30 関わる必要性の無い男 下

「……」


 どう反応すべきかと考える。

 リライタルとは関わりたくはないという感情を抱きながらも、それでも関わるだけの理由があった。

 不快だろうがなんだろうがやるべき事だと、そう思ったからこそコミュニケーションを取った。


 では目の前の男は。

 今この場にはいないロイドを含めた元パーティメンバーの二人は。

 ……嫌な思いをしてまで関わる相手ではない。


「……行こう二人共」


「おい待て待て。待てってレイン!」


 ジーンの隣を通り抜けようとしたところで、肩を掴まれて止められる。


「なんだよ……お前は俺をパーティから追い出した。そしたら俺達はもうそれまでだろ」


「……この人が」


 そう小声で呟くアスカの言葉の方が大きく聞こえると錯覚するように、ジーンの言葉を全身が拒絶しているのが分かった。

 ……自分でも驚く程に、コイツと関わりたくないのだろう。

 それでもそんなレインにジーンは言う。


「ああ、確かに追い出した。だけど追い出されたお前にとって良い話があるんだ」


 聞かなくてもそれが碌でもないものであることはなんとなく察することができた。

 正直聴きたくもない。

 だけど否定するだけでも。躱すだけでもエネルギーがいる。

 体調が悪くて、知人が亡くなって、関わりたくない人格破綻者と関わった今、それを脊髄反射で行うことはできず、その良い話とやらが耳に届く。


「レイン。お前をパーティに戻してやるよ」


「……」


「お前の代わりに入ってきた賢者が一級だってのに使えなかったんだ。その上あなた達とはもう組みたくないとか伝言を残してパーティを抜けやがったんだよ。だから空いてんだよなお前のポジションが……だから使ってやるよ、もう一度お前をな」


「……」


「薬剤師なんて賢者の下位互換、冒険者以外だとまともに稼げねえだろ? しかも冒険者をやるにしても底辺で止まってるような雑魚からしか相手にされないだろ? それをSランクの俺達がもう一回拾ってやるって言ってるんだ。なあ悪い話じゃねえだろ?」


「……」


 悪くない話どころか気分が悪い。

 不快な話だ。


「戻るわけねえだろ、馬鹿かお前…………こんな調子じゃアイツにも色々言ったんだろうな」


 リライタルの場合、言った言葉が返ってきているような、言わば因果応報のようなものなので同情はしないが、そんな光景が目に浮かびはする。


 ……本当に自分はどうしてこんな奴と組んでいたのだろうか。

 まあそれはジーンの言う通り、かつて底辺に止まっていたような奴からしか相手にされなかったからな訳だが。

 そして彼らと共に仕事をする事に耐えられたのは……やはりアヤの存在が大きかったのだなと、改めて感じる。


 ……そのアヤとこれからも仕事が出来るのだから。

 そして自分達のような旧医療従事者に理解を示してくれるアスカと仕事が出来るのだから、自分は幸せものだ。

 だから。


「悪い話に決まってんだろ。お前らみたいなのとはもうこれまでだ。俺はこの二人ともう一度上を目指す。勝手にやってろよお前らは」


「……ッ」


 肩を掴むジーンの力が強くなる。


「う、上を目指す!? 馬鹿じゃねえのか何言ってんだ薬剤師みてえな社会のお荷物が! 行けるわけねえだろ! しかもこの二人って……そっちのガキは知らねえがこんな大した事ねえ雑魚となんて!」


 そう言ってジーンの視線はアヤへと向く。


「大差ないっすよ、多分私とあなた達は。そうっすよねレインさん!」


「いやアヤ。大差ない事に同意求められても返答に困るというか……これからお前の方がもっと凄いって風な事を言いたかったんだけど……」


「変に実力盛られても困るっすからね」


「まあそうだな。大差ないか……直接的な実力は」


 そんな軽口をアヤと叩いてからレインはジーンに言う。


「でもその事をちゃんと理解できるぐらい自分と周りの事を見れてる分、お前らよりずっと上だろ」


「……ッ!」


「アヤが対した事のない雑魚なら、お前らはそれ以下の雑魚だ。加えて性格も悪けりゃ性格の相性も悪い。もう組む理由ねえだろ。逆にどこに取り柄があるんだお前ら。金積まれてもお前らともう一度なんて断るって」


 自分が受けた仕打ちに対する恨みも当然ある。

 だけどそれに加えて乗せられた先程のアヤへの侮辱が、口を開けば開く程言葉を汚くさせた。


 こんなアヤが奴らに罵られたのが腹立たしい。


 そういう意味では自分もあまりいい性格をしていないのかもしれない。

 一度吐き始めれば、今まであまり吐いた事が無いような暴言が溢れてくる。


「だから俺やアヤに金輪際関わるな。その手を離して消えてくれ。視界に入れるだけで不快だよお前は」


「……ッ」


 次の瞬間、肩を掴む力が更に強くなった。

 ……そして。


「下手に出てりゃ薬剤師みてえな社会の底辺が調子に乗りやがって! 誰が雑魚だ! ふざけんじゃねえぞこのゴミがッ!」


 もう片方の拳が伸びてくる。


(……クソッ!)


 考え無しに感情をぶつけ過ぎた。

 躱せない……この一発は届く。


 そう脳が認識した次の瞬間だった。


「さっきから黙って聞いていれば何なんですかあなたは」


 アスカがレイン達の間に潜り込んで、その拳を掌で受け止めたのは。


「この人達はボクの恩人なんです。これ以上の侮辱は許しませんし……暴力なんてもってのほかです」


 少なくともS級の冒険者パーティの前衛として活動しているジーンの拳を軽々と受け止めたのは。

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