17 旧医学の在り方について 下

「まず大前提として賢者の治癒魔術ってのはすげえよ。本当に奇跡を起こす力だ。俺達に出来ない事を数多く熟すし、俺達に出来る事の多くも俺達よりうまくやる。なにより患者に負担が掛からねえ。俺達の医学がどこまで行っても現実と地繋ぎな事に対して、賢者は本当に奇跡を起こすんだ。患者の事を思えば……否定なんてできる訳が無い」


 故に正当に淘汰され奪われてしまった席は、こちらが賢者の奇跡の向こう側へ到達できる技量がなければ奪い返そうとしてはいけない。

 奪えてしまうのは結局、先進医療の否定でしかないのだから。

 ただ自分達の我を通したいエゴでしかないのだから。

 だけど。


「だけどその奇跡は万能じゃないって事はアスカも知っての通りだ。俺達は力不足で遅れていると自覚した上で、それでも全ての優位性が失われたわけじゃない」


 それ故に自分達が現在やれている事の否定もしない。


「だからどっちかを否定する事無く共存していくのがこれからの理想だと俺は思ってるんだ。上位互換下位互換なんて言葉が全てに適応されない以上、どちらも無くしちゃいけねえんだ」


 ……当然、その理想に到達した時、自分達旧医療従事者の立場はより厳しいものになっているのだろうけど。

 なにせきっとその時に必要な絶対数は、今しがみ付いている人数よりも圧倒的に少ない。


 今自分達の多くは、賢者の絶対数が少ないが故に消去法で受診先に選ばれている現実がある。

 だが医大が無くなった今、国が税金を投入しているのは賢者の教育機関だ。


 だからその理想の形を目指した場合、近い将来自分達はその優位性以外での活躍の形を完全に失う事になる。


 だけどそれは正当な淘汰だ。

 なるべくしてそうなっている。

 自分達の界隈ですら使われない旧式の医療知識が淘汰されているように。


 より良いやり方があるのに古いやり方を無理矢理残そうとして、そのしわ寄せを関係の無い患者に押し付けるのはもはや悪だ。


 ……だが淘汰を正当と思えるのはそこが限界。

 最低限までの規模の縮小。そこが限界。


「……でも今のままだったら」


「そう、共存も何もねえ。完全に潰される」


 世論が自分の考える旧医療従事者の優位性を認識しているとは到底思えない。

 やはり下されている評価は賢者の下位互換というものだけ。


 今日自分が現場に居合わせなければ、賢者に出来なければ無理だと薬剤師がセカンドオピニオンとして選択される事も無かっただろう。

 今ですらこれなのだ。


 賢者の治癒魔術は全ての医療の上位互換だという認識があまりにも根強く広がっている。

 年々拡大し続けている。


 それこそ現実的にどうしようもない事を奇跡のように成し遂げてきたのを皆目の当たりにして、国の方向性まで転換しているのだ。

 それだけ衝撃的で、万能感に溢れた優れた存在が賢者の治癒魔術だ。

 世論がそういう風に動くのは、寧ろ必然だと言っても良い。

 こちらが優位性を訴えても耳を傾けて貰えないのは……必然だと言っても良い。

 自分達が関わっていれば、なんて言葉は負け惜しみとしてしかとらえられない。


 だからこのままなら潰される。

 賢者では救えない患者を救うための存在が消滅し、されるべき技術継承もされなくなる。


 ……そうならない為に。


「そうさせない為に俺は冒険者をやっているんだ。こんな会話にでもならねえと支離滅裂にしか聞こえねえからリカ以外には言えてねえんだけどよ」


 そうさせない為に、自分でも支離滅裂に思えるような行動原理で冒険者をやっているのだ。

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