29 関わる必要性の無い男 上

(……いやマジで腹立つ奴だったな。賢者がどうこうじゃなくて、アイツ完全に頭おかしいだろ。何アレ)


 先程交換した名刺を仕舞いながら、その相手から感じた不快感を改めて受け止める。

 ……本当に関わりたくない。特に今は体調が良くない訳だから、余計にダメージが重い。


 とはいえ、あの話だけは言わないといけなかった。

 こうして名刺交換を行えた事はレイン・クロウリー一個人の感情の話をすれば今すぐ破り捨てたい程に最悪なイベントであった訳だが、それでも医療従事者としては、そして医療を受ける患者としては絶対的にプラスだった。


 あんな不快な人間でも一級賢者で、彼の元に辿り着けた患者は九割九分救われるだろう。

 そしてその一分の一厘でも穴を埋める事ができたのならば、それだけ救われる人間が増えるわけで。


 ある種最高のフォーメーションが出来上がったと言える。

 可能であればあんな人格破綻者のクズと組むような事はしたくないので、最悪なフォーメーションとも言えるが。


(……ほんと、組むような事がなければ良いけど)


 こちらのメンタル的な意味合いもそうだが、それは即ちあのリライタルというクズ賢者が、患者を救い続けている事を意味するだろうから。


 あらゆる意味で、そうなるに越したことはない。


(…………それはそれとしてアイツ頭おかしいだろ)


 そんな愚痴の内心で呟きながら、先にギルドの中に入って貰っていた二人の元へと向かう。

 そしてレインも中に入り周囲を見渡すと……見つけた。


「おまたせ二人共」


「お疲れっすレインさん……いやほんと疲れた顔してるっすね」


「あの人に何かされたんですか!?」


 同情するようにそう言うアヤと、前のめりになって詰め寄ってくるアスカ。


「ああ、大丈夫大丈夫。何もされてねえよ」


(……当然といえば当然だが、アスカの怒り方が凄いな。仮に何かされてても言えねぇ……)


 正直アスカはあの男の顔面を一発殴る位の事をしても誰にも怒られないのではないかと思う。

 流石に過剰防衛どころか普通に暴行罪な気がするから止めはするけど、心情的にはあのやべー奴にはそれ位してもバチは当たらないと思う。

 そもそも個人的に一発どつく位の事をレイン自身がしたいまである。

 やらないが。


「それでレインさん、結局なんの話してたんすか?」


「同業者として言っときたかった事が有ったからそれを色々言ってただけだ」


「同業者……ですかね」


「まあ厳密には違うだろうけど、医療に携わる者って考えりゃ同業者だろ」


 ……そう思うからこそ、もうちょっとまともになってもらいたいとは思う。

 自分達に成り代わって医療の最先端で人を救っている同業者なのは間違い無いのだから。


「まあとにかく面倒事は終わったんだ。本来の目的を終わらせに行こう」


「面倒事ではあったんすね」


「面倒だろ。アイツ俺のこれまでの人生で最大限に関わりたくねえ奴だぞ。思い出したくもねえ」


「……ボクが近くにいる時は関わらせませんよ」


「いや、関わりたくないと関わらないは違うというか……」


「……?」


「まあその気持ちだけ受け取っとくよ。ありがと」


「ど、どういたしまして」


「……なんか複雑な話してたっぽいっすねぇ」


 ……確かに複雑ではある。

 まあ極力思い出したくない不快な男の事は可能な限り頭から消し飛ばして、やるべき事をやりに行く。


 その為に受付へと足取りを向けたところで……その途中で最悪な相手と鉢合わせた。

 ……関わりたくなくても関わる選択をしたリライタルとは違い、関わりたくない上に金輪際関わるつもりが無い相手。


「よ、よおレイン。それにアヤも」


「……ジーン」


 ジーン・ドレイク。

 薬剤師は賢者の下位互換だと言ってレインを追放したパーティの元リーダー。

 今後の人生において、関わる必要性の一切無い男である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る