第21話 作戦会議

 ―― 相談したいことがある。カイレンの言葉を皆注意して聞くように静まる。


「まず、今回の地脈異常の発生源は複数あることから暴走した魔物の対処を優先しなくちゃかなって思っていたけど、暴走した魔物は既に発生源からかなり離れていたみたいで、この先にはほとんどいなかった。――それに、幸いここら一帯のグラシアには低級から中級ほどの魔物しかいないから、増援がつき次第対処はできると思う」


 確かに、思い返すとカイレンが言う通り数が多いだけで魔物自体の強さはそれほどでもなかった。

 思い返すと、賢く強力な魔物であればその異常な魔力を察知して地脈異常から逃げると聞いた。


「そして皆に相談したい事。――それはこの先にいる『願魔獣』について」


 《願魔獣》。地脈異常の発生源から出没し、その絶命によって鎮圧がなされる、僕と同じ魔法形態をもつ存在。


 何か、判明したことがあるのだろうか。

 それがいいことなのか、悪いことなのか。


「――ねぇ、このままサクッと倒しに行かない?」


「......は?」


 突拍子もないカイレンの提案に、思わず間が抜けた声が出る。


 ――あれ、皆は......驚かないのか?


 僕以外表情を一切変えず、カイレンの言葉を聞いていた。


「ちょっと待て。村にいるときに願魔獣の討伐は明日の夜にやるって言っていなかったか?」


「うん。一度休憩を挟んで挑もうって意味合いで対策本部の人たちは言ったと思う。でも、思っていたよりもなんとかなりそうだし、それにクレウルムのやつらと合流できればね」


 続々と村には戦力となる人々が集結していたことを考えれば、わざわざ僕たちが魔物の数を減らすようなことはしなくていいと判断したのだろうか。


「まぁ......僕は少し不安だけどみんなは......」


 おそるおそる後ろを振り返る。


 するとそこには自信とやる気に満ち溢れたような面持ちで待機する顔が並んでいた。


「私は、魔願樹のことが気になるから、行きたいかなぁ......なんて。あはは」


「エイミィ......」


 本人は本当はあまりよくないことだとわかっているが研究者が故の好奇心なのだろうか、エイミィはもじもじと僕から視線を外しながらそう返事をした。


「あたしも行きたい!だって魔願樹が出来上がるところを見られるかもしれないだなんて、そんなの行くしかないじゃん!」


「あたしも......同じく、気になります」


 アベリンもベリンデも、エイミィと同じように好奇心に逆らえないような様子だった。


 既に撃破された願魔獣は三体、そして残りの数は八体。それに加えて魔願樹の出現と共に現れる無垢の願人。

 未知の状況である以上もう少しだけ情報などの安心材料が欲しいところだが、ここはリーダーであるカイレンの判断に委ねるのが最善か。


「まぁ、この様子だと僕があれこれ言ったところで意味はなさそうだな。――僕も行くよ」


 この世界に来てから、やけくそな判断で行動してきたが、対外なんとかなってきた。今更気にしていたところで仕方ない。


「―― よし、みんな行くということで決定だね。それじゃあ後はクレウルム達を探すのと、本部の通達員に作戦変更を伝えに行くだけだね」


「でもここまでくると通達員の姿が見えないね。雪の影響で到着が遅れているのかなぁ」


 カイレンとエイミィは顔を見合わせる。


 本来の研修であれば、地脈異常の対処中にセノールのような職員が付き添いで任務の様子を監視するはずだったが、陸路が降雪によって通行できなくなっているためか、それらしき人影は確認できなかった。


「通達だけだったら僕が行こうか?ここから村までの往復だけだったらすぐに行けるよ」


「本当に?それなら通達の役目はエディに任せようかな。......そうだ、本部の人たちには私とエイミィ、そしてクレウルム一行と準上級戦闘員水準の冒険者二名、加えて『見願』特性持ちの被推薦員で対処に向かうと伝えてくれるかな?多分渋い顔をされながら承諾してくれると思うけど......」


「えーと、随分と多いなぁ。でも、覚えられた」


 提案した自分自身が渋い顔をされるだろうと言うことはやはり、カイレンの作戦はリスクが高いものであるのだろう。


 前にカイレンは願魔獣に対しては願力特性が適応されないため、討伐するのが厄介だと言っていた。それが同時に八体ともなると、骨が折れそうだ。


「よし。―― それじゃあ僕は行くけど、クレウルムってやつはどうするんだ?」


「あっ、それだったら私が行こうかな。今の私だったら魔願変換で消耗することはないからね」


 エイミィはそう言うと翼をぱたぱたと小さく動かした。


 おそらく、吸血族の特性から血液を吸収して身体強化ができるからなのだろう。ならばカイレンの負担にならないようにエイミィに任せるのが適切か。


「それじゃあ決まりだね。アベリンとベリンデの二人は私と一緒に作戦会議、いいね?」


「うん!」


「わかりました」


 それぞれの行動の指針が決まる。


 僕は「行ってくる」と一言だけ伝えて、再び村へと向かった。




――――――




 カイレンたちと別れて、村へと向かう道中。上空を飛行する僕の目に映ったのは魔法の光によって広範囲で点滅を繰り返すグラシアの森だった。


 地脈異常によって暴走状態の魔物は、僕の目には漆黒の願力を纏う煙の塊のようにしか見えないため上空から視認することは難しかったが、今は明らかに魔物の数よりも戦闘を行っている人々の数の方が多いことが伺えた。


 ――あのまま雪が降っていたらもっと到着が遅れたのだろうな


 降雪が続けば、アベリンやベリンデのような飛行魔法を用いない戦闘スタイルの人々にとってはかなり立ち回りずらいものとなっていただろう。


 そんなことを考えながら、風を切るような速度で戦場の空を駆け抜けていった。






 拠点の村に着き、広場の一際大きな天幕へと向かう。

 ここが拠点の対策本部で間違いないだろう。

 同じような制服を着た魔願術師協会の職員が天幕の周囲を忙しなく往来していた。


 ――天幕の中に入ろうと、入り口に向けて歩みだす。


「―― おーい!君君、エディゼート君だよね?」


 聞き馴染みのある声が後ろから聞こえてきた。


 後ろを振り返る。


「――セノールさん!来ていたんですね」


 僕を後ろから呼びつけたのは、制服の上からコートを着込んだセノールだった。


 ――よかった。顔見知りが来てくれて


 面識のあるセノールの登場は少しだけ心強かった。


「雪のせいで到着が遅くなってしまってね。カイレン様たちの姿が見えないけど、無事に戦地に辿り着けたのかな?」


「はい。今丁度カイレンから対策本部に向けての言伝を頼まれまして......」


 本部の方をちらりと向く。


「なるほどね。それじゃあ俺も一緒に行くよ」


「ありがとうございます」


 そう言うと、僕らは再び歩み出した。


「それにしても、所属したばかりのエディゼート君を戦地に向かわせる許可が上から下りただなんて、君ってよっぽど優秀なんだね。――ああ、それもそっか。『見願』持ちだものね」


 入団試験をすっとばして且つ世界最強と呼ばれる魔願術師からの推薦を頂いている僕は、肩書だけで言えばそのような印象を持たれるのか。


 上からの許可というのはおそらくガネットが裏で手を引いていたのだろう。


 ――ああ、今更になってガネットに、この協会に相応しくない人物であると判断した場合は除名すると言われていたことを思い出した。あの鋭い目つきでそう言われるとゾッとする何かを感じるんだよなぁ


 そんなことを考えていると本部の天幕の中に着いた。


 中には中央に大きな机が設置され、グラシア全土の地図だろうか、机上に置かれた一枚紙を囲んで制服を着た職員たちが話を交わしていた。


 するとセノールは如何にも性格が厳しそうな強面の中年男性職員に向かっていった。

 中年の職員は、セノールが自身に声をかけようとしているのを察知したのか、体を向きなおした。


「君は......ディザトリー支部の職員だね」


「――はい。先ほど到着致しました、ディザトリー支部より派遣された補助職員のセノールっす」


 セノールは強面の職員に臆することなく自己紹介をした。


 職員の制服の左胸辺りには、それぞれの支部を表すバッジのようなものが取り付けられていた。


 カイレンやエイミィなどの正規戦闘員の制服にも同じようにバッジが付けられていたが、僕のそれにはそれらしきものが付けられていなかった。研修を終えれば貰えるのだろうか。


「俺は今回の対策本部の指揮監督を務める『イグロット』だ。所属はミリカナ帝国支部、よろしくな」


「はい、こちらこそ」


 そう言って二人は握手を交わした。


 イグロットは、ガネットやジルコと似たような年長者が故の威圧感があるように思えた。

 後ろに一つ結びされた金髪、そして制服の下からでもわかる体格のよさ。彼ももとは戦闘員だったのだろうか。


「――それで、先ほどから俺に話しかけたそうにしている、後ろにいる戦闘員は誰かね?」


 イグロットの鋭い視線が向けられる。


「初めまして。――僕はディザトリー支部の研修生のエディゼートと申します」


「ふむ......」


 僕がそう言うと、イグロットは少し訝しむような表情を見せた。


 まるで何故研修生がこの戦場に派遣されているのかと考えるように。


「イグロットさん、彼はあのカイレン様が推薦なさった、『見願』の特性を有するうちの期待の新人なんすよ!」


 セノールはそう言うと僕の背中をバシッと叩いた。


 するとセノールの話を聞いたからか、イグロットの表情は疑いから興味へとわかりやすく移行していった。


「ほう、なるほどな。まさか、生きているうちに『見願』に出会えるとはな。――先ほども言ったが、俺はイグロットだ。よろしくな、エディゼート」


「はい、こちらこそ」


 僕らは握手を交わす。


 その手は、ジルコのように剣士特有の固さがあった。


「それで、俺に話があるのだろう?おそらく、あのおてんばなカイレン様の無茶な要望を引っ提げてきたのだろうがな、はは......」


 イグロットは少しため息を吐きながら、やれやれと小さく笑った。


 ――カイレン......お前、他国の職員にもそう思われているって......


 今までカイレンが何をしてきたのかはわからない。だが、あの性格は周知されていることは今のイグロットの会話でよくわかった。


「はは、イグロットさんにはお見通しでしたか。――はい、カイレンから言伝を頼まれました。内容は、カイレンとエイミィ、そしてクレウルム一行と準上級戦闘員相当の冒険者二名並びに被推薦員の僕で願魔獣の早期討伐を決行したいとのことです」


 道中言伝の内容を忘れないように整理していたおかげで、すらすらと言うことができた。


 すると、それを聞いたイグロットはカイレンが言ったように渋い顔をした。


「うむ......ちょっと待っていてくれ」


 イグロットはそう言うと、目立つような場所へ移動し、


「皆、少しいいか!カイレン様から作戦変更の提案が入った。そのことについて話がしたい!」


と、非常によく通る声量で他の職員たちに呼びかけた。


 その呼びかけに反応するように、席を立っていた職員たちは一斉に席に座りだす。

 先ほどまで話し声の喧騒に埋め尽くされていた空間が一気に静まり返り、緊張感が溢れてきた。


「カイレン様からの提案についてなのだが、エディゼート。話してくれるか?」


「はい、わかりました。――では......」


 イグロットに促されるまま、僕はカイレンからの言伝を他の職員たちに向けて話した。




――――――




「――とのことです」


 僕が言伝を伝え終える。


 ――すると案の定、職員たちは一斉にざわつきだした。


「やっぱり、こうなりますか......」


「はは、そうだね。なんせこれほどまでの規模且つ魔願樹の出現だなんて、誰も経験したことないような事態が起きているから、皆どうすればいいかわからないのだろうね」


 僕とセノールはイグロットのそばで立ちながらそう話した。


 現着している戦力の数などといった戦況を確認しようとする者や、魔願樹の誕生に伴う願人の出現とその危険性についての話し合いを講じる者など、職員たちの会話の内容はさまざまだった。


「――皆!一度静かにしてくれ」


 イグロットの一言により、喧騒に包まれていた天幕内が再び静まり返る。


「まずはこの提案を議論するにあたって、戦況を確認したい。魔願術師だけでいい。現時点で到着している、またこれから到着する予定の戦闘員の数とその等級を教えてくれ」


 ――さすが指揮監督。指示の出し方が具体的でわかりやすい


 慣れたように現場をイグロットは仕切っていた。


 すると紙束を手にした職員の一人が、


「そのことについては私から。――現在確認されている魔願術師の数と等級について、現着しているの帝級戦闘員はカイレン様、エイミィ様、クレウルム様の三名です。その他上級が二十六名、準上級が三十一名、中級が五十六名、下級が三十五名です。加えて到着予定の戦闘員に関して、要請を行ったノレアス王国支部から帝級戦闘員としてアレザトリエ様、そして上級が十名、準上級が八名、中級が二十一名、下級が十九名到着するとのことです」


と、事細かに戦闘員の状況を報告した。


 なるほど。今の話から、戦闘員には等級が存在することがわかった。


 ――確かカイレンはアベリンとベリンデの戦力を準上級と言っていたな


 僕からしてみれば相当強い部類に属すると思っていた二人でも、上級には及ばないのか。


 すると職員から話を聞いたイグロットは、腕を組みながら何かを考える様子で机上に置かれた地図を眺めた。


「先ほど村に進行を続ける魔物の半数ほどが、カイレン様やエイミィ様たちによって殲滅されたと報告が入っている。その他に進行を続ける魔物に関して、地脈異常の発生源から東南の地域をクレウルム様一行が、南西地域を冒険者協会に任せてある。これらのことから村の安全は最低限確保できると判断するが、誰か、村の安全面に関して意見があれば言ってほしい。なければ話を願魔獣の早期討伐に移す」


 イグロットの言葉に職員たちは顔を見合わせる。だが、誰一人として意見を述べるような者は出てこなかった。


「なければ次の話に移ろう。願魔獣の討伐について、既にグラシア東部に発生した三体の願魔獣はクレウルム様一行によって討伐されている。残りの八体は北方に集結しているとの知らせを受けたが、これらの討伐に際して俺はアレザトリエ様の到着を待ってからの決行がいいと考えた」


 イグロットは地図上の駒を動かしながら自身の考えを述べた。


「記録には魔願樹の完全顕現と同時に出現する無垢の願人は『調界イノヴニス』による調教が必要と書かれていた。これらの儀式を確実に成功させるためにも、戦力を十分に確保して願魔獣を討伐するのがいいだろう」


 僕は不確実な要素が多い以上、戦力が多いに越したことはないが、余分な戦力はかえって危険や余計な犠牲を生みかねないと考えていた。そのためイグロットの提案は僕の考えに通ずるものがあると感じた。


「―― あの......一つ聞きたいことがございます」


「ん、なんだ。言ってみてくれ」


 すると一人の職員が挙手をして発言を試みた。


「はい。願魔獣の討伐に関して、二名の冒険者と被推薦員が同行すると聞きましたが、彼らは作戦を実行するにあたって統率の面で戦況を乱すようなことはないのでしょうか?」


 職員が指摘した内容、それは明確な不安要素であった。


「カイレン様が作戦メンバーに指定している以上、完全に連携をとることのできない人員でないことは伺えます。しかし、よろしいのでしょうか?」


 漠然とした不安なのだろう。冒険者に対する信頼があまりないことは、魔願術師協会と比較して誰でも所属できることによるものだと考えらえれる。


 ――今は、僕が何か言うしかないのだろうか......


 この場に提示された不安要素は、アベリンやベリンデだけでなく、僕まで含まれている。


「―― 話の途中すまない。被推薦員というのは君でいいんだな?」


 すると一人の中年の職員が僕の顔を見ながらそう言った。


「はい、僕で間違いありませんが......」


 いよいよ僕の質問攻めが始まる予感。


「それで聞きたいのだが、見た感じ君はまだ研修を済ませていないようだ。だが何故かディザトリー支部から君を戦地に向かわせる許可が下りている。―― 一体どういうことなのだ?」


「どういうこと、ですか......」


 非常に答えずらい質問だ。なんと答えるべきか......。


 ――僕がカイレンに推薦されるほどの実力を持つから?いや、それは今ここで証明できるものではない。もっと納得させられるような......


「―― やつは、―― このエディゼートという新人は、『見願』持ちだ。答えはこれでいいか?」


 ――返答に困る僕に対して、イグロットは僕の方に顔を向けながらそう言った。


「え?――今『見願』と......?」


 ――瞬間、天幕内は職員たちの反応する声によって喧騒に包まれる。


「『見願』?!そんな報告あったか?」


「カイレン様の推薦とガネット会長がそれを許諾するほどの人材がいると噂に聞いていたがまさか......」


「最後に『見願』が現れた時期を考えると......有り得るな......」


 ――このさまは、僕がディザトリーの訓練棟での失言の時とよく似ているなぁ


 非常に見覚えのある光景。

 願力が見えるという『見願』の特性が非常に稀有なものであるが故、人々は驚きを隠せないのだろう。


「それでそれで!君、エディゼートといったか?」


「――は、はい。そうです、エディゼートと申します」


 席についていた職員たちはいつの間にか立ち上がり、僕の周りを囲むように立っていた。


「本当に願力が見えるのか?!」


「はい。えーと、何なら試してみます?――願力を纏ったり、それを解除してみてください。切り替わったタイミングを言いますので......」


 ――ああ、少々厄介なことになったか......?


 疑いを晴らすためにも、今はこうするのが最善だろう。


「わかった。ではいくぞ」


「はい。――今......今......今......」


 職員が自身の願力の状態を変化させるのに合わせて、僕は合図する。


「――それでそれで、どうなんだ?しっかり言い当てていたか......?」


 周囲でその様子を見守る職員は、半信半疑でその職員に聞いた。


「――あ、ああ。タイミングを変えてやってみたが、すべて言い当てている。これは間違いなく、見えている!」


「おおっ!」


 再び天幕の中が職員たちの驚きの声で騒がしくなる。


「君!本当に『見願』を持ち合わせているのだね!」


「そりゃあカイレン様にスカウトされて、それをガネット会長がよしを出すわけだ」


「出身、君の出身はどこなのかね?!」


 肩まで掴まれて揺さぶられて質問攻めにあって、もう何もかもがめちゃくちゃだ。


「――ちょっと待つっす!エディゼート君が困っているじゃないっすか!ほら、今は作戦会議の途中なんすから」


 セノールはそう言いながら職員たちに囲まれている僕を引っ張り出してくれた。


「ああ、悪い悪い。つい柄にもなくはしゃいでしまった......はは」


 すると皆大人だからだろうか、すぐさまはしゃいでしまった自覚をして、静かに席へと戻っていった。


「ふぅ......ありがとうございます、セノールさん」


「あはは、君も大変だねぇ」


 さすが僕らの補助職員だ、非常に頼もしい。


「――皆、一度落ち着いたようだな」


 イグロットは静かにそう言った。


 今思うと、僕が『見願』の特性を持つということを聞いて騒ぎ立てなかったイグロットは、相当精神が成熟した大人であることがわかる。


「では、エディゼートに問おう。君は今日既に戦地に赴いているな?」


「はい。到着次第、冒険者協会より推薦された準上級戦闘員相当の冒険者二名と共に魔物の対処をしていました」


 おそらく、イグロットは僕の実力を確認するためにこのような質問を投げかけてくれたのだろう。


「そうか。村近辺の上空から戦地を偵察していた職員から、獣人二名と所属不明の戦闘員一名の活躍が報告されている。どうやらカイレン様やエイミィ様にも引けを取らぬほどの数の魔物を討伐していたらしい。これは君らで間違いないな?」


「はい。数はわかりかねますが、獣人二名と戦闘員は推薦された冒険者二名と僕で間違いないかと。――そのような構成で戦闘を行っていた戦闘員は見かけませんでしたので」


 ――これは驚いた。まさか上空から僕らを見ていた人がいるなんて


 何度も魔物がいないか上空を見ていたのにもかかわらず、そのような人影は一切確認できなかった。よほど遠距離から観測していたのだろうか。


 すると僕とアベリン達の戦力を裏付ける証言が舞い込んだからか、職員たちは先ほどまでとは打って変わって僕に向ける視線を疑いのものから希望を見出すようなものになった。


「うむ、わかった。では皆に聞こう、――エディゼート並びに該当の冒険者二名を魔願獣討伐に編入させる。このことについて、反対するものはいるか?」


 イグロットが職員に対して問いかける。


 しばらく様子を見たが、誰一人として反対する者は出てこなかった。


「では、三人を作戦に編入させる。――以上をもって、願魔獣の早期討伐作戦の決行を受諾する。各職員、準備が整い次第これらのことを各所に通達するよう手配してくれ。では、解散!」


 イグロットの言葉を最後に、作戦会議は幕を閉じた。

 職員たちは、程なくして足早にそれぞれの使命を遂行するように動いていった。


 ――一時はどうなるかと思ったが、すんなりとことが進んでよかった


 少しでも事の進みが悪ければ、この作戦自体受諾されなかった可能性が十分にあった。

 どこの誰だかわからないが、僕たちの活躍を見てくれていた職員には感謝しないとだな。


「――これからエディゼート君はどうする?」


 人気の少なくなった天幕の中、セノールからそう尋ねられる。


「そうですね。僕は会議で決定したことをカイレン達に伝えるために戦地に戻ろうと思います」


「そうか。なら俺と一緒だ。一応俺も観測員や通達員としての役割もあるからね」


「ああ、そうなんですね」


 ――補助職員は大変だなぁ


 そんなことを思いながら僕たちは天幕を抜けて広場に向かった。


「それじゃあ行きますか、セノールさん。――『飛翔イアルヴ』」


「――「飛翔イアルヴ」」


 飛行魔法を詠唱すると、たちまち体は宙へと浮かび出す。


 空へと飛び立つ僕らを導くように、いつの間にか雲間から月が顔を覗かせていた。


 戦場は、未だ戦闘を繰り広げる人々によって点滅を繰り返していた。

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