ex 似た者同士 上

(知られた! 知られた! 知られちゃった……ッ!)


 咄嗟にその場から逃げ出しながら、アヤは内心でそう叫んだ。


 恐れていた事が起きた。

 今日の諸々の一件で、いずれ決心が付けば話そうと思ってはいたが、それでもまだ決心なんて付いていなかったのだから、恐ろしくて仕方が無い。


 レインに自分がかつて賢者を志していた事が。

 今現在も治癒魔術を扱う事ができる事が。

 それが露呈してしまった。


 もっともだからどうしたという話なのかもしれない。

 ただ自分が必要以上に臆病になっているだけかもしれない。

 レインの人となりは良く知っている筈で、そして彼が賢者に対して敵意を持っていない事も知っているのに。


 ……それでも。

 だからと言って軽い気持ちでカミングアウトできる話かどうかで言われれば絶対に違うと思うから。

 レインの思想はどうであれ……事実賢者の所為で割りをくっている立場なのは分かっているから。

 簡単な話ではない。


 ……そして、肯定して貰えるというのはあくまで自分の主観に基づく考えでしかなくて、それで一度大きく失敗しているから。


 だからこそ、今はレインと真正面から向かい合える気がしなかった。


「……ッ!」


 こうなる事を恐れていたから、父とは遭遇しないように気を張っていたのだ。

 自分の家の事が知られれば、結果的にこうなる事は分かっていたから。



 ……父と会わないように心がけていた理由はそれだけ。

 別に父に罵られるのを避けたかったから、なんて事は考えていない。

 だってそれは正当な物だから。

 受けるべくして受ける罵詈雑言なのだから。

 それからはきっと、逃げてはいけない。


 ……結果的に逃げてはいる訳だけれども。


 父からも、レインからも。

 あと、それから。


「待って! 待ってくださいアヤさん!」


 物凄いスピードで追ってくるアスカからも。


(追いつかれる……ってあれ? ん?)


 明らかにこちらよりも圧倒的に速い速度で迫ってくるアスカをどうやって撒くか。

 そう考える思考が思ったよりも落ち着いていて。

 少なくともその事を考える為の思考のリソースには余裕があって。

 そしてそれからそもそもの疑問が湧いてくる。


(これ、私逃げる必要……ある? なくない?)


 自分が賢者の力を使える事を最も知られたくなかったのはレインだ。

 その次にリカ。

 この二人は賢者に実害を受けている人達だから。


 この二人が旧医療従事者と呼ばれる人達だからこそ、自分の過去を曝す勇気が持てなかったのだ。

 では、アスカは?


 少なくともあの場を離れた今、これ以上逃げる必要などないのではないか?


 ……無い。

 少なくとも彼女には、後ろめたい事などないのだから。


 そう思ったから、徐々に速度を緩めその場に立ち止まる。

 ……立ち止まっても良い。


「うわッ!? こ、この手の事で止まれって言われて本当に止まる人居ます!?」


 驚いたようにそう言いながら、アスカが隣で立ち止まる。


「止まんない方が良かったっすか?」


「いや、素直に止まってくれる人が居たって全然良いと思いますよボクは。追うのだって疲れますし……」


 そう言って軽く深呼吸してから、アスカは言う。


「とにかくそうやって受け答えできる位には落ち着いてるみたいですね。追ってきたのがレインさんじゃなかったからですか?」


 分かり切った事を聞くような声音で、そんな問いかけを。

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