3 医療従事者として

「薬剤師……薬剤師っておいおいおい! 一体どれだけ優れた術師が現れたのかと思いきや、キミは賢者ですらないのですか」


 賢者ですらない。

 まるで薬剤師という職業を、賢者という高みに到達できていない半端者とでも言いたいように、賢者の男はこちらを小馬鹿にするような笑みを浮かべながら言う。


「一級賢者の私にも治せなかったのです。下級の賢者以下……時代遅れの薬剤師如きに何ができるというのですか」


「少なくともアンタみたいな形で匙を投げたりはしねえ。最善は尽くす」


「果たして薬剤師如きにこれ以上尽くせる善は有りますかね」


 そう言いながら、最早倒れた少女に用はないと言わんばかりに、紙幣を抜き取った財布を投げ捨てた賢者はこちらに歩み寄りながら言う。


「レイン・クロウリーと言いましたね……キミも公衆の面前で私の事を無能と罵り顔に泥を塗った。耐えがたき誹謗中傷です」


「……だったらどうする?」


「売られた喧嘩は買いましょう。その子を薬剤師という化石が救えるのなら、その言葉を甘んじて受け入れます。ですが……それが無理ならご覚悟を」


 心底人を見下すような嫌な笑みを浮かべる賢者の男。

 だがそんなのはもうどうでも良い。


「……ああそうかよ」


 賢者の男があの少女へ意識を向けなくなったのとは入れ違いに、今度はこちらがあの少女へと強く意識を割き始めたのだ。

 ……あまり関わりたくない人として終わっている男に、空返事を返す以上に向ける意識の余裕はない。


「では、私はこの後予定がありますのでこれで。精々頑張ってください。旧世代の遺物さん」


 そう言ってこの場から去っていく男に最早空返事すら返す事無く少女の元へと歩みを進めたレインは、改めて少女の容態を目の当たりにする。


(……相当衰弱してるな。保ててる意識も辛うじてってところだ)


 見てるだけでこちらの胸が苦しくなってくる程に、彼女はもう限界に近かった。

 できる事なら今すぐにでも原因を取り除き全身に活力を溢れさせるような処置をしてやりたかった。


 だけど自分は賢者ではない。

 薬剤師には……旧来の医療従事者にはそんな奇跡を起こすような真似はできやしない。

 できる事は、現実をなんとか手繰り寄せる事位だ。


 だから地道にそれをひとつずつやっていく。


「悪いな。もうちょっと頑張ってくれ」


 そう声を掛けながらレインは少女を背負う。


 そんなレインに野次馬の男が声を掛けた。


「アンタ、本当にその子を助けるつもりなのか?」


「ああ。だけど此処じゃ薬も道具も何もねえ。実家が診療所だからそこまで連れていく」


「そうか……でも感じは悪いがあの男は一級賢者なんだろ。彼に救えないんだったら……な、なあ。今からでもさっきの男に謝ってきた方が……」


「お気遣いどうも。だけど此処で引く訳には行かないんで」


 言いながらその場から走り出す。



 もしもこれが賢者の男との喧嘩だとして、そこに確実な勝利がある訳ではない。

 寧ろこれから行うのは分の悪い戦いだ。

 だけどそれでも逃げる訳にはいかないのだ。



 医療従事者の端くれとして、トリアージを行わなければならない状況でもない限りは目の前の命を諦めたくなんてないから。


 そして……この子の命を諦めて、あの人でなしに頭を下げに行ったとすれば……最終的にそれ以上に深々と頭を下げて謝らなければならない相手が出てくるから。


(繋ぐんだ……俺が……ッ)


 ヘルデッドスネークの猛毒は、常人よりも遥かに丈夫な冒険者の肉体でも数分と持たない程凶悪だ。

 その数分の間に賢者による治療を受けるか……抗毒血清を使用するか以外では救えない。

 人間である以上、どれだけ鍛えていてもその現実に抗う事は出来ないのだ。


 それでもこの少女が王都の外から生きて帰って来ているという事は……その処置は既に終わっていると考えるべきだろう。


 処置した上で、今の重体な彼女の姿がある。

 おそらくこの容態は処置してくれた『此処にはいない誰か』が想定していなかったものなのだろうが、どうであれ終わる筈だった命をこの瞬間まで誰かが繋いだ事は明らかなのだ。


 だとすればバトンを受け取った者として、その誰かに申し訳が立たない。


(俺が助ける……!)


 やるべき事をやれるだけやったであろう同士を、敗北者にする訳にはいかない。

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