第5話 地下室

「名前を知ってから、私はより一層自分のことを進んで話したわ。そうすると、ほんの少しだけ、彼が自分のことを話してくれることが分かったから。オリバーに出会って三か月。もう夏になったころ、彼がこんなことを言い出したの。『大切な人がこの地下に閉じ込められているから、自分はここから出ることができない』って」


「大切な人? もしかして、オリバーはその人と一緒にその家に連れて来られたということ?」


 リリーは小首を傾げて尋ねた。


「どうかしらね。真実は分からないわ」

「そもそも、どうしてオリバーが連れてきたのか分からないわよね。この時点でもおばあちゃんは分からなかったわけ?」


 リリーの問いに、アンはうなずいた。


「ええ。私から見た雇い主はとてもいい人だったから、ひどいことをするようには思えなかったのよね……。だけど、オリバーはあの家の住人ではなかった。もし住人なら、子どもたちとの交流だってあってもいいし、部屋の出入りも、家の出入りも自由でいいはず。さっきも言ったけれど、私はオリバーがあの部屋から出て行ったことを一度しか見たことがないの」


「じゃあ、オリバーは雇い主に捕まえられたってこと?」


「どういう事情かは分からないけれど、そうなんじゃないかって私は日に日に思うようになっていたわ。だから私は、オリバーのためにその家の地下のことを探ってみることにしたのよ」


「勇敢だわ。さすが私たちのおばあちゃん」


「まあ、勇気があることには自信があるわね」


 祖母は少しだけ得意そうな顔をしたあと、すぐに真面目な表情になった。


「でも、何か危ない橋を渡る気もしていたから、用心深くことを進めたわ。地下にはワインセラーがあって、雇い主と料理人が出入りしていた。子どもたちが入ると悪いからいつも鍵はかけてあったけれど、キッチンに置いてあるのは知っていたから、私は誰にも悟られないで実行することだけを考えていた。あるとき、雇い主と料理人がいない時間があることを知ったの。そして、三人の子どもたちも出掛けていて家にいない。だから、私は懐中電灯と、少しのお菓子をポケットに忍ばせて、その時間に調べることにしたの」


「どうだった?」


「地下はね、やっぱりちょっと怖かったわ。階段を静かに歩いても、なんでか足音が反響しちゃうし、自分の呼吸もうるさく聞こえてね。誰かに聞こえているんじゃないかって思っていた。ワインセラーがある場所を確認すると、階段がさらに下にあるのが分かったから歩みを進めて行くと、一番下にたどり着いたわ。家はデザインからして、ここ十年以内に作られている新しいもののはずなのに、古めかしい扉があって、1センチくらい開いていたの」


 リリーは、うん、うんと大きくうなずきながら、「……それで?」と続きをうながした。


「私はそっと扉に触れてみたんだけど、簡単に動かなくてね。もう少し力を入れてもびくともしない。仕方ないから体全体を使って押し開け、何とか私が入れるだけ開けて地下室を照らしてみたの」


「うん」


「すると太いくさりが一本、天井からぶら下がっていたわ。だけど、途中で切れていたみたいで、床には切れた鎖の破片はへんが少し散らばっていた。さらに驚いたのは、鎖の下に血痕けっこんがあったこと」


 リリーは息をんだ。


「えっ……、まさかそこで何かあったんじゃ……」


 つまりオリバーの大切な人が、どうにかなってしまったということではないか。


「分からないけれど、可能性はあるわよね。それと床には鳥の羽が残っていた」

「ええ……? えっと、ちょっと待って……」


 リリーは 状況が上手くみ込めず、ひたいに手を当て、口元に無理矢理笑みを浮かべる。


「オリバーって人間でしょう? まさか、鳥に恋しちゃっていたわけ?」

「でも、雇い主は最初に、オリバーのことを『鳥』と言っていたわ」


 祖母の指摘に、リリーは顔から笑みを消した。彼女もそれには気づいていたが、だとしたらこれまでの経緯はどう説明するのだろう。

 まさか鳥が人に化けているとでも言うのだろうか――?

 あり得ないと思うが、そうでもない限りこの話は筋が通らない。


「そ、そうだけど……。だったら、おばあちゃんはに食事を持って行っていたの……?」


 リリーの表情が少し強張こわばる。

 だが、アンは特に恐れることもなく、「さあ。人間かしら、それとも鳥かしら?」と、まるでそらんじた詩をぎんずるかのように呟いた。


「……」


 リリーはどう答えたらいいか分からず、小さく口を開けて固まっていたが、待ちかねたアンが柔らかく尋ねた。


「話はまだ終わっていないわ。続けても?」

「も、もちろん……」


 この先、ホラーのような展開が待ち受けているのだろうかと、リリーは少し気後れしながらも、祖母の昔話にさらに耳をかたむけた。


「地下の状況を確認したからには、オリバーに説明しなければならない。でも、きっと何か証拠がないと行ったと分かってもらえないと思って、私は床に散らばった鳥の羽を一枚だけ拾って、ハンカチにはさみ、そっとポケットにしまったわ。そして、扉を元に戻し、家の者たちが誰も戻ってこないうちに、私は戻って来た。お菓子を食べるような事態にならなくてよかったと、ほっと胸をでおろしたものよ」


「地下へ行ったことは、オリバーには知らせたのよね? 彼の反応は?」


 リリーが尋ねると、祖母は小さく首を横に振る。


「それがね、すぐに知らせることができなかったの」

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