第19話 世界を語る戦場

 ――狙うは魔物の群れる中央。悟られぬよう、一瞬で


 身を焦がすような灼熱を、夜を舞う魔物の群れに向けて狙いを定める。


 手をかざす先、狙いは違わない。


 飛び回る魔物が狙う先と重なる瞬間――今。


 僕の意思で射出された蒼炎の火球は、閃光を放ちながら魔物の群れの中央へと向かい、――炸裂。


「っ――!」


 凄まじい音と熱が爆発後、間髪入れず肌に伝わってくる。


 術者である僕ですら顔を腕で覆う。

 突如として現れた爆発を前に、対処に当たっていた戦闘員たちは攻撃の手を止めてその様を傍観していた。


 ――バレないうちに、一旦離れよう


 人々の注意が火球に向いている間に、すぐさま僕は今いる場所から森の中へと離脱を試みる。


 幸い、周囲に人はいなかった。


 一呼吸おいて、魔物の様子を見る。


 直撃した魔物は残骸すら残らず、その周囲を飛行していた魔物も例外なく粉々に砕け散ったようだ。


 ――多分、バレてない......よな?


 今更ながら飛行している魔物に攻撃を加えていた戦闘員がいたことが気になってしまった。視認外からの遠距離で魔法を射出したからか、今は誰も僕のことは見ていない様子だったが、皆目の前で起きた不可解を探すように周囲を見渡していた。


 ――ああ、もうどうでもよくなってきた。このままアベリン達と合流しよう


 魔力を吸収して一直線。僕は考えることを放棄してアベリン達のもとへ向かうことにした。




 高度を下げて飛行し、アベリン達を見つける。


 二手に分かれていたアベリンとベリンデは、ある程度魔物を殲滅したからか合流して川の向こう岸に渡って戦闘をしていた。


「――二人とも、お待たせ」


 代り映えしない暴走した黒狼の魔獣に向けて、戦闘の邪魔にならないように風の刃をベリンデの横から旋回させて放つ。

 するとベリンデは僕の魔法に合わせるように、大剣に嚙みついた魔獣を蹴り上げて器用に魔法に当てた。


「エディさん!サポート感謝します」


 会敵していた分の魔物を倒しきると、アベリンとベリンデは僕の方を振り返った。


「どういたしまして」


「ねぇねぇ!さっきの爆発って、エディの魔法だよね?なにあれ?どんな魔法なの?!」


 アベリンが興奮した様子で話しかけてくる。


「はは......えーと、そうだ。あの魔法を撃ったのが僕だということは秘密にしておいてね」


「えー、なんで?すごい魔法なのに......」


 もうこのままいっそのこと全てを話してしまえば理由を言えるのだが。どうせいつか僕の正体なんてバレるだろうけど、今は誤魔化せるだけ誤魔化してみるか。


 そんな僕の悩みなど知るはずがないアベリンは、残念そうにそっぽを向いた。


「それよりも、ここは他の戦闘員に任せて僕らは北に向かおう」


「そうですね。ここで戦っていてもきりがなさそうなので」


 今の僕たちの実力では一瞬で殲滅できるほどの魔物にしか会敵してないため、より願魔獣に近い地脈異常の発生源に突き進むしかなさそうだ。


 しかし、カイレンやエイミィは本当に世界最高レベルの実力を持つことが伺える。


 戦闘員たちは全員魔願術師ディザイアドだけあって戦闘自体に慣れていそうな雰囲気があったが、それでも使える魔法の種類は見たところ少なく、最低限といった印象を受けた。あくまでも比較対象を今回同行しているメンバーにしているが。


 ――その分だけの仕事をしなくてはいけない、か


 僕自身、己に課している面倒な縛りさえなければもう少し楽に立ち回ることができるのだが。しかし正体がバレるのは今出ない方がいろいろと都合がいいことがたくさんありそうだ。特殊仕様の可変制服があるだけ我慢して立ち回ろう。


「それじゃあ行こう」


 再び僕らは森の奥へと向かっていった。




――――――




 戦闘はどこまでも続いていた。だが森の奥に行くにつれて徐々に戦闘員の数は減っていいた。しかしその分だけ個々の実力が高い者が多く見受けられた。


 高速かつ精密な魔法コントロールで的確に魔獣を仕留める長耳族の戦闘員や、制服がはちきれんばかりの体格で豪快に魔獣をたたき割るドワーフの戦闘員など。様々な種族の戦闘員がそれぞれの腕を思う存分振るっていた。


「皆さん、すごい腕前ですね」


 ベリンデがそう呟くほど、彼らの戦闘は洗練されていた。どうやら討伐に一定以上の実力を要する魔物はここで足止めをしているようだ。


 けたたましく泣き叫びながら空中を旋回して魔法を放つ怪鳥や、鋭利な牙を備えた猪型の魔獣。戦闘員たちはそれらの注意を引きつつ、確実に数を減らしていた。


「――僕たちもやろう」


「うん!」


「了解です!」


 僕らは再度武装を展開して、暗い森の中を駆けだす。


 アベリンが魔獣の突進を体を旋回させながら回避し、その隙間を双剣から放たれた斬撃で埋める。双剣のリーチの短さを器用にカバーしながら、狙いを次の魔物へと移す。

 ベリンデに狙いを定めた怪鳥は空中から急降下し飛びかかろうとするが、身をひるがえして振りかぶったベリンデの一撃によって粉砕。ベリンデは地面に突き刺さった大剣を拾うことなく再度『顕願ヴァラディア』で武装。そのまま駆け出して行った。


 ――あれは...... 


 僕らの横を進行方向と真逆に駆け抜けていく小型の地龍の魔物を発見する。


「エディ!」


「任せろ!」


 すぐさま体を後方に向けて飛翔魔法で地龍に急接近する。


 風の刃を突き刺し――しかし思うように刃が滑らない。


 ――体表が堅い......!


 すぐさま構えていた風の刃を解除して、魔力を次の魔法へと変換させる。

 体表が硬質な魔物に対して有効的な攻撃、その一つに至近距離からの雷撃。


「――『雷槍くらえ』!」


 僕は手を地龍の頭に向け一気に放電。

 雷撃の強烈な破裂音と共に地龍は倒れだし、周囲に焦げ臭い臭いが立ち込める。


「もうここからは戦い方を変えないとか.....」


 頭を切り替え、すぐさま魔力を推進力に変えてアベリン達のいる方へと戻る。


 すでに二人は僕が戻ることを見越して別の標的と戦闘を繰り広げていた。


「っ!それにしても、おかしいくらいに数が多い!」


 斬っても斬っても次々と湧いてくる魔物の数々に、ベリンデは困惑するようにそう言った。


 これが過去数百年で最大規模に匹敵する程の地脈異常。正直、自前の願力から魔力を賄おうとすると少し厳しい戦いを強いられるような気がした。


「――でもこのままやりきるしかないよな」


「そうですね......おや、あれは!」


 ベリンデが目を向ける方向。僕らの左方、ひと際明るく光を放つ何かが高速で移動していた。

 目を凝らす。体の後方に無数に装填された願力の刃。


「――カイレンだ!」


 アベリンが叫ぶ。


 願力の光の中に混じる七色の揺らぎ。あれは間違いない、カイレンだ。


 するとカイレンは前方に捕捉した魔物目がけて一直線。

 展開された願力の刃を放つと、その一撃はまるで刃物で紙を切り裂くが如く易々と魔物の体を両断していった。


 程なくしてカイレンの前方、新たに黒狼の魔獣が複数出現し、カイレンに向けて願力の斬撃を放つ。しかしカイレンは一切攻撃に臆することなく突撃。手を横に薙ぎ払い願力の刃を放つと、斬撃の弾幕は瞬く間に消滅し、魔獣たちは抵抗する間も与えられず切り刻まれた。


 その進撃は止まることなく、表情一切変えないさまは、世界最強の威厳を示すかのようだった。


「――あれが、世界最強......」


 おおよそ、カイレンには戦闘の手段が限りなくないように見えた。


 それもそのはず。例外はあるが、誰一人としてカイレンの魔法を防ぐことはできないのだ。願力抵抗による魔法の威力減衰を一切考慮する必要がない。ただ、カイレンは眼前の敵を薙ぎ払うだけだった。


「久しぶりに見ましたけど、やはり桁違いですね......」


 ベリンデはその様を見て少し苦笑いするような表情でそう言った。


 それも無理はない。あまりにも特異過ぎる願力特性を持ち合わせた攻撃の前に、立ちふさがるものは何もないのだから。


「そうだ、エイミィは......」


「見つけた!あそこ、ほら!」


 アベリンが指を指す。

 戦場を俯瞰できる高さに佇む一人の存在。翼を広げ煌びやかに光を放つ、エイミィがいた。

 十分に魔物の血を吸収したのか、通常時と比較して翼は赤く光がほとばしり、瞳は爛々としていた。


「何をする気なんだろう......?」


「まぁ、カイレンに《なる》んだろうね」


「カイレンに、なる?」


 僕の疑問にアベリンは武装を解除してエイミィを見上げながらそう言った。


 するとエイミィの周囲に赤々とした願力の光が溢れ、やがてそれは白光となってエイミィの方へと吸収された。


「この光......まさか」


 見覚えのある光。レイゼが使用した、変質の上位魔法。――『完転カイゼル』だ。


 ――光が治まり、視界には「エイミィ」が映る。


「......あれ、エイミィのままじゃないか?」


 僕はてっきりカイレン自身に変身するのかと考えていたが、エイミィはいつもの姿のままだった。だが、一つだけ決定的に違うことがある。――願力の色が違うのだ。正確に表現すると、赤い願力の光の中にカイレンのような七色の揺らぎが混在している。


「願力特性を『破願』に変化させたのです。自身の特性と書き換えて」


「なるほど......」


 とりあえず理解したようにベリンデに対して相槌を打ったが、すぐに自身の考えへと変換することができなかった。

 エイミィの願力特性は知っている。その異質さは、僕の数少ない常識をかき乱すようなものだ。


 ――だが、今ようやく理解した。


 普段のエイミィはカイレンの『破願』に抵抗できる願力に変質させているだけで、決して『破願』の特性を自身の願力に組み込んでいないということだ。

 これは『完転カイゼル』による変質の制約なのか、はたまた願力特性の制約なのか。他に理由があるにしろ、今はそこまで考える余裕はなかったため、わからないままでいた。


 全てを打ち消す願力を纏ったエイミィは、体を下に向けて急降下。

 僕の目には、まるで輝く一滴の雫が空から零れ落ちたように見えた。


 その後にとる行動は言うまでもない。エイミィによる、魔獣の鏖殺だ。


 木々の中に突入したかと思うと、瞬間、次々と切り刻まれた魔獣の血肉が何かを打ち付けたような轟音と共に木々の高さを超えて噴きあがる。

 この目でその様を見ることはなかったが、普段のエイミィからは到底想像もできない暴れざまで戦闘をしていることだけはわかった。


「はは......エイミィって、こんなパワフルな戦い方をするんだ」


「願力がいつもよりみなぎっているせいですよ。あの姿のエイミィ様は、普段のエイミィ様と同一として見ない方がいいかと......」


 エイミィの戦闘スタイルについて知っていたベリンデさえも、そのさまに苦笑いする。

 一方でアベリンは遠くでエイミィによって打ち上る魔物の残骸を見て、「すごい......」と、感嘆していた。


 なるほど。その願力特性だけでなく、吸血族の能力を最大限に活かした魔法戦闘。世界第七位の実力が十分に伺える。


「僕らも負けていられないな」


「そうだね」


「もうひと踏ん張り、いきますか!」


 ベリンデの言葉を引き金に、カイレンとエイミィが切り開いてくれた道を進みだす。


 不思議と、先ほどまでの終わりが見えない不安が二人の活躍を見て吹き飛んでいた。

 それはきっと僕だけじゃないはず。アベリンもベリンデも、今日一番気合の入った表情をしていた。

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