8 薬剤師と弓使いの戦闘

「しかし毎度毎度思うっすけど、凄いっすよねレインさんの薬。あんなに小さいの一錠飲んだだけで、明確に強くなったって感じられますもん」


 周囲を警戒しつつ薬宝の森を歩きながら、アヤがそんな事を言ってくれる。


「ありがと。でも俺の薬っていうか先人が積み上げてきた薬学が凄いって感じだな。勿論試行錯誤してアレンジは加えてあるけども微々たる物だ」


 そしてそんなアレンジもきっと、自分に足りない物をなんとか補っているだけに過ぎないのだと思う。


 何年か前に医大が閉鎖され、最終的に医療系の国家資格そのものが廃止になってしまった現代だ。その手の教育機関で学べない世代の自分が持っている知識の殆どは医者だった両親から託されたものでしかない。


 やれるだけの事はやっているつもりだが、学べることは学んでいるつもりだが。

 それでもきっと絶望的に土台となる知識が足りていない。

 だから他の薬剤師と組んで何かをする事が無いから分からないけれど、きっとしっかり学んでかつて資格を持っていたような人達は、より凄い薬を調合できるのだと思う。


 その人達も殆どが賢者の存在に淘汰されてしまっている訳だけれど。


「でも私は他の薬剤師の人とも賢者の人とも組んだ事無いっすからね。私にとってはレインさんすげーって感じっすよ」


「……ありがと」


 言いながら、自己肯定感が高まっていくような気分になる。

 薬剤師をしていて褒められる事などそう無いから。

 賢者の代わりとしてしか扱われない自分達に、そんな言葉を掛けてくれる事なんてそうないから。


 だからいつも好意的な反応を示してくれるアヤには、誇張無しで救われている。

 本当にあの連中の輪から抜けてこちら側に来てくれた事が嬉しくて仕方が無い。


 それと共に思う。


 もしも自分の代わりにジーン達のパーティに入ったらしいあの時の一級賢者が強化魔術を披露したら……その評価はなびいてしまうのだろうか

 彼女に取って自分の学んできた薬学は、大した事のない物という評価に落ち着いてしまうのだろうか。


(……駄目だ。余計な事は考えるな)


 マイナス的な思考が心身にいい影響を与える事はきっと無い。

 そしてそれはそのまま今の状況を打破できるか否かにも関わって来る。


(……集中しろ)


 目的地はまだもう少し先だ。

 気は抜けない。


 薬の効果で引き上げられた視力と聴力で、魔物の接近を少しでも早く感知できるように集中する。

 そして前方から微かに物音が聞こえたその時だった。


「レインさん来るっす!」


 レインよりも素早く接近する何かに反応したアヤは弓を引き、飛び出してきた何かを撃ち抜く。

 そうして視界に入った矢が突き刺さった小柄な獣はライトニングラビット。

 名前の由来は額の角が夜間に発行するからという点にあるが、そんな事はどうでも良い。


 矢が刺さっても動きは止まっていない。

 想定通り、この森に生息する魔物は簡単には倒せない。

 次の瞬間には地を蹴り一気にアヤの方に突っ込んでくる。


 その正面にレインは躍り出た。


 呼吸を整える。

 薬剤師は後方支援だ。

 その場その場で必要となる薬を調合し処方する、戦いの場に赴いてるだけの非戦闘員に近い。

 それでも自分の身に降りかかる火の粉を払う位の経験は重ねてきた。


 その経験を搔き集めて、拙くても良い。

 前衛の役割を熟せ。


(当たれ……ッ!)


 タイミングを合わせ体を捻り、ライトニングラビットの胴体に薙ぎ払うような蹴りを叩きこんで蹴り飛ばし、左方の樹木に衝突させる。


「アヤ!」


「はいっす!」


 そしてすかさずアヤが矢で打ち抜き深手を負わせたところでそれに合わせてレインも接近。

 腰からナイフを抜いて全力でライトニングラビットに突き刺した。


 そしてその直後、ライトニングラッドは動かなくなる。


「……な、なんとかなったな」


 息を荒くしてそう呟く。

 恐らく最初の矢で動きが鈍っていた。

 その上で凄まじい勢いの突進だ。

 アヤの盾として前に躍り出た以上躱す訳にもいかず、受け止められる訳もなく、半ば苦し紛れに放った蹴りだった。

 それがうまく行ってなければ、今頃大怪我だ。


「やったっすね」


「おう、何とかなったわ」


 息を整えながら軽くハイタッチ。


「前々から思ってたっすけど、案外悪くないっすよレインさんの動き」


「アヤもマジでナイスだ。良くあんなに早く気付けたな」


「レインさんの薬のおかげっす。ところでレインさん」


「ん? どうした?」


 再び歩き出そうとするレインにアヤが言う。


「なんかライトニングラビットの角って薬の素材になるって聞いた事が有るんすけど、取って行ったりしないんすか?」


「確かに素材になるけど……良く知ってたな」


 そこまで有名でも無いし、有名どころでも薬の知識なんて知らない人間が大半な筈だが。


「あーほんと何かの時に聞いただけっすよ。それで、別に良いんすか?」


「確かに取っておくのに越した事はねえかもしれねえけど、その角固すぎて取るのに凄い時間が掛かるらしいんだよ。そんな時間俺達にはねえだろ」


「あ、なるほど」


「今日持って帰るのはベニセイリュウタケだけだ。それ以外は多少高値で取引されるような物が目に入っても…………取らない」


「ちょっと迷ったっすね」


「前に話したと思うけど、診療所の家賃は俺の冒険者の報酬で払ってたから……懐事情がな」


 自分で使うにしても経費は抑えられるし、業者に卸すなら副収入になる。今日の諸々の経費の事も考えると、シンプルにお金は欲しい。超欲しい。


「あの、ご飯連れてって言ったっすけど、無理しなくて良いっすからね。なんなら私作るっすよ?」


「なんで持て成す側になってんだよお前が……飯は行こう、落ち着いたら」


 こんな状態だから奮発するといってもあまり高い所には行けないけども。

 普通にアヤとご飯には行きたいから、是が非でも行こうとは思う。


 今回の件が無事に終わったらだが。

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