第6話 魔法都市ディザトリー

 荷物をまとめた僕らは、山岳地帯を越えたところにある魔願術師協会の本部に向かうため、飛行魔法で移動していた。

 周囲に魔力が無尽蔵にあるため、僕はカイレンの分の飛行魔法も発現させている。

 大気中の魔力を贅沢に消費して推進力を大幅に上げて飛行すると、まるで飛竜にでもなったような気分だ。


「ひゃー!私こんな速さで空を飛んだことなんてないよ!見てエディ、私たちがいた森がもうあんなに遠くだよ!」

 

と、今では楽しそうに僕の周りをくるくる旋回しながら高速飛行を堪能しているカイレンであったが、飛び始めは想定していた速度より速く飛行したからか、しばらくは僕にしがみついたままだった。

 

「ねぇ、エディ」


 何気なく地上の風景を眺めていると、カイレンから肩を叩かれた。


「どうした?」


「魔願術師協会の本部に着いたらエディを助手パートナーにする手続きをしようと思ってるんだけれど、何かしらの設定を用意しておかないといけないかなって思って」


「――ああ、そうだな。さすがにありのままのことを伝えるわけにもいかないからな」


 確かにカイレンの言う通りだ。僕の正体が別世界から召喚された魔導師だとばれれば、混乱が生じかねない。ましてや異端者として世界を追われるようなことになるのは避けたい。


「でも逆に、一部の上層部の人だけに事情をそのまま伝えた方がいい場合があるかも」


 僕の考えを否定するかのような言葉が聞こえてきた。


「と言うと?」


「素性がわからない人物を魔願術師協会の一員にするときに、嘘を見抜く魔法みたいなのを使って尋問をしたり、魔法技術がどの程度かを確認する試験をするときがあるの」


 僕の正体をありのまま伝える。今後の行動のことを考えると、少し厄介ごとに巻き込まれてしまうような気がしたが、正体がばれるのは時間の問題だと考え、僕はその提案を、


「わかった、そのプランでいこう」


と、二つ返事で採用した。


「ありがとう、エディ。もし正式に魔願術師協会の一員になれれば、身元の証明をするときに役に立てられるよ」


 確かに、身元を証明できるものがあることは、この世界に突如として召喚された僕にとって大いに役に立つだろう。今では浮浪の一文無しだ、ありがたいことこの上ない。


「もしかして、それが僕を協会の一員にする理由なのか?」


「まぁ、それもあるし、エディに関する情報が見つかったときにいち早く知ることができるかなって」


と、カイレンは横目で僕の方を見ながら言った。

 まさかカイレンがそこまで考えてくれているとは思いもしなかった。


「......なんだか、またお前に借りを作ってしまったな」


「そんなこと言ったって、まだ正式に助手になったわけじゃないよ。それに所属できるかどうかもわからないし」


「いや、気持ちだけでも十分ありがたい。でも、どうしてカイレンは僕にここまでしてくれるんだ?」


 いくらなんでも助手が欲しいという理由だけで、ここまで僕に気を遣ってくれるとは考えにくい。何か他にも理由があるのかと考えるが、これといった理由が思いつかない。


「――実はね、エディが空から降ってきた日は私の誕生日だったの」


「え、そうだったのか?あーその、遅くなりましたがおめでとうございます」


 当然プレゼントなど用意できるはずもなく、とりあえず祝福の言葉だけを送った。


「ふふっ、ご丁寧にどうも。これで私は16歳になって成人したから結婚できるよ」


「......」


 なんとも反応しづらいセリフ。僕は一体どう答えれば正解なのだろうか。


「まぁ、私にとってエディは神様がサプライズで用意してくれたプレゼントみたいなものなんだよ。すごいロマンチックでしょ?」


 カイレンは満面の笑みでそう言うと、僕のローブの裾を握った。なるほど、命を懸けたやり取りをしたというのに急激に僕との距離を縮めてきたのはそういったこともあってのことなのだろう。


「そんな理由だったのか......」


「そんな理由って、ひどいなぁ。私、エディの好きなところいくらでも言えるよ?」


 気恥ずかしさもなくカイレンは鼻を鳴らしてそう言った。


「僕の好きなところと言ったって、まだ出会って一日しか......」


「ちゃんとお礼が言えるところ、聴くと落ち着く声をしているところ、実はローブの下にはたくましい体が眠っている――」


 ――聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「おい待て。まさか、僕が目覚める前に変なことしてないだろうな?」


「......ちょっと覗いただけ」


「おい」


 僕が疑いの目でカイレンを見ると、カイレンは握っていた手をパッと離しそっぽを向いた。


 そんな他愛のないやり取りをしていると、いつの間にか果てしなく続いているかに思えた山岳地帯も最後の山を越えようとしていた。

 

「ようやく景色が変わってきたな。なぁ、このペースで進むとあとどれくらいで着くんだ?」


「今グラシア北部の山岳地帯を抜けたところだから......えーと、あと三日くらいかな」


 僕の想定よりも人里からかなり離れた大自然のど真ん中に僕らはいるのだった。


「三日、か。まじかよ......」


「でも今はかなり高い場所を飛んでるから、もう少し早く着けるかも」


 僕たちはかなりの速度で移動していたためもうすぐ着く距離に目的地があると考えていたが、そのようなことはなかったらしい。


「しかし、任務でこんなに遠くまで出向かなくちゃいけないだんて、お前も苦労しているんだな」


 一人で極地という魔力濃度の低い過酷な環境で地脈異常の対処に当たっているとは。――と、思っているとどうやら何か裏があるらしい。そのことはカイレンの様子を見てすぐにわかった。


「え......あっ、うん。そっ、そうだねー。うん、そうだとも!ひどいよねぇー」


「ん?」


 露骨に怪しい返答だった。やはり、カイレンはまだ僕にすべてを話していない、そんな気がしていた。例えば地脈異常の任務は本当は複数人、もしくはそれ以上の人数の討伐隊を編成して行うべきものだとか。

 そう思ったことの根拠として、僕が夜中に戦った魔獣は単体ならまだしも複数を相手にしないとなると非常に厄介なものだった。


「なぁカイレン、任務とか地脈異常についてまだ隠していることがあるんじゃないか?」


 問いただす様にカイレンを見つめると、まるで観念したようにため息を吐いた。


「はぁ......もういいや。エディにどうせいつかばれることだし。わかったよ、全部話す」


 そう言うとカイレンは僕の下方に移動してきた。


「実は私は......」


「私は?」


「私は......約半年くらい前から地脈異常が発生していないかを単独で調査しに行くといって、任務をサボっていました!」


 あっさりと、簡潔にカイレンは隠し事やらを白状してみせた。その表情からは反省の意が全くと言っていいほど感じられなかった。


「......」


「へへへへへ~」


 カイレンはそう言うとクルクルっと僕の周りを旋回した。


 ――なんでこいつはサボってるのにヘラヘラと笑えているのだろうか。後で協会の人たちに告げ口してやるか


 そう思うと一つの行動案がすっと湧き上がってきた。

 

「そっか、じゃあ僕は一刻も早く本部に着いてこのことを報告しないとだな、カイレンがサボっていたって。それでカイレン、本部がある方角はこっちであってるんだよな?」


 僕は進行方向の先を指差した。


「ん?間違いないよ。でもいきなりどうした――って、エ、エディ?!えっと、急に抱き着かれるとその、心の準備が......」


 カイレンが振りほどかれないように、しっかりと固定した。準備は万端、あとは実行に移すだけだ。


「――気をしっかり保てよ」


「え?どういう意味って、――うわぁっ?!」


 僕はカイレンを抱えながら大気中の魔力を一気に消費してギリギリ人間が耐えられる速度まで加速した。体感先ほどまでの速度の三倍くらいだ。

 前方には飛行魔法のおまけ機能の風の障壁が展開されていたため、顔面に過度な負荷がかかることはなかった。なかったが、それでも風を裂くようなすさまじい音が響いていた。


「ちょっ、ちょっと待ってよエディー!!」


「んー?風がうるさくて聞こえないなぁー」


「聞こえているでしょっ!」


 三日かかるなら速度を三倍にすれば一日で着ける。サプライズの連続で疲弊気味の頭ではこれくらいの馬鹿馬鹿しい考えがちょうどいい。

 カイレンから聞いておきたいことは他にもあったが、次に地上に降り立った時に聞くことにしよう。そう思って今は気の向くまま樹海上空を突き抜けていった。


「エディのばかぁー!」


「あっはははははー!」


 そんなカイレンの心からの叫びは、高速移動する僕らに置いて行かれるように響き渡った。  



――――――



「はぁ~、楽しかった。お疲れ、エディ」


「なんだかいろいろ疲れた......」


 結局あの後僕たちは日が傾くまで上空を移動した。何度もカイレンに休憩をしなくて大丈夫かと声をかけたが、なんだか満足げな顔で「いやだ!」と返事をするばかりだった。なんとなくその行動の理由がわかったが、本人に言うと面倒なことになりそうなのでやめておいた。

 その後僕たちは完全に日が落ちる前に夕食の準備をした。僕は少し疲れていたため、岩の上で仰向けになりながら時折横目でワンピース姿のカイレンが食材を調理していくのをボーっと眺めていた。


「このペースで進んだなら、明日の朝に出発すればすぐに着きそうだね。エディ、これ味見してみて」


 一人カイレンの様子に呆けて見ていた僕に、カイレンは調理していた肉らしきものを差し出してきた。いい匂いが漂っていたので、そのまま躊躇いもなく口にした。


「どれ。ん、この肉癖がなくてなかなかおいしいな。それより、何の肉だ?」


「ん、でっかいカエルもどき。ほら、あそこの川にいっぱいいるでしょ」


「あそこって、うえっ......」


 カイレンが指さす方向に食材となったカエルらしきものがいた。何だろう、僕の知ってる手乗りサイズのカエルじゃないというのは確かだ。子供だったら丸のみできるほど大きなカエルらしきものはもはや魔獣と呼ぶべき見た目をしていた。しかし、まさかこんなことで今いる対界と以前いた世界のギャップを感じてしまうとは。


――――――


 夕食を終えた僕たちは明日に備えて早めに寝ることにした。結界魔法は見張りをしなくていいという点において、野宿するには革命的な魔法だとカイレンは嬉しそうに言った。

 今は二人、地面の上に敷いた布団の上で夜空を仰いでいた。


「へへ、なんだか前にもエディとこうしていた気がする」


「変なこと言うなよ、って言いたいけど、僕もなんだかそんな気がする」


 出会ったばかりなのに不思議と懐かしい。

 他愛のないやり取りも、うんざりするような言動の数々も、記憶こそないが僕はこの感覚を知っていた。それはどうやらカイレンも同じようだ。


「明日はきっと大変な一日になるから、今日はもう寝よう、エディ。おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 僕はローブのフードを深くかぶり、そのまま目を閉じた。




――――――




「――さぁ、エディ。もう少しで着くから今のうちにワクワクしといてね」


 すっきりとした調子よさげな声音と共に軍服姿のカイレンは僕の周囲をくるりと旋回していた。


「随分とハードルを上げるけどいいのか?」


「もちろん!この世界を知らないエディにとってはきっと面白いものだらけだよ」


 今は日が昇ってすぐの朝。準備を整えた僕たちは目的地の魔願術師協会の本部がある都市へと飛行魔法を発現させて向かっていた。

 季節は冬だが日が昇り始めると徐々に肌寒さの中に暖かさを感じられるようになった。

 

「そろそろいい距離まで来たかなー」


「ん、どうした?」


 するとカイレンが、


「ちょっと目をつむって私についてきて」


と、僕の手を引っ張りながら言ってきたので、僕はそれに従う。


「もうちょっと、そのまま。あと五分くらいかなー」


「結構長いな」


 ――しばらく僕はカイレンに手を引かれるまま飛行を続けた。するとある時点を境に水平移動から直上へと導かれた。


「どこに向かっているんだ?」


「その答えは自分の目で確かめてね。よし、もう目を開けていいよ」


 言葉に従うまま、ゆっくりと目を開ける。

 

 日の照り返しに一瞬視界が白む、その直後――数度の瞬きの末眼前に広がっていたのは、大自然と融合した広大な石造りの街だった。突如として現れたように、その街は山々の裂け目の窪地に湧き立つ人々の営みの形を大自然に刻み付けていた。

 

「――これは、すごいな......」


「でしょ?それでは、私の故郷へようこそ!『魔法都市ディザトリー』へ!」


 軍服を翻しながら僕の前に立つカイレンの下には、巨大な城塞都市が広がっていた。

 都市を中央で二つに分断するように流れる幅の広い川、屋台に集まる人々で溢れかえる賑やかな広場、小高い場所にある一際大きく立派な灰色の石造りの建造物群、斜面と平地を埋め尽くすように建てられた家と敷き詰められた石畳の道、そして――


「もしかしてあれが気になってるでしょ?」


「ああ、一体あれはなんだ?」


 カイレンが指差す方向に、雲まで届きそうな程大きな、願力により虹色に輝く半透明の葉のない大樹が街を見下ろす様に生えていた。感覚を研ぎ澄ますと、その大樹からは願力だけでなく魔力も放出していることがわかる。遠くにいた時は、高度を下げて木々の上をかすめるように飛んでいたため、街の周囲を取り囲む山々に阻まれて存在に気づかなかった。

 

「あれは『魔願樹』って言ってね、この世界にある魔力のほぼすべては魔願樹から放出されたものなんだよ。それで――」


と、カイレンは魔願樹について詳しく語り始めた。


 カイレンの話をまとめると、この魔願樹と呼ばれる奇妙な大樹は世界中に点々と存在しているらしい。そしてその魔願樹は世界中に根を生やすように地脈を広げている。


「地脈のおかげで、魔願樹がない地域にも魔力が溢れているんだ」


「なるほど。でもここの方が心なしか魔力濃度が高い気がするな」


 さらにこの世界では新たに国として認められるためにはまず、この魔願樹が国土内にあることが必要条件になるとのことだ。

 一見すると、この世界に存在する国の数に変動が起きないように見えるが、地脈の途中に何らかの原因で魔願樹が出現することがあるらしい。魔願樹が初めて誕生したのは意外にも千年ほど前の出来事らしく、それ以前に存在した国は国土に魔願樹がなくとも国として認定されているとのことだ。


「ここから一番近い国が魔願樹のない国でね。でも逆を言うとそれだけ長く繁栄してるとも言えるんだ」


「なるほどな」


 そして地脈異常は、この魔願樹から伸びた地脈で起こる不具合とのことだ。発生の詳しい原因は分かっていないらしいが、地脈から溢れ出した異質な魔力と願力には魔物を引き付ける効果があるらしく、地脈異常が発生する前触れを魔物の不可解な行動から察知することができるとのことだ。


「暴走した魔物は見境もなく襲ってくるから大変だけど、逆に言うと知性もなくなってるから倒しやすいんだ」


「確かに、この前相手にした魔物は僕の攻撃を避けようともしなかったな」


 僕はカイレンから魔願樹に関する情報を一通り聞いたところで、気になったことを質問することにした。


「なぁ、この国は王が治めているのか?ほら、あそこに見える灰色の建物は王城か何かだろ?」


 僕が指差す方向には灰色の立派な石造りの建物があった。建ち並ぶ家々と比べてかなり前に建てられた様な建築様式ではあったが、逆にそれがいい味を出しているようにも見えた。


「ふふっ、残念。実はあれが目的地である魔願術師協会の本部なんだよ」


「えっ、そうだったのか?思っていたよりも随分立派な建物なんだな......」


 確かに建物の周囲をよく見ると、いかにも魔法使いのような恰好をした人や、カイレンが着ている軍服と同じようなデザインをした服を着ている人がいた。いや、それだけでなく多種多様な装備を身に纏った人々の姿も確認できた。


「それとこの都市は少し特殊でね。どこの国にも属さず、また王族や貴族、平民といった社会構造を持たない特殊区画なんだ。でも他の国でいうところの王様みたいな役割の人がいてね、その人は魔願術師協会の会長を務めている人なんだよ」


 そう言ってカイレンはその建物を指差した。


「そうなんだ。それにしても、カイレンがディザトリーのことを詳しく教えてくれるおかげで、僕はすっかり観光気分だ」


 この世界について何も知らない僕にとってカイレンのような案内役は非常にありがたかった。知らなくてはいけないことも知らないようでは、いつそれが原因で身を危険にさらすことになるかもわからない。知識は護身のために必要なものだった。


「えへへ、そう言ってもらえて嬉しいよ。実はエディにここのことを紹介するのが楽しみで、朝起きてからずっと考えてたの」


「そうか、それじゃあこのまま僕を魔願術師協会の本部まで案内してくれ」


「うん!任せて!」


 僕は嬉しそうにほほ笑むカイレンに手を引かれながら、魔願術師協会の本部へと向かうのであった。

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