第5話 浮遊する島々と魔獣と名前

「はぁ......。なんだよ、助手君ダーリンって。なんでいきなりカイレンの中の僕に対する好感度が異常に高くなっているんだ?」


 ――変な魔法でも喰らたのか?それとも、ただただ舞い上がっているだけなのか


 とにかく、激動の一夜だった。ようやく一人で物思いにふけっていられる時間ができた。


 自分自身のことと、以前いたであろう世界に関する記憶が全くない状態で目覚め、世界の理に準じないことから自身が別世界から召喚されたことが判明し、そして謎の少女の助手となった。


 カイレンはあの後「今日は疲れたから寝るね」と言って、今は僕の隣で眠っている。

 カイレンが着ていた軍服はいつの間にかまたワンピースに戻っていた。魔道具の一種なのだろうか。


 そんなことよりも、僕の同行が決定してからカイレンの様子がおかしい。そわそわして落ち着きがなかったというか、やけに距離感が近くなったような。


 ――まぁ、嫌われることの何倍もましだ。


 そう思って、少量の魔力を大気中から吸収した。


「とりあえず、少し飛んでみるか」


 眠りから目覚めたてで眠くなかった僕は、とある場所――そう、あの浮遊する島々に向かって行った。


 ――さて、行ってみよう


 飛翔魔法で一気に高度をあげ、浮遊島群が間近で見られる距離にまで浮上する。


 ――結構遠くにあるんだな


 観察してみたところ、島は大小さまざまだった。ただ、どの島にも共通して言えることがある。それは、どの島も願力を帯びているということだ。しかもただの願力ではない。呪いのような、誰かの願いが歪んだような禍々しい願力だった。


 ――願力は精神力のようなものだから、こうして何気なく存在してるのは少し気味が悪いな。ん?これは......


 そんなことを考えながら地上の方に目をやると、そこには衝撃の光景が広がっていた。


「......」


 まるで何かに削り取られたように地表面がえぐられていた。それもかなり広範囲に及んで。


 ――そうか、そういうことだったのか


 この浮遊島群の正体がわかった。そう、これらはもともと地表にあったものが、何らかの影響で願力を帯びて浮遊していたものであった。


 その様子は、まるで不浄の願力で汚染された土壌を地上から遠ざけているかのようだ。


 ――まさか、これも地脈異常となにか関係しているのか?

 

 目を凝らしてえぐられた地表面を見てみると、そこには誰かが魔獣と争った形跡が見られた。

 死骸がいくつも転がっていた。

 気になった僕はその現場に降り立ってみることにした。


 ――うっ、なんだこの臭いは......


 思わず鼻を塞ぐ。

 魔獣の死骸の周囲は、体液のツンとした臭気で満ちていた。

 地面に横たわる魔獣の死骸を観察すると、どの死骸も何かに切り裂かれたような裂傷があった。


 ――多分暴走した魔獣の死骸なんだろうけども、カイレンが言っていた願魔獣というのは一体どんな魔物なんだ?


 名前から察するに、僕と同じように願力を変換して得た魔力から魔法を発現する魔物だと推測できるが、実際のところは確認するまでわからない。


 ――とりあえず辺りを調べてみるか


 そう思い、僕は浮遊島周辺の森の中を駆けて行った。



――――――



 その後しばらく周囲の探索を進めたが、願魔獣に関する手掛かりは何も得られなかった。

 ただひたすらに地面が抉られ、魔獣の死骸が転がっている。

 妙な静けさが森の中を満たしているようだった。


 ――手掛かりなしか。仕方ない......ん、光?


「......誰か、いるのか?」


 探索を諦め帰ろうとする僕の眼前、ゆらゆらと揺らめく赤黒い願力の像が見えた。


「人か?......いや、違うな」


 ――この気配......まさか魔獣の生き残り?え――



 瞬間、無数の黒色の斬撃が、僕を射止めんと放たれる。



「っ!?」


 間一髪のところで飛んできた斬撃を飛翔魔法で回避する。


「っはぁ!あぶねぇ......」


 上空から地上を見下ろすと、斬撃が飛んできた方向には狼の形をした影が見えた。

 すると空中にいる僕を撃ち落とさんとばかりに、影は目を赤く光らせると再び斬撃を放った。


 ――ちっ、やられてばかりでたまるかよ!――『氷穿つらぬけ』!


 斬撃を回避しつつ氷属性の魔法を発現させる。

 頭上に出現した無数の氷柱は弾幕となり、影を一直線に貫いた。


「......」


 耳を劈くような激しい衝撃音が周囲に響き渡る。

 過剰に攻撃をしてしまったせいか影がいた地表面の様子は舞い上がった土煙で見えなかった。

 大気中に魔力が溢れかえっているため、想定していた威力の何倍もの力で魔法を放ってしまったのだろう。


 ――やっぱり人相手に使うときは加減しないといけない威力だな、この魔法は


「さて」


 しばらくして地上に降り立った僕は、少し距離を取りながら土煙の中を確認する。


「......やっぱりか」


 すると氷柱は見事に魔獣の頭を貫き、先ほどまでは影しか見えなかった魔獣の本体が見えるようになった。

 原型はほとんどとどめていなかったが、周囲に散乱している魔獣の死骸と同じ灰色の毛並みをしていた。


 ――もしかして姿がよく見えなかったのは、黒い願力を纏っていたからなのか?


 思い返すとカイレンも魔法を発現する際に願力を纏っていた。

 僕は魔力を視覚としてとらえることはできないが、感覚としてなんとなく感じ取ることができる。一方で、願力ははっきりと目で捉えることができる。


 ――願力の色が異なる理由は、発現者の意思によるものだろうな


 何故ならカイレンから見えた願力の色が敵対心の有無で変化していたからだ。

 この仮説が正しければ、僕は術者の敵意を願力の色で確認することができる。

 これは戦闘において役に立つかもしれない。術者が魔法を発動するタイミングを見極めることができれば、攻撃を回避しやすくなる。


 そんなことを考えていると、山の際が徐々に明るくなってきた。


 ――日も昇ってきたし、今日のところは帰るとするか


 目ぼしい収穫はなかった。

 僕は飛翔魔法を発動し、朝日に照らされながらカイレンのもとへと向かった。



――――――



 僕が戻ると、カイレンはまだ毛布に包まりながら眠っていた。


「――すぅ、――ふぅ。――すぅ」


 森の中だというのに、カイレンは無防備に寝ていた。


 ――どこから取り出した毛布なのだろうか?


 とてもあのリュックから取り出したとは思えない大きさだった。


 ――しかし日の光の下でこうして改めて見ると......。ははっ、なんだか小動物みたいだな


 日の光に照らされた細い薄ベージュの長めの髪は、野宿しているとは思えないほど綺麗に手入れされていてとてもサラサラしていた。まるで鳥の巣で寝ている小さな妖精みたいだ。


「――んっ、うぅ」


「お、目覚めたか」


 そんなことを考えていると、カイレンは僕の気配に気づいたからだろうか、目を覚まして大きく伸びをした。

 しょぼくれた目を擦ると、カイレンはボーっとした様子で僕を見た。


「おはよう、カイレン」


「んー、おはよう。ダーリン」


 開口一言目。僕は何故か勝手にカイレンの伴侶にされた。


「......寝ぼけているのか?」


 目覚めたてで眠そうなカイレンは再び目を擦ると毛布に包まりながら、のそっと僕の方を向いた。


「だって、君に名前がないんだから仕方ないじゃん。ふあぁ~」


「......」

 

 そうだった。すっかり忘れていたが、僕には名前がない。


「装備品のどこかに、自身の名前に関する手掛かりがあればよかったのだけれどな......」


 残念なことにそういったものは何一つとしてなかった。

 今はまだ僕とカイレンの二人しかいないため、名前がなくともコミュニケーションに何ら問題は生じなかったが、いずれ誰かと出会ったときに名乗ることができないと不便だ。

 

「ふあぁ。――さて。君の名前、どうしようか」


「あれ、お前さっきまで包まっていた毛布は?」


 先ほどまでカイレンを包んでいた毛布が、目を離した隙にいつの間にか消えていた。


「ん?このリュックの中だよ」


 カイレンはそう言うとリュックの中から小さくなった布束のようなものを取り出した。


「もしかして、魔法で圧縮したのか?」


「そうだよ。魔道具を作るのが得意な友達がいてね。後で会ったときに紹介してあげるよ」


「へぇ。それは楽しみだ」


 魔道具、恐らく僕の装備も何かしらそういった効果があると思うが、如何せん記憶がないためわからないままだ。

 少なくとも、この黒いローブは高い魔法耐性がありそうだが、果たして願力を媒介としたこの世界の魔法には通用するのだろうか。


「それじゃあさっきの話の続き、君の名前をどうするか」


 カイレンは手をポンっと叩く。


「うーん、自分で自分の名前を決めるのはなんだか変だから、カイレンが決めてくれ」


「えっ、いいの?じゃあ......」


 僕がそう言うと、カイレンはウキウキしたような様子で考え出した。

 頼んだのは僕自身だが、なんだかろくでもない名前を付けられそうな気がしてきた。


「じゃあ......ダーリン」


「却下だ」


「それじゃあ、あなた」


「それも却下だ。そもそも名前じゃない」


 くだらない言葉のやり取りを終わらせる。予想は見事に的中、ろくでもないものばかりだった。


「うーん。だって、いきなり名付けするのは難しいんだもん......」


 カイレンは目を細めて難儀な表情を見せつけた。


「それもそうだけど......」


 今更だがカイレンがそう言うのも当然だ。僕だっていきなり誰かに名づけを頼まれてもすぐに答えられない。


 ――何かいい考えはないものか......


「そうだ、僕の特徴とかから何か連想できたりしないか?」


「特徴か......」


 しばらくカイレンは何かを考えた様子で下を向いていた。

 ――するとカイレンはふと何かを思いついたような様子で、


「願魔導師......エディゼート」


と、短く呟いた。


「願魔導師?なんだそれは」


 語感から何となくその意味は察せだが、それが僕の名前に関係したことなのだろうか。


「今考えた君の称号と名前」


「僕の?」


「そう、『願魔導師エディゼート』。君にぴったりの名前だと思わない?」


 まるで提案した自分の賢さを誇るように得意げな表情でカイレンはそう言った。

 だが、確かにその名前はしっくりくるだけでなく意味も込められており、僕が提示した名付けの条件としては完璧なものだった。


願魔導師エディゼート、エディゼートか。......ああ、これ以上ないくらいにいい名前だ」

 

 願魔導師、カイレンは魔願術師だったことからその逆を意味するこの言葉は僕に相応しいものだった。そして願魔導師を意味するであろうエディゼートという名前。


 この世界で願魔導師と名乗れるのは僕だけという事実に、少し気分が高揚していた。


「ありがとうカイレン。この名前、すごく気に入った」


 僕もカイレンも満足げな表情を互いに見せ合っていた。


「どういたしまして。ふふっ、気に入ってもらえたみたいで私も嬉しいよ」


 カイレンはそう言うと願力を纏いだした。そしてひらりと回りながら着ていたワンピースを軍服に変化させ、山の向こう側を指差しながら、

 

「あの山岳地帯の奥の森林地帯を越えたところに魔願術師協会の本部があるから、早く行こう、エディ!」


と、眠気からすっかり本調子を取り戻して僕の手を引っ張った。


「ちょっ、いきなり元気になりやがって」


「えへへ。私は切り替えが早いんだ!」


 いつの間にか日は完全に昇り、僕の頭上にはまるで旅の始まりを祝福するように青空が広がっていた。

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