20 親不孝 下
賢者という職業はなろうと思ってなれる職業ではない。
類い稀な才能に努力を重ねてようやく形にできる治癒魔術を駆使する立派な職業なのだ。
立派な医療従事者なのだ。
それは旧医療従事者の自分から見ても理解できる。
自分達が医学を学ぶのと同程度の修練は重ねている。
それ故にもしもアヤが治癒魔術を習得しているのだとすれば、それは才能に努力を重ねてようやくその手に宿した力の筈で。
そしてそれを手にしたのがアヤな時点で、そうなるに至る根底には強い善性が有った事位は、分かりきっている筈で。
そこには尊い志が有った事は分かりきっているのだ。
それでもその手からその志が零れ落ちているのだとすれば。
それを強く否定した者の存在が居た可能性が高い。
(……コイツが)
だとすればそれはアヤの父親だ。
この男が全て否定したのだ。
「ふざけるなよ……アンタの娘は……ッ!」
「ふざけてなんかいない!」
アヤの父親は声を荒げる。
「足を引っ張った? 違う……違うだろそれは!」
「……」
「そもそも賢者が我々医療従事者を、旧医療従事者なんてものに引きずりおろしたんだろう!」
「……」
「そんな憎き賢者の力をあの馬鹿は身につけてきた! おかしいだろう……そんなのは絶対に、有ってはならないだろう……おかしい! ……おかしいんだそんな事は!」
「……おかしくなんかねえよ」
言いながら思う。
昨日も顔を合わせたマチスがいかに元医療従事者として。
人間として真っ当だったのかと。
……あの人はちゃんと本物だったのだという事を。
「人の命救おうとする行動に、おかしいも何もあってたまるか!」
そしてこういう男が旧医療従事者の中に蔓延る膿のような奴なのだと、そう思う。
……この先の最先端の医療の足を引っ張る膿なのだと、そう思う。
「お前……お前も旧医療従事者と呼ばれている人間なら……分かるだろ!」
そう言いながらアヤの父親は胸倉を掴みかかってくる。
まだ日も暮れていないのに呑んでいる。酒臭い。
そんな男の力は……大した事が無い。
「兄さん!」
「大丈夫だ」
リカの言葉に落ち着いてそう答える。
レインも冒険者だ。
後方支援担当で、その中でも特に非力な立場ではあるがそれでも。
いくつかの修羅場を潜ってきた冒険者ではある。
「……ッ!?」
ゆっくりと、力付くでアヤの父親の手を引き離した。
そして掴んで、抑え込んだまま言う。
「アンタの言ってることが何も分からない訳じゃない……流石に何も分からねえ訳じゃねえんだよ」
だけどそれでも、やはりその考え方は駄目なのだ。
「今の現状が行き過ぎた淘汰だとは思うけど、それでも淘汰されつつある事自体は正当な物なんだよ……自分達のやり方より優れた物を認めないのは、既得権益にしがみついたエゴでしかねえ」
「……ッ!」
「というか、どうであれ……そんな事よりもだ!」
旧医療従事者がどうだの、賢者がどうだのといった事は今は二の次だ。
何よりも……何よりも。
「アンタはアイツの親だろ……あのアヤの親なんだろ……ッ! アイツがどういう経緯で治癒魔術を覚えてきて、それをどういう経緯でアンタが知ったのかは分からねえ。だけどそれでも……そこに悪意なんてものは絶対に無かったはずだ!」
「……」
「あのアヤがアンタへの悪意で……当て付けで治癒魔術を身に付けてきたわけがねえだろ! そんなのは付き合いの浅い俺よりも、アンタの方が分かっている筈だ! 絶対に分かっている筈なんだ!」
「……」
「全部認めろなんて言わねえ。不快に思う気持ちだって全く分からねえわけじゃねえ! 職業に貴賎なしとは言うけど嫌いな職業だってあるだろうさ。だけど……娘が頑張った事、否定してやんなよ!」
「……」
「あんな真っ当に育ってる根っからの善人みたいな奴を……碌でもないなんて言い方はしないでやってくれ……頼むよ。なぁ」
そう言って。
言うだけ言ってアヤの父親の手を離すが、それから再び飛びかかってくるような事は無い。
「知ったような口を……知らないだろ、見てないだろ、お前は……お前は…………ッ」
そうは言うが、それでもアヤの父親は言う。
「…………分かってるんだ。アイツがどんなつもりでそれを学んでいたか。そうであれアイツが……あの子が真っ当でいい子に育ったなんて事は……全部その延長線上にあるなんて事は……全部、全部分かってるんだ」
「……」
「……でもそれを俺に受け入れろっていうのか」
「……」
「俺から全部を奪った奴と同じになった娘を……怨嗟を向ける相手と同じになった娘を……笑って褒めてやれというのかお前は」
「……」
「お前の言ってる事は正論だ。その通りだ。だけど分かれよ……それが簡単じゃないって事は……分かってくれよ」
……分かってる、そんな事は。
分からないわけがない。
旧医療従事者の自分が、旧医療従事者の悩みに理解を示してやれないなんて事はない。
だけど、分かったうえで。
「それでもなんとか受け入れてやれよ。もう一度言うけど……せめて否定してやんなよ」
「……」
返事は帰ってこない。
「行こう、リカ」
「行くって……どこに」
「宿に戻る。今からアヤを追ってもどこ行ったか分からねえし、どこかで入れ違うなんて事にしかならねえと思う。だったらアスカがアヤを連れてきてくれる事を期待するのが多分一番良い」
言いながらアヤの父親を横切って歩き出す。
そして着いてきたリカに愚痴を言うように言葉を吐く。
「アヤは俺が賢者に敵意みてえなのを持ってないって事、知ってる筈なんだけどな……何にビビって逃げたんだアイツ」
ラグナとの会話の際もそうだが、アヤはずっとレイン達に治癒魔術が使える事が露呈するのを恐れていたようだった。
……そんな事で印象が悪くなる筈がないのに。
寧ろ凄いって、そう思えるのに。
「そんな簡単な話じゃないと思うよ」
リカは言う。
「一番近しいはずの親にあれだけ否定されていたらね」
それに、とリカは付け足す。
「兄さんだってアヤさんに、自分のやっている事、言い出せてなかったんでしょ? 相手がどんな人か分かっていても。信頼していても……話すのが怖い事ってあると思うよ」
「確かに……その通りだな」
それを言われるとぐうの音もでない。
(まあとにかく……ちゃんと話して誤解はとかねえとな)
だから、その為にも。
(頼むぞ、アスカ……)
早いところアスカがアヤを連れてきてくれるのを願うばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます