15 これから歩む道程

「……そうですか」


「あの子がそんな事を……」


 一通り。

 アヤやアスカにも話していた事を、シエスタの両親にも伝えた。

 できるだけその行動が支離滅裂に聞こえないように。

 できる限り丁寧に、その志について伝えた。


 そしてありがたい事に……本当にありがたいことに。

 シエスタの両親は、自分の娘がやろうとしていた事に理解を示してくれた。


 やろうとしていた事がおかしな事だと。

 無駄な事だと。

 そういう風な捉え方をしないでくれた。


(……良かったよ、本当に)


 その反応を見るだけで、此処まで足を運んだ甲斐があった。

 そして、自分が言わなくてもこの人達が伝えはするだろうけど……シエスタにもいい報告ができそうだった。


 そしてそれを一通り語った後……今度はこちらから聞きたい事を一つ尋ねる事にした。

 良くない流れになったら無理矢理にでも話を打ち切るつもりな、そんな事を。

 ……そういう良くない流れになりかねないような問いを。


「もし、もしお二人がそれでいいならで良いんですけど……少しだけ、シエスタさんの日記の事で聞きたいことがあるんですけど、構いませんか?」


 自分の事がどういう風に書かれていたか、なんて事ではない。

 それが全く気にならない訳では無かったが、この人達が自分に会おうと思い、そして向けられた感情は穏やかなものだった。

 だとすればきっと悪いようには書かれていない事は想像できて……だとしたらそれはいい。

 それだけ分かればそれで良い。


 ……こちらが知りたいのは、やはりシエスタの事だ。


『──価値のない自分よりも、なんて事を言って』


 亡くなる間際にアスカにそんな言葉を零したシエスタが……人に見せるつもりの無い日記に書き記した事を。

 自分と会う時はなんでもない様に笑みを浮かべていた彼女が、その裏で一体どんな感情を抱えていたのか。


 あえて聞かなくても、ある程度想像は付いてしまう事ではあるのだけれど。

 それでも、手の届く距離にその答えがあるのなら。


 知らなくても良い事かもしれないが……知らないほうが良い事なのかもしれないが、それでも触れておきたかったのだ。

 だから、申し訳ない気持ちはあるが問いかけた。


「日記の中でのシエスタさんは……ここ数ヶ月のシエスタさんは、前向きな事を書かれていましたか?」


 そしてその問いに、シエスタの両親は少しだけ暗い表情を浮かべた後に答える。

 おそらくこちらの表情から、ある程度推測できている事を読み取って。


「……きっと、キミの考えている通りの事だよ」


「……うまくいってなかったみたい。それが具体的に何がうまく行っていなかったのかってのは今日まで分からなかったけど……分かった今、本当に大変だったんだなって事が分かる。そんな内容」


 そしてシエスタの母親は言う。


「だから、それを詳しく教える事はできないし、私達も極力見ない……それこそ、あの子以外の誰かが見ていいようなものじゃない」


「そうですか……すみません、変な事を聞いて」


「いや、いいんだ」


 シエスタの父親は言う。


「私達も、前向きな事が書かれているページを探した。キミもきっとそうなんだろう」


「……ええ」


 その言葉に素直に頷く。

 分かっていたのだ。きっと末期に至るにつれ、日記の内容が開示出来るような物じゃ無くなっていっているのであろう事は。

 でも、そう推測できていたからこそ、それが外れている事を願ったのだ。


 自分の事を価値が無いと言っても……そんな自虐をしていても。

 それが死の間際に前に出た彼女の一部であって、ちゃんと自分の事に価値を見出して生きていた事を。

 ……見せてくれた笑顔の裏に、はっきりと自尊心が残っていた事を。

 日記に残せるくらいのものが残っていた事を。


 知りたかったのだ。


 そして沈んだ表情を浮かべるレインに、シエスタの父親は言う。


「……頑張ってくれよ、レイン・クロウリー君」


「……」


「キミは娘に影響を受けて、同じ道を志した。志してくれた。だったら……差し出がましく聞こえるかもしれないが……キミの歩む道程はあの子が……シエスタが照らした物でもあるんだ。キミの成功が、あの子があの子自身を肯定する事に繋がる」


 だから、と頭を下げる。


「…………負けないでくれ」


「……ええ、分かってます」


 差し出がましいことなんて何も無い。


「俺はこの一ヶ月、そういうつもりでやってきましたから」


 そして一拍空けてから、後で墓前で伝えようと思っていた事を、シエスタの両親にも告げておく。


「あの人を……シエスタ・キリロフを負けさせたりなんてしません。まだ途中……全部途中なんです」

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