第20話 戦場の途中

 あれから何度魔物を薙ぎ払ったか。


 体はもう止まることを知らない。


 おそらく、歩みを止めたらそれが最後。だが、決してそれは体が動かなくなる意味ではない。


 目の前に現る敵をめいいっぱい蹂躙する爽快感。向上した願力操作能力による自在な魔法コントロールが、それを実現していた。



 頭の中はすっからかん。

 もう僕もアベリン達も声を発さなくなった。いや、声を出さずとも僕らは連携がとれていた。


 真向から駆け抜けてくる暴走した小型の地龍の群れ。

 二人が受け流すように切り刻み、僕は両手に充填させた雷撃で生き残りを殲滅。


 いつの間にか僕は低空飛行をやめて、アベリン達に合わせて魔法によって強化された身体能力を駆使し、獣のように跳ねて駆けて魔物を薙ぎ払っていた。


 ――あれ、いつから僕は近接戦闘ができたのだろう。まぁ、いっか


 興奮冷めないまま眼前の敵を倒すことだけに集中する。

 体は戦えば戦うほど近接戦闘を馴染ませていく。


 雷撃を充填させた両腕を上空に向けてかざす。

 怪鳥の群れ。空を飛ぶより魔法を放つ方が早い――今だ。


 轟音と共に弾け飛ぶ魔獣の血肉。だが中には運悪く絶命していない生き残りが混在していた。

 アベリンとベリンデはすかさず手にした双剣と大剣を全身を使って勢いよく投擲。

 狙いは寸分たがうことなく残りの魔獣に直撃し、気味の悪い叫び声と共に怪鳥は地上へと落下した。



 程なくして、遠くに見えていた東西を横断するように連なった山々に近づいてきた。

 戦闘員の数は更に少なくなっていったが、やはり拠点からの距離に比例するようにその戦闘の練度は極まっていった。

 中には魔願術師ディザイアドのような制服を着ていない者が見られたことから、アベリン達のような冒険者が来ていたことが伺えた。


 ――それにしても、奇妙な地形だ


 その山々のは、まるで何者かによって作られたように東西に渓谷のような切れ目を作りながら交互にそびえていた。


 ――すると僕らの正面、


「――お前らごときに!村を荒らされて、たまるかよッ!」


木々が少なくなり、岩がちの地形となった場所にいる金髪の軽装備の少年は、体格に見合わない柄の長い斧を豪快に振り回しながら黒狼の魔獣を両断していた。


 アベリン達のような身軽さはないものの、少年の一撃は的確に急所を打ち砕いていた。


 だが少年は全身傷を負い、また少年の戦力に対して出現した魔物の数が不釣り合いだったため、僕らは少年を援護するように目で合図を取り合う。


「――金髪の援護は僕がやる。二人は魔物に集中してくれ!」


「了解です!」


「わかった!」


 アベリン達は僕の指示に頷くと、左右に広く円弧状に展開していく。


 僕は金髪の少年の戦闘の邪魔にならない間合いを考慮しつつ急接近する。


「――加勢するぞ!」


 すかさず風の刃を空中を飛ぶ魔獣に放つ。


 暴走し、知性を欠いた魔獣はその脅威に気づくことなく両断され、ぼとぼとと地面に落ちた。


「――ありがてぇ!誰だかわからねぇけど、魔獣の注意を俺が引き付けてるうちに飛んでる奴の相手を頼む!」


「わかった!」


 すると金髪の少年は黄金色を帯びた願力を自身に薄く纏いだした。それと同時、先ほどまで僕を朧げに睨んでいた魔物が金髪の少年の方を向いた。


 ――なるほど。そういうことか


 今まで戦ってきた魔物と比べて回避行動が鈍くなっていたのは、この少年の魔法か願力特性によって注意が僕から少年に移っていたからということがわかった。その証拠に、魔物は常に少年の方を向き、僕が攻撃してやっと僕を知覚したような素振りを見せていた。


 僕たちは、山の切れ目から限りなく湧き続ける魔物を連携しながら殲滅していく。


 少年は構えた斧を全身を使って振り下ろし、自身を囲む魔物を破断。

 上空から少年を狙う影。――魔法を放つ予備動作に合わせ、雷撃。

 雷魔法によって怯んだところを間髪入れずにアベリンとベリンデが追撃する。


 少年は多人数での戦闘に慣れているのか、僕たちと初めて戦闘を共にしたのにも関わらず連携がとれていた。


「まだまだァッ!」


 少年の咆哮により、纏う願力の色がさらに濃度を増す。


「なぁお前たち!まだいけそうか?」


「ああ。構わん!」


 少年の意図を何となく察した。おそらく、このまま前線を押し上げてより多くの魔物を引き付けながら戦闘を行うのだろう。


「そうだ。――みんな!今から身体強化の魔法を付与する!」


 長期戦に備えて、僕は少年とアベリン達に身体強化の魔法をかける。


「身体強化ぁ?――うわっ、なんだこれッ?!」


 少年は僕が魔法をかけるのと同時に、自身に起きた変化に驚愕するように自分の体を見まわした。

 だが、すぐにその変化が自身の戦闘力をより引き出すことを理解したのか、少年は再度長柄の斧を構え魔物を断ち切り始めた。


 先ほどよりも身軽に立ち回る様からは、まるでここらにいる魔物相手であれば敵なしのように感じる。


 そこから先は、まるで地獄のような有様だった。


 周囲一帯に降り積もった雪は魔物の死骸とその流血で赤と黒に染め上がり、それを越えて無差別に襲い掛かる魔物たちをただ単調に切り裂いていく。それだけだった。




――――――




「――はぁッ......はぁッ......」


 金髪の少年は息を荒げて構えていた斧を地面へと突き刺した。

 少年は既に身にまとう願力を解除していた。そのせいか、先ほどまで限りなく続いていた魔物の襲撃がはたと止んだ。


「今まで、一人でここを?」


 僕の質問に、少年は顔を僕の方に向ける。


「そうだ......魔願術師ディザイアドの到着が遅くなるって村の連中からきいたからよぉ......でも、ようやく来てくれたんだ。よかった......」


 すると少年は崩れるように倒れこんだ。


「――っ?!大丈夫か?おい!」


 仰向けにさせ、顔を覗く。


 ――よかった、息はある


 少年は気を失っていた。


「......エディさん、おそらく彼は魔願変換過多で気絶しています。相当長時間の戦闘を行っていたのでしょう」


 隣でベリンデがそう言う。


 魔願変換過多による気絶、また僕の知らない魔法知識だ。

 だが、僕も自身の願力を魔力に変換しすぎると気絶することから、そのことについてすんなりと理解することができた。


「......エディ、その人どうするの?」


 アベリンが心配そうに少年の顔を覗く。


「......そうだな。今から村までこいつを運んでいくよ。大丈夫、すぐ戻る。二人とも、ここで休憩しててくれ」


「わかった。気を付けてね」


 僕はアベリンとベリンデに見守られながら、少年に飛行魔法を付与して空へと飛び立った。




――――――




 村に着くと、僕たちが着た時よりも人の往来が多いように見えた。

 魔願術師だけでなく、冒険者のような身なりの人々、それに加えて鎧を着た騎士までもいた。



 気絶した少年を隣に、下降を始める。

 地上に降りると、建物の壁にもたれかけさせるような姿勢で少年を降ろす。


「――すまない!誰かこいつを診てくれないか!」


 医療所がどこかわからなかったため、広場の人だかりのできている場所で呼びかける。

 するとこの村の人なのだろうか、何人かが僕の声掛けに反応するように近づいてきた。

 徐々に人だかりができるが、皆どうすればいいかわからず僕らの様子を見ているだけだった。


「――レイガン!なぁ、魔願術師の兄ちゃん!レイガンは!」


 ――悲痛な叫びともとれる声が、僕に向けて放たれる。


 金髪の少年と同い年くらいの村娘らしき一人がこちらに向かって駆けてきた。


「大丈夫、今は魔願変換過多で気絶しているだけだ。命に係わる怪我ではないはずだ」


 すると少年の容態に安堵したのか、少女は僕の言葉を聞くと、


「そっかぁ......よかった」


と、緊張が抜けたように少年を眺めた。


 とりあえず、ここを後にしても問題はなさそうだ。それよりも早くアベリンとベリンデがいる場所まで戻らなくては。


「......すまない、僕はこれから戦地へ向かわなくてはいけない。だから彼を任せてもいいか?」


「うん。......ありがとな、魔願術師の兄ちゃん」


「どういたしまして。それじゃあ」


 僕はそう言って、飛行魔法を展開して素早く戦場へと向かった。




――――――




 森を高所から俯瞰する。


 すると、戦場には変化が起きていた。


 数えるほどしか見えなかった魔法の光が、僕らが戦場に着いた時と比べて多く、またその光が見える範囲が広くなっていることがわかった。


「――よかった。皆雪で加勢が遅くなると思っていたけど、村の防衛はなんとかなりそうだ」


 気づけば雪は降りやんでいた。


 僕は一気に周囲の魔力を消費して加速。アベリン達が待つ山のふもとを目指していく。





「――お待たせ、二人とも」


 合流と同時、アベリン達は山の切れ目から駆け込んでくる魔物と対峙していた。


「おかえり!」


「無事、届けられたようですね」


 二人は僕に言葉を返しながら器用に魔獣の相手をした。


「ああ。それで、これからどうするか?」


「さっきエディがいないときにカイレン達が来てね。この山を越えたら一度合流しようって言ってた!」


 おそらく、カイレン達は僕がここに来るまで魔物の相手をすると考えたのだろうか、今は姿が見えなかった。

 だが、渓谷のように細く切り立った山々の切れ目には奥まで無数の魔物の死骸が散乱していて、カイレン達が通った形跡が見られた。


「そうとなれば行こうか」


 僕の合図とともに、アベリン達は駆け出した。


 不思議と魔物の数は少なく、その静けさが異様さを助長する。


 すると道中、徐々に可変制服から滲み出る願力の光が弱まっていくのを確認した。


「そろそろカイレンに注いでもらわないとだな......」


 ガネットからは固まって行動するようにと言われていたような気がしたが、いざ戦場に立つとそうもいかなくなることが多い。その場の状況に合わせて行動しなくては、とてもじゃないがうまくいかないことが多い気がする。





 程なくして、山の切れ目の終わりが見えてきた。

 やはり、この地形は何者かによって掘削されてできたのか、削られた形跡が残っていた。


 ――すると地面に何かが突き刺さるような連続音が正面から聞こえてきた。


「あっ!あの魔法は!」


「エイミィ様だ!」


 二人は興奮するように見上げる先、そこには宙を舞いながら魔法を放つエイミィの姿があった。


 翼からは先ほどよりも鮮やかな赤い願力が絶え間なく滲み出ている。


 すぐさま僕らはエイミィと合流しようと駆け出す。


「エイミィ!」


 僕が声をかけると、エイミィはくるりと振り返った。


「――エディ!それにアベリンとベリンデも。合流できたんだね」


 エイミィはそう言いながら翼をはためかせながら地上へと降下していった。


「ああ。だがそれより......」


「なにこれ......」


「......」


 僕に加えてアベリンとベリンデは、眼前に広がる目を疑うような光景に言葉を失う。


 ――遥か遠く。距離にして今いる場所から村よりも遠い距離だろうか。数えきれないほどの浮遊島が、夜空の際を遮るように浮かんでいた。


 それだけではない。さらにその奥、なにやら奇妙に光る一つの光の柱のようなものが見えた。


 ――七色に願力の光を放つ存在。


「まさか......魔願樹」


 どうやらベリンデも、僕と同じことを考えていたらしい。


 正面のはるか遠方。ディザトリーにあるそれと比べると、まだ高さが十分にないように見えるが、その異様さは離れた距離であってもしっかりと確認することができた。


「どうやら、本当に魔願樹ができるみたいだね」


 エイミィは遠方を眺めながら静かにそう言った。


「はは、研修初めからこんな珍しいものが見られるなんてな......」


 研修初めというより、むしろこの世界に来てと言った方が正しいだろう。


 この七色に揺らぐ願力の光は、この世界の人たちにはどのように見えているのだろうか。何も変化のない場所にそびえる一つの大樹。異様であるが、その美しさは見入るに十分だった。


「......そうだ。カイレンは?」


「カイレンならもうすぐ帰ってくるはずだよ。......ほら!あそこ」


 エイミィが指をさす方向に目を向ける。


 すると一筋の光がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

 徐々にその光は近づいてくる。 


「カイレン!」


 柄になく僕は叫んでしまう。


「――やぁ。ごめんね、エディたちをほったらかしにしちゃって」


 申し訳なさそうにカイレンは笑った。


「まったく......って、お前大丈夫なのか?!その血......」


 カイレンの制服は損傷はないように見えたが、所々赤く染まっていた。


「大丈夫大丈夫、ただの返り血だよ。それより、そろそろ注がないとかな」


「あ、ああ」


 安堵する僕は少しぎこちなく返事をしてしまう。


「でも、平気なのか?魔法を使っていたのに、僕に願力を注いで。さっき魔願変換過多で倒れたやつを見たんだが......」


「大丈夫だよ、エディ。私の『破願』は便利でね。本来魔法効果を上げるためにある程度の願力が必要な『顕願ヴァラディア』みたいな魔法でも、私だったら少しの願力だけでいいんだ」


「ああ、そういうわけだったんだな」


 なるほど。願力による魔法は願力で威力を低減させることができるとなると、その威力を維持するためにある程度の願力を注ぐ必要があるのか。

 だがカイレンの願力特性はその点を考慮する必要がない。つまり魔願変換による体への負担を大幅に減らせることになる。


「実を言うと、出発前にエディに注いだ願力の方が今までの戦闘で使った願力よりも多かったりするんだ」


「えっ、大丈夫なのか?」


「平気平気。エディが思うよりも、そこらへんに関してはめっぽう丈夫な方だから」


 そうなのか?とエイミィに視線を送る。するとエイミィはうん、と頷いた。


 驚いた。まだ魔願変換に関して、その能力の比較対象が少なすぎてわからないが、カイレンは僕が思っている以上に魔法の能力に秀でているらしい。


「――それでカイレン。状況はどうだった?」


 僕に手をかざし願力を注ぐカイレンに対して、エイミィが声をかける。


「うん。そのことも含めて、これからの行動について相談したいことがある」


 ――あまり楽観視できない状況。


 僕は固唾を呑んでカイレンの言葉を待った。

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