第8話 魔願術師協会
街に入ってからは、飛翔魔法を使わないで移動することにした。
カイレンはもう見慣れたと言っていたが、やはり僕が魔法を発現させると周囲に黒いオーラが見えてしまうため、街の人々を混乱させないように魔法の使用を控えた。
魔願術師――通称『ディザイアド』は、この魔願術師協会の一員になるための試験を突破した者のみが名乗ることを許される称号らしい。そしてこの魔法都市ディザトリーの住民権を得られるのも魔願術師の称号を与えられた者と騎士団員、そしてその関係者のみとのことだ。
「だからここにいる人たちは皆魔法を使うことができるんだよ。ほら」
カイレンが指を指す方向に目を向けると、陽気な音楽を奏でながら妖精のように空中をひらひらと歌い舞う吟遊詩人や、近接武器を携え都市を飛行しながら巡回する警備兵、発火の魔法を使って調理している出店など、街の暮らしは魔法で溢れていた。
「すごいな。でも、これだけ魔法が使える人がいるのにどうして地脈異常の対処に割ける人員の数は限られているんだ?」
「実はね、私たちって年を取ると魔力を願力に変換する力が弱まっていくの。でも、むやみに若い人を戦地に向かわせるわけにもいかないでしょ?だから魔法の扱いに長けた優秀な若者だけが任務を与えられるんだ」
「......そうだったのか。ん?じゃあもしかしてジルコさんは若い頃はもっと強かったってことか?」
「うん、そうだよ。あ、そういえばエディに言い忘れていたけど、昔おじいちゃんは十二武願の第三位、『破斬のジルコ』って呼ばれていたんだよ」
「十二武願?と言うことはつまり、僕は世界で最も強い十二人の中で三番目に強い人と戦ったってことか?」
「正確に言うと近接戦闘が世界で三番目に強かったってことだね。今はその座を降りて騎士団長になってるけど、近接戦闘の強さはこの街で随一だよ」
「そりゃそうだろうな」
通りでおかしいと思った。
一応戦闘面では根拠のない自信があったが、危うくその自信ごと叩き割られるところだった。
「それと十二魔願帝っていう魔法の扱いに長けた
「なるほどな」
僕がこの街で初めて対人戦闘をした相手は、かつて世界で三番目に近接戦闘が強いとされていた人物だった。年を取って全盛期よりも願力が弱まっていたとはいえ、さすが元十二武願。僕はあの技を使わなければジルコに対して勝つことはできなかっただろう。
すると僕はふと森で戦闘した魔物のことを思い出した。
僕が戦闘した魔物はジルコの戦闘力であれば何ら苦労せずに倒せる強さだった。それなのに地脈異常の任務を任されないことには何か他に理由があるのだろうか。
「そういえば、年を取って魔力を願力に変換する力が弱まってもジルコさんみたいに強ければ地脈異常の任務はできるんじゃないのか?」
「いいや、それはできないんだ」
「そうなのか?」
「うん。変換する力が弱まると言っても魔法の効果が弱まるだけじゃなくて、持続力も弱まるんだ。だから魔物で溢れかえる地脈異常の任務だと、途中で魔法が使えなくなって足手纏いになるからできないんだ」
「なるほど、そういう理由だったんだな」
ジルコとの決闘を思い返すと、確かにジルコは最初からすぐに決着をつけようと僕に急接近して戦闘を仕掛けてきた。決闘のような一対一の対人戦闘であればすぐに決着をつければ何ら問題ないが、複数の魔物と長時間にわたって戦闘するには支障が出かねない。
そのようなことを考えていると、突然カイレンは僕の前に駆けて行き、僕の方を振り返った。
「ではでは、エディに問題です!――私は十二魔願帝の第何位でしょうか?」
「......えっ。まさか、お前ってそんなに強かったのか?」
「ふふん、だから言ったじゃん。私はこう見えてすごいんだって」
「それ本当のことだったのかよ......」
正直僕はカイレンのそういった発言はただの戯言だと思っていたが、まさか本当のことだとは考えもしなかった。だが、比較対象があまりいないがカイレンから見える願力の像は誰よりも鮮やかで神秘的に見えた。
「それでそれで、エディは私が何位だと思う?」
「えーと、そもそも魔法を使っているところをあまり見てないから当てずっぽうで言うけど......十位くらいか?」
するとカイレンは歩みを止め、その場で立ち止まった。
「ふーん。そっかー、エディは私のことをそれくらいの強さだと思てるのかー」
「なんだよその言い方。じゃあお前はもっと上位なのか?」
僕がそう言うとカイレンは待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべた。
「じゃあ教えてあげる。――私は十二魔願帝第一位『破願のカイレン』。――どう、驚いた?」
――......えっ?
「お前が......第一位?」
「そう、私が世界最強なんだよ。すごいでしょ?」
思考が完全に停止し足が止まる。
目の前に立つ少女が世界最強の魔法使いという事実をなかなか受け入れられずにいた。
だが、何度考えても第一位が意味することは世界最強という他なかった。
――ということはつまり......
先程の決闘を思い返すと、そんな世界最強の人物が僕のことを最強の魔法使いで婚約者などと言ったら、人気の少ない城門の前でなければもっと大騒ぎになていただろう。
「どうして......どうしてお前が一位なんだ?」
「えーと、どうしてかって言うとね、理由は簡単だよ。私の願力は他者の願力を打ち消す効果があるからなんだ」
――他者の願力を打ち消す。それはシンプルでありながらも非常に強力な能力であった。
「と言うことはつまり、お前の魔法は願力を媒介にしている魔法だと防ぐことができないのか?」
「さすがエディ、その通りだよ。あと、それとは逆にこの世界のほぼすべての魔法は私に効かないとも言えるね」
得意げな表情を浮かべてカイレンはそう言った。
「それは、なんとも世界最強に相応しい能力だな」
「えへへ、すごいでしょ。まぁ、例外はいくつもあるけど」
この話を聞くと、カイレンに魔法でダメージを与えられるのは僕だけのように思えた。が、ここでもう一つだけそれを可能にする存在を思い出した。
願魔獣。名前から想像するに、おそらく僕と同じ方法で魔法を行使する存在なのだろう。
「なぁ、一つ疑問なんだが、もしかして願魔獣の魔法ってお前に効くのか?」
「えっ......よくわかったね。だから地脈異常の時は願魔獣と戦う時だけ苦労するんだよ」
「なるほどな」
その後カイレンは願魔獣について補足をしてくれた。
僕が予想していた通り、願魔獣とは標準で願力を持ち、それを魔力に変換して魔法を発現する魔物だった。だが、僕と同じように周囲の魔力を取り込んで魔法を発現することも可能であるとのことだ。
地脈異常はこの願魔獣を倒すと収まり、もし倒さずに放置すると周囲は瘴気を含んだ願力に汚染され、そして汚染された土壌は次第に宙へと浮かび浮遊島となるらしい。
そんなこんなで話をしていると、目的地である魔願術師協会本部のすぐ近くまで来ていた。
「おお......」
近くで改めて見ると、その大きさに圧倒される。まるで王城のようなレンガ造りの建物やドーム状の建物、宿舎や校舎のような建物など様々な施設が建ち並んでいた。
「近くで見るとすごいな、それに人もたくさんいる」
「でしょ?ここはディザトリーに来た人が必ず立ち寄る観光地としても有名なんだ」
魔願術師協会本部の周囲は柵で囲まれていたが、門の前には騎士が立っているだけで誰でも出入りができるようになっていた。
「エディ、それじゃあ中に入ろう」
「ああ」
そう言うと僕はカイレンに手を引かれるまま本部の中へと入っていった。
――――――
開きっぱなしの巨大な木製の二枚扉を越えると、そこには広々とした空間が広がっていた。
天井はとても高く、そこからは黄金色に輝く立派なシャンデリアが吊り下げられ、建物内を暖かい色で明るく照らしていた。
そしてそんな空間を埋め尽くさんとばかりに、様々な人種の人々が広間にいた。
獣のような耳や尻尾をご機嫌に動かしながら人間の少女と一緒に掲示板を眺める少女や、艶やかな鱗を纏った尻尾をバシバシと床に叩き付けながら談笑している軽装のリザードマンの青年たち、誰かを待っている様子で自身の背中から生やした大きな翼をさすっている背の高い有翼種の女性など、様々だった。
「へぇ、この世界はいろんな人種が存在するんだな」
「そうだよ。ここはいろんな国から人が来るから特にそう感じるよね」
「それにしても、なんでここにはこんなにたくさん人がいるんだ?」
もともと外の通りには多くの人が往来していたが、建物内はより多くの人々がいた。
「それはこの建物は魔願術師協会の本部だけじゃなくて、冒険者協会の本部でもあるからだよ」
「冒険者?」
「そう、依頼を達成したり魔物の素材を売ったりすることで生計を立てている人たちのことだよ」
「へぇ、そういう人たちもいるんだ」
確かに周囲を見渡すと魔法使いだけでなく剣を携えた男や長弓を背負った獣耳族の女など、様々な武器を携帯している人々がいた。
どちらかというと、この階にはそのような人しかいないようにも見えた。
「――ん......あれは」
そんなこんなでカイレンと話をしていると、周囲の人たちはカイレンがいることに気づいたのか、視線が一気にカイレンへと集まりだした。
「お前って、ここじゃあ有名人なんだな」
「へへ、そうだよ。なんせ私はこの街の顔みたいな存在でもあるからね」
それもそのはずだ。カイレンは誰もが知るであろう世界最強の魔法使いだ。
だが、周囲の人たちの視線はカイレンだけでなく同伴している僕にまで向けられているのを感じた。最強の隣に立つ男は一体何者なのか、おそらくそんなことを考えているのであろう。
「さて、この階段を上った先に魔願術師協会の本部が――」
「――あっ!いたいた!」
突如として、少女の声が聞こえる。
「ん、誰だ?」
カイレンが階段を上ろうと足をかけた瞬間、二階の方からカイレンと同じ見た目の軍服を着た黒髪の少女が、長い髪をなびかせながらカイレンのもとへと駆けてきた。
カイレンの知り合いだろうか。見た目はカイレンと同じ十六歳前後といった感じだ。
「カイレン、久しぶり!いつの間に帰ってきてたんだね」
少女は嬉しそうな様子で、カイレンに抱き着いた。
「エイミィ!えへへ。もう、そんなこと言って私がここに来るのがわかってたんでしょ?」
「ふふ、ばれちゃったか。カイレンが帰ってきたっていう知らせを聞いてね。そっちは相変わらず何も変わらない様子で安心したよ」
「お、それは嫌味か?そっちはここら辺がまた随分とご立派になって......」
「ひゃっ?!ちょっ、やめてよカイレン!」
「へへへ、ごめんごめん」
カイレンがふざけた様子でそう言うとエイミィという少女は赤らめた頬を少しだけ膨らませた。
エイミィは不思議な少女だった。だが、それは性格を指してのことではない。彼女が常に纏っている願力の像はノイズのようなものがかかっていた。
「それで、カイレンは何しに来たの?」
「ふふふ、それについての重大発表があります。実は......」
そう言うとカイレンはエイミィの耳元で何かを囁きだした。
「うんうん......なるほど......ふぇっ?!」
エイミィは何を聞いたのか突然頬を赤らめながら驚きの声を上げ僕の方を見た。
――まさか僕のことをジルコの時のように......!
「――おい待てカイレン、彼女に僕のことを何て伝えた?」
「もう、エディったら察しがいいのにそんなこと聞いちゃって」
「まさかお前っ!......はぁ、また余計なことをしやがって」
カイレンがエイミィに僕のことをどのように紹介したのかが何となくわかった。
どうせ、僕のことを婚約者だと紹介したのだろう。
エイミィが頬を赤らめて僕のことを見ている時点でわかりきったことだ。
「あの、エディゼートさん。その、えーと」
しどろもどろな様子のエイミィ。カイレンの後ろに立ってちらちらとみてくる様子は、まるで小動物のようだ。
「はぁ、エディでいいよ。それにかしこまらなくてもいい。そんなに年も離れていないだろ?わからんが」
本当に、自分の年齢がわからない。水面に映った自分の顔からは、少なくとも若さが似合いそうな様子があったが、鏡ではっきりと見るまでは何とも言えない。
――カイレンより少し年上くらいのはず......はずだよな?
「あ、はい。じゃあエディ、その、本当は違うんだよね?」
「ん?どういう意味だ?」
「その、勘違いだったら謝るんだけど、婚約者と言うのはカイレンの冗談......だよね?」
そのエイミィの言葉は、まるで澄み切った朝露が泉に滴るように、スーッと僕の心に響いた。
「――ああっ、そうだ、その通りだ!」
「ちょっ、エディ?!」
カイレンは慌てた様子で僕を見る。
「はは......やっぱりそうだよね」
僕の眼前に女神が現れたような感覚になった。
何ということだ、ここにきてカイレンの妄言に騙されない人物に出会うことができた。
きっとカイレンとエイミィは長い付き合いなのだろう。
僕はこれから誤解を解かなくてはいけないのかと辟易していたが、その必要がないとわかり一安心した。
するとエイミィは僕の方に体を向け、
「そうだ、私の自己紹介をするね。――私の名前は『エイミィ・サフィリア』。カイレンとは小さい頃からの付き合いなの。これからよろしくね、エディ」
と、手を差し出した。
僕もそれに応じるように、
「ああ。よろしくな、エイミィ」
と言って、握手を交わした。
「あ、エディ。ちなみにエイミィはこう見えて、十二魔願帝の第七位――『変幻のエイミィ』でもあるんだよ」
「......えっ?!お前も十二魔願帝なのか?」
「えーと、うん、そうだね。このことは後で言うつもりだったんだけど、先にカイレンに言われちゃったな、はは」
「まじかよ......」
まさか一日で世界最強の十二人のうちの二人に出会うことになるとは思いもしなかった、なんて言うのももう飽きた。
もういろんなことが起きてめちゃくちゃだ。
こんなにも簡単に世界最強に出会ってしまっていいのだろうか。
自分の運が今日ですべて使い果たしてしまったような気分になった。
――――――
その後エイミィが自身の事について教えてくれるとのことで僕たちは人気の少ない場所でテーブルを囲んで座りながら話すことにした。
席に着くと僕たちは喉が渇いていたため飲み物を頼んだ。
運ばれてきた葡萄のジュースは酸味と甘みがちょうどいいバランスでとても飲みやすかった。
「それで私の一族は吸血族の末裔でね、その名残で本来の私の姿は今の姿と少しだけ違うんだ」
「へぇ、どんな姿なんだ?」
そう言うと、エイミィは纏っていた願力を解除した。
すると先程までとは打って変わり、一目で別の種族になったとわかるように姿が変化した。
青い瞳は赤くなり、そして鋭い牙のような犬歯と、願力と魔力が混在して実像を成した半透明の翼と尻尾のようなものが生えていた。
「すごいな......これは幻術なのか?」
「うん、そのような表現も正しいね。――私は自分の姿を変えたり、物体や願力の性質を変えたりすることが得意なんだ」
そう言うとエイミィは銀色の金属グラスを木製のグラスへと変化させた。
願力による魔法の発現は非常に難解な概念が存在するため、エイミィが発現させた魔法を見てすぐに彼女がただ者ではないことがわかった。
「おお、すげぇ......」
「えへへ......ひゃあっ?!」
「ん?」
するとエイミィは突然声を上げる。
何事かと思いエイミィを見てみると、隣に座るカイレンがエイミィの細長い尻尾をそろりと撫でていた。
「私、こっちの姿の方が可愛いと思うのにエイミィはいつも、気味悪がられるからって言ってなかなかこの姿になってくれないんだよね」
「もう、いきなり触られるとくすぐったいよ!」
「エディだってこっちの姿の方が可愛いと思うでしょ?」
とてつもなく答えにくい質問が投げかけられる。
「えーと、少なくとも僕はその姿が気味悪いとは一切思わないな。むしろ、そっちの方が似合っている気がする.......よ?」
ああ、こう言うとなんだかこっちまで少し恥ずかしくなる。
僕がそう言うと、エイミィは尻尾をくねくねと動かしながら俯いた。
「あー、ちょっとエディ!私の可愛いエイミィをたぶらかさないでよ!」
「はぁ、僕はそんなつもりで言った覚えはないぞ」
エイミィの翼や尻尾は感情に合わせて動くのか、しばらくぱたぱたくねくねと動かしながら少しだけ頬を赤らめていた。
するとカイレンはエイミィに代わって彼女のことについて話し始めた。
「ああ、そうだ。エイミィの一族は代々魔法に関する研究をしていてね、その中でもエイミィはずば抜けて優秀なんだ」
「へぇ、それはすごいな」
カイレンがそう言うと、エイミィは顔を上げて少し照れくさそうに微笑んだ。
「えへへ、それほどでもないよ。――あ、そうだ。私、エディについての事も聞きたいな」
エイミィについてのことはよくわかった。
となると、今度は僕の番になるのか。
さて、どこまで話せばいいのだろうか。
「それならエイミィ、私たちと一緒に会長室まで来てくれるかな?」
「うん、いいけど。でもどうして?」
「それは行ってからのお楽しみ」
どうやらカイレンは僕を助手として登録する手続きにエイミィも同行させるつもりらしい。僕の正体は手続きの際に協会関係者と一緒に説明した方が二度手間にならずに済むということだろう。
「そうとなれば、早速いこうか。二人とも」
「うん、そうだね。きっと今ならガネット会長もいるはず」
カイレンとエイミィはそう言うと、早々に席を立ちあがった。
その後僕らは螺旋階段を上って魔願術師協会の事務所へと向かった。
その間、正面を歩くエイミィは、尻尾をゆらゆらと機嫌がよさそうに動かしていた。
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