第2話 不思議な話

 リリーの質問に、アンは次のように答えた。


「色んな人よ。あなたのお母さんから来ることもあるわ」

「え⁉」


 リリーは驚いた。無駄なことはしない主義の母が、そんなことをするとは思わなかったからである。


「『元気です。元気ですか?』くらいしか書いていないけれど」

「短かっ!」

「でしょう? あの子ってば、手紙を生存確認の方法とでも思っている節があるのよね」 


 リリーは、話を聞いていて母らしいと思った。

 彼女の母親は仕事人間。自分のやりたい研究職に就いているので、仕事漬けの毎日を送っている。周囲が育児を放棄していると思って、冷たい目で見るのも気にしない。

 それ思うと納得のいく話である。


「じゃあ、私のことは書いていないわよね?」


 書いていないだろうと思って聞いてみたが、アンからは意外な回答が返ってきた。


「二か月前に来た手紙には書いてあったわ」


 リリーは少し嬉しくなって、期待してさらに尋ねた。


「何て?」

「『迷惑をかけていたら遠慮なく追い出していいからね』って」

「ひどい! 私のこと、心配していないのかしら!」


 想像していたものと全く違っていたので、リリーがむっとする。手紙だったら何か違うことを書いているのではないかと思ったが、いつもの母と変わりなかったのである。

 するとその様子を見ていたアンは、青い目を細め、お茶目に笑った。


「まあ、まあ。あなたのお母さんが言葉足らずなのは昔からのことだから、そう怒らないで。言わないけれど、リリーなら大丈夫って思っているのよ」

「……そうだといいけど」


 リリーは足を投げ出すと、はあ、と小さくため息をつく。母の話はもう聞かなくてもいいやと思った。


「他には?」

「古いお友達と新しいお友達」


 リリーは少し考えると質問をした。


「古いお友達は、どれくらい前に出会ったの?」

「そうねぇ、私が十代だったころかしらね」

「友達? それとも元恋人、とか?」


 十代のころなら、きっと昔恋人だった人の話を聞けるかもしれないと思い、思い切って聞いてみる。もしかすると、リリーの祖父——つまりアンの夫になる前の、祖母の恋愛話を聞けるかもしれないと思ったのだ。


 だが、アンの答えは素っ気なかった。


「みんな、友達よ」

「それもそうね。別れた恋人と文通する人なんていないもんね」


 つまらないなぁと思っていると、アンが珍しく注意をした。


「決めつけは良くないわ。世界中を探したら、そういう人はいるわよ。私はしていないってだけ」

「まあ、そうよね……」とリリーは呟き、そのあと「もう少し詳しく教えてくれない……?」と祖母に聞いた。


 アンは少し驚いて、隣に座る孫を見た。老眼鏡を避けるようにしているため、上目遣いになる。


「プライベートなことよ」

「それは分かっているけど、興味があるんだもの」


 リリーがつまらなそうに唇を突き出すと、アンは「そうね……」と言ってぼんやりと、視線を上に向けコンサバリーの透けた屋根から見える空をぼんやりと眺めた。


 一分か、二分か。


 それほど長くはない時間だったはずだが、リリーにはとても長く感じた。それが過ぎると、アンは「いいわ。手紙にまつわる面白い話をしてあげましょう」と言ったのである。


「本当⁉」

「ええ。でもね、一つ約束してほしいの」


 アンはそう言いながら、リリーがいるほうとは反対のベンチの上に手紙の束を置く。


「何?」


 聞き返すリリーに、アンは再びリリーと向き合うと右手の人差し指を立ててこう言った。


「私が今から語ることが、本当か嘘か、現実か空想か、そういうことは聞いてはダメ」

「作り話ってこと?」


 するとアンは首をゆっくりと横に振る。


「その質問もいけないわ。その代わり、とても魅力的であることは保証しましょう」


 リリーはどうして祖母がそんなことを言うのか分からなかったが、何か刺激になりそうな話が聞けそうだったので、大きくうなずいた。


「話に興味があるから、してはいけない質問は絶対にしない」

「交渉成立ね。では、お話ししましょう。私が十代のときに起こった不思議な出来事を」

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