第127話 ミステリーダンジョン第1階層、早朝の殺人事件


 *2


 僕ら3人が居ることなど、お構いなしに、1人の刑事と1人の夫人こと老婆の会話が始まった。


 なるほど、僕ら3人は特別席で演劇を見る客と言ったところか。


 ────────



 「どうもどうも、朝早くすみません。3日前に旦那さんを亡くされたとか、お悔やみを」


 そんな刑事の言葉を無視して、老婆は満面の笑みで言う


 「コーヒーはいかがかしら? このあたりは、最近早朝の7時に工事をしていて、ゆっくりお話しできるのは、今ぐらいですから」


 いえ別にコーヒーを飲みに来たあわけじゃ──刑事が時計を見ると朝の6時55分だった。朝の7時からはこの近所で大がかりな工事が始まる。ゆっくり話せるのも、あと5分か。


 「旦那さんが殺された、早朝の件ですが──」


 老婆はまるで刑事の会話を遮るように、話を続ける。


 「マフィンはいかが? さっき焼きあがったのよ」


 「いえ、ですからコーヒーもマフィンも──わかりましたコーヒーを一杯下さい」


 刑事の言葉にまたしても満面の笑みで老婆は言う。


 「お砂糖は? ミルクは?」


 「──ブラックで」


 刑事が訝しげに老婆を見ていると、老婆の方から話してきた。


 「きっと、刑事さんは、私が話ができているのが不思議なんでしょ?」


 「え? ええまあ。他の刑事からは耳が不自由だと聞いてきたので、一応手話もできます」


 その言葉を聞くなり、老婆は手を叩いて喜びだした。


 「手話ができる刑事さんが来てくれるなんて嬉しいですわ。でもね、確かに耳が不自由でも耳が凄く遠いだけで、早朝の音が無い時は、少しだけ聞こえるんですよ。それに私は読唇術にも長けてますから」


 自慢げに話す老婆の姿は、寡婦の悲しさを隠す強がりにも見えた。


 「あの、つかぬことお伺いしますが、亡くなった旦那様はかなりの資産家だったそうで──」


 「ああ、それよりも、ブラックのコーヒーは、ホットにする、それともアイス?」


 「ではホットで」


 やはり刑事は寡婦の強がりに見えた。いくら旦那の遺産が手に入ったと言っても、早朝に金品目当ての強盗が侵入し、旦那さんを殺害。


 耳の不自由な老婆には銃声の大きな音など聞こえるわけもない。


 刑事は困り果て、気が付くとマフィンにも手を伸ばしていた。


 すると、老婆が刑事に擦り寄ってきて、晴れ晴れした笑顔で話す。


 「悲しい時は、こうやって話し続けるのが昔からの癖なのよ。それに、こんなシワクチャな婆さんだもの。会話が成立しないとか、長話になるなんてわかりきっているでしょう?」


 辛い時に辛い話を切り出さなくてはいけないのが、刑事の宿命だ。やはりここは──その時、やかましい目覚まし時計の音を遥かに超える、けたたましい工事の音が鳴り響いた。


 まさに大騒音だ。


 老婆は外の騒音に負けず劣らず、刑事に聞こえるように大きな声で言う。


 「ささ、ここは五月蝿いですから、できるだけ静かな2階にどうぞ!」


 刑事は思った、こんな辛いことがあっても、優しくしてくれるなんて、気の良い老婆なのだと。



 ────────



 目の前が暗くなった。どうやら、劇は終わりのようだ。


 「おいおい、なんだこれ? バリガチ犯人決まってんじゃねーか! 犯人は強盗の──」


 僕は思わず、リコの口を塞いだ。


 「な、バリガチ何しやがる!」


 「おいリコ! これはミステリーだぞ! ちゃんと犯人がいるんだから、推理しないと」


 「何が推理だ? そんなバリガチ面倒なことしていられるか!」


 どうやら、リコは頭の回転は早いが、じっくり時間をかけて推理するミステリーは苦手のようだ。


 僕も苦手だけど……。


 『ええ、お伝えするのが遅れましたが、ヒントは3回まであります。どうかじっくり吟味して、犯人を当ててください』



 「じゃあ訊くが。1つ目のヒントをくれ。老婆は本当に耳が聞こえなかったのか?」


 『早朝の音がない場所でなら、なんとか聞き取ることができると、本人が言っていました』


 「おい! それじゃあヒントになってねーだろ! まあいい。じゃあ次のヒントを教えろ。強盗に入られて殺された旦那だが、金品を取られた会話が無かったぞ。どう言うことだ?」


 『旦那を殺され寡婦になったので、悲しみのあまり、それどころでは無かったのではと思われます』


 鏡侍郎は、少し微笑し、最後のヒントを聞いた。


 「じゃあこれで、最後だ。刑事は手話もできるし、老婆は読唇術も使える、なのになんで、わざわざ2階のあまり五月蝿くない部屋に連れて行った?」


 『それは、刑事さんを気遣って──』


 「もういい。誰が犯人か判ったぜ」


 鏡侍郎は最後のヒントを訊かずに会話を遮った。

 しかも犯人が判ったそうだ。


 そういえば、鏡侍郎って子供の時から、ミステリー小説とか読んでたな、だったら、こんな問題、鏡侍郎にとってミステリーでもなんでもない、まさに早朝の朝飯前の問題ってわけか。


 『では、犯人をお答えください』


 「犯人は──老婆だ。理由は、耳が遠いのに、なんで早朝7時の工事が始まったら、刑事にも聞こえるような大声で話した? 耳がちゃんと聞こえなかったら、そんなことできないだろ。それに殺しについて聞かれた時に、全く関係ない話で、はぐらかしていたしな。つまり、早朝の7時の騒音と同時に旦那を殺したんだ。大方、旦那の遺産目当てで殺したんだろうぜ」


 『──正解! しかしこの問題は小手調べ。どんどん上の階に行くほど、複雑なミステリーになるのでお楽しみを。それでは』


 アナウンスが終わると、僕たち3人の目の前に、階段が現れた。

 そして僕たちは、階段を昇り上にいく。


 しかし、鏡侍郎がいてよかった。


 僕もリコと同じで、騒音の中で強盗がきて、旦那さんが死んだと思ったからだ。


 ふと鏡侍郎を見ると、頬を少しあげ微笑し、なんだか楽しんでいるようだった。


 あの鏡侍郎が笑うなんて血の雨が降るんじゃないか……僕は記念に鏡侍郎にバレないように、携帯電話の録画ボタンを押した。

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