第125話 ラーチャのご機嫌を取れ、【オーバー・シャイニング】


 *3


 「うらあ! いつもいつも自撮りばっかしてドープにウゼーんだよ! クスターナ!」


 ローザの拳打がクスターナの顔面を弾く!


 「あ、あ、アタシの顔が! 自撮りできなくなっただろ! ローザあああ!!」


 クスターナの張り手がローザの鼻に当たり、鼻血が飛び散る。


 「ちくせう! いつもいつも厚化粧してコスプレばっかしてるオバはんが! これでも食らえ!」


 ルクリルのジャンプ頭突きが、ラーチャの顔面の額にクリーンヒットし、ラーチャはよろめく。


 「な〜に〜が〜厚化粧のオバはんだ! このクソガキのルクリルが! テメーだって可愛く見せようと、わざと舌足らずキャラ演じてんの知ってんだぞ! なぁ! なぁ! なぁ!」


 ラッチャーの回し蹴りがルクリルの腹部に直撃し、ルクリルは悶絶する。


 見るに堪えないとはまさにこのことだ。


 お互いがお互いを罵り合い、殴り合いの泥喧嘩をしている。


 それを見て呵々大笑するグルタニー。


 能力無しの生身の戦いであるならば、ローザに軍配が上がるだろう。


 1人を除いて、みな同じ背丈だが、トレーニング量が違う。それに、1人を除いてと言うのは、ルクリルだけ、背が低く160センチも無いほどだ。


 この悪質極まりないバトルロワイヤルは、ピース能力を使えばすぐにケリが付くが、そこは敢えて殴り合いの喧嘩にしたところ、この男の性根の悪さが際立っている。


 と、その時である。急に曇り空から、太陽の光が除いた。


 「ま、まずい! 逃げないと!」


 なぜか日差しが照り付けると同時に、グルタニーは一目散に逃げた。


 その挙動に呼応するかのように、4人の酷い罵詈雑言の喧嘩も終わった。


 (なんだ? アタイはなんで喧嘩なんか? それよりもなんで敵が逃げてるんだ?)


 だが、逃げるという動作は、己が助かりたい、この場は危険だと言う合図である。


 すぐさま、ローザはラーチャにお得意のピース攻撃を繰り出すように言うが、ラーチャの顔は憤懣やるかたない表情になっている。


 それもそのはず、喧嘩の時の記憶は割っていないので、残っている。


 つまりルクリルが発した禁句である、若作りや、オバはんという言葉を全て覚えているのだ。


 ここは緊急会議しかない。

 あの逃げるグルタニーを確実に仕留められるのは、ローザのボックスでも充分だが、火力の面で言えばラーチャに軍配が上がる。なのでここは、どうしてもラーチャを煽てて、ご機嫌を取らなくては。


 「な、なあラーチャ。オメー最近ドープに肌艶が良くなったよな。何かやってるならアタイにも教えてくれよ」


 「いやいや、肌艶もそうだし、何か声に潤いってやつか? アタシには解るんだよ。なんだかんだ言って、若いやつってのは声に張りがあるもんだ」


 「えっと、えっと。ラーチャの可愛さは、こんぺきれーす!」


 ルクリルが喋るや否や、ローザは怒鳴りつけた。


 「オメーはラーチャから怒り買ってんだから、ドープに黙ってろ!」


 それを聞き、ちんまりするルクリルだった。元が小さい背丈なので、余計小さく見える。


 ローザとクスターナの大根役者以下のご機嫌取りに、今まで憤慨してそっぽを向いていたラーチャが、ローザとクスターナを一瞥する。


 2人とも、こんな煽てにまさかとは思ったが──そのまさかが起こった。


 「お前ら本当にそう思ってるのか? なぁ? なぁ? なぁ?」


 「もちろんもちろん! な? クスターナ!」


 「あ、当たり前だぜ! アタシが嘘をついたことなんてなかったろ?」


 「解ったよ。あの野郎をぶっ飛ばせばいいんだな? なぁ? なぁ? なぁ?」


 2人は安堵するとともに思い出す。ラーチャは師団の中でも5本の指に入るバカなのだと。


 『四獣四鬼しじゅうしき』に入れなかったのも、それが原因ではないかと、噂されているぐらいだ。


 つまり早い話が、煽てに弱いので、敵の煽てにもすぐに真に受けてしまうのだ。


 「お前らどいてろ、巻き込まれるぞ! それとも巻き込まれたいか? なぁ? なぁ? なぁ?」


 ラーチャが3人に注意喚起すると、ラーチャは瑠璃色に輝く『ゲイン』を溜め出した。そして3人はそそくさと、その場を逃げ出す。


 「誰にも私から逃げらねーんだよ! 【オーバー・シャイニング】! 『ズーム・イン』!」


 その瞬間、まるで『ロックス』のような閃光が当たり一面に広がったと思いきや、なんと逃げているグルタニーの真横にラーチャはいた。


 「死んで詫びな! 『シャイニング・ヒット』!」


 それは光速の拳打。

 そしてグルタニーがラーチャたちから逃げている距離は約500メートル。


 その500メートルの距離を光速で移動し、光速の拳打を放った。


 しかし、そこまでの速さの拳打を打てばラーチャの手も無事では済まない。が、無事だった。


 この能力は『条件型』であり、10分間なら光速で移動したり、その逆もできる。

 なので、縛りつきの能力ゆえ、光速での拳打でも、自分の腕は無傷なのだ。


 ただし、縛りつきなので10分間使うと、その後2時間のインターバルが必要になる。


 そしてグルタニーの場合はどうか。

 ラーチャが放った光速の拳打を割る前に、余りの速さで、空を切り裂く音すらなく──殴られ、顔面が飛び散り無くなった。


 そこまでやる必要ないのに……と、残りの3人は思っていたが、ラーチャ本人は清々しい表情を浮かべている。


 だが、1人だけ暗鬱とした表情を浮かべるものが1人。ローザであった。これからの旅を考えて、この3人と一緒にいなくてはいけないことに対して、クスターナ以上に鬱になっている。


 しかし、もう運命の列車は動き出してしまったのだ。


 シュセロが決めたメンバーであり、確かに攻撃、防御には特化しているが、まさか精神汚染系の技を使ってくる敵がいるとは、ローザ自身夢にも思わなかった。


 敢えて言うなら、ガルズ側ではないアース側のピース能力者を舐めていたのだ。


 ローザは1人溜息をつくと、強い酒を呷りたい気持ちを抑え──やおらタバコに火を点け、徒歩でアメリカ国境まで4人で行くこととなった。



 第4章・了  デッド・デイまで残り、40日と1時間。

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