4 賢者の奇跡から零れ落ちた少女
町外れの一角に位置する比較的小さな診療所。
長年地域医療に関して総合的に何でもやってきたらしいその場所が、レインの実家であり現状の目的地だ。
そこに大急ぎで診療所前まで辿り着いた所で、玄関先の掃き掃除をしていた黒髪でボブカットの少女が視界に映った。
そしてそれは向こうも同じなようで、こちらに眠そうな視線を向け声を掛けてくる。
「あ、兄さんお帰りー。そんなに急いでどう…………とにかく中に入って」
「おう」
ふわふわした雰囲気から一点、真剣な表情と声音でそう言った一つ下の妹、リカ・クロウリーの背を追い診療所の中へ。
「どういう状態? 何が有ったの?」
両親から継いで診療所の主となっているリカの問いに、レインは端的に答える。
「治療に当たっていた賢者曰く、ヘルデッドスネークに咬まれたみたいだ」
「……それって王都の外でやられた事だよね。それでも生きていてくれているという事はその場で最低限の処置はされてる」
「ああ。そして咬まれたのにまだ息が有って、処置をしたのに息が絶えそうって事は考えられる可能性は二つだ」
言いながら診療所のベッドに少女をベッドに寝かせて言う。
「アナフィラキシーかヘルデッドスネークの抗毒血清が結果的に別種の毒として作用しているか。そのどちらか」
「でも賢者さんが治療に当たっていたなら、前者は違うね」
「そういう事になるな」
リカの言う通り今回の場合、体内に抗毒血清という異物を入れた事によるアナフィラキシーを始めとしたアレルギー反応が原因ではない事は既に分かっている。
蕁麻疹などの症状が出ていないなどの理由もあるが何より……そうしたアレルギー反応の場合、賢者の治癒魔術で完治する事が、積み上げられたエビデンスによって明確な物となっているからだ。
ましてや本人の人間性はともかく、あの賢者は一級だ。
その治癒魔術により症状が改善されなかった場合の可能性についての見識が無かった事は事実だが、その治癒魔術の精度そのものを否定するつもりはない。
故に確かにあの場で行われた筈の治療で完治しなかったのであれば、その可能性は除外できる。
できてしまう。
たった一種類の治癒魔術によって、万能薬のように数多くの病や怪我などの症状が改善されるのだから。
……本当に奇跡のような力だ。
薬剤師が下位互換だと言われても仕方が無い程の、奇跡の力。
だけど目の前の少女は、その奇跡の届かない場所に居る。
「つまり消去法で後者って事になる」
抗毒血清が結果的に別種の毒として作用しているケース。
薬害。
……端的に言えば、彼女の体との相性が致命的に悪かった。
ヘルデッドスネークの抗毒血清を使用した際、極々稀にこうした症状が出る場合があるのだ。
おそらくこのままだと、どれだけ長く見積もっても一日が限度だろう。
そして今日この場で判明した事実だが、今回の症例は賢者の治癒魔術では対処できない。
そういう症例が度々見つかっているにも関わらず、賢者が薬剤師を始めとした旧医療従事者の上位互換とされているのが、現代医学の最前線で起きている問題だ。
だからこそ、この戦いは分が悪いのだ。
「リカ、急で悪いけどその子を見ていてくれ。俺は大急ぎで商会に問い合わせて来るから」
「分かってる。その為に一旦ウチに戻ってきたんでしょ? ……あると良いね」
「無いと困るんだよ」
賢者が台頭する以前なら、こうしたケースに対応する為の薬を調合する為の素材は比較的手に入れやすかった。
珍しい症例に対する物であっても、流通はしていた。
だが基本的に賢者の治癒魔術によって治療できるとされている今……旧来の医療従事者が続々と廃業していく今、そうした需要が少ない物から出回らなくなってしまっている。残念ながら診療所でもストックしていない。
そしてもしその素材が手に入れば、目の前の少女の命は救える。
だが今回必要な素材が取り扱いを止める対象となっていれば……その時点で詰み一歩手前だ。
戦わずして負ける、一歩手前まで追い込まれる。
「とにかく頼んだぞリカ!」
「うん、こっちは任せて!」
そんな頼りがいのある妹の声を背に、レインは診療所を飛び出した。
(頼む……あれさえ手に入れば……!)
嫌な予感を感じながらも、それでも縋るように祈りながら。
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