7 本物と偽物
速攻で準備を終えレイン達が向かったのは、冒険者ギルド近くにある運び屋の営業所だ。
運び屋とは王都内外を問わず、人や物品を送り届ける事を生業とする職である。
その営業所に行けば物品の配達を委託できる他、移動手段として使う場合には適切な運び屋とマッチングしてくれる。
当然それ相応の代金が必要になってくる上に、今回は事が終わっても何かしら収入がある訳ではない。正直苦しいが背に腹は代えられないだろう。
「しかし
マッチングした四十代半ば程の竜使いの男、マチスは巨大な竜の背にレイン達を乗せて目的地へ向かって飛びながらそう言った。
もう珍しいのだ、そこに人が向かうというのは。
森の名前になっているようにそこでは豊富な薬の素材や、それそのものが立派な薬となる植物などが多く自生されている。
だがそれらが殆ど必要とされなくなった今、あの場所はただ危険なモンスターが数多く生息している事も有り、リスクとリターンがあまりにも乖離した場所になってしまっている。
故に自分達は本当に珍しい客なのだろう。
「利用している業者も俺が求めてる素材を随分前に仕入れなくなってましたから。業界全体もそうみたいだし……本当に誰も寄り付かないんでしょうね」
「その言い草だとアンタら、医者や業者から依頼を受けた冒険者……っていうよりは医療従事者か。切羽詰まった様子見る感じもしかしたらとは思ったんだが」
「アンタらというかこの人がっすね。薬剤師なんすよ。で、私は付き添いっす」
「薬剤師か……何が有った?」
「ヘルデッドスネークの抗毒血清を使用した際に稀に起こる薬害です。それを賢者の治癒魔術では対処できなかったから……急ぎで対処する為の素材が必要になりました」
「成程。その症例だと薬宝の森で取れる素材で必要になってくるのは……ベニセイリュタケか。ちょっと自信ねえけど」
「正解です……知ってるんですか?」
「……まあ専門分野はまるで違うけど、俺も元同業者って事になるからな。医大で最低限の知識は入れている」
「……」
思わず言葉に詰まった。
元同業者。
……つまりはもう廃業しているのだ。
「あの、ちなみに差し支えなければお伺いしたいんですけど……一体何を専門にされてたんですか?」
レインの言葉に少し躊躇うように間を開けてからマチスは答えてくれる。
「理学療法士だよ。そっちの嬢ちゃんにも分かりやすく言うと……まあ、リハビリの先生をやってた」
「……」
「……通夜みたいな空気出すなよ、これから人を死なせねえように頑張ろうって時だろ」
「……すみません」
謝りながら、それでも申し訳ないがそんな空気を出す位の事はしてしまう。
賢者の治癒魔術の台頭により医療現場において最も影響を受けた分野はきっと、彼が専門としていたような理学療法士だ。
……怪我から復帰する為の辛いリハビリを行わなくても、賢者の治癒魔術による治療を受ければ辛さを伴わずに元通り動けるようになる。
それどころか生まれつき手足が動かせない障害を抱えた人ですら、その奇跡の力により健常者と同程度に動くことが可能になるのだ。
その現実を知っているから、彼のやっていたリハビリの先生という存在が、賢者の治癒魔術の登場後にどういう扱いを受けたのかが嫌でも分かってしまう。
そして謝罪するレインに対してマチスは言う。
「ただ俺の場合は賢者なんてのが世に出て来なくとも、いずれ何らかの形で転職していただろうな。向いてなかったんだそもそも」
「……それってどういう事っすか?」
恐る恐る聞いたアヤの問いに彼は答える。
「賢者の治療で患者がものの数分で歩けるようになったのを見て……手足を動かせるようになったのを見て、俺は裏で賢者に対して恨み言を吐いちまった。患者が一日も早く社会復帰出来て、しかもそこに苦痛が伴わなかったのなら、そうした事実を祝福しなくちゃいけない筈だったのに、それが出来なかった」
「……」
「そしたら一体自分が何のために勉強してきたのかが分からなくなってな。多分資格を持ってるだけの偽物だったんだよ俺は」
そう言って自虐的に笑った後、マチスはレインに言う。
「だけどきっとアンタは違うな。危険を顧みずにこういう事をやろうとする人間が偽物な筈がねえ……頑張ってくれよ、俺達の分も。応援するぜ」
「……ええ」
マチスの激励の言葉に裏は感じられず、純粋な気持ちでこちらの事を応援してくれているのは簡単に分かった。
分かったからこそ尚の事、確信できる。
きっとこの人も偽物なんかじゃ無かったんだという事は。
◇◆◇
「それじゃあ気を付けてな」
「ええ、ありがとうございます。帰りもよろしくお願いしますね」
「ああ。だからちゃんと無事此処まで帰って来いよ」
薬宝の森の近くまで運んで貰ったレイン達はマチスに頭を下げる。
本当にこの人には感謝しなければならなかった。
往復の移動と自分達が戻ってくるまで待ってもらう拘束時間。それらを加味した代金の見積もりを事前に知らされていた訳だが、その額からかなり割り引いてくれる旨を伝えられたのだ。
それでこの人の得になる事など無いのだから……本当にこちらを応援してくれているのだと、そう思う。
そしてそんなマチスと別れて小走りで移動しながら、アヤに丸薬の入った小袋を手渡す。
「とりあえずこれは今日の分だ。薬宝の森に入る直前で一錠飲んでくれ」
「ああ、いつもの総合的にパワーアップできる薬っすね……しかしよくドラゴンの背の上で調合なんでできますね」
「作成してから時間経過で効力が弱まる薬って言っても、このタイミングで悠長にやり始める訳にはいかないからな。頑張った」
「流石プロっすねぇ。凄いっす」
「あ、それ改めてだけど絶対一錠だからな。二錠目は飲んでから薬が切れる二時間が経過したタイミングで俺が居なかった場合だけだからな。マジで薬の過剰摂取は危ないからそこは気を付けろよ」
「飲むの初めてじゃないんで分かってるっすよ。一錠でも充分体に負荷が掛かるってのは経験してるっすから」
「ああ」
返答しながら考える。
(これが賢者の魔術なら、副作用の負荷とか掛かんねえんだよな)
治癒魔術だけでなく、人体に干渉する魔術を使うのが賢者だ。
強化魔術なども当然使える訳だが……その魔術には薬のような副作用はない。
……だから多分きっと、自分は今アヤに余計な負荷を掛けさせているのだろう。
(……ほんと、全部終わったら奮発して少し良いご飯奢ってやろう)
少なくともこういう分野では賢者よりも下だと考えざるを得ない自分の側に彼女は付いてくれたのだ。
せめてその差はそういう所で埋め合わせをしていきたい。
とにかくこうして、薬剤師と弓使いという後衛しかいない歪な構成のパーティは足を踏み入れた。
数多の薬用素材と強敵のモンスターで溢れかえる、リスクとリターンがまるで釣り合わない場所。
薬宝の森へと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます