ex 賢者と薬剤師 下
「なんですか話とは……全部失敗した私を馬鹿にでもしようというのか!?」
「……そんなんじゃねえよお前じゃあるまいし。一緒にすんなよ」
「……ッ」
「とりあえず転がってねえで立てよ。つーか立ってくれ。このままじゃ事の前後を知らねえやつが見たら俺がお前に暴力振るったみたいになるだろうが」
そう言ってレインはこちらに手を差し出してくる。
「いらない。立てるさ自分で……キミの力なんかの……薬剤師なんかの力は借りない」
「丁度いいな。俺が話してえのはそういう話」
痛む背中に治癒魔術を掛けながら立ち上がるリライタルにレインは言う。
「今回の一件で分かっただろ。賢者の治癒魔術は万能じゃねえ」
「……ッ!」
「ああ、勘違いするな。お前個人の技能の話してるんじゃねえぞ。賢者の魔術全般の話してんだ」
「い、一度うまくいっただけで薬剤師如きが……いいか、賢者は薬剤師よりも! 旧利用従事者よりも優れているのですよ!」
「そうだよ」
あろうことかレインはそう言い切った。
「お前らは優れてる。俺達にできない事を山程できる。俺達に救えない奴らを山程救える。一級なら尚更だ。それは誇れよ」
「……!?」
突然こちらを肯定したレインは続ける。
「ただ優れている事と万能は違うってだけの話だ。俺達よりも多くの事をできるアンタでも取りこぼす物はあるし、俺達は多少なりともそれを拾えるかもしれねえ。今回の事みてえにな」
「……何が言いたい」
「今度からアンタで無理なら俺達に相談してくれ。手を借りてくれよ……頼むから」
「手を借りろ……だと。賢者がお前達にか」
「それで救える命もあるのは分かったろ。うまく連携さえできりゃ取りこぼしはお互いずっと少なくなる筈なんだ」
「……」
「勿論俺達の手を借りる事かアンタのプライドに傷を付ける事は分かっているつもりだ。俺だってプライドの話だけすりゃ賢者に立場を成り代わられている現状は悔しい。打破してえ。奪い返してえ。全くそう思わねえかって言われたら当然嘘になる。当たり前だ」
だけど、とレインは言う。
「プライドじゃ自分の心以外何も助けられねえんだ。他人の命は救えねえ」
「……」
「アンタだってアスカを……アイツを助けようとした行動に1%の善意も無かった訳じゃあねえんだろ。生きるか死ぬかなら生きたほうが良いとは思っていたんだろ」
せめてそうであってほしいと、そんな感情の込められた表情と声音だ。
そんな物をこちらに向けて、レインは言う。
「だったら……俺達を見下すのはいい。だけど患者の未来をちゃんと見てやってくれ。その為にアンタが頭を下げにでも来たととしても……少なくとも俺は絶対に笑わねえよ。他の奴にも笑わせねえ。立派な医療従事者だって、そう思ってやるし、ちゃんとアンタらの存在を受け止める」
そう言った後、小さく息を吐いて苦笑いを浮かべてからレインは言う。
「まあ俺にそう思われたっていい気分しねえというか、上から目線だなんだと思うかもしれねえけどさ」
「……」
実に腹立たしいと、そう思う。
薬剤師如きに説教をされている事が……一級賢者である自分がそんな風に諭されている事が、不快で仕方がない。
だが……それでも。
そんな個人的な感情がどうであれ、言われた言葉に対する反論は湧いてこなかった。
反発するのはプライドから湧いてくる感情だけだった。
眼の前の憎たらしい薬剤師が、何から何まで正論を言っている事実は否定できなかった。
それが否定できない時点で……今回のレイン・クロウリーとの一悶着に限って言えば、こちら側の完全敗北だと言わざるを得なかった。
認めざるを得なかった。
……そしてそれを認めたからこそ。
ほんの一瞬でも、一つの事柄でも自分よりも先のステージにいると認識したからこそ、不承不承ながらも一歩歩み寄ろうと思った。
「……レイン・クロウリー」
「なんだよ」
「名刺交換だ」
「…………は?」
レインは意表を突かれたような表情を浮かべる。
「名刺交換……お前と? は?……え?」
「何か有った時に手を借りろと言ったのはキミだろう。だから何か有った時にこの一級賢者リライタルが不承不承ながらもキミの手を借りても良いと……使ってやると言っているのです」
「……なるほど」
レインはため息を吐いてから懐から名刺入れを取り出し、そこから一枚リライタルに差し出してくる。
「見下しても良いとは言ったけど、改めて言われると腹立つな。お前やっぱ性格最悪だよ。できれば金輪際関わりたくねえよお前とは。死なねえ程度に地獄に落ちろ」
「それは私のセリフです。私をコケにしたキミは……薬剤師なんていう賢者の下位の存在のクセに上から目線で説教をするキミは……私の人生の中で最上級に不快だと言っても良い。死なない程度に惨めな目にでも合い続けるが良いでしょう」
「ま、でもそんな事は患者からすれば関係ねえからな。匙投げる前に相談しろよ」
「ええ。まあ無能な旧医療従事者と違い、私はこれからも成長するので。そんな事はもうそうそうおこらないと思いますが」
そう言って名刺を受け取り、こちらの名刺も押し付けるように手渡した。
そしてレイン・クロウリーの体調が芳しくないのは少し見れば理解できたが、当然それをサービスで治癒する義理もなく、此処でリライタルは踵を返す。
当然、特に別れの挨拶もない。
そんな仲でもない上に、できれば一秒でも関わる時間を短くしたい不快な相手だ。
これでいいしこれがいい。
そしてレインから離れながら受け取った名刺を仕舞い、深くため息を吐く。
心底気分が悪い。
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