第12話 冒険者なりのおもてなし
訓練棟は本部がある建物の隣にあるドーム状の施設だった。
――連絡通路を渡る途中、僕はふと疑問に思ったことを口にする。
「なぁ、なんで懇親会を訓練棟で開くんだろう。不思議に思わないか?」
懇親会なら酒場でやるのが普通だろうと考えていたが、何か別の意図があるのだろうか。
すると僕の疑問に対してカイレンは無言で僕の肩を突くと、まるで子供に怖い話をするような声の調子で、
「それはエディゼート君、ぽっと出の君を戦いで打ち負かして、「はっ、魔願術師協会の新入りは全然大したことないなぁ!」って言うためさ......ヒッヒッヒ」
「......」
――何だろう、これが冒険者なりの歓迎なのだろうか。
単にカイレンが冗談で言っただけのように見えるが、訓練棟というあたりでなんとなく模擬戦闘をする流れになりそうな雰囲気を薄々と感じていた。
「まぁ、数日前まで所属していなかったやつが研修として同行するのだから、怪しまれて当然か」
「冒険者側がエディの事情を知っているとは限らないけどね。スカウトしたての人材を同行させていることがバレたら、いろいろ面倒ごとになりそうだし」
そう思うと、ガネットは一体どんな手段で魔願術師協会に所属したての僕に任務を与えられるようにしたのだろうか。本来であれば試験を突破しなければ協会に所属できないはずだが、僕の場合何故かそれを免除されている。
――それ以前に、願魔導師の僕はここに所属していいのだろうか......。
「まぁ、こんな感じで特例で魔願術師協会にスカウトされると即戦力としてすぐに研修をやらされることはよくあることなんだ。カイレンもそれに該当してたね」
エイミィがそう言うと、カイレンは「へへん!」と言わんばかりに得意げそうな顔をしたが、すぐに何かを思い出して嫌そうな表情をとった。
「私も昔スカウトされて、面白そうだって思ってこの協会に所属してみたけど、いきなり規則を覚えろだとか、研修をやれだとか、いろいろ大変だったんだよ?」
スカウト経由で所属することができるとは。そうでなければこんなにも早く所属が決まることはなかっただろう。
「そっか。でもカイレンができたのだったら問題ないな」
「む、その言い方、まるで私のことをバカにしてるみたい」
「気のせいなんじゃないか?言っておくが、本心でお前をバカにしたことはないからな。多分」
「そう?ふーん」
実際、結果論になってしまうがカイレンは何かしらの打算があって行動をしていることがかなり多かった。その過程でとる行動はかなり奇想天外なことが多く含まれていたが。
「ま、せっかく怪しまれずに魔法が使えるアイテムが手に入ったんだし、どうせだったら思い切り暴れて冒険者協会を安心させようよ!」
「安心?あぁ、僕が火力面では心配いらないということを知らしめるって意味か」
「そう!」
確かにカイレンの言う通りだ。冒険者側をこれでもかというくらいに安心させてやらないと、逆に向こうも不安になってしまうだろう。
「その、私はまだエディがどんな風に戦うのかを見たことがないから、少し気になるかも」
「そっか、エイミィはまだ見たことがなかったね。――すごいんだよ、エディは。相手を恐怖のどん底まで叩き落してから蹂躙するんだよ。私も初めてエディと戦ったときはもう......!」
カイレンはそう言うとわざと怯えた様子でエイミィの後ろに隠れた。
「......えっと、エイミィ?そんな畜生を見るような目で僕を見ないでくれないか?カイレンが言ってることが冗談ってことくらいエイミィならわかるはずだよな?......な?」
念を押してもエイミィの表情はあまり変わらなかった。
「あっ、うん!別に、エディをそんな目で見ているわけじゃないんだよ!ただ、その、想像したら少し怖いかもなって......」
「......」
今思い返せば、結界魔法の『絶界』は僕からしてみればただの結界が存在しているだけにしか見えないが、カイレンたちにとっては暗闇の中に閉じ込められたような感覚になるのだろう。おまけに魔法が使えなくなるから尚更のことか。
――そんなこんなで歩いていると目的地の訓練棟にたどり着いた。
「エディ、あまり緊張しなくても大丈夫。なんだって世界最強が隣にいるんだから」
「そうだよ。いざとなったら私やカイレン、それにガネット会長もいるから」
「――あぁ、そうだ。だから心配する必要はない」
「?!」
――びっくりした。
声のする方を振り向くと、そこには先程までいなかったはずのガネットが僕たちの後ろに立っていた。
「......驚かせてすまない、君たちの姿が見えたのでな」
「会長。私はもう慣れましたけど、結構怖いんですよ?いきなり現れるのは」
「次からは気を付ける」
「その言葉、会長室前でも言いましたよね?」
ガネットなりのサプライズなのだろうか。でも、おかげで少しだけ緊張がほぐれた気がする。
「では行くか、エディゼート」
「はい」
期待半分、緊張半分。一体、どのようなメンバーと共に任務をするのだろう。そう考えると少しだけ楽しみになってきた。
そう考えながら訓練棟の扉を開ける。
「――なんだこれ?」
眼前に横たわっていたのは、期待も不安もすっかり吹っ飛ぶほどのサイズのモンスターの亡骸だった。褐色の毛並みに潰れた鼻、そして人の体躯にも迫るほどの大きな牙。突進をまともにくらえば余裕で命を落としてしまいそうなフォルムだった。
これは冒険者が運んできたものだろうか。しかし周囲を見渡すが、建物内に冒険者らしき人は見当たらなかった。
「牙獣、それも群れのボス級だな。このサイズは久しぶりに見た」
牙獣、獣と呼ぶには少々規格外なサイズな気がする。
「――ガネット会長、お疲れ様っす」
ガネットがそう呟くのと同時、軍服を着た魔願術師協会の職員らしき若い男性がガネットのそばまで駆け寄っていき、耳打ちをしていた。
――あの軍服、魔願術師協会のだよな?
僕たちはしばらくその様子を見る。
「なぁ、今ガネット会長と話をしている人って誰なんだ?」
「うーん、私もわからないな」
カイレンも知らない様子であった。
「そっか、カイレンは知らないんだね。彼は去年の丁度今頃の時期に南方からここに異動してきた人だよ」
どうやらエイミィは彼のことを知っているようだ。
「そっか。職員の入れ替わりが激しいものね、ここは。廊下ですれ違った職員も、何人かかわからなかったし」
「それじゃあ後で挨拶しないとだな」
僕らは再びガネットが話し終わるのを待つ。
「――なるほど。そのために会場をここにしたのだな」
「はい。気持ちもわかりますが、これも冒険者なりのおもてなしということで。それと、そこにいるのは......カイレン様と、例のスカウトしたっていう人っすか?」
職員らしき男性は話を終えるとこちらの方を振り返ってきた。
「ああ、そうだ。本当であれば早いうちに協会職員と顔合わせするべきだったがな」
「そうですよ。俺、びっくりしました。カイレン様がスカウトして、ガネット会長もそれを即決するのですから。まぁ、それは置いといて」
男はコホンと咳ばらいをした。
「まずは君だね。初めまして、そしてようこそ魔願術師協会へ。俺の名前は『セノール』。主な担当は書類管理だけど、戦闘員の皆のサポートをするのも俺の役目。だから困ったことがあったら遠慮なく聞きに来てねっ!」
セノールは挨拶を済ませると、特大の笑顔で僕を見た。
茶髪で中肉中背。そして声の調子から気前がよさそうな雰囲気をセノールから感じた。
せっかく挨拶をしてもらったのだ。こちらも相応の態度で返さねば。
「これはどうも。僕は『エディゼート』と申します。魔願術師協会に所属して間もないため至らない点が数多くあると思いますが、指導していただけると幸いです」
「エディゼート君ね。これからよろしくっ」
「はい、こちらこそ」
僕はセノールから手を差し伸べられたので、それに応じて握手をする。
――この世界では初対面で握手をすることが一般的なのだろうか。
「エディゼート。彼は君に規則等を教えてくれる講師でもある。明日からは任務に行くまでの間、彼からいろいろ学ぶといい」
「そうなのですね。改めてよろしくお願いします」
「うむ!」
――この人が僕に規則を教えてくれる人だったのか。優しそうな人でよかった。
「さて、お次はカイレン様っすね」
するとセノールはまるで王に謁見したかのように片膝をつこうとした。
「あ、待って待って。私に対して堅苦しいような態度はとらなくていいから。その、そういう態度をとられるのに慣れてないんだ」
カイレンはそう言ってセノールを制した。
「そうなのですね、わかりました。――では、これから全力でカイレン様のサポートをさせて頂きますので、よろしくお願いするっす」
「うん!よろしくね」
セノールという男は、人当たりがいいのだろう。だがそれでも彼がカイレンに対して最低限の礼儀をわきまえているように見えた。
「――なぁ、エイミィ。カイレンというか十二魔願帝ってそんなに偉いのか?」
僕は小声でエイミィに尋ねる。
「うん、そうだね。なんだかんだ言って、十二魔願帝は建国する資格を有しているから、身分的にはかなり高い方だよ」
「え、建国の資格?」
「そう。新たに魔願樹が出現するのと同時に願人も出現する。私たち十二魔願帝はその生まれたての願人を育てる資格がある、っていった方が正しいかな?」
「なるほどな」
ここでまた新たな新情報が舞い込んだ。結構大事なことだと思ったが、カイレンは僕にそのようなことを言ってくれなかった。
「願人と言えど、生まれたばかりの頃の知性は赤子同然。だけれども強大すぎる力は最初から持っている。だからきちんと教育しないとまずいことになっちゃうんだ」
「それでこの世界でも屈指の強さを有する十二魔願帝にその権利が与えられているんだな」
「そう、その通り」
そうなるとすべての国の初代国王は皆十二魔願帝ということになるのか。かなり責任を伴う称号のはずなのに、第一位の座に着くカイレンは半年も一人旅をして大丈夫だったのだろうか。――いや、気にしたところでカイレンのことだ。考えるだけ無駄に違いない。
「そうだ、いつになったら冒険者側の人たちは来るんだ?」
正直、いつまでも巨獣の死骸が放置されているのは少し気になる。だが、血抜きなどの処理が済んでいるのだろうか、嫌な臭いが一切しない。それに加えて腹が空いているからだろうか、これを丸々焼いたりしたら美味しそうだと思ってしまった。
――ん?気のせいだろうか、今一瞬死骸が動いたような......?
「――はぁ、ガネット会長。もしかして冒険者のリーダー格の人って獣人族、それも白狼種だったりしませんか?」
「私はあえて黙っていたが、わかってしまったようだな。カイレンの言う通り、そうだ」
ガネットの言葉を聞くとエイミィは少し嬉しそうに「ふふっ」と笑った。
「やっぱり、私もここに来てからずっとそうなのではないかと思っていました。ということは、今回任務を共にする冒険者っていうのは『白牙』の人たちなのですね」
話の内容が一切理解できない。獣人族に白狼種、どういうことだ。
「えーと、それってどういうこと...... ――っ?!」
――空気が爆ぜたような衝撃波と共に獣の咆哮が耳を劈く。
音のする方に目を向ける。すると先ほどまで横たわっていたはずの牙獣は、まるで生き返ったように体を揺すりながら僕らを睨んでいた。その様子は今にも僕たち目がけて突っ込んできそうだった。
「おいおい、何が起きてるんだ?!なぁっ、カイレン!って、カイレン?」
カイレンは慌てふためく僕とは対照的に、とても落ち着いた様子で佇んでいた。カイレンだけではない、エイミィやガネットたちもいつもと変わらない様子だった。
「ふふっ。そんなに慌てなくても大丈夫だよ、エディ」
「どういうことだかさっぱりわかんねぇんだけど?!って、――来るっ!」
僕は咄嗟に願力を魔力へと変換させ迎撃しようと試みる。だが牙獣の突進に間に合う様子でもなかった。
「くそっ、意味が分からねぇ――」
「グラァアーッ!」
「なっ?!」
迎撃を諦めて衝撃に備えようとする僕の眼前、牙獣と僕を割り込むように登場したのは白髪の獣人の少女だった。
少女は両手に願力を具現化させてできた鋭い爪のようなものを牙獣に向けて振るうと、山脈を避けて流れる気流のように牙獣の体は勢いのまま切り裂かれた。
「――っ!」
凄まじい衝撃音と共に、肉片となった牙獣の体は勢いよく訓練棟内の結界に激突する。
獣人の少女はカイレンほどの背丈しかなく、これといって筋肉質ではなかったが、その力はジルコにも匹敵するように感じた。
最初から最後まで理解できない状況。僕はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「ふぅ、よしっ。わがとうしがつきぬ限り!わがにくたいがくちぬ限り!わが名がこの地に......えーと、なんだっけ?」
少女は腰に手を当てながら片手を突き出して決めポーズをとるが、言葉を詰まらせたためどうもきまらない様子だった。
「――もう、お姉ちゃん。台無し」
「うぅ......」
すると少女は、先ほどまでの威勢を失いしょぼくれた。
――まて、今肉片が喋らなかったか?
肉片の中からもう一人の声がすると思い見て見ると、肉片は瞬時に粉々に切り裂かれ、中からもう一人白髪の獣人の少女が出てきた。
「ふぅ、儀式終了」
二人の見た目は身に着けたスカーフのようなものの色が異なること以外ほとんど一致していた。
青い瞳、肩のあたりで切りそろえられた外はねの白髪と狼のような耳、地面を擦りそうなほど長い尻尾、そして白い肌。冬なのにやけに軽装だった。
「――我が闘志が尽きぬ限り、我が肉体が朽ちぬ限り、我が名がこの地に轟く限り、その血は恐れを知らぬ狩人となるだろう。でしょ?アベリン」
カイレンは先ほど少女が言い切れなかった儀式のセリフの続きを言うと、少女の頭に手を乗せた。
「さすがカイレン!ねぇそれよりどうだった、あたしの一撃?前よりもすごくなったでしょ!」
「そうだね。これなら飛龍にだって勝てるかもしれないよ」
「ほんとに?!やったー!」
そう言うと少女は自身の頭の上に置かれたカイレンの手を掴み、わしゃわしゃと髪の毛を擦り付けるようにカイレンの手を振った。ゆさゆさと尻尾が揺れていることからかなり上機嫌そうだった。
「えーと、エイミィ。解説を頼んでいいか?彼女たちは誰で、僕は一体何に巻き込まれたんだ?」
「ははは、そうなっちゃうよね」
本当に、この世界に来てからサプライズばかりで身体的よりも精神的に疲れることが多い気がする。
「えーと、彼女たちはギルド『白牙』の二つ頭の、『アベリン』と『ベリンデ』だよ。白いスカーフの方がアベリンで、黒いスカーフの方がベリンデ」
するとアベリンとベリンデは僕たちが彼女のことについて話していることが聞こえたのか、こちら側を振り向いてきた。
「えーと、こっちの白スカーフがアベリンで、あっちの黒スカーフがベリンデだな。忘れないようにしないと」
「そうだよ!えーと、名前が分からないそこのお前!あたしたちを間違えたりしたらあたしが許さないからね!」
アベリンは威嚇するように喉を鳴らしながらそう言った。
もしかして、名前を間違えるとこの子たちからの印象が悪くなるのだろうか。
――ん?なんだかカイレンから願力が滲み出ているような......。
「......アベリン?彼は私の大切な、とーっても大切な人なの。だから傷つけるようなことは絶対にしちゃダメ。いいね?」
「ひいぃ。わかった、わかったよ......」
「うむ!わかればよし」
カイレンは笑顔で優しくアベリンに語り掛けていたが、滲み出る願力を感じたのだろうか、アベリンは先ほどまで僕を威嚇していたことが嘘のように縮こまった。
これじゃあ飼いならされた猛獣とその飼い主のような構図だ。
「それでそれで、カイレンの大切な人ってことは強いの?この人」
「そうだよ、私よりも強い。――アベリンだったら三秒でやっつけられちゃうよ」
「えっ、三秒?!ってことは、いち、に、さん......えーっ?!」
アベリンは指を折りながら三秒数えると、驚いた様子でこちら側を見てきた。
「カイレン、あまり冗談は言わないでくれ。誤解されたら僕が困る」
「いいのいいの。こう言っておけばあの子がエディにちょっかいをかけることがなくなるから」
カイレンは小声でそう言った。
カイレンはアベリンの扱いに慣れているからこう言えるのだろうか。
すると黒スカーフを付けたベリンデがこちらに近づいてきた。
「お姉ちゃんが変なこと言ってすみません。あなたは魔願術師協会の戦闘員ですよね?」
「ああ、そうだけど......」
ベリンデはアベリンとは対照的に見た目よりも内面が大人びているように感じた。
「はは、その反応はあたしとお姉ちゃんとの性格の差によるものですね」
「すまない。僕はてっきりあの子と同じような感じでくるかと思ってしまったよ」
「あたしたちは双子なもので。見た目がそっくりなので仕方のないことです」
ベリンデの立ち振る舞いや雰囲気に覚えがあると思ったら、その正体はエイミィだ。それにアベリンも、カイレンが幼いころの性格を想像するとそっくりだ。
「それで、さっきの牙獣を使ったショーみたいなやつは一体何なんだ?」
「あれはあたしたち白狼族の送戦儀式です」
「送戦儀式?」
「はい。一族で大掛かりな狩りをする前に、先ほどのように獣を使って儀式をするんです。すみませんね、事前に予告せずに行ってしまって」
ベリンデはそう言うと頭を浅く下げた。
「あぁ、いいんだ、謝らなくても。多分、アベリンなりのおもてなしなんだろ?よくわからんが」
「あなたは優しいのですね。あたしだったら激怒してますのに」
「もうこういったことには慣れているんだ」
「あぁ、カイレン様ですね......」
ベリンデにもこのような反応をされるのはどうなのだ、カイレン様や。
当のカイレンはアベリンの頭をわしゃわしゃとかき回しながら遊んでいた。
「そう言えば自己紹介がまだだったね。僕の名前は『エディゼート』。半年ほど前にカイレンと出会って魔願術師協会にスカウトされた戦闘員だ。よろしくな」
「こちらこそ」
僕らは握手を交わそうとする。
「あー!あたしともよろしくしな!」
するとアベリンは勢いよく僕たちの間に入り込み、僕の手を握った。
「ちょっとお姉ちゃん、カイレン様と久しぶりに会えたからって興奮しすぎ」
「そうかな?ねぇ、そんなことより、あたしと戦ってみない?えーと......」
「『エディゼート』。二人とも、僕のことは『エディ』って呼んでくれ」
エディゼートという名前は気に入っているが、親しみを込めて呼んでほしいときはエディと言ってくれた方がいい気がする。
「じゃあエディ、あたしを三秒で倒してみてよ!」
「えーとね、それはここだと無理かなぁ......」
ここにきてカイレンが言ったことで事が面倒な方向に進みそうになった。
「どうして?カイレンよりも強いんでしょ?」
「うーん、ここだと少し狭いかなぁ......」
僕は必死にカイレンにフォローするよう目で合図を送る。
「こらこらアベリン、エディが困ってるでしょ。あとでエディの強さはわかるんだし、今は儀式の締めをやりましょ」
「そっかぁ、残念。じゃあみんなでご飯にしよう!」
カイレンのおかげでアベリンとの戦闘を避けられた。いや、もとはと言えばカイレンのせいでこうなった気もするのだが。
すると扉の奥から人よりも大きなサイズの鉄串を抱えた人や、巨大な肉塊を台車のようなもので運んでいる人たちがぞろぞろとやってきた。緑色の制服を着ていることから冒険者協会の職員であることが伺える。
「はぁ、はぁ。アベリンちゃん、言われた通り持ってきましたよ」
職員たちは今にも倒れそうなほど疲弊していた。
「おぉ!ご苦労ご苦労!これで一度にたくさん焼けるね!よし、ではこれをこうして、あれをこうして......」
するとアベリンは瞬く間に自分の体躯の数倍もある鉄串を手際よく組み立て、肉を吊るした。そして台車から薪を取ってその下に並べると、ポケットから取り出した二つの石のようなものを打ちだした。するとかなり大きめな火花が飛び散り、着火しずらそうな程太く大きな薪に火が付いた。
「よし、完成だ!あとは焼けるのを待つだけ!」
アベリンは非常に慣れた手つきで肉焼きの準備を終わらせた。先ほどまでの言動がまるで嘘のようだ。
「さすが肉焼き名人!早く焼けないかなぁ」
「ねー!」
カイレンはアベリンの隣に行くと、二人はしゃがんで肉が焼けるのを眺めていた。
少し血肉が焦げたような臭いがすると後ろを振り返ると、ベリンデと冒険者協会の職員たちが儀式で飛び散った肉片を回収し、血を綺麗に焼却していた。それも慣れた手つきで。
エイミィも手伝っていたので、僕も向かうことにする。
「魔物の血って、焼けば綺麗に消えるんだな」
「そうだね。血は願力を多く含んだ液体みたいなものだから、私たちの魔法であればこうして綺麗に消せるんだ」
「そうなんだ」
願力を含んだ魔法か。僕には縁がなさそうだ。
「なぁエイミィ、その火を起こす魔法はなんて詠唱するんだ?」
「物体の温度を上げる魔法は『
「トラミカね、この世界の魔法の詠唱は短くて助かるな」
実際そうだ。もはやこれだけ短いと詠唱ですらないように思えるが、生命体から発せられる音で願力を操作している以上必要な過程なのだろう。
「――『
覚えたての詠唱を口にしながら、火属性の魔法を小規模に発生させ、魔物の血を焼いてみる。
しかし、予想していた通り僕の魔法では綺麗に焼却することができず、焦げのようになってしまった。
「あはは、やっぱりエディの魔法じゃダメか」
「そうだね。すまない、任せてもいいか?」
「うん、大丈夫だよ」
いつか僕も願力から魔法を発現できるのだろうか。
今はできなくとも、のちのことを考えるとこの世界の詠唱を覚えなくてはいけないような気がしてきた。怪しまれないようにするためには詠唱から誤魔化さないといけなそうだ。
「――よし、これで綺麗になった」
「エイミィ様とエディさん、ご協力ありがとうございます」
ベリンデに礼を言われる。
「いいんだ、これくらい大したことないよ」
本当にベリンデは礼儀正しいな。それと比べてカイレンとアベリンは後処理をせずに肉が焼けるのを楽しそうに待っていた。
「そうだ、『白牙』の他のメンバーの人たちは任務についてこないの?」
エイミィがそう聞く。
「今回の合同任務はあくまで形式だけのものです。言ってしまえば誰でもよかったので、カイレン様とエイミィ様と面識のあるあたしたちが選ばれたってわけです」
「そうだったんだ。でも、私は知ってる二人でよかったよ。二人が任務に同行してくれるのなら私も心強いな」
「ふふ、それはよかったです」
――なんだこの優しさで溢れた空間は。思わず気が抜けてしまいそうだ。
「肉焼けたぞぉー!」
するとアベリンの声が施設内に響いた。
いつの間にか香ばしい香りが辺り一面に漂っていた。
用意された椅子に腰を掛け、皿に取られた肉を頬張る。
少し獣臭さのある肉だったが、一緒に用意された葡萄のジュースで流し込むといくらでもいけそうなおいしさだ。
「街の中なのに野営しているみたいだね」
僕の隣に座るカイレンは美味しそうに肉を食べながらそう言った。
「そうだな、カイレンと出会った日を思い出すよ」
まるで昔の出来事のように語るが、実際はまだ数日しか経っていない。
僕は葡萄ジュースを一気に飲み干す。
「このジュース、本当においしいな。甘さと渋さが丁度いい」
「本当に?そのジュースは私の故郷の街の特産品なんだ」
エイミィはそう言うと、空になったグラスにジュースを注いでくれた。
「ありがとうな。エイミィの故郷か。どこなんだ?」
「ここから南の方にある、『トーステル王国』の海岸沿いの街『フィーン』が私の故郷だよ。街中の色が白と青で統一されていてきれいなんだ」
「なるほどね、いつか行ってみたいな」
聞いてみたものの、僕はこの世界の地理を全く知らないのでどこにあるのかが想像できなかった。だが、青と白で統一された海岸沿いの街という情報だけでも、そこがきれいな場所であることがわかる。
「この任務が終わって、他に地脈異常が発生しなければ行けるかもしれないね」
「それは楽しみだ」
何事もなく任務が終わることを、今はただ切に願うしかない。魔獣相手であれば今のメンバーなら問題はなさそうだが、やはり願魔獣という存在が気がかりだ。
食事が済むと、談笑が始まった。ガネットやセノールが冒険者協会の職員と楽しそうに話をしていることが意外に思えた。
てっきり仲が悪いのかと思っていたが、そうでもなかったようだ。
「ねぇ、エディ!どっちが誰かゲームしようよ!」
「どっちが誰かゲーム?」
「そう!ほらベリンデ、こっち来て」
アベリンはそう言うとベリンデをそばまで引っ張っていき、二人は首に巻いたスカーフを外した。
なにやらゲームが始まるらしい。
スカーフを外すと本当に見分けがつかないほど二人は似ている。だが表情がアベリンとベリンデでは少し違っていることがわかる。
「じゃあ――今回はあたしがベリンデの真似をするから、当ててみてね!質問か要求は三回まで。わかった?」
「ああ」
「じゃあ後ろを向いててね。手を叩いたら振り返っていいよ」
なるほど、アベリンはベリンデの真似をするのか。でも性格が正反対の彼女たちなら案外簡単にどちらが誰なのかがわかるような気もするが。
するとぱんっと手が叩かれる音がしたので、僕は振り返る。
「――いや待て、分身してたりしないよな?」
そこには、文字通りベリンデが二人いた。
「「いいえ、そのそのようなことはしていません」」
想像を絶するほど真似の完成度に驚愕する。
そんなことよりも、貴重な三回の質問と要求の一つを使ってしまったような気がする。
「ふふっ、エディびっくりしたでしょ」
「ああ、本当に見分けがつかない。カイレンとエイミィはどっちがアベリンでベリンデかわかるのか?」
「もちろん!だって小さいころからの付き合いだもの」
「私も、わかるかな」
カイレンとエイミィには違いがわかるらしい。
「まじかよ......」
それよりも次の質問を考えなくては。
そうだ、この質問であればいけるのではないだろうか。
「じゃあ二つ目だ。さっきの儀式の最後のセリフを二人同時に言ってみてくれ」
先ほどの儀式ではアベリンはこのセリフを言うことができなかった。
ならばこの要求には答えずらいのではないのだろうか。
「「わかりました。――では。我が闘志が尽きぬ限り、我が肉体が朽ちぬ限り、我が名がこの地に轟く限り、その血は恐れを知らぬ狩人となるだろう」」
「......」
読みが完全に外れた。
アベリンなら言い間違えたりすると期待したが、予想に反して二人は完璧にシンクロしながら最後まで言い切った。
「さぁエディ、残る質問と要求はあと一つだよ。どうするかな?」
カイレンがくすりと笑いながら話しかけてくる。
「あぁ、困った。どうすれば......」
――そうだ、この方法であればもしかしたらわかるかもしれない。
僕にしかできない方法で、言い当てて見せよう。
「最後の三つ目だ。――二人同時に魔法で僕を攻撃してほしい、獲物を狩るつもりで。大丈夫、僕は魔法で二人の攻撃を防ぐから」
すると二人は何かを考えるように顔を見合わせた。
「言い方を変えよう。僕が魔法で展開した障壁に攻撃してほしい。これでいいか?」
「「わかりました」」
二人からの承諾を得ることができた。
「よし、じゃあ少し距離を取ろうか。――なぁカイレン、攻撃を防ぐ魔法ってないか?あればその詠唱を教えてほしい」
僕は小声でカイレンに話しかける。
「それなら願力を具現化させる『
「『
素早くやり取りを済ませると少し距離を置いた二人と対峙する。
二人は既に願力が実像を成した大剣を装備していた。おそらくこれらも『
僕は自身の願力を魔力へと変換させ、ジルコ級の威力の攻撃が二つ同時に来ることを想定して『聖盾』を一点に集中させ強度を底上げしようとする。
「――『
僕の正面に展開された、一つの盾状の障壁。普段は半透明であるが、魔力を相当凝縮して発現させたため、ほのかに金色のオーラが障壁内部を滞留していた。
「――よし、いつでも来い」
「「わかりました。では、――いきますっ!」」
土煙が上がったことを確認した瞬間、二人は大きく体を反らしながら跳躍すると同時に爪を振り下ろす。
瞬間、金属同士が激しく打ち付けられたような音が、耳を突き抜ける。
削り取られた聖盾の破片が光を反射しながら四方に飛散した。
「――っ!」
攻撃を防いだ後の聖盾を見る。
すると、まるで鋭い爪に削り取られたような跡が二対確認された。
強度を増していなければ、容易く切り裂かれていただろう。
二人は攻撃を終えると、手にしていた大剣を解除させた。
「すごい、あの二人の攻撃を同時に防ぐだなんて......」
エイミィは驚いた様子で小さく呟いた。それだけでなく、周囲にいた人までも驚いた様子で僕の方を見てきた。
「すごいでしょ?私のエディは」
なぜかカイレンは誇らしげな様子であった。いつから僕はカイレンのものになったのやら。
「「それでは、どちらが誰かをお答えしてください」」
聖盾を解くと、瓜二つの双子がそう聞いてくる。
見た目だけでは全く区別がつかない二人。だが、一つだけ決定的に違う要素があった。
「わかった。――右がアベリンで、左がベリンデだ」
「「......」」
あれ、選択を間違えたのだろうか。二人からの反応がない。
「......お見事です、エディさん。あたしたちの負けです」
「えっ、合ってたのか?」
「はい」
びっくりした。少し間があったので間違えたかと思ったが、無事当てることができたらしい。
「なんだ、二人から反応がなかったからてっきり間違えたのかと思ったよ」
「ふふっ、あの間は演出です。それより、何故わかったのですか?」
「そうだよ!あたしは完璧にベリンデになりきれていたのに」
僕が二人を見分けることができた理由は単純だ。
二人から見える願力の色の差から識別したのだ。
正直賭けだったが、僕は僕と戦いたがっていたアベリンの方がより赤みの強い願力を帯びると予想した。そして予想した通り、アベリンの方がわずかであったが願力の赤みが強かった。
「ねぇ、エディはどうしてわかったの?」
アベリンが不思議そうに聞いてくる。
「それなら簡単だ、僕は願力が見えるんだ。それで二人を見分けられた」
「えっ、エディは願力が見えるの?!」
「あ、ああ。そうなんだ」
この食い気味の反応はどういうことなのだろうか。
すると、僕の事情を知らない人たちがざわつきだす。
視線は一気に僕へと集中しだした。
――かなりまずいことを言ってしまったのだろうか......
「あーあ、エディらしくない失敗だ。これからしばらくエディはあちこちで引っ張りだこにされちゃうね」
カイレンの言葉を聞いて思い出した。
まずい、そういえばこの世界の人は願力を視認することができないのだった。
「えっ?なぁ、カイレン。もしかして僕の正体がばれたのか?なぁ?」
「ちょっと、落ち着いて。多分ばれてはいないけど、願力を視認できる願力特性の『見願』をもつ人はこの千年でたったの五人しかいないんだ」
「といういことはつまり......」
「うん!エディはたった今、歴史的にとても貴重な魔願術師に昇格しました!」
「......」
度重なる精神的疲弊のせいで、判断力が鈍っていたのだろうか。
こんな少し考えれば言うはずのないことを口にしてしまった。この世界に来て初めてのやらかしだ。
「......なぁ、僕はこれからどうすればいい?」
「大丈夫だよ。ここにいる限り、エディが不自由になることはないから」
「そっか......」
自分の言動で自身の正体がばれてしまうなどないことだと慢心していた結果がこれだ。
ああ、もう諦めてこれから起こることに対してすべてを受け入れるしかないのだろうか。
「もういっそのことすべてを話して楽になりたい......」
「そうしたら最悪エディが討伐対象になるかもしれないよ?この世界を脅かす異分子として世界を敵に回すことに――」
「どのみち終わりだ......」
ああ、僕の目の前には今にも質問をしたそうな雰囲気を醸し出している人たちがわんさかといる。これはもうどうしようもない、自分の正体がバレない程度に受け答えしよう。
「......どうぞ。煮るなり焼くなり、質問するなり、好きにしてください」
この世界に来てから四日目、僕『エディゼート』は早くも自らの失態で余計な注目を浴びることとなった。
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