第14話 赤龍の後始末

 空中を飛行する僕たちは崖の向かい側にある切り立った山の裏側までやってくると、僕は周囲の魔力を直接消費して魔法を発動させた。

 どうやら『僕』には向かいたい場所があるらしく、僕はそれに従うように飛んでいく。


「――飛龍にも匹敵するほどの加速ができるとは、さすが願魔導師だ。おそらくお前に正面からやりあって敵うやつは願人以外そういない」


「......やっぱり、願人は僕より強いんだな」


「ああ。――あれは魔願樹が生み出した、一種の生物兵器だ。エディゼート、お前が何を考えているかわからんが、願人殺しだけはやめておけ」


 そう言う『僕』の声音は、少し何かを思い出して懐かしんでいるように感じた。


「そんなこと、したくもないさ。僕はまだこの世界に来て間もないのに世界中の人を敵に回すだなんて」


「......それならいい。それとエディゼート、今できた仲間をせいぜい大切にすることだな。お前みたいな強大な力を持つ奴は、皆決まって最後は孤独に苛まれて壊れていった」


 これもまた、何かを思い出すように言っていた。


「......お前は、それを見てきたのか?」


「ああ。――それこそ、人の姿かたちをやめてまで忘れたいほどにな」


 自分の過去をあまり具体的に話そうとしない『僕』だったが、どこか僕に聞いてほしいと言っているような気がした。


「そうか......。あの、こんな雰囲気の中で言うことじゃないかもしれないが......」


「ん、なんだ?」


「――そろそろ僕の姿で話すのをやめてくれないか?」


「......何故だ?」


 僕の下方で飛行している『僕』は、上を振り返った。


「いや、なんだか自分と会話しているみたいで気持ちが悪い」


「ふむ、そうか。仕方ない......。――これでどうだ?」


 すると『僕』の声は願力越しに会話した時の、くたびれた少女のような声になった。


「今はお前があまり視界に入らないからいいけど、僕の姿のままその声で喋られるとなぁ。もとの吸血族の姿にならないのか?」


「私に、この真っ昼間に元の姿になれと?ははっ、お前吸血族が日の光が苦手なことを知らないのか?」


「えっ、そうなのか?」


「ああ」


 だから僕の姿を借りていたのか。


「ちなみに、吸血族は日を浴びるとどうなるんだ?」


「日を浴びると吸血族は......」


「吸血族は......?」


「日焼けをしてしまう」


「......は?たったそれだけ?」


「たったそれだけとはなんだ。日焼けしてしまうんだぞ!あぁ、恐ろしい。まぁ、今ではどうとでもなるけど」


 予想に反して、『僕』から告げられた内容は至極どうでもいいことだった。


「日焼けがそんなに嫌なのかよ.....」


「吸血族の女性は肌の白さも美しさの評価基準になるからな。――まぁ、その吸血族は私が滅ぼしたけどな。はっはっはっ!」


「......」


 『僕』なりの冗談だったのだろうが、同族殺しをネタにされると素直に笑えなかった。


「......面白くなかったか。まぁいい。エディゼート、こっちについてきてくれ」


 実を言うと、僕は『僕』の後をついていく形で飛行していた。どうやら行きたい場所があるようだ。


「そうだ、お前の名前ってなんだ?」


「私の名前?ぞうだな......。では、私のことは――『レイゼ』と呼んでくれ」


 名前を言うまでに間があったことから、本名ではないとわかった。


「レイゼ、な。わかった」


「ではエディゼート、もうすぐだ」


 するとレイゼは少し小高い山の近くまで来た。


「では、この中で話しをしよう。一人、いや、一匹いるがな」


「一匹......?どういうことなんだ......って、待ってくれレイゼ」


 僕はレイゼが言っている意味が分からないまま、洞窟の中に入っていく。


 自然にできた洞窟にしては入口が広く、中は外気と比べほのかに暖かかった。それだけでなく、何故だか丈の低い青色の草のようなものが一面に広がっていた。


「不思議な場所だ......。なぁ、レイゼ。一匹いるってどういう意味なんだ?」


「赤龍だった私の、もととなったやつがいる。安心しろ、もう攻撃もできないほどに衰弱している」


 レイゼの声と、僕らの地面を踏みしめる音だけが洞窟内に響き渡る。

 暗い洞窟の中だからだろうか、先ほどからレイゼがやけに落ち着いた調子で話しているような気がした。



――――――



 しばらくして地下まで下ったのだろうか、空気がまるで地上のものと違う。

 光も十分に届いていないため、僕は魔法で光を灯す。

 すると開けた空間が見えてきた。


「――いたな」


「本当だ。レイゼが化けていた赤龍と全く同じだ」


 洞窟内の開けた空間にいたのは、体を丸めうつろな目をしていた隻眼の赤龍だった。


「――ついてこい」


 するとレイゼは赤龍の元へと近づいて行った。


「......」


 赤龍は僕たちの姿を見たからだろうか、体を重そうにしながら起き上がった。


「......この赤龍、レイゼだってわかっているのか?」


「ああ。古龍は勘がいいからな」


 レイゼはそう言うと、僕の方を振り返った。


「はぁ......。エディゼート、お前の体は実に魔法が使いずらい」


「......使いずらくて悪かったな」


 いきなりそのような文句を言われても困る。


「だから仕方ない。お前に私のご尊顔を拝ませるとするか。エディゼート、私の手をとってくれ。再び『完転カイゼル』を使いたくてな」


 するとレイゼは手を差し出したので、とりあえず手を上から添えた。


「......何をするつもりなんだ?」


「――気を失うなよ」


「えっ――っ?!」



 ――瞬間、凄まじい脱力感が僕を襲った。



 まるで頭の中が空っぽにされたように、思考が急激に鈍くなる。

 レイゼが何か言っているようだが、うまく聞き取ることができない。


「あれ、これでもやりすぎてしま――。おーい、エディゼ――」


 最後に聞こえたのは、僕の名前を申し訳なさそうに呼ぶレイゼの声だった。





――――――

――――

――









「んぅ......」


 視界が何故だか暗くてあまり周囲の状況がわからない。

 ああ、そうだ。

 ここは洞窟の中だ。そして僕はレイゼにごっそり願力を持ってかれて......。


 ――というか、首元が暖かい。まるで誰かの体温で温められているような......


「――お?ようやく目を覚ました」


「......なんで、僕はレイゼに膝枕されているんだ?」


 レイゼの声が、仰向けの状態の僕の上から聞こえた。

 そのことから僕はレイゼに膝枕をされていることがわかった。

 よく見ると、エイミィのように赤と白が入り混じった色の願力を帯びた翼と尻尾のようなものがレイゼから生えていた。


「んっ、あれ」


 僕は起き上がろうとするが、レイゼの細い手で押さえられる。


「まだこの状態で安静にしてて。ごめんなさいね、まさか願力がここまで減っているとは思っていなくて、根こそぎ吸い尽くしちゃった」


「......本当に、同一人物なのか?」


「ん?そうだけれども」


 何故だかレイゼの口調が別人のように変化していた。

 少しエイミィに似たような、そんな感じだった。


「はぁ、僕は願力の回復は早くても、総量はそれほど多くないのだから。先に言っといてくれ」


 僕は願力の大半を赤龍の姿のレイゼとの戦闘で使い果たしていた。


「だからせめての詫びとして、私の膝枕で休んで」


「......そうするよ」


 やはり、先ほどまでとは打って変わり、レイゼの話し方が高圧的でなくなった。


「......」


 レイゼから花のような爽やかな甘い香りがする。

 ああ。きっと、カイレンが見たら怒るだろうな。

 今頃みんな心配しているだろうけど、少し気疲れしてるからもう少しだけ......。


 僕はもう一度目をつむる。


 ――洞窟内にふく風に揺られる草の音が、僕の耳元でざわついていた。



――――



「......」


 しばらくして、体の感覚が戻ってきたような気がしてきた。


「ところで、レイゼ。僕はどれくらい気絶していた?」


「それほど長くはないよ、体感十分ほど。私はてっきり、このまま朝になるまで膝枕をしなくてはならないのかと思っていたけどね」


 僕が思っていたよりも気絶していた時間は短かった。


「正直、このまま寝たい気分でもあるがカイレンたちが待っているからな」


「ん、私の膝枕がそれほど気に入ったの?」


「いや、なんだか懐かしい気分になっただけだ」


 そう思ってしまった理由はわからないが、こういった感覚はこの世界で目覚めてからよく起きる。

 対を成すもう一つの世界で僕は何をしていたのだろう。


「......そう」


 僕の言葉にレイゼは少し残念そうな声で答えた。


「よいしょっ、膝枕どうも」


 僕はゆっくりと体を起こした。


「もういいの?」


「さっきも言っただろ?カイレン達が待っている。それに僕と話がしたいのだろ?」


「そうだね。まぁ、話というよりか、この赤龍についてなんだけど......」


 言葉からレイゼが赤龍を指して言っているのだろうが、周囲は暗闇に包まれて何も見えなかった。


「ん、暗くて何も見えない。明かりをつけるぞ」


 僕は魔法で明かりを灯す。


「うっ、眩しい......」


 魔法で点けた明かりが洞窟内を照らすと、レイゼは腕で顔を少し覆っていた。



「......レイゼ、それがお前の本当の姿だったんだな」



「うん、そうだよ」



 レイゼは少し長い黒髪を風になびかせながらそう言った。赤い瞳、口先からわずかに見える鋭い牙のような犬歯、そして病弱にも見えるほどの白い肌と細い体。黒を基調としたワンピースのような服装は、まるでどこかの国の姫君のように思えた。

 だが、とてもレイゼが同族を滅ぼせるほどの力を持っているようには見えなかった。


「そんなにまじまじと見られるとなんだか......」


「ああ、すまん。エイミィの祖先だけあって、似ているなぁって」


 実際に翼と尻尾をはやした状態のエイミィと特徴は似ていたが、なんだろうか。特に何とは言わないが、レイゼはカイレン以上に細身であった。


「エディゼート、もしかして私に見惚れて......」


「はいはいそうですね。長いまつ毛とか柔らかそうな髪とか、雪のように白く透き通った肌とか、綺麗ですね」


「......なんだ、つまんないの」


 レイゼは僕が恥ずかしがることを期待してたのか、残念そうに呟いた。


「はぁ。それで、この赤龍がどうかしたのか?」


 僕が話を切り出すと、レイゼは表情を引き締めた。


「ああ。――この赤龍を......」


 レイゼは赤龍の前へと近づく。





「......この赤龍を、苦しませずに殺してほしい」





と、レイゼは赤龍を撫でながら落ち着いた声でそう言った。



 ――僕がレイゼに命じられたのは、この赤龍の始末だった。



「なぁ。その役割は、お前じゃだめなのか?」


「エディゼート、お前は長年ともに連れ添った友を自らの手で殺せるの?同族を滅ぼした私だけど、これについては別だよ」


「そうなのか......」


 とりあえず、レイゼは赤龍を殺す自分以外の手段を探していたことがわかった。

 確かに、長い時間を共にした相手を自らの手で殺すことは、非常に後味の悪いことだ。


「......」


 赤龍の低い唸り声がする。すると赤龍はこちらを見つめてきた。


「もしかして、レイゼがあの場所で馬車を襲っていたのって......」


「そう、この赤龍を苦しませずに殺せるやつを探していたんだ。かなり回りくどくて、危険な方法だったけど」


 なるほど、と理解することはできない方法だった。レイゼであればもっと良い方法が思いついたはずだろうに。


「本当だ。どうしてこんな方法をとったんだ?レイゼ自身だって、危うく僕に殺されかけた」


「赤龍になっている間は、思考力までも赤龍並みになるからね。だからこんな馬鹿げた真似をしていたのだろう」


 まるで変身の魔法の代償と言わんばかりだ。


「はぁ、そんな理由だったのか」


 レイゼがとっていた行動の理由は、僕が思っていたよりも斜め上な理由だった。変身はそれほどまでにリスキーな魔法だったらしい。

 するとレイゼは再び赤龍の頭を撫でた。


「こいつはもう体の内側が弱り切っていてね。このまま生き続けるのも苦しいから、殺してほしいのだって」


 赤龍はまるでレイゼの言葉を解しているように頷くと、頭をレイゼに優しく擦り付けた。


「......そうだったのか。わかった、絶対に苦しませないように殺すと誓おう」


「そうしてくれると、私もありがたいな。じゃあお願い――ん?どうしたの?」


 すると赤龍は突然大きな体をゆっくりと揺らしながら僕の方に近づいてきた。

 僕のそばまで来た赤龍は頭を僕に近づけた。


「レイゼ、これって......」


「多分、エディゼートと話がしたいのかな。今のお前だったら、願力で直接話せるはずだよ。やってみて」


「わかった」


 赤龍は僕の前で頭を地面の高さまで下げた。僕は赤龍の頭に手をかざし、願力を流そうと試みる。

 すると、赤龍だったレイゼの時とは異なり、願力操作の感覚がわかるようになっていた。

 手を伝って赤龍と願力の授受を始める。




「――『お前か、私を楽にしてくれる人間は』」




 聞こえた、赤龍の声が。


「――『ああ、そうだ。けれども、本当に僕が殺していいのか?』」


「――『ああ。俺は十分生きた。十分すぎるほどに。この吸血族の変わり者と、いろんなものを見てきた。悔いはない、ただ――』」


 すると赤龍はこちらを見つめた。


「――『死ぬのは少し怖いなぁ。はは』」


 赤龍はまるで死の恐怖を紛らわせるように少し笑った。


「――『そうか。なぁ、最後にレイゼと話をしなくていいのか?』」


「――『レイゼ?ああ、あの吸血族のことか。お前には、その名を伝えたのだな』」


 やはり、レイゼは本名ではないらしい。


「――『あいつは寂しがりだからなぁ。あえて俺と話をするのをためらっているのだろう』」


 僕と赤龍はレイゼの方を見る。


「......何?多分、そいつが私のことを何か言っているのだろうけど。変わり者だとか、さみしがりだとか」


「はは......」


 さすが長年を共にした仲だ。レイゼは赤龍が話していたことを見事に的中させた。


「――『なぁ、人間よ。もう一つお前にお願いがある』」


「――『なんだ?僕にできることであれば言ってみてくれ』」


 赤龍は目を閉じる。




「――『――俺に代わって、あいつのそばにいてやってほしい』」




 赤龍から頼まれたのは、レイゼについてのことだった。


「――『......僕でいいのか?』」


「――『ああ。あいつがお前を選んだのだ』」


「――『選んだって......それはお前を殺すための手段として僕を選んだだけじゃないのか?』」


 そう、実際僕とレイゼは出会ったばかりの浅い関係だ。レイゼ自身、僕の素性に興味があるだけで、僕のそばにいて気が休まるわけでもないだろう。


 すると赤龍は強いまなざしで僕を見た。


「――『そんなことはどうでもいい。いいか。あいつは今こそ強がっているが、俺が死んだあとはひどく落ち込むはずだ。あいつにとって、何かを失うことはこの上ない苦痛だからな。だから、人間よ。どうか、どうかあいつのそばにいてくれ』」


 その言葉は僕の問いかけの答えにはまるでなっていなかった。だが、何よりも力強く僕の心に響いた。


「――『......その、そばにいるって言っても、具体的に僕はどうすればいいんだ?』」


 赤龍は目を閉じた。


「――『共に空を駆け、共に食べ、共に寝る。俺がそうしたようにな』」


 返答の内容は、実に飛龍らしいものだった。


「――『人間よ、俺は人間がどのように群れを成して生きているかはよくわからん。だが、俺たちに通ずるものは必ずあるはずだ。手探りでいい、だからあいつを一人にしないでくれるか?』」


 再び強い眼差しで見つめられる。

 少し頭を巡らせる。

 果たして、この世界に来たばかりの僕にその役目が務まるかというと怪しいところではある。

 だが、レイゼに僕の素性が知られている以上、一人にさせておくのも少し不安だ。



 ――そうなると結論は一つ。



「――『......わかった。それがレイゼとお前のためになるなら』」


 僕はレイゼのそばにいる選択肢をとった。


「――『はは......そう言ってもらえて、よかった』」


 赤龍は満足そうに目を細めた。その様は、まるでたった今から殺されても悔いがなさそうであった。


「......」


 僕は僕自身が言った言葉に少しだけ罪悪感を覚えてしまった。こんな状況に巻き込まれてしまった立場なのに、勝手に責任を押し付けられたような状況であるのに。

 僕のよくないところだ。あれもこれも、手の届く場所なら助けようとしてしまう思考は、かえってよくない結果を引き起こすことはわかっているのに。

 でも今回は別だ、僕の身を守るために必要な選択だった。――こう言い聞かせて、今は自分自身を納得させるしかない。


「――『ふぅ......それじゃあ、痛みを感じさせないように、一思いにいくから』」


「――『あぁ、頼んだぞ』」


 赤龍の言葉を聞き届け、僕は赤龍から手を離し距離をとる。


「......話は終わったの?」


 少し離れた場所にいたレイゼから話しかけられた。


「ああ。だからこれから魔法の準備をする」


「......わかった。じゃあ、よろしくね」


 レイゼは何故だか少し強がっているように、素っ気なくそう言った。


「......はぁ」


 一呼吸おいて、赤龍に向けて手をかざす。

 赤龍は静かに目を閉じた。


 周囲に満ちる魔力を指先へと願力の操作によって集中させ、魔法のイメージを形にしていく。

 やがて青白い光が集まると、それらは一対の弓と矢の形を成した。


「......よし」


 像を成した弓の弦をめいいっぱい引き絞り、いつでも光の矢を赤龍の脳天に向けて射ることができる状態にする。



 ――だが僕はあえて、矢を射ずにそのままの状態で静止させた。



 視界の隅にいるレイゼを見る。

 表情は穏やかではあったが、手は固く握られ少し震えていた。


「......」


 僕は一度手を下げ、レイゼの方を向く。


「はぁ......。なぁレイゼ!強がったって、死んだらもう二度と話せないんだぞ!――だから......だから最後くらいこいつと話しをしてこい。お前ならそうするべきだとわかっているだろ」


「......」


 レイゼは僕の問いかけに顔を背ける反応を示したが、返事はなかった。

 洞窟内の静けさが、やけに際立って感じられた。


「部外者の僕が偉そうに言っているのはおかしいことかもしれない。でもこんな別れ方は、互いに望んでないだろ......なぁ」


「......」


 やはりレイゼから返事は聞こえなかった。

 僕にこんなことを押し付けておいて、悔いの残るような最後を見せられたらたまったものじゃない。

 誰かが悲しみを抱える原因に、僕は断じてなりたくはない。


「......わかった、それがお前の答えなんだな。それじゃあ、もうやるからな」


 未だ頑なに素直になろうとしないレイゼに対して、少し酷ではあるが、再び魔法を展開して射止めようとする。

 先ほどまでの魔法の発現の工程を一瞬で終わらせ、弓を引き絞る。


「はぁ。――『さよな......』」


「――待って!ねぇ......お願いだから!......うぅっ」


 弓を引き絞った手を放そうとした瞬間、レイゼは本心をさらけ出すように叫んで泣き出した。


「......やっぱり、本当は最後に話したかったんだろ」


「そうよ、そうだよ。それくらい......わかってるってばぁ!」


 僕の言葉を聞いて感情の抑制に限界が来たのか、レイゼは目元を僕に隠しながら赤龍の元まで駆けていった。

 今まで相当堪えていた反動からか、一気に子供のような様子になった。


「はぁ......でも、よかった」


 僕は展開していた魔法を消失させた。


 最悪の形でレイゼが赤龍と別れる事態を免れることができ、僕は胸をなでおろしていた。

 少し手荒ではあったが、レイゼが本心をさらけ出してくれた。

 レイゼは赤龍を心配させないように強がった態度をとっていたのだろうが、死んでしまってからではもう遅い。話したい事、伝えたい事、相手がいなくなってしまえばすべて無意味になる。

 何故だか僕にはレイゼの心境が痛いほど理解できた。だから余計なことだったかもしれないが、後悔のないように話すべきだと説得した。


 レイゼが寝そべる赤龍のそばで崩れるように座り込むと、赤龍は翼を器用に使ってそっとレイゼを包んだ。


「――っ!私、あなたがいなくなったら!」


「......」


 我を忘れて泣き叫ぶレイゼに対して、赤龍はやれやれと言わんばかりに喉を鳴らした。


 ――すると赤龍の周囲に変化が起きた。


「――ん?これは......願力か?」


 赤龍の周囲から願力の淡い光がにじみだしてきた。暖かで優しい光だった。

 おそらく、願力を用いて会話をしているのだろう。

 するとレイゼは目を閉じながら何度も何度も頷いて涙を流し――次第にその表情は穏やかなものとなった。


 僕は地面に座り込み、赤龍の願力の光に包まれた洞窟を見上げた。吹き抜ける温かい風は、僕にも安らぎと落ち着きを与えてくれた。





――――――

――





「――二人は、きちんと話せたのかな」


 しばらくして、レイゼは泣き止んだ。レイゼが赤龍の翼に手をかけると、赤龍はレイゼを包んでいた翼を元の場所に戻した。


 泣きはらした顔をしたレイゼが僕の元へと歩いてくる。


「――ありがとう、エディゼート」


 レイゼはまだ少しだけ震えた声でそう言った。


「最後に、ちゃんと話せたんだな」


「うん。おかげで、悔いなくこいつの最後を見届けられるよ」


「それならよかった」


 レイゼの言葉を聞いて僕は立ち上がり、赤龍の方を向く。


「あとは、――よろしくね」


「ああ」


 寂しそうにレイゼは言ったが、表情はとても穏やかだった。


 ――僕は再び赤龍に向けて手をかざす。

 

 出現した弓に手をかけ、穏やかな表情で目をつむる赤龍の額に向けて、弓を引き絞る。


「じゃあね、優しい赤龍」


 レイゼはぽつりと一言口にした。

 その言葉を引き金に、僕は手を離した。






「それじゃあ――『聖弓さようなら』」


 




 眩い光の矢は、洞窟を明るく照らすと、風となって消えていった。






――――――






 ――あの後、しばらくレイゼは赤龍の亡骸の前から動かなかった。


 だが表情は変わらず穏やかで、まるで赤龍との思い出を思い出しているようだった。


 僕はレイゼがその場を離れるまで待つことにした。


 ――外はもう夕方になるだろうか。早くカイレン達と合流しないと心配されるだろうな。


「――ねぇ、エディゼート」


 いつの間にか赤龍の亡骸から離れていたレイゼがこちらに話しかけてきた。


「ん、どうした?」


「......その、ありがとう。私のわがままに付き合ってくれて」


 レイゼの声はもう震えてはいなかった。


「まぁ、何はともあれよかった。レイゼに心残りができなくて」


 この言葉は紛れもない本心だった。


「それと、後であの子たちにも謝らないとだね。迷惑かけたって......」


 今のレイゼは、カイレン達の前にいた時とは性格がまるで違った。変身の影響によるものなのだが、そうだとわかっていても不思議に思える。


「人間と会話するときは、やっぱり自分の体じゃないとうまくいかないね。他人の体だと、その人の性格に引っ張られちゃう」


「......え?ちょっと待て、僕の性格であんな態度をとっていたって......」


 レイゼはまるで僕の性格が傲慢であるかのように言った。


「ふふ。もしかしたらエディゼートって、本当はそういう性格だったんじゃないのかな。そう考えると、不思議だね。まるで別の人格がもう一人いるみたい」


「はは、怖いこと言うなよ......」


 僕の中に別の人格が潜んでいるだなんて、非常に困るからやめてほしい。


「まぁ、小言はさておき。戻りましょう、きっと帰りを待っているはずだから」


「そうだな」


 僕らは洞窟の出口を目指して歩いていく。


「......さようなら。私の大切な理解者」


 レイゼは赤龍の亡骸を振り返り、そう言った。






――――――







 外に出ると、まだ日は昇っていた。だが、もたもたしているとすぐに日が暮れてしまいそうな様子だった。


「うわっ、早くみんなのところに行かないとまずい......」


「――そうだよエディ。早く行かないと」


「あぁ、そうだなカイレ......って、カイレン?!それにエイミィまで」


 洞窟の出口、そこにはむくれ顔のカイレンとほっとした様子のエイミィが待っていた。


「あはは。実はエディが飛んで行ったあとカイレンがこっそりついていこうって言ってね......」


 エイミィは少し申し訳なさそうに言った。


「もう、エディったら飛ぶの速すぎ!追いかけるの大変だったんだから。それであんた......本当に吸血族の生き残りだったんだね」


「本当だ、私とそっくり」


 カイレンとエイミィはレイゼを見るとそう言った。


「二人とも、先ほどはすまなかったね。私のわがままに巻き込んでしまって」


「えっ、待って。あんたこんな性格だったっけ?もっと高圧的だったような......」


「まぁ、その理由も含めて、僕たちが何をしていたかについて話すよ――」


 僕は今日の出来事を洗いざらいすべてカイレン達に話した。





――――――





「――なるほどねぇ。さすが、私のエディだ」


 カイレンは一通り話を聞き終えると、当たり前のように僕を自身の所有物のように言って誇らしくしていた。


「はぁ、私はエディゼートに大きな借りをひとつ作ってしまった。あの場面でお前が私に話をしてこいと言わなければ、今頃私は酷く後悔をしていただろうなぁ」


 レイゼは自身の尻尾のようなものを撫でながらそう言った。


「そうなのね......でもよかった。それでレイゼ、あなたに昔何があったのか、後で聞かせてくれるかしら?」


「うん......そうだね。後で」


 レイゼはエイミィの問いかけに答えると、伸びをするようにぱたぱたと翼を動かした。

 

「......」


 僕は隣同士に立つエイミィとレイゼを見る。

 今のエイミィは翼と尻尾を収めた状態だったが、どこか二人は似ていた。同じ種族の血が混ざっているのだから当然だ。だが、背丈の差からレイゼよりもエイミィの方が年上に見えた。


「......エディゼート。その、人を無言で見つめる癖は直した方がいいよ。なんだか気味が悪い」


「えっ、ああいやすまん。その、レイゼとエイミィは容姿が似ているけど、エイミィの方が背が高くて......なんだか姉と妹みたいだなって」


 ああ、レイゼに気味悪がられたことに対して動揺してしまって変なことをつい口走ってしまった。


「......その言い方だと、まるで私が妹みたいじゃない」


「えーと......」


 初めてレイゼのむくれ顔を見た。こう思ってしまうのは少しどうかと思うが、本当に妹という立ち位置が似合っていると感じた。


「っふ、あははははは!エディったら、たじたじになっちゃって」


「......なんだよ、カイレン」


 そんなに僕の様子がおかしかったのか、カイレンは笑いをこらえられずに口を開いた。

 カイレンだけでなく、エイミィも小さく笑っていた。


「えーと......レイゼ......ちゃん?」


 エイミィはまるで妹に優しく声をかけるようにレイゼにそう言った。


「なっ?!私は......私は、お前の祖先なんだよ!私よりも背が高いだけで、偉そうに!」


 エイミィの言葉が相当効いたのか、レイゼは少し声を大きくして言い放った。


「あはは......ごめんなさい。ただ、少しあなたにお返しをしたかっただけなの」


「......」


 エイミィは笑顔だったが、レイゼだけでなく僕までもエイミィの心の底にある何かを感じて狼狽えてしまった。

 僕は今理解した。絶対にエイミィを怒らせてはいけないと。


「――ま、まぁ。とりあえずアベリンたちが待つ場所まで戻りましょう」


「......ああ、そうだな。戻るか」


 カイレンの一声によって、他愛のない会話に一区切りがついた。






――――――






 話しを終え、僕たちはアベリンとベリンデたちが待つ場所まで移動することにした。

 クエストは、討伐対象の素材の提示をして報酬がもらえる仕組みになっているらしいが、レイゼが大切にしていた赤龍の亡骸に手を加えるわけにもいかなかったので、あきらめることにした。

 その代わり、討伐した赤龍たちの素材を冒険者協会で売り払うことにした。飛龍の中でも赤龍の素材は耐火性に優れているらしく、職人たちの間で重宝されていて高く売れるとのことだ。



「――ってことがあったんだ」


「えーっ?!」


「そんなことがあったんですね!」


 僕はアベリンたちと合流すると、今日の出来事を伝えられる箇所だけ話した。


「まぁ、報酬は諦めるけど、こいつらの素材を売ればそこそこのお金が手に入るよ!ほら、もう必要な素材は全部集めてあるんだ!」


 アベリンが指す馬車の荷台には赤龍の素材が山積みにされていた。

 どうやら僕らが離れている間に素材の解体を済ませてくれていたらしい。


「それにしても、エイミィ様にそっくりですね。レイゼ様は」


「ああ、そうだね」


 するとレイゼはベリンデが自分のことを話していることが聞こえたのか、振り向いた。


「そうだよ。だって、私の血が混ざっているのだもの。二人は......えーと、どっちがどっちだっけ?」


 レイゼは僕の記憶を覗いていたためアベリンたちの存在や名前を知ってはいたが、二人は見た目がそっくりだからか判別がついていない様子だった。


「あたしはベリンデです。そして白いバンダナを着けているのが......」


「アベリンだよ!」


 アベリンは自分の名前を言うと、ベリンデに体を擦り合わせるように近づいた。


「黒がベリンデで、白がアベリンね」


「そう!絶対に、ぜーったいに間違えないようにね!わかった?」


「ああ、もちろん。――『ベリンデ』」


「うわぁー!ちがーうっ!」


「あははは!ごめんごめんって」


 レイゼはすっかりアベリンたちと打ち解けたのか、楽しそうに会話をしていた。


 ふと、空を見上げる。

 地平線の辺りはすっかり夕焼け色に染まり、じきに暗くなりそうな様子だった。


「それにしてもエディ、クエストの報酬なんてどうでもよくなるくらいのことをしちゃったね」


「本当だよ、カイレンの言うとおりだ」


「まさか私の先祖に出会うことができるだなんてね......」


 エイミィはそう言うとアベリンたちと話しているレイゼを見た。


「まぁ、今日は暗くなるまで進めるだけ進もうか。行こう!みんな」


「「はーい!」」


 僕たちはカイレンの掛け声に従い、一斉に馬車へと乗り込む。追加で一人と赤龍の素材を積んで狭くなった馬車に乗って、僕らはディザトリーへと向かうであった。

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