第11話 任務に向けて

「んん......あれ、確か僕は......って、はぁ?!」


 ベッドの中、やけに暖かいと思って掛布団の中を覗くとそこにはカイレンが心地よさそうな表情で眠っているのを発見した。


「ちょっと待て、なんでカイレンがここで寝てるんだ!」


「あ、エディ、起きたんだね。その......おはよう」


 声がする方を向くと、そこには何とも言えないような表情をした寝間着姿のエイミィが正面のベッドの上に座っていた。

 ――あぁ、何だろう、僕の人生が終わった音がした。


「違うんだエイミィ!僕は......」


「あぁ、大丈夫!カイレンがいたずら目的で勝手にエディのベッドに入り込んだだけなのは知ってるから!」


「......そうだったのか」


 危うく僕のセカンドライフ(?)が終わりかけるところだった。だがそんなこともつゆ知らず、カイレンはすやすやと眠っていた。

 ――うむ、これはお仕置きという名の教育が必要かもしれない。

 僕は早速周囲の魔力を吸収し始めた。


「その、カイレンに何をする気なの?」


「もちろん、悪い子にはお仕置きをしないとだからね。ちょっとした罰を与えるよ」


 僕はそう言うと人差し指をカイレンの鼻先に近づけ、極小規模な雷属性の魔法を発現させた。


 ――バチンッ


「ひぃいっ!?」


 僕が魔法を発現させると、カイレンはその場で小さく跳ねながら勢いよく起き上がった。


「なになになに?!敵襲?!って......あ、エディ。その......えーと、おはようございます」


 カイレンは鼻を痛そうに抑えながら僕の方を見た。その前方、僕は何も言わず笑顔で腕を組みながらカイレンの前で突っ立っていた。

 するとカイレンは助けを求めるようにエイミィの方をパッと向くが、エイミィは「私は知らないよ」と言わんばかりの表情でカイレンから目を逸らした。


「えーと、出来心なんです。その、反省してますからどうかそれだけは......」


 カイレンが見ている先にはバチバチと音を立てながら指を鼻先へと近づける僕がいた。


「どうかそれだけは......ひゃーっ!」


 記憶のない僕でも、こんな騒々しい朝を迎えるのは初めてだと思った。




――――――




 寝間着から着替えた僕たちは宿から出て、物資を調達するために街の中央を流れる川に隣接するように立ち並んでいる市場へと向かった。これから出かけるにあたって必要な物資を揃えたいが、まずは僕の装備を新調することが最優先だ。


「へぇ、川に近い方には屋台があって、道を挟んだその隣には店が並んでいるんだな」


 屋台には食料品や雑貨などの日常的に消費するような物が主に売られていた。対照的に店舗を持つ店には主に武器や防具などの装備品や、衣服などの比較的高価なものを取り扱う店が多かった。


「私はエディが着ているそのローブがかっこいいと思うんだけどなぁ。とても強そうに見える」


「私も、黒と赤の色合いはエディに似合っていると思うよ」


 先ほど二人に新しい服装が欲しいと言った僕は何かいい店がないか探していた。


「うーん。二人が言う通り、僕もこのローブは気に入っているけど、この赤い刺繍がどうも禍々しい印象を与える気がするから、もっとフォーマルなやつが欲しいな」


 今着ているローブには目立った傷や汚れがないため普段着はこれで問題はないと思っていたが、カイレンやエイミィたちと行動を共にすると考えるとこれから先に身分の高い人との交流があると考え、きちんとした服を揃えておきたいところだ。


「あ、そうだ忘れてた。私たちが普段着ている軍服と同じデザインのものは後で本部に行けばもらえるんだった」


 カイレンはそう言うと着ているワンピースを軍服へと変化させた。

 カイレンたちが着ている軍服は、昨日見た協会職員が着ていた軍服と型は同じであるがデザインが少し異なっていた。


「なに?それはいいな。ところで、カイレンとエイミィが着ているその変幻自在の服は支給されないのか?それが手に入ればだいぶ荷物が減って助かるのだが」


 僕は二人に質問すると、「うーん」と何かを考える様子で、


「これは十二魔願帝に配布される特別な装備品だからなぁ」


「もしかしたら、ガネット会長に聞けば......」


と、呟いた。

 二人の会話を聞く限り、簡単には手に入らない代物であることが分かった。

 確かに、こんな便利なものが一般に流通してしまうと市場が混乱しかねないだろうな。


「まぁ、こればかりは仕方がないか。諦めて服を見繕うことにするよ」


「あぁ、待って。エイミィが言ってたみたいにもしかしたらガネット会長に相談すれば貰えるかもしれないよ」


「それは本当か?」


 そうなると話がだいぶ変ってくる。


「うん、だからまずは服以外の必要なものを揃えたら本部の方に行こう」


 僕たちはカイレンの提案に頷き、必要なものを揃えに市場を巡った。




――――――




 一通り物資を揃えた僕たちは魔願術師協会の本部へと向かった。


 本部の建物内に入り僕らは会長室の前に立つと、カイレンが扉をノックしながら、


「すみませーん。ガネット会長、いますか。私です、カイレンです」


と、まるで友人宅を訪ねるような調子で扉を叩いたが、中からは返事がしなかった。


「あれ、会長いないのかな」


 急に訪ねてしまったため、中にいなかったのだろうか。


「もう、カイレン。もう少し言葉遣いとか所作を丁寧にした方が......」


「そうだぞカイレン。ガネット会長は慈悲深く心優しいお方だ。もっと敬意を......」


「あ、ガネット会長だ」


「え?」「ひゃあっ?!」


 ――びっくりした。前回と同じくガネットは音もなくいきなり僕らの後ろに現れた。エイミィに関しては驚きのあまり少し飛び跳ねてしまう始末だ。


「......私は一切脅かすつもりはなかったのだが」


「もう、会長。少しは『人』らしい登場をしてくださいよ」


「ああ。次からはそうする」


 カイレンの言う『人』らしいとはどういう意味なのだろうか。僕はそこまで人の気配に鈍感ではない方だと思っていたが、ガネットに関してはどこかから瞬間移動をしてきたように思えた。


「それで、先日と続いて私に用があるのだな。丁度いい、今は冒険者協会との会議に一段落がついたから話を聞く時間がある。中に入ってくれ」


 僕たちはガネットに促されるまま会長室へと入っていった。




――――――




「――それで、用件はなんだ?」


 ガネットは手際よくハーブティーを淹れると、僕たちが座っている正面の椅子に腰を掛けた。

 するとカイレンは「交渉は私に任せて」と言わんばかりの様子で声音を少し真面目そうな雰囲気にして答えた。


「はい、私たち十二魔願帝に支給されるこの『可変制服』をエディにも支給してくれませんか?」


「――あぁ、そのことについてだが」


 ガネットはそう言うと、僕の方を一瞬見て話しだした。


「実は先日君たちと別れた後に決めたことなのだが、エディゼートに用意しようと思っている制服は、まさしく可変制服だ」


「えっ、そうだったんですか?!」


「それも、特別仕様だ」


「えぇー!?」


 ガネットの言葉を聞いてカイレンは真面目な交渉モードから普段の様子へと戻ってしまった。


「だからカイレン、私に交渉するためにいろいろとセリフを用意してきたと思うが、その必要はもうない」


「えぇ、そんなぁ......」


 相当気を張っていたのだろうか。カイレンはガネットの言葉を聞いた途端にへにゃへにゃと崩れるように椅子にもたれかかった。


「だが、こちらから一つ君たちに任務を与える。可変制服はその前報酬だ。いいな?」


 ガネットは僕たち一人一人の目を見ながらそう言った。


「ありがとうございます、ガネット会長」


「礼はいい」


 僕が礼を言うとガネットは席を立ち、机の上から地図らしきものを取り出してきた。


「それで、特別仕様というのはどういうことなんですか?会長」


 カイレンは食い気味にガネットに尋ねる。


「まぁ待て。その話は後の楽しみとして、まずは任務についての話を聞いてくれ」


「はぁい」


 カイレンは落ち着いた様子で座り込んだ。


「任務と言うのは、冒険者協会が推薦した冒険者と合同で地脈異常の対処に当たってほしいというものだ」


 ガネットは地図を机の上に広げながら僕たちにそう言った。ガネットが指を指す場所には『グラシア』と書かれた広大な樹海があった。


「近隣諸国から連絡が入ってな。珍しいことに、どうやらグラシアの樹海で魔物たちから普段確認されないような行動がいくつも目撃されたらしい。おそらくは地脈異常の前兆だろう」


 グラシアと書かれた地域は僕たちがいるディザトリーから見て北東に広がる森林地帯だった。僕とカイレンはこの地域のさらに北東の森林地帯が終わる場所で出会ったことが地図を見て分かった。

 するとカイレンとエイミィは地図を覗き込むと、


「グラシアでの任務なら気がだいぶ楽でよかったよ」


「そうだね、ここなら自由に魔法が使えるね」


と、何か意味ありげな会話をした。


「ここの任務は他と何か違うのか?」


「エディゼート、それについては私が説明しよう」


 ガネットはそう言うと、次のように続けた。


「まず、我々魔願術師協会は任務だからと言って好き放題活動できるわけではない。もし仮にどこかの国の国土内で地脈異常が発生した場合に、その国の規則に従って魔法を行使したり行動しなくてはならない」


「なるほど......」


 郷に入らば郷に従え、昔誰かがそんな言葉を言っていた気がする。国それぞれに禁止している魔法や特別な規則があるといったところだろうか。好き勝手に国土内で活動されては困るのだろう。


「だが、今回の任務先であるグラシアの樹海は国土として保有する国が存在していないため、そういった規則は存在しない」


「それはグラシアの樹海には魔願樹が存在していないからですか?」


「ああ、そうだ」


 前にカイレンは建国するためには魔願樹が領土内にあることが必要条件だと言っていたことを思い出した。

 僕がディザトリーまで飛んで移動している間に人が住んでいる形跡を確認できなかったのは、国が存在していない未開拓の地域だったからということがわかった。


「そういう点において、今回の任務は君の初任務としては立ち回りやすいものとなるだろう。だが、今回は少しばかり事情が異なり、冒険者協会と合同で活動することになった。当然、冒険者協会側はエディゼートの正体を知らない。そこで、私はエディゼートが魔力を直接消費しても問題がない策を思いついた」


「......それは本当ですか?!」


 ガネットの言葉が強く胸に響いた。人目を気にせず魔法が使えるようになればかなり戦闘が楽になる。


「それで、策とは一体どのようなものなのですか?」


「まぁ、落ち着いてくれ。まず、エディゼートが魔力を消費すると黒色のオーラが見えてしまう原因についてだが、私たちは魔法を行使する際に魔力を願力に変換するが、これは魔力を消費せず眼力に変換するため、エディゼートの場合と違って黒色のオーラが見えることはない。そう、黒色のオーラが見える原因は、エディゼートや願魔獣のように魔法を発現する際に消費した魔力の消失反応によるものなのだ」


 なるほど。確かに僕もカイレンも魔法を発現させるのに魔力を利用するが、カイレン達とは違って僕の場合は魔力を消費しているため黒いオーラが見えてしまうのか。


「そして私たちは自身が放った願力の反射から魔力の流れを視認することができる。そこで私が着目したのは、カイレン、君の願力特性である『破願』の効果だ」


「えっ、私ですか?」


「あぁ、それに加えてエイミィ。君もカイレンと同等の『破願』を模倣できたはずだ」


「ということはつまり......カイレン、もしくは私が展開した願力領域内であればエディが怪しまれずに魔法を使えるということですか?」


「あぁ、大まかに言えばそうだ」


 ガネットが言ったことは確かに僕が魔法を行使した際の黒いオーラを視認できなくする効果があるように見えるが、では何故昨日カイレンの願力領域内で魔法を行使した際にエイミィとガネットには黒いオーラが見えていたのだろうか。


「すみません、では何故エイミィとガネット会長は昨日カイレンの願力領域内で僕の黒いオーラを視認することができたのですか?」


「そうだな。まずはエイミィから聞いた方が分かりやすいだろう」


 僕の問いかけにガネットがそう答えると、エイミィはカイレンに対して、


「それじゃあカイレン、小規模でいいから願力領域を展開してくれる?」


「わかった。――『調界イノヴニス』」


 カイレンはエイミィに言われた通りに自身の周囲だけに願力領域を展開させる。


「なんで私たちが黒いオーラを見ることができたのかについてなんだけど、私は無意識下でカイレンの破願に抵抗できるように、私自身の願力の特性を変化させているんだ」


 エイミィはそう言うと手にした薄手のハンカチをカイレンの手のひらの上で金属へと変化させた。


「おお、そういうわけだったのか。それにしても無意識下で抵抗できるだなんてエイミィはすごいんだな」


「えへへ、ありがとう。それでガネット会長は......」


「話を遮ってすまないが、私のことは私から説明しよう」


「そうですね、その方がエディも驚いてくれるでしょう」


 ガネットはおもむろに立ち上がると窓際まで歩いていき、カーテンを開いた。窓の先は丁度魔願樹が見えるようになっていた。

 この魔願樹が何か関係しているのだろうか。


「エディゼート。突然だが、私があの魔願樹から生まれたと言ったら驚くか?」


「えっ......?魔願樹から、ですか?」


 あの七色に光る半透明な大樹からガネットが生まれた。にわかには信じられないが、ガネットが嘘をつくようには思えなかった。


「そうだ。私は魔願樹から生まれた生命体、通称『願人』だ」


 ――『願人』。聞き慣れない言葉だった。


「言うなれば私は願力が人の像を成した人もどきみたいなものだ。生まれた魔願樹から一定距離内であれば、願人はどんな場所でも瞬時に移動することができる。実体はあるがないようにも振舞える、我ながらに不思議な存在だとつくづく思う」


「......」


 その言葉を聞いて、会長室前での出来事を思い出した。ガネットの気配に気づけない理由が、まさか瞬間移動をしていたからだとは思いもしなかった。


「では、何故私はカイレンの願力領域内でも魔力の消失反応を視認できるのか、そしてカイレンの願力に触れても存在が消失しないのか。その理由は、私のような願人に願力特性は適応しないからだ」


 ――まじか


 魔願樹から生まれただけあって、凄まじい能力だ。


「人間の願力濃度程度では、私の存在を脅かすことはできない。無論、願力の濃度を人間レベルまで変化させればこのように――」


 ガネットはそう言うと、右手には小さい炎を灯し続け、左手には昨日のように何度も魔法で炎を灯そうとしたが何度も打ち消されていた。


「そういうわけだったのですね。......ん、待てよ?じゃあ魔願樹のそばでジルコさんに拾われたカイレンって......」


「あぁ、いや、私は願人じゃなくて普通の人間だよ。願力特性は願人以外の種族が保有している能力なんだ」


「そうなのか」


「うん。願力特性について付け加えて補足すると、願力特性を持つ人は魔法が使える人の約半数くらいしかいなくて、おまけに特殊な願力特性の場合は自分にどんな特性があるのか気づけないってこともあるんだ」


 カイレンの補足はなかなかに興味深いものだった。なるほど、カイレンのようにあからさまな願力特性であれば簡単に気付けるが、そうでなければ一生気づかずに過ごしてしまいそうだ。


「まぁ、ほとんどの国では5歳になると魔力を願力に変換する魔願変換の適正があるかどうかを判別する際にどんな願力特性があるかを調べる試験をするから、気づけないことはかなりのレアケースなんだけれどね」


「なるほどな」


 僕はこの世界に来て毎日新しく知ることだらけで好奇心が満たされ続けて幸せ者だ、とまではいかないが、この世界は知れば知るほど面白いことがまだたくさん眠っている気がする。

 僕がそう思っていると、ガネットは窓際から席に戻る際に小さな袋とひとまとめにされた紙を持ってきた。


「さて、エディゼートの質問に答え終わったところでエディゼートが怪しまれずに魔法を行使することができるアイテムを紹介しよう」


 ガネットはそう言うと、紙束と袋から透明な水晶のような小さな鉱石を取り出して机の上に置いた。

 紙束の一枚目には【研究報告書 第8901号 筆者『エーディン・サフィリア』――蓄願素材の開発と実用化――】と、表題が付けられていた。


 ――あれ、確かエイミィの家名がサフィリアだったような......


「どれどれ......えっ、見て見て!エイミィ!エーディン・サフィリアってエイミィのお兄さんじゃん!」


「本当だ!少し前から室内に引きこもって何をしているのかがわからなかったけど、こんなことを研究していたんだ......」


 なんと、紙に書かれた名前はエイミィの兄のものだった。


「やっぱり、サフィリアって見えた時にまさかとは思ったけど、エイミィにお兄さんがいるなんて。今度会ってみたいな」


「うん......はは、ちょっと変わった人なんだけどね......」


「え、そうなのか?」


 エイミィが愛想笑いする程とは、一体どんな人なのだろうか。増々気になる。


「それでガネット会長。この小さな水晶がエディの怪しさを誤魔化すアイデアなんですか?」


 おいカイレン、それじゃあまるで僕が変質者みたいじゃないか。


「そうだ、とは言えこれは実用化前の段階のモデル試料のようなものだ。カイレン、試しにこの鉱石に水を注ぎ込むようなイメージで願力を注いでくれ」


「わかりました」


 カイレンはガネットに言われたとおりに願力を水晶のような鉱石に注いだ。

 すると次第に鉱石はカイレンと同じ白色の願力のオーラで発光しだした。 


「おぉ、すごい。カイレンの願力を蓄えて少しずつ光りだしたぞ」


「え?あ、そっか。エディは願力が見えるんだっけ」


「ああ。それにしてもなかなか綺麗だな」


「いいなぁ、私も見てみたいな」


 エイミィはとても羨ましそうにそう呟いた。

 いつか時間ができたらこっちの世界の人でも願力を視認できるような方法を探してみるのも悪くないかもしれない。


「――よし、カイレン。それくらいで十分だろう」


「わかりました」


 カイレンが願力を注ぎ込む作業をやめると、鉱石からは次第に願力が少しずつ外部に放出されているように見えた。

 するとガネットはカイレンの願力を吸収した鉱石を拾い上げ、僕に渡してきた。


「ではエディゼート、試しにこれを持ちながら周囲の魔力を消費してみてくれ」


「わかりました」


 僕は空になったカップの上に手をかざした。


「――『創水つくりだせ』」


 周囲の魔力を吸収して短く唱えると、手のひらから生成された少量の水がカップを満たした。


「......えーと、どうでした?」


「あぁ。完全とまではいかないが、ほとんどエディゼートから黒色のオーラが見えなかった」


「本当ですか?!」


 おぉ、それは何とも嬉しい結果だ。


「エイミィのお兄さんすごいじゃん!ねぇエイミィ、今度会った時にお兄さんに謝っていいかな?過度の妹思いの引きこもりって言ってすみませんでしたって」


「え、ええと。うん、いいと思う......よ?」


 カイレン。お前、人の兄に対してそんなことを言っていたのか。

 するとガネットは一つ咳ばらいをして、


「まだこの蓄願鉱石『ディザネラクォーツ』の実用化は試作段階のものだが、いずれ研究が進めばより願力の吸収と放出が効率化されるだろう。今回の任務はその研究のデータを収集することも兼ねて、これを生地に練りこんだ特殊仕様の可変制服を装備して行動してほしい」


 ここにきて、特殊仕様の内容が判明した。


「わかりました。いろいろとありがとうございます、ガネット会長」


「いいんだ。君のような頼もしい存在に投資することは一番有意義なことだからな」


 ああ、なんと優しい人なのだろうか。いや、優しい願人と言うべきか。

 本当に、ガネットには何から何まで世話になりっぱなしだ。


「蓄願素材の服を着用して防御力を向上させる試みがどこかで行われているとは聞いていたけど、まさか可変制服と組み合わせられるまで研究が進んでいたとは驚きだなぁ」


 エイミィは報告書を眺めながらそう呟いた。


「そうだね。そしてまさかこの研究がエディにとって、とても役に立つだなんてね」


「うん。えへへ、なんだかちょっと誇らしいな」


 兄の功績を称えられてエイミィは嬉しそうにしていた。


「そうだ、最初に君たちに伝えておくべきだったが、任務の出発は十日後だ」


 思い出したかのようにガネットは口を開いた。


「えっ、十日しかないんですか?!そんなぁ......」


「カイレン、君は十分に休暇を楽しんだのだろう?」


「うぅ......みんな酷いです。一応ちゃんと未発見の地脈異常をいくつか鎮めてきたんですよ?」


 カイレンはガネットの言葉を聞いて再び椅子にふにゃふにゃともたれかかった。

 確かに、出発まで相当早い気がする。

 それほどまでに地脈異常の被害は深刻なのだろうか。


「......」


 任務という現実を突きつけられるようなガネットの言葉を前にふと、今まで影を潜めていた不安が顔を出してきたような気がした。

 思い返せば、僕はこの世界に関して知らないことだらけだった。

 そんな僕が大役を背負って重要な任務に出向いていいのだろうか。


 ――どうしよう、ここにきて緊張してきた


「......エディゼート、少し不安か?」


「はい......不安がないと言えば、嘘になりますね」


 そんな僕の内心を見透かすように、ガネットは声をかけてきた。


「それも無理はない。見慣れない世界に来てまだ日にちも経っていないのに、いきなり任務を与えられてしまったのだから当然だ」


「はは、ガネット会長にはお見通しですか......」


「ああ」


 顔に出ていたのだろうか、僕はそんなつもりは一切なかったがガネットにはわかってしまったか。


「私のような願人は他者の感情を読み取ることができるからな。エディゼートの緊張がこちらにも直に伝わってきた」


 これまた驚きの能力が告げられる。


「あはは。それは少し恥ずかしいですね......」


 恐るべし、願人。さすがに考えていることまではわからなそうだが、感情を読み取られるのは少し恥ずかしい。


「でも、この世界に僕の居場所を作ってくれるだけでも十分過ぎるくらいにありがたいです」


「そう言ってもらえるとこちらも助かる。それに任務で右も左もわからないのは同行する冒険者も一緒だ。気負う必要はない」


 暖かな言葉が聞こえた。


「そうだよ、エディ。何てったって、世界最強の二人がサポートするんだもの。エディは何も怖がることはないんだよ」


「私も、できる限りのことはするから。だから、一緒に頑張ろう」


 カイレンとエイミィからも、励ましの言葉をもらう。


「はは。皆からこうして優しい言葉をかけてもらうと、なんだかむず痒いなぁ」


「じゃあこれからその感覚が麻痺するくらいの優しい態度で接してあげようか?あまあまの、どろどろの」


「それは......遠慮しておく」


「へへへ」


 何となく、肩の力が抜けた気がした。

 そうだ。僕だって弱いわけではないだずだ、多分。この世界での戦闘経験が少なすぎてよくわからないが。

 でも、あのカイレンと渡り合ったんだ。ならきっと大丈夫だ。


 そう自分に言い聞かせた。


「――そうだ、危うく伝え忘れるところだった。君たち、今晩何か予定はあるか?」


 ガネットはふと窓の外を見てそう言った。

 今は昼過ぎだろうか、太陽が高く昇っている。


「そうですね......」


 ガネットの質問に対して僕たちは一度顔を見合わせた。


「うーん、とりあえずエディの用事が済んだので、特に予定はないですよ」


「私も、空いています」


 カイレンとエイミィは続くように言った。


「それはよかった。はぁ、実は今日急遽決められたことなのだが、今晩冒険者協会の役員と冒険者たちが親睦を深める意味合いで懇親会を訓練棟で開くそうだ」


 ガネットはやれやれと、呆れたような声音で言った。


 ――それにしても冒険者協会は行動力がすごいな。今日決めた親睦会を今日行うだなんて


「うわぁ、今日いきなり決まったあたりいかにも冒険者、って感じだなぁ」


「うん。その情報、私たちがここにこなければどうやって知らせるつもりだったのかね」


 カイレンもエイミィもどこか呆れたような様子で呟いた。


「まぁ、向こうには向こうなりのペースがある。それに好意的な姿勢を見せてくれるだけありがたいと思った方がいい」


「それもそうですね。冒険者側に文句を言ったところで無駄な時間を過ごすだけですからね」


 カイレンの言葉から察するに、公的に任務を与えられていない冒険者は気まぐれに生きている人が多いのだろう。まぁ、一概にそうだとは言い切れないだろうが。


「時間は夕刻ごろとしか説明されていない。だから日が傾いたら訓練棟に行くといい」


「わかりました」




――――――




 僕らはガネットとの話し合いを終えると、一度建物の一階の冒険者用の受付カウンター前に備えられた椅子に腰を掛けた。隣は食堂になっているため、食事をしている人がちらほらと見られた。

 ガネットの話によると、懇親会には任務を共にする冒険者や、魔願術師協会の人たちも来るそうだ。


「ついに私のエディのお披露目かぁ」


「......なぁ、僕はいつからお前のものになったんだ?」


「だって、世界で最初にエディを見つけたのは私だし、エディゼートって名付けたのだって私だもん。だからエディは私のもの」


「暴論だ」


「あ、でもエイミィも私のものだから、エディ、私のエイミィに手を出すときは私に許可をもらうこと!」


「あはは......」


 カイレンは隣に座っているエイミィをぎゅっと抱きしめながらそう言った。エイミィは何といえばいいのかわからない様子で困り果てていた。


「......カイレン、仮に僕が他の女性を好きになってもお前はそれでいいのか?」


「問題ないよ。だってエディは最後に必ず私のもとに帰ってくるもん」


「その自信は一体どこから湧いてくるんだ......」


 調子のいいことを言いやがって。あぁ、エイミィがぎこちなく笑っている。


「そうだ、エディは自身に関する設定を作っておいた方がいいんじゃないのかな?」


 懇親会に向けてか。エイミィに言われるまですっかり忘れていた。


「そうだね、どうせ多方面から聞かれるだろうしね。......うーん、僕の設定か」


 僕の身体的特徴から何かいいアイデアは浮かばないだろうか。暗めの藍色の髪にほのかに橙色が混ざった褐色の瞳。実を言うと、昨日宿にある大鏡を見るまで自分がどんな姿なのかをよく把握していなかった。


「うーん。そうだ、こういう設定にしよう!」


 するとカイレンは手をポンっと叩いた。

 何だろう、カイレンのことだからあまり期待しないようにしておこう。


「まず私は半年間世界のあちこちを旅行していたじゃん?それを活用すると一つのストーリーが出来上がります」


「お前、遂に任務ではなく旅行と言い出したな......」


「まぁまぁ、それでどんなストーリーかと言うとね、私がグラシアの樹海を北上して抜けようとしているとき、突然地脈異常の気配を感じました。すぐさま私は暴走した魔獣と出現した願魔獣を倒そうとすると、一人の少年に出会いました。そう、そこで出会ったのはエディゼートという少年でした。私たちは協力して地脈異常を鎮圧。意気投合した私たちは行動を共にすることに。しかしエディゼートは小さい頃の記憶がなく、どこが故郷なのか、親は誰なのかわからない状態でした。そこで少年の高い戦闘力と魔法の才を見たカイレン様は、こう言いました。『魔願術師協会においで』と。そのとき既にエディゼートは私にメロメロでした。そしてエディゼートは『あぁ、君とならどこまでも』と......ひゃいっ?!」


 僕はカイレンの鼻先に指を近づけると、朝のように雷属性の魔法を発現させた。


「いててて......もう、なにするのエディ!これから盛り上がるところだっていうのに!」


「どこが盛り上がる場面だ。途中まではよかったのに、最後で台無しだよ」


 僕はいつまでカイレンとこんなやり取りをしなくちゃいけないのだろうか。あぁ、エイミィがまたぎこちなく笑っている。


「でも最後の方は変えるとして、設定としてはいいんじゃないのかな」


「お、エイミィもそう思う?実はエディを魔願術師協会の一員にしようと思っていた時から考えていたんだ」


 カイレンはそう言うと得意げそうな表情をした。


「じゃあこうするか。カイレンが僕を魔願術師協会の一員としてスカウトするまでは一緒で、その後はこうだ。スカウトを受けた僕はカイレンと共に約半年間、人が住んでいないような極地で発生した地脈異常を複数鎮圧。そして半年後、カイレンに実力を認められた僕は正式に魔願術師協会の一員となるためにディザトリーへ、そして今に至る。これでどうだ?」


「うん、怪しさ満点だけどいいと思うよ。ただ、もう少しロマンチックにしても......あ、ごめんなさい。鼻のピリピリするやつ痛いので。すみません、許してください」


 僕は無言で人差し指に発現させた電撃魔法でパチパチと音を鳴らしていた。


「じゃあエディの案で決まりだね」


 エイミィの言葉で僕の設定会議は幕を閉じた。

 ふと窓の外を見て見ると、空の色が少しずつ夕焼け色に染まっているのが見えた。


「さて、訓練棟に行ってちやほやされに行きますか」


 世界最強は上機嫌にそう言いながら席を立つと、僕らも後に続くように席を立った。

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