第4話 伝承と旅の始まり

【それは遥か昔、世界がまだ一つだった頃。誰もいない最果ての地に、突如として魔王と呼ばれる存在が現れた。世界は魔王の強大な願力により、瘴気に包まれようとしていた。しかし、魔王の出現と同時に一人の勇者と二人の聖女が現れ、彼らは幾多の困難を乗り越えた末、魔王を討伐。しかし、その後彼らの行方を知るものは誰もいなかった。なぜなら彼らは魔王を倒すと、自らの命と引き換えに世界を引き裂いたからだ。もう二度と、同じ惨劇を繰り返さないようにと願いながら......】


 と、カイレンは子供に言い聞かせるように語った。


「......まるで準備でもしてたみたいすらすら言ったな」


「だって小さい頃に好きだった話なんだもん。それに吟遊詩人の間じゃあ鉄板の物語なんだよ」


「へぇ」


 カイレンが語った伝承は、一つの物語のあらすじを簡潔にまとめ上げたようなものだった。それ故、気になる箇所がいくつも見られた。例えば、魔王と呼ばれる存在や、世界を引き裂いただとか。


「いろいろ気になるところがあると思うけど、もう数千年前の出来事だし、人類は滅びかけてたから詳しいことはあまりわかっていないんだ」


「如何にも、言い伝えって感じだな」


 そうなると、数千年前にはすでに文明らしきものは存在していて、今はその末裔たちがこの世界で生きているということになる。


「そうだね。あ、それとさっきの質問の、なんで魔力から直接魔法が使えないのかっていうのはね、この世界の理がそう決まっているからなんだよ」


「それは......僕が思っていたよりも随分と単純でどうしようもない理由だな」


 この話が本当だとするならば、この世界の理が魔力による魔法の発現ができないものとしている以上、他に魔法を発現させる方法はなさそうだ。


「だけれども君はこの世界の理から外れた魔法の使い方ができる。――これはなんでだと思う?」


 カイレンがそう言うと、月が雲間からゆっくりと顔を出した。

 透き通るような青白い月明かりに照らされたカイレンの姿は、とても神秘的に見えた。


「なんでって言われても......ん、まさか......」


 合点がいった。


「そう――」


 するとカイレンはおもむろに立ち上がって僕の方を向いた。


「――今ここにいる君は、引き裂かれた対成す世界、『対界』から召喚されたんだよ!」


 青白い月を背に、カイレンは僕を見てそう言った。


「対成す世界から、召喚?」


「そう!」


 なんとなくわかっていたこともあったが、僕はカイレンが言ったことのすべてをすぐに理解することができなかった。

 引き裂かれた世界の傍らである『対界』という存在。聞きなじみのない言葉だった。


「......」


 衝撃の展開に直面するあまり、思考がうまくまとめらずに時間だけが経っていった。


「......なるほど」


 少し時間を置いて、今の言葉を何も疑わず事実と仮定して受け入れる。


 ――一つの世界が引き裂かれ、対を成した二つの世界の片方から、僕はこの世界にやってきた。


 にわかに信じられないようなことだが、二つの世界が存在するという点において、どこか納得できるような気がした。

 何故なら、僕は以前いたであろう世界でカイレンと対を成す存在のことをよく知っていたはずだからだ。

 これこそ何の根拠もないでたらめなことだが、記憶がなくとも今になってカイレンの容姿にはあまりにも見覚えがあった。

 以前いたであろう世界で、僕とカイレンはどのような関係だったのか。

 だが、今は考えてみてもわからないことなので諦めることにした。


「カイレンと話してて、僕は僕自身が特殊な存在なんだなって思っていたけど、まさかこれほどまでとは一切想像もしなかった......」


「私もだよ!君みたいな人は今まで見たことも聞いたこともないから、聞いてみたいことがあふれ出ちゃいそうだよ!」


 互いにサプライズばかりで疲弊するどころか、それとは逆に知れば知るほど興味が湧くようなことばかりで時間が過ぎるのがあっという間だった。


 ふと、空を見上げる。

 目が覚めたころは山の際はまだ少し明るかったが、今はもうすっかり暗くなってしまった。


「対成す世界、『対界』から、召喚か......」


 自分の正体についての重要な手掛かりが、こうもあっさりとわかってしまった。

 ――そう、定かではないが僕はこの世界と対を成す理を持つ世界から来た人間だということだ。


 これだけでもかなりの収穫であるが、この世界に召喚された理由や記憶がなくなった原因などが不明のままだ。

 この謎を解き明かさなくては、自分が自分でないような感覚がして気味が悪いままだ。


 ――そうとなれば、やることはこれしかないな


 僕はこれからこの世界で何をしていくのかについてある程度の方針が決まったような気がした。


「なぁカイレン、ちょっといいか?」


「ん?どうしたの?」


 カイレンの前に立ち、コホンと咳払い。


「えーと。僕はこれからこの世界を旅して、自分の正体を明らかにしたいと思う。この世界に来たのも、何か使命があったからなのかもしれないからだ」


「お、いいじゃん」


 カイレンは僕の言葉に相槌を打つように手をポンっと叩いた。


「それから一つ、お前に頼みたいことがある」


「頼みたいこと?いいよ、言ってみて」


 僕がカイレンに頼みたいこと、それは......


「――お前は旅人と言ったよな?邪魔じゃなければ、僕もお前の旅に一緒について行きたい」


「......」


 気恥ずかしさからか、カイレンと目を合わせられない。


「ついて行って、いいか?」


 ふと、視線をカイレンの方へと向ける。


「......」


 再度聞いてみても、カイレンは僕をきょとんと見つめたままでで、すぐに返答をしなかった。

 訪れた沈黙に耐え切れず、僕は思わずカイレンから目を逸らしてしまう。

 突然難しい要求をしてしまったから、困惑しているのだろうか。


 ――しかし、そんな考えは過ぎた心配だったことがすぐにわかった。


「嬉しい......!私、一人で寂しかったんだよ......」


「えっ......」


 カイレンはそう言うと、嬉しさと切なさを滲ませた表情を見せた。その姿を見ると、不思議と胸が締め付けられるような気がした。

 予想外の返答。正直、承諾してもらえるとは思いもしなかったせいか、変な声が出てしまった。


「......そうか。でも、これからは僕が一緒についていくから、少なくとも寂しくはないはず......だ」


 何だかプロポーズの言葉みたいで、少し恥ずかしくなってきた。

 カイレンから真っすぐ見つめられると余計にそう感じてしまう。


「本当に、本当に一緒についてきてくれるの?」


「ああ、ついていきたいって言っているのは僕なんだ」


 僕がそう言うとカイレンはとても嬉しかったのか、瞳を輝かせながら子供のように無邪気に微笑んだ。


「へへへ、ありがとう」


 知らないはずなのに、知っているような笑顔。それを見て、少しだけ心が温かくなるように感じた。


「......まぁ、僕が言えたことじゃないけど、どういたしまして」


 面と向かって感謝を伝えられると、少し気分がむず痒くなる。

 だがよかった。同行を拒否された場合、この世界で居場所がない僕は大層困っていただろう。

 眠っていた僕を介抱してくれただけでなく、同行を認めてくれたカイレンには、返しきれないほどの恩ができてしまった。――この世界で初めて会った人がカイレンでよかった。


「あ。そういえば、どうしてカイレンは仲間も作らず一人で旅をしていたんだ?」


「ああ、そっか......」


 唐突に思い浮かんだ一つの疑問をカイレンにぶつける。するとカイレンは表情を少し引き締めた。


「えーとね、その理由を知るにあたって、君は私のことやこの世界の事情のことで知らないことがたくさんあるだろうから説明するね」


「ああ、教えてくれ」


 するとカイレンは咳ばらいを一つして僕の目を見た。


「この世界はときどき魔力濃度が異常に高くなって、瘴気が混じった願力が地上に溢れ出る『地脈異常』が発生するんだ」


 ――『地脈異常』。聞きなれない言葉だった。


「地脈異常?それが起きるとどうなるんだ?」


「基準量を超えた魔力を浴びて暴走した魔獣や、出現した願魔獣によって周囲が壊滅的な被害を受けてしまう。だから私はそれを止める任務が与えられているの」


「......そうだったのか」


 地脈異常や願魔獣といった聞き馴染みのない単語があったが、カイレンはこの世界で起きている異常現象に対処する任務が与えられているということが何となくだがわかった。


「なぁ、だったらなおさら仲間が必要なんじゃないのか?」


「うん、本当は前まで助手パートナーがいたのだけれど、いろいろあって今はね。それと戦場に割ける人員も限られてるし、私はこう見えて結構強いから一人でも大丈夫なんだ」


「......そっか」


 どこか強がりを言っていそうなカイレンに、僕は少しだけ同情してしまった。

 以前の助手パートナーについて聞こうとしたが、触れづらいような理由があると思いやめておくことにした。


「あぁ、そんな顔しないで。別に前の助手パートナーが死んじゃったわけじゃないの。それに、次の任務からは心強い助手パートナーが同行してくれるから大丈夫」


「そうなのか?それならよかった」


 カイレンの話しから察するに、そもそも戦闘向きの魔法を扱える人の数は少ないのだろう。だが、少女を単独で戦地に向かわせなくてはいけないほど人員が不足しているとは。


 ――ん?ちょっと待てよ?


 その突然湧き上がった違和感は、瞬く間に心の中に膨れ上がった。

 カイレンの話に気を取られていたが、僕はとんでもない申し出を彼女にしてしまったのではないのだろうか。


 ――魔法がほぼ無尽蔵に使えることが判明した人物が、同行することを要求してきた。


 もし僕がカイレンの立場だったら、それは間違いなく願ってもないオファーである。


「待て待て、カイレン!もしかして、次の任務から同行する助手パートナーって......」


 どうやら僕の予想は的中してしまったらしい。


「ふふっ、多分君が思ってる通りだよ」


 カイレンはそう言うとくるっと回りながら僕に背を向けた。

 心強い助手パートナーの正体。


 ――そう、それは他の誰でもない。僕自身のことだった。


「まさか......僕の正体に気づいた時からずっと助手パートナーにするつもりだったのか?」


「......」


 カイレンから返事がない。


「なあ?」


「......えへへ、ばれちゃったかー」


 白状するように、カイレンは笑った。

 確信と共に、僕はまたしてもカイレンにしてやられたという事実が突き付けられた。


「何がばれちゃっただ!ああ、余計に心配して損したじゃないか......!」


 すべては僕を助手にするために、カイレンは僕の正体がわかった時からこのような状況になるように仕向けていたのだ。

 僕がカイレンを見ると、カイレンはニマニマした表情で僕の方をちらっと振り向いた。

 先ほどからカイレンが僕に背を向けるように話をしていたのは、このにやけた顔を隠すためだったのだろう。


「そんなに私のことを心配してくれてたんだ。なんだかちょっと照れちゃうな」


「ああもう、変なことを言わないでくれ!」


 今更になって僕はもう少しうまく言葉を選べたのではないのかと後悔した。


「それと、そういう重要なことはもっと早く言ってくれ。まぁ、どのみちお前に恩返しをするために任務があろうとついていってたけどもさ......」


「そうだったの?」


「ああ、そうだよ!そうだとも!だからそんな顔で僕を見るな!」


 カイレンがニヤニヤとしながら顔を覗いてくる。


「でもでも、君がついていきたいって言ってくれた時はとても嬉しかったし、その後にかけてくれた言葉もすっごくかっこよかったよ!ほら、「これからは僕がいるから一人じゃない」って......」


「ああーっ!わざわざ掘り返すな!」


 くそ、やけに顔が熱い。

 完全にカイレンのペースに飲み込まれてしまった。

 当のカイレンは「えー?プロポーズの言葉として最高だったと思うけどなー」と、変なことを呟いていたが、今は無視しておいた。


「はぁ......」


 ため息をつきながらカイレンを見ると、いつの間にか彼女の周囲に白光が満ち溢れていた。


 ――男に二言はない、そうだよなぁ......


 カイレンには助けてもらった恩があるし、もうどうにもならないことだと諦めて、僕はカイレンと共にこの世界の保全の手助けをしながら自分探しをしていこう。そんな、やけくそな決意をした。


「あぁ、もうわかった!お前の助手パートナーとして、誠心誠意働かせて頂きます!」


「ふふっ、その心意気やよし!その約束、ぜーったいに守ってよね!では改めまして!私は魔願術師協会地脈異常対策課極地担当、『カイレン・ゾーザナイト』!これから末永くよろしくね、助手君ダーリン!」


 そうカイレンが高らかに宣言すると、願力の白光が辺り一面を羽のように舞い、先ほどまでカイレンが着ていたワンピースが白を基調とした軍服へと変化していた。


 今日一番の輝きを放つカイレンの青い瞳が、僕の目に焼き付いたままだった。

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