囚われの鳥

彩霞

第1話 祖母に送られてくる手紙

 上品なたたずまいのやしきが並ぶ、閑静かんせいな住宅地に、一軒のこじんまりとした家がある。


 外壁の仕上げに漆喰しっくいを用いているため、白い色が印象的なその家には、家庭菜園をするだけの小さな庭と、コンサバトリーが備え付けられていた。


 現在、ここに住んでいるのは三人。

 今年で二十三歳になるリリーと、彼女の祖母ある七十三歳のアン、そしてリリーから見て再従姉弟はとこであり、アンから見ればリリーと同じ孫に当たる、十七歳のアスランである。


 リリーがここへ来たのは、二か月ほど前。


 カレッジを卒業して社会人になったのは良かったが、リリーはすぐに人間関係をこじらせてしまった。彼女はまっすぐで、素直ないい子である。ただ正義感がちょっと強いところがあって、それが同僚のしゃくさわったらしい。


 しばらく波風立てずにやっていたが、災難は重なるものである。

 取引先との間でトラブルが起きると、リリーは同じチームの同僚から責任を押し付けられてしまった。


 もちろん冷静に対応すれば、事は大きくならずに済んだはずである。


 だが、怒りが爆発した彼女は、その勢いのまま会社を辞めてしまったのだ。


 友達は「それもありじゃん」とあっけらかんと言ってくれたが、両親は「もう少し我慢できなかったのか」と怒ったような心配したような様子で言う。


 それが毎日家で顔を合わせる度に言われるものだから、リリーは嫌になってしまって、逃げるように車で三十分のところにある祖母の家へ転がり込んだのだった。


 しかし、しばらくは安泰あんたいだろうと思っていたアンの元には、すでにリリーの再従姉弟はとこがいて、日々冷たい視線を送ってくる。


 ぶらぶらしていないで早く働きにいきなよ、というその目が、リリーには痛い。


 その上、アスランは祖母とのお喋りの時間を大切にしていたため、そこにリリーが入ってくるのが気に喰わったようである。彼女は六歳年下の再従姉弟はとこに、避難場所を取り上げられそうになっていた。


「はい、おばあちゃん。郵便来たよ」


 柔らかな日差しが差し込む、コンサバトリーの中にいたアンに、リリーが手紙の束を持っていく。

 するとアンは、グレーヘアに少し隠れた目元のしわを深めて、お礼を言った。


「ありがとう」

 

 それを見て、リリーは嬉しくなる。


 料理も家事もアスランより上手くできないリリーが、唯一役に立っている可能性があると思う瞬間だ。情けないと思うが、本当に自分よりも年下の彼のほうが色々とそつなくこなしてしまうので、リリーはここにいてもみじめな気分になる。


 その代わり、アンは特に何も言わない。

 リリーが何もできなくても怒らないし、注意もしない。何かしなさいとも言わない。


 でも、リリーには分かっている。

 それがアンなりの愛情ある待ち方である一方で、自分が一人の人間としてちゃんと認められ、そして試されているということを。


 アンはしわだらけの手でリリーから手紙の束を受け取ると、首にぶら下げていた老眼鏡をかけ、封筒の差し出し人を順番に見始める。リリーはアンの後ろに立ちながら、祖母の手元を何気なく眺めた。


 封筒の大きさは大小さまざまで、白くて素っ気ない封筒にきれいな字が書かれているものもあれば、淡いピンク色の封筒に可愛らしい小さな文字が書かれているものもある。


「ねえ、誰から来るの?」


 リリーは祖母が座っていたベンチの隣に座ると尋ねた。今時いまどきメールやSNSなどがあるというのに、わざわざ手紙を書く人がいるのが驚きで、どういう人が送ってくるのだろうかと気になったのである。

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