第16話 つかの間の休暇にて 2

 僕の開口と同時に、全員の視線が僕に集中する。


「ふぅ......」


 僕は一度呼吸を整えるように深呼吸を挟む。


「――カイレン。その......婚約者として僕は、これから何をすればいい?」


「......えっ」


 意表をつかれたようなカイレンの表情と反応。エイミィやレイゼも似たような反応をしていたため、一瞬時が止まったように感じた。


「......えーと、その、あれだ。散々カイレンが僕のことを婚約者と言っているから、気になってだな......」


「......」


 今更になって、こんな質問をしてしまった自分を後悔してきた。


 場の雰囲気が静まり返っていて、どうもやりずらい。


「......そ、そうだよね。エディは私の婚約者だもの。式を挙げたり、二人の家を決めたり......それから家族のこととか、それからそれから......」


「......カイレン?」


 カイレンは目を回していつになく取り乱すと、あたふたしながら早口でそう言った。


 何を想像しているのやら、顔を少し赤くして着地地点を見失ったようにわなわなとしていた。


「え、ええと......その......」


「どうしたんだよ、いつにもなく慌てて」


「う、うぅ......」


 何故だかカイレンは手で顔を覆って困り果てたように声を上げた。

 いつもカイレンが僕に対して言っていることと何ら変わりはないことかと思って聞いたのだが。


「はは......エディったら、カイレンをこんなんにしちゃって」


 エイミィは顔を手で覆うカイレンの赤くなった頬をつんつんと突いた。


「エイミィ......どうしてカイレンはこんな感じになっているんだ......?」


「多分、嬉しかったんじゃないのかな?エディにそう言ってもらえて」


 するとカイレンはエイミィの言葉を肯定するように首を小さく縦に振った。


「あらら、耳まで真っ赤」


「別に大したことを言ったわけじゃないのに......」


 普段の僕に対しての言動からは想像できないほど、カイレンはたじろいだような様子でいた。


「エディゼート......お前って意外と大胆だったんだね」


「レイゼ......その、どうしよう」


「さぁ。別にカイレンに悪いことをしたわけじゃないのだから、いいんじゃないのかな?ふふふ」


 にまにまと、レイゼが僕に言ってくる。


 ――ああ、柄にもなく変なことをカイレンに聞いてしまったのだな。


 確かに今思い返すと、中々攻めたような、場違いのようなことを皆の前で言ってしまった。普段のカイレンの言動から、この話題に乗り気で話してくれると思っていたのに。


 予想は見事に外れて、僕までも着地地点を見失ってしまったような感覚になった。


「......やっぱり、今の質問はなしだ。忘れてくれ」


 ああ、カイレンがいつもの調子じゃないと、僕までも調子が乱れてくる。


「その......」


「――エディは......本当に、私と一緒にいてくれるんだね」


 カイレンは口を開くと、僕の言葉を遮るように小さくそう言った。

 一緒にいる。僕がカイレンと交わした約束。カイレンは僕がいつかカイレンのもとを離れてしまうのではと心配しているのだろうか。


「そうだけどもよ......どうして、カイレンは僕のことを婚約者だと言っているんだ?」


 その理由、そしてカイレンの本心がわからないままでいた。

 僕自身、そしてカイレンも、どこかで互いのことを知っていた感覚はあった。


「だって......いつかエディがどこかに行っちゃうんじゃないのかって思ったら......」


「......」


 カイレンが口にした言動の理由、それは僕からしてみると至極あり得ないことに対しての不安から起きたものだった。


 僕がカイレンを見捨ててどこかに行くことはあり得ない。それは約束を交わしたからではなく、どんなことがあっても必ず最後にカイレンが僕の帰りを待つ顔が浮かんでくる、そんな漠然とした思いから言えることだ。


「はぁ......。何度も何度も言ったはずだ。僕はどこにも行きやしない」


 この言葉がカイレンの不安を取り除くことができないとわかっていたが、今はこう言うしかなかった。


「わかってる。でも、エディに出会ってからの私の心は少し変なんだよ」


「変?」


 変、という言葉の意味がどういうものなのか、今の僕には理解できなかった。


「私、今まで誰のことも好きになったことはないのに、エディのことを知れば知るほどどんどん心の中が暖かくなってね......」


「......」


 思わずこっちまで恥ずかしくなってしまうようなカイレンの言葉に、僕も少しだけ顔が熱くなるのを感じた。


「はぁ......若いっていいねぇ。羨ましい」


 互いにかける言葉を無くしかけた僕たちに対して、レイゼはまるで気を利かせるように呟いた。


「カイレン。私の予想だけど、お前たちには何かしらの因果があって出会っているはず。それにエディゼートがカイレンのもとを離れることはないよ。これは私が記憶を覗いたから、間違いない」


「ちょっ、レイゼ?!」


「あはは。なに、今更いらない意地を張っていても仕方がないでしょう?」


「別に意地なんて......」


 レイゼはまるで僕のことをからかうようにそう言った。


 まさか、記憶を覗かれた際にそのようなことまで知られているとは思ってもいなかった。

 僕はレイゼが赤龍との別れる際に同じような言葉を言ったことを思い出して、余計に顔が熱くなるのを感じる。


「まぁ、カイレンもエディもまだ出会ったばかりなんだし、今から心配しすぎなくても大丈夫だよ」


 エイミィは優しくカイレンに言うと、静かに微笑んだ。


「はぁ、まったく。昼前だというのに、お前たちの熱でお腹がいっぱいになりそうだ」


 レイゼ呆れたような、面白がるような調子でそう言った。

 僕も今は空腹よりも心のざわつきの方が目立ってしまっていた。


 ――ふと、カイレンと目が合う。


「あはは......でも、エディが私に聞いてくれたことのおかげで、少し安心することができた」


 カイレンはようやく落ち着いたのか、いつもの無邪気な表情に戻った。


 その顔を見て、少しばかりか僕の心も落ち着いたように感じた。


「カイレンがそう言えるのだったらよかった。――そうだ、覚えているかカイレン。僕がこの世界でやりたいこと」


「やりたいこと?確か.....自分がこの世界に来た理由を知りたいんだっけ」


「そう。そのために......ん?」


 僕たちのいる部屋に誰かが足早に向かっている音が聞こえた。


 ――ドアをノックする音が部屋に響く。


「誰か来たのか?どうぞ」


 僕がそう言うと、ドアのノブが回された。


「失礼するっす!魔願術師協会の、セノールっす!」


 ドアの奥から現れたのはセノールだった。


 急いで向かってきたのか、息を切らした様子で話していた。


「セノールさん、どうしたんですか?そんなに慌てて」


「実は、三人に至急伝えなくちゃいけないことがあって。――地脈異常が想定よりも早く発生してしまったとの連絡が入ったっす!それも、観測史上最大級の規模と同程度のものになると予想されているらしいっす!」


「......っ?」


 僕を覗いた他三人は、セノールの言葉を聞いて表情をぐっと引き締めた。

 カイレンやエイミィだけでなく、レイゼまで表情を変えるということは、一体それほどの規模なのだろうか。


「現在の被害状況は?」


 カイレンはいつになく真剣な表情でセノールに問いかけた


「今はグラシア近隣諸国の魔願術師協会の戦闘員が派遣されているため、国土に被害は出ていないっす。ただ、これから地脈異常の規模はどんどん拡大されていくと考えられるっす!」


「それは厄介だね......それで、アベリンたちにもこのことは?」


「既に伝えてあるっす。それと、こちら側で必要な物資は準備したので、昼食をとったらでいいので本部に向かってほしいっす」


「わかった。ここまで伝えに来てくれてありがとうね。ご苦労様」


「では、俺はこれにて本部に戻るっす。では!」


 セノールは短くカイレンと会話を済ませると、早々に部屋を出ていった。


 先ほどまでとは打って変わって、緊張した空気が部屋中を満たしていた。


「ねぇ、もしかしてこれって」


「多分、私もそうだと......」


 エイミィとレイゼは何かわかったことがあるように呟いた。


「何かあったのか?」


「あぁ、えーとね。観測史上最大規模ってことと、グラシアで発生したってことから、もしかしたら今回の地脈異常は新たな魔願樹ができる前兆なんじゃないのかって思ったの」


「新たな、魔願樹?」


 過去にカイレンから魔願樹についての説明は聞いたことがあり、その中で新たに魔願樹ができるというものがあった。

 地脈異常自体が、魔願樹から根のように伸びた地脈の先で生じた異常であることと何か関係しているのだろうか。


「昔、今から千年ほど前になるのだけど、今の状況と似たようなことが起きたらしくてね。世界中から集められた十二人の魔願術師ディザイアドが一丸となって地脈異常を鎮圧した後に、新たな魔願樹ができたんだ」


「十二人の魔願術師ディザイアド......エイミィ、もしかして、それが今の十二魔願帝のもととなったのか?」


「そう。鎮圧後、彼ら初代十二魔願帝は英雄として世界中から称賛されて、その功績を未来永劫伝えていくために、今のような形になったんだ」


「なるほど」


 エイミィの説明から、もともと十二魔願帝とは世界を救った十二人の魔願術師ディザイアドのことを指していて、今は世界中の優れた魔願術師ディザイアドに送られる位付きの称号となっていることがわかった。


「なぁ、もし新たな魔願樹ができたとして、そうしたら一位の座にいるカイレンって......」


 十二魔願帝は新たにできた魔願樹を国土に有して建国する資格が与えられている。このことからつまりは――。


「あはは、そうだね。もしそうだとしたら、私は国王になれちゃうね」


 カイレンは気恥ずかしそうに笑いながらそう言った。


「なぁ、もしかして国王になったり......」


「いいや、なったりなんかしないしない!嫌だよ、国のために一生を捧げなくちゃいけないだなんて」


 カイレンは手を振って否定した。


「でも、カイレンが権利を放棄した場合はどうなるんだ?」


「決まりだと次点の二位の人に権利が行くね。でも、みんな国王なんかになりたくないような性格だからなぁ......」


「そうなのか」


 やはり、急に身に余るような責任が伴うようなことになるのが嫌なのだろう。僕だって、建国して国王になれる権利が与えられているぞと言われても困る。


「それと、新たな魔願樹には同時に願人も誕生するから、その子の世話もしないといけないのがね......」


 赤子同然だが極めて危険な力を有する願人の育成。これは確かに喜んで引き受ける人はそうそう多くなさそうだ。


「まぁ、それはともかく。そろそろご飯が出来上がるだろうから食堂に向かいましょう」


「そうだな」


 こうしている間にも、戦ってくれている人がいると考えるともたもたしていられない。

 僕らは早足に部屋を出て、カイレンの後をついて食堂へと向かった。

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