第16話。伊織と誘拐
今日は
そろそろ退院出来るとは聞いているが、いまだに兼島を襲った犯人が見つかっていないことが気がかりだった。病院なら人目もあり、再び何者かに襲われる危険もないと考えていた。
「なんだ……?」
しかし、病院に着いた時。兼島の病室に足を運んでいたが、何か慌ただしい様子だった。急いで病室の中を確かめてみるが、ベットの上に兼島の姿がなかった。
「あ、
後から部屋に入って看護師の女性が声をかけてきた。彼女とは兼島のことで何度か話をしたこともあり、一応は顔見知りではあった。
「兼島……彼女は出かけているんですか?」
兼島は怪我をしてはいるが、歩けないわけじゃない。気分転換に外に出てる日もあり、それだけなら焦る必要はなかった。
「実は兼島さん。昨日から行方がわからなくなってるんです」
「なんだって……?」
兼島が行方不明になっている。次第に事態の深刻さに気づき始めたのか、頭の中で様々な考えが浮かび始めた。
「今、皆で探しているのですが、病院の何処にも姿が見えなくて……今朝の食事の時間にも戻って来ませんでした……」
視線を彼女から部屋に向けた。近くの棚にはノートパソコンが置かれたままだ。仕事の為に出かけているのだとしたら、パソコンを置いたままにするのはありえない。
それに他の荷物もあるようで、見つからない物があるとすればケータイだ。ケータイだけを持って兼島は何処に行ったというのか。
「そうだ。ケータイ……」
すぐに自分のケータイで兼島と連絡を取ることにした。だが、何度電話をかけても兼島と繋がることはなかった。
次第に焦りが大きくなり、自分も足を使って兼島を探すことにした。病院の中から、敷地内。それに近くの施設にも足を運んで兼島を探した。
ただ結果は虚しく、時間だけが過ぎた。夕焼けに染まった世界が終わりを告げているようにも思えた。
既に病院側から警察にも連絡をしているだろう。
これ以上自分に出来ることは何も無い。兼島が行方不明だというのに今は疲労からか冷静になってしまった。
「姉貴に連絡は……無駄か……」
姉貴は探偵を職業としているが、ドラマで見るような名探偵とは違う。忽然と姿を消した人間を探す為には、それなりに手間と時間をかける必要がある。
それは何度も姉貴に聞かされた現実的な話だ。
今連絡をしたところで、姉貴が兼島を見つけられる可能性は低い。信頼しているからこそ、そんな結論が出てしまった。
「……っ」
しかし、このまま何もしないわけにはいかない。
姉貴ではなく
「もしもし、小林」
電話をかければすぐに小林が出た。
「
「兼島先輩が病院から居なくなった」
「え、ほんとですか?」
小林にも一緒に探してもらおうと考えた。
「頼む。兼島先輩を探してくれ」
「あー……」
電話越しの小林の反応はよくないものだった。
「どうした?」
「今、嫁さんと出かけてて……」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
兼島の身に何かあってからでは遅い。
「別に自分は……兼島先輩の為に必死になる理由ないですから。まあ、鳴澤先輩が命令するなら行きますけど」
「小林、お前……」
「ほんと勘弁して欲しいですよ。人の時間をなんだと思ってるんですか……」
ここ最近、兼島が抜けた穴を小林達が必死にどうにかしていた。いくら兼島が病院で作業を進めたとしても、会社でなければ出来ないことはいくらでもある。
「……悪かった」
小林を責める訳にはいかない。
そう思い、電話を切ろうとした。
「鳴澤先輩にとって、兼島先輩ってなんですか?」
最後にそんな言葉が聞こえた。
「……大切な人。だったらいいと思ってる」
返事は返ってこず、通話は終了していた。
「結局、俺は……」
結局、他人の気持ちを考えられない人間が他人を動かすなんて出来ない。小林を都合よく使おうとしたのは自分の為でしかなかった。
小林と通話を終えた後、病院のロビーでベンチ座り込んでいた。小林以外の同僚に電話をかけたところで、似たような反応をされるだろう。
それがわかっているせいで、何も出来なかった。
そろそろ病院から出て行かないといけない。握っていたケータイをポケットに入れようとした時、ケータイが振動して、メールが届いたことを知らせていた。
「兼島先輩……?」
メールの差出人は兼島だった。
すぐに確認したメールには場所を示すように住所が載っていた。急いで電話をかけてみるが、その電話が繋がることはなかった。
ケータイに送られてきたメールに載っていた場所を調べた。病院からそれほど距離があるわけではないが、何故、そんな場所を兼島は伝えてきたのか。
「行くしかないか」
他に手がかりは何もない。
今は送られてきたメールを信じるしかなかった。
街の中心地から外れ、まだ開発の進んでいない地域。所有者が不明の古い建物も多く、全体的な工事が遅れているという話も耳にする。
「ここで合ってるのか……?」
既に日が暮れて、辺りが暗くなっていた。車に乗せていた懐中電灯を頼りに目的地を調べることにした。
ケータイのナビを頼りに辿り着いたのは、閉鎖された工場だった。建物がそれほど古く見えないのは最近封鎖されたからなのか。正面のゲートには鎖が掛かり侵入者を拒むように閉まっていた。
「やっぱり、そういうことか」
こんな場所に兼島が一人で足を運ぶなんて考えられない。だとしたら、ここに兼島を連れて来た人間がいるはずだ。
すぐに思い浮かんだのは、兼島を階段から突き落とした人間だ。もし、兼島に何らかの強い恨みを持った人間が犯人だとしたら、人目の多い病院から連れ出すような常識では考えられない行動を取る可能性があった。
「ここから入れそうだ」
建物の周りを歩いてみれば、網状のフェンスの一部が切断されていた。大人が十分通れる程度には広がり、そこから一番大きな建物に近づくことにした。
「落書きが多いな……」
壁に残されている落書き。やんちゃな若者たちが集まる場所として扱われているのか、ゴミ等も捨てられていた。
しかし、今は物音一つ聞こえてこない。
まだ日が暮れたばかりのせいか。それとも今は使われていないのか。どちらにしても余計な人間が居ないのは助かる。
建物に入る前に地面に落ちていた棒状の物を手に取った。金属の部品なのか、ひんやりと冷たさが手に染みる。もし、誘拐犯が本気なら、こんな物は気休めにしかならないだろう。
先程まで自分の行動の正しさを認識する為に口にしていた独り言も止めた。足音を立てないように建物の中を歩き進め、兼島を探すことにした。
懐中電灯で足元を照らすが、崩れ落ちた建物の一部が地面に転がっている。そんな中を進んでいるうちに開けた場所に出た。
明かりが無くてもある程度は月明かりで建物の空間が把握出来た。暗闇にも目が慣れ、よく目を凝らせば、ソレを見つけることは簡単だった。
「兼島先輩……!」
壁際に座り込んでいた兼島に近づいた。
しかし、兼島に近づくほど歩く速さが遅くなっていた。兼島は体のあちこちから血を流し、死体がそこにあると思えるほど悲惨な状態だった。
だが、僅かに兼島の体が呼吸の為に動いている姿を見て。少しだけ冷静になることが出来た。
すぐにケータイを使って救急車を呼ぼうと、ポケットに手を伸ばした。しかし、静寂の中に一つの音が響いた。
「……っ!」
何故、今まで気づかなかったのか。
兼島に気を取られて、暗闇に目を向けることをしなかった。懐中電灯を明かりをゆっくりとそっち側に動かす。
確かに暗闇の中に居る。
「お前は……」
兼島を誘拐した犯人が目の前にいる。
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