第104話 陰陽の因果


 *4


 九条鏡佑が神子蛇灰玄にメールをした数十秒後である。


 突如、天より飛来する何かが、シェルルとローザの真上に落下した。


 それは紛うことなき、灰玄の姿であった。


 「キョースケ。貴様、5分の猶予を与えたが、灰玄を呼ぶ腹づもりだったか。だがピース・アニマは貰って行くぞ」


 「待ちなさい! それよりも、アンタとアタシの因縁の方が先でしょ!」


 「因縁か……確かに済まないことをしたと思っているが、襲ってきたのはそっちが先だぞ」


 「だからって、殺していい理由にはならないのよ!」



 ────神子蛇灰玄────



 まずは、この女の生まれた歴史から語る必要があるだろう。


 本名は天迅門てんじんもん灰玄かいげん

 生まれは幕末。



 かつて陰陽道において、封印された存在、木、火、土、金、水。その5つの流派を超越するてんの流派が存在していた。


 全ての流派の呪詛思念を会得でき、そして雷を支配する究極の陰陽師。

 それが天の流派、天迅門家なのである

 まさに裏の陰陽師の頂点に君臨する陰陽師なのだ。



 六曜にある仏滅。

 これは本来の意味を間違えている。

 仏さえ滅ぼす力を持つ天の流派。それが仏滅の真の意味なのである。



 そんな中で、灰玄の祖母に当たる霆玄ていげんは、単なる暇つぶしの座興で、土の流派に恥辱と汚名を着せた。

 その汚名を雪ぐ為、恥辱に塗れた砂帝すなみかど尭蘭ぎょうらんの孫である砂帝尭連ぎょうれんは天の流派に復讐を決意した。



 天の流派の武家屋敷は憤怒の念に燃え上がり、命からがら、幼児の雷馬らいまは嬰児の灰玄を連れて、逃げ延びた。


 そして、各々が素性を隠し、雷馬は木の流派の臥龍理空りくうに弟子入りし、灰玄は水の流派の大堂庵だいどうあん雪刃せっぱに預けられ──名も変え、雷馬は臥龍雷馬、灰玄は大堂庵灰玄に改名することになる。



 灰玄には兄弟子がいた。大堂庵仙豪せんごうである。二人は雪刃の元で水の流派の呪詛思念と波動思念を体得し、そのまま静謐な生活が続くと思われた。


 だが、砂帝尭連は、根絶やしにしたはずの天の流派の忌み子が、水の流派に匿われていることを知った。


 知ったのは、雪刃の教育で、女でも尼僧と同じく頭を丸めるものだった。



 出家の齢は15歳。そして15歳で灰玄の頭を丸めた時に、天の流派の特徴として男女問わず、生まれた時から鬼子である後頭部に、一本の逆さ向きに生えた角があるのが発覚してしまった。


 この発覚によりすぐさま、砂帝は灰玄を捕えると、鳥取にある日本軍大本営の基地に幽閉し、雷馬も生存しているのかの是非を問うため拷問をする。



 だが、そのことを知った雪刃は、木の流派・臥龍理空、火の流派・鳳翔宮ほうしょうぐう剣炉けんろ、金の流派・不色院ふしきいん白崋びゃっかの三名を引き連れ、何と四人だけで鳥取の大本営基地を壊滅させ無事に灰玄を救出したのだ。



 後にこれは、裏で『四行説よんぎょうせつの変』と呼ばれ、裏の陰陽師の恐ろしさを改めて日本が知ることになる。

 そして、明治3年陰陽寮は廃止。

 天社禁止令となる。

 砂帝尭連はこの陰陽寮の廃止により官職の地位を失う。



 そして、歴史から裏の陰陽師は消され、表の陰陽師だけが残った。


 しかしそれに縋っていた砂帝は、明治政府から追放され流浪の身となり、見るも悲惨な惨憺たる姿になり果て、他の陰陽師までも憎むようになり、全ての陰陽師を殺すため『禁絶諸刃きんぜつもろはの呪詛思念』に手を出した。



 この呪詛思念は、自らの命と引き換えに己の持つ限界を突破する三大怨霊も凌ぐ、呪詛の力である。



 だが、まず雪刃を殺そうと画策していた砂帝を、剣炉も『禁絶諸刃の呪詛思念』を使い撃破。

 しかし雪刃と恋仲であり、灰玄が父のように慕っていた剣炉の死は、彼女の心に深い闇を残した。



 そして時は過ぎ、西南戦争が勃発すると、雷馬は子飼いの三人、緑猪りょくい青牛せいぎゅう赤熊しゃゆうを連れて、天下一統に乗り出す。



 それを、阻止せんと理空は、雷馬を止めようとするが雷馬の『呪詛思念』である『呪名縛じゅめいばく』の呪詛により、本来の名を仮の名前にしなくてはいけない呪いにかかる。


 これは末代まで続く呪いであり、もし、本来の名を使うと絶命してしまう。


 そして、臥龍家は、本来の名を仮である片仮名に変えることで延命に成功する。理空もリクウに改名することで、臥龍家の血は絶えずに済んだのだ。



 そして、西南戦争でも、最も激化した紫原の戦いで、雷馬と子飼いの緑猪、青牛、赤熊が暴れる中で、それを止めに入った雪刃、リクウ、白崋、仙豪、灰玄は恐ろしいモノを見る。



 死んだはずの尭連が凄まじい怨恨で現世うつしよに大怨霊として黄泉よみ帰った。

 そして大怨霊と化した尭連は、嵐吹き荒ぶ紫原の大地を樹海にする、まさに樹海魔じゅかいまとなった大怨霊が、あろうことか戦艦に取り憑き、樹艦魔じゅかんまになったのだ。



 これにはさしもの雷馬も苦戦を強いられ、雷馬の三人の子飼いは戦死、他の流派も散り散りとなり生存の確認はできず、灰玄を殺そうとした異形の姿に変貌した尭連の一撃を、雪刃が庇い戦死。そのまま灰玄も海に落ちて意識を失う。


 暴れ狂う大怨霊となった尭連は、次に雷馬を殺そうと強襲するも、雷馬も『禁絶諸刃の呪詛思念』で自らの命と引き換えに応酬し激闘の末、尭連を撃破。

 しかし、雷馬は自身にもかけた『禁絶諸刃の呪詛思念』の呪詛で死亡。


 互いに、紫原での激戦地で相打ちになり、両者は戦死する。




 そして意識を取り戻したのは、種子島から、少し離れた人口200人ほどの種蛇島たねだしまだった。

 村民は、灰玄の容姿が螺蛇羅らじゃらが人の姿になり、顕現した時の絵画によく似ていたことから、その顕現した時の名前である神子蛇という名前で敬った。



 灰玄は最初こそ否定的であったが、敬愛する雪刃様の分まで生きようと、波動思念を使い、その島の村民の病や怪我を治し、益々、敬われる存在となる。


 そして140年ほどが過ぎ、灰玄は海でとあるカプセルを拾う。


 それは『ミラーリング・ゲート』から飛ばされたきた『Nox・Fangノックファング』が所有するゼイデン・エピジェネティクス・カプセルである。



 このカプセルには細胞老化を防ぎ、不死に限りない力を与える、まだ改良中のアルシュレッガの髄液と称されるナノマシンが入っていた。そのカプセルを灰玄は開けてしまい改良中のナノマシンを、灰玄は体内に摂取してしまう。すると肉体がナノマシンの自己修復機能により全盛期の肉体に自己再生をし、不死に近い体を手に入れたのだ。



 さらに、このカプセル内には、どんな環境でも生存できる巨大なモンスターの卵も入っており、その卵が海に落ちて、海に適応した巨大な蛇の化け物、螺蛇羅が誕生する。



 このモンスターは生命兵器実験で、もう一つの宇宙である、地球によく似た惑星──『Nox・Fang』のメンバーの故郷でもあるガルズにある、クーロンヘイズがバルルマヌルと呼び巨大生物実験場としているモンスターと同じであったのだ。



 そしてこの貴重なカプセルを求めて、シェルルとローザはこの種蛇島に上陸し探索したが、西洋人に似たシェルルを見た村民は、島に危害を加えようとするものだと勘違いをし、攻撃を仕掛ける。



 だが、必死の抵抗も虚しく村民は逆に殺されてしまう。師団の掟で子供は殺さないという掟を2人は守ったが、子供が老人を庇ってしまい、島の子供全てが死んでしまったのだ。



 灰玄は海にいて、自分の肉体の変化についていけず、島で行われていた、残虐な行為を見落としてしまった。だがすぐに気がつき島に戻ると、村民全員の死体とシェルルとローザが佇立している姿を見た。



 すぐさま、灰玄はシェルルとローザに戦いを挑むが激戦の勝敗は付かず、2人は作戦を練り直すために『ロックス』でホームまで帰還。残された村民の死体を灰玄は泣きながら、1人、また1人と、大事に埋葬し灰玄は誓った。この島は自分が死ぬまで守り抜くと。




 その後、メディアでは蛇神信仰が盛んに行われ、種蛇島に大学教授や研究家などが殺到するが、灰玄は島を荒らすなと言わんばかりに、殺し尽くし、いつしか呪われた蛇島という扱いをされていた。


 そこにまた臥龍リンと九条鏡佑が来ると知り、殺害を企てるも、ローザの妨害により失敗した。



 ────そして現在に至る────


 灰玄の怒りを見たシェルルは、今度こそ、お互いの因縁にケリをつける時だと思い、ゆっくりと漆黒の軍服コートから『ロックス』を取り出し──『Nox・Fang』のホームである木多林大学病院まで移動した。

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