第3話 ハウスキーパー

「私は十七歳のころ、どうしても遊ぶお金が欲しくて、ある実業家のところで働かせてもらっていたの」

「え、意外……」


 おっとりとしていてチャーミングな祖母に、まさか遊ぶためにお金が欲しいと思っていた時期があったとは思わなかったからだ。彼女はあまりお金に執着するほうではなく、自分らしく生活できるお金さえあればいいと思っている。


 この家が周囲と比べてこじんまりとしているのも、アンの要望。生前の祖父が「もっと立派なものを立てても良かったのに……」と小さく呟いているのをリリーは聞いたことがある。


 するとアンは困ったように笑った。


「私も若かったのよ。旅行に行ってみたかったり、流行の服を着てみたかったり。そういうことに使うためのお金よ」

「なるほどね」


「仕事の内容はハウスキーパー。だから家事を代わりにしていたんだけど、一つだけとても変わったことがあったの。大きな家には沢山部屋があったんだけど、使われていない部屋がいくつもあってね。そのうちの一つは、誰も入ってはいけない場所だったの」


「じゃあ、掃除もしなくてよかったのね?」

「そういうこと。ついでに言うと、その周辺の部屋や廊下ろうかも掃除しなくて良かった。『入ってはいけない部屋』に入れるのは私の雇い主、つまり家の主人だけ。だから当然私は入れなかった。でもね、私が働き始めて二週間ったころ、雇い主がその部屋に行ってくれと言うの」


「どうして?」

「『鳥に食事を持って行ってほしいから』ですって」

「と、鳥?」


 リリーはひそをひそめて聞き返す。そうなると鳥を飼うために一部屋使っていたということか。お金持ちが考えることはよく分からないなとリリーは思った。


「そう。でもね、おかしいのよ。鳥っていったら、木の実とか、落穂とか虫を食べたり、あとは小さな鳥を食べたりするものじゃない?」

「水鳥なら魚も食べるわね」

「ええ。でもね、用意されていたのは人が食べるものと同じ。一つひとつの量はそれほど多くなかったけれど、豪華なものばかりで、いつも料理人が腕によりをかけて作っていたわ」

「でも、鳥のためにどうして?」


 怪訝けげんな顔をするリリーに、アンは小さく笑ってその答えを教えてくれる。


「その謎はすぐにけたわ。料理を持って部屋の扉を開けると、そこにいたのは人だったんですもの」

「ええ?」


 リリーはますます眉間みけんにしわを寄せた。


「でも、人がいると分かったら、今度は別の疑問が次々と出てきた。どうしてここに人がいるのか、この人物は誰なのか」

「そうよ。それに、雇い主がその部屋にいた人のことを『鳥』と言っていたのも変だわ。ねえ、その人は何者?」


 すると祖母はゆっくりと首を横に振った。


「私もまだそのときは分からなかったわ。見た感じで分かったことは、少年から青年の間くらいの子ってことくらい。でも、雇い主の子どもではなさそうだった。雇い主は四十代くらいで、まだ十歳にならない子たちが三人いたから」


「間借りしている学生とか?」


「多分違うと思うわ。金色の瞳は、年を重ねた人にしかにじみ出ないような、思慮しりょ深さがあったもの。それに……」


「それに?」


「学生なら学校に行くために、部屋を出るはずでしょう? 彼は部屋の目の前にあるシャワールーム以外には出入りしなかったもの。それも廊下で家の人に見られることのないように、慎重に行動していたわ。だから私も、彼がシャワールームから出てきたのは一度しかみたことがないの」


「謎が深まるばかりね……。ねえ、その家にいる誰かに、『あの人は誰?』って尋ねなかったの?」

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