16 旧医学の在り方について 上

 あの時点で意識は朦朧としていたと思うが、それでもあの一件は彼女にとって酷く強烈に印象に残っているらしい。


「別に治せなかった事に文句は言わないです……でも、あんまりですよ、あんなの」


 実際あの一連の出来事はあまりにも酷い。

 フォローしようが無いし、フォローする気にもなれない。


 だけど。


「なにが賢者って感じです。あんな人達にお兄さん達の……いや、レインさん達の立場が脅かされてるのはおかしいです」


「……それはちょっと違うな。あんな人達じゃない。アイツだ。アイツ個人の話だ」


「……え?」


 そこのフォローはしなくてはならない。


「確かに旧医療従事者に対して横柄な態度を取る賢者は珍しくねえ。だけど基本それは俺達に対してだ。患者にああいう態度を取る奴を指標にするのは流石に違うぞ」


 あの一個人以外の賢者のフォローは当事者としてやっておかなければならない、


 それにあそこまで人格が破綻しているレベルの男は、横柄な連中の中でもそういないから。

 故にそこのグループと一括りに纏めるのも申し訳なくなる。


(ああそうだ。纏めちゃ駄目だ)


 纏めたくなる気持ちが全くないと言えばきっと嘘になるが、それでも良くない。


「賢者も立派な……医療従事者だからな」


 彼らを商売敵として恨むような事はあったとしても、その存在を否定するような事は絶対にしてはならない。

 それは……賢者の台頭で職を失った人の前では流石に言えないけれど、患者相手には言っておきたい。


「立派な医療従事者って…………よく肯定できますね。邪魔じゃないんですか?」


 不思議そうに、そして納得できないようにアスカは言う。


「皆賢者の事を持て囃していて……レインさん達みたいな人達を時代遅れだって言ってます。旧医療従事者だって……それって全部……賢者のせいじゃ無いですか」


「いや、もしも誰かが悪いんだったら俺達が悪いよ」


「……」


「簡単に席を奪われちまう程度の事しか。追いつけない程度の事しかできない俺達が悪いんだ」


 アスカの言葉にはっきりとそう答えた。

 その返答に嘘偽りはない。


「事実基本的に力不足で時代遅れだからな、俺達のやり方は」


 事実、旧来の医学は圧倒的に遅れている。


「そんな事……」


「ある。それは否定できねえ現実だ」


 自分達の親の世代がIPS細胞云々の話をしていたそのすぐ後に、賢者の治癒魔術は失われかけた臓器を再生させた事もあれば、より良い義手義足の制作やそれに伴う医療に真剣なっている傍らで、失われた四肢を元に戻した例だってある。


 他にも下位互換と思われても否定できないような事は沢山ある。

 流石に総合的にみて、旧医学はその名の通り古い医学な訳だ。

 旧医療従事者と分別されても仕方がない。

 だけど。


「だけどそれは俺達のやり方までを否定している訳じゃねえよ」


 此処までの発言は決して自虐などではない。

 自らの首を絞める言葉だとも思わない。


 そして自分達が救えず取り零してしまう人達の多くを掬い上げる賢者の奇跡が届かなかったアスカの目を見てレインは言う。


「俺はどちらも否定するつもりはねえんだ」


 そしてレインは言葉を紡ぐ。

 賢者の治癒魔術も旧来の医学も、そのどちらも否定して欲しくなかったから。


 治癒魔術が確立した現代における、旧医学の在り方について。


 自分の考えを話し始めた。

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