「――ん、どうした?」


 何かを言いよどむクレウルム。


「ただ......正直言うとお前が羨ましい」


 クレウルムはため息を吐くような様子でそう言った。


「僕が?どうしてだ?」


「いや、俺の本拠地ミリカナ支部の地脈異常対策課にはほとんど男しかいないからよぉ。その、少しむさくるしいんだ。まぁ、別にそれも悪くはないんだが」


「へぇ、そうなのか。つまり、カイレンやエイミィのような女子が、行動を共にするメンバーである僕が羨ましいのか」


「......そういうことだ」


 まぁ、男だけってのも楽しそうではあるが、ずっとそんな状況が続くとなるとむさくるしいと感じてしまうのだろう。

 今になって思い返すと、出会って行動を共にするようになった人たちのほとんどは女性だ。

 てっきり男性は騎士団に、女性は魔願術師協会に、と性別によって人気の場所が違うのかと思っていた。


「クレウルム。そろそろいい人見つけないと、おっさんになっちゃうよ」


「......カイレンちゃん、それ以上言うな。結構真剣に悩んでいるんだ。――ってか、俺はまだ二十四だからな!全然おっさんじゃない」


 クレウルムは二十四歳だった。そんなクレウルムから同年代だと言われたということは、僕もそのくらいの年なのだろうか。気持ちもう少し若いと思ったのだが。


「それにしても、結婚ね......」


「ふん、まあいいさ。エディゼート、これからお前は俺と一緒に心の傷を癒しあうぼっち仲間同盟を結ぼうじゃないか!」


「......」


 ん?と、僕とカイレン、そしてエイミィは顔を見合わせる。


「......え、なんだどうした皆顔を合わせて......。はっ?!まさかエディゼート、お前っ――!」


 クレウルムがそう言うのと同時、カイレンは見せつけるように僕の腕に抱き着いた。

 酷だと思ったが、僕は言葉をつづけた。


「......クレウルム。僕はお前と仲良くなれてとても嬉しいよ。だが、その同盟を締結することはできない。すまないな」


 そうだそうだ、と言わんばかりに隣のカイレンが頷く。


「はぁ――?!ちょっ、お前、裏切ったな!友達少ないとかぬかしやがって!」


「裏切るもなにも、お前の事情を勝手に僕に押し付けるな。いいじゃん、お前は魔願帝なんだから勝手に女性が寄ってくるだろ」


「ちげーよ、その逆だ!皆畏れ多いとかぬかして逃げてっちゃうんだ。あんまりだろ......」


 しょぼくれるクレウルム。

 こうなるといよいよ可哀想な人になってきた。せっかく世界最強の称号を手に入れたところで、心から望んだものが手には入れなければただ虚しいだけ。


「私は逆にいろんな人から求婚されたけどなぁ」


「うるせぇー!」


 カイレンが追い打ちをかける。

 クレウルム自身、顔は全然悪くない。むしろキリっとした鋭い目つきが好きな女性にとっては堪らない顔つきだろう。

 性格が少し粗いが。


「――前のみんなは、何で盛り上がっているんだろうねー」


「クレウルムの兄ちゃん、少し可哀想だね......」


「お姉ちゃん、それは言っちゃダメ」


 ふと、後方からそのような会話が聞こえた。

 クレウルムお前、ついには憧れの眼差しを向けてくれていた子にまで可哀想認定されているぞ。

 当人には聞こえていなかったのが幸いだ。


 そんな小言を言い合いながら、僕らはひたすら前に進み続けた。




――――――




 あれからどれくらい飛んだのだろうか。


 不自然に雲は晴れ、光を反射した雪のように星々が夜空に浮かんでいた。

 森は完全に静寂に包まれていた。その静けさと肌寒さが相まって、喉の渇きを自覚する。

 近づけば近づくほど、浮遊島一つ一つの規模が大きいものだとわかる。

 そのどれもが、地上に落下すれば大惨事につながりそうなほどだ。


 ――先頭を行くカイレンは移動をやめ、その場に滞空する。


 浮遊島群の奥、既に一つの山の頂程度までの高さに成長した魔願樹が、七色に輝く願力の渦を纏わせながら佇んでいた。

 ディザトリーのものを基準とすると完全顕現まで、およそあと半分。


 ――下方に目を向ける。


「――いよいよだね」


 カイレンの言葉に返事をする者はいなかった。皆、その異様な光景に目を奪われていた。


 抉り上がった大地、そしてその下を闊歩する「異形」の群れ。




 ――あれが、『願魔獣』......




 僕の目に映るのは、「獣」とはとても形容し難い、蠢く黒の群れだった。

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