第103話 突然の来訪者と、嫌な予感


 *3


 「ちょっと待ちなさいよ、そこの大量虐殺者!」


 灰玄の声だ。


 しかもかなりご立腹な様子であります。


 その罵声を浴びせた相手は、シェルルだった。


 「ふん。灰玄か。まさかこんな場所で出会うなんてな。何がお望みかしら、ここで殺戮ショーでも始める気なの?」


 「いや、場所を変えて──」


 「ごめんなさい。今日の私はアンタに構ってあげられるほど暇じゃ無いのよ。とにかく、チャパラストゥルの書とオロメトンを同時に回収できることが解ったから、回収次第、アンタを殺してあげる。それじゃあ」


 言って、『ロックス』で消えるシェルル。


 きっとアジトに戻ったのだろう。

 だが、灰玄の腹の虫は治っていないようだ。


 何せ、いつも冷静沈着な灰玄が、声は荒げないが、怒張した額が怒りの念を、物語っている……。


 「き、鏡佑! アタシについてきなさい!」


 「は、はあ……」


 言われるがまま、到着した場所は、以前、心絵に無理矢理ご飯を奢らされた、中華料理店だった。


 どうやら、灰玄は中華料理が好きらしい。


 「お、おい灰玄。こんな高いお店に来て大丈夫なのか? 僕は500円ぐらいしか手持ちが……」


 シェルルから貰った3万円は黙っておいた。

 つくづくお金に取り憑かれたやつだ。

 というかそれは僕だ。


 「いいわよ! 今日はアタシの奢りだから! ああ! もう腹が立つ! ちょっと! ラーメン30杯と餃子50皿! あと炒飯10皿とエビチリ15人前! それと、この子には、何か適当なコースメニューね!」


 「は、はい! 解りました!」


 だからさあ……陰陽師ってフードファイターなの?


 いくら何でも多すぎない? 心絵も──ああ、そういえば鰐ヶ淵はもっと食べるとか言ってたな。


 つーか本当に食べすぎでしょ……腹が立つ前に腹を壊すぞ。


 だが、1時間ほどでペロリと平らげてしまった灰玄。


 気がつくと、その食べっぷりに、オーディエンスが出現する次第出会った。


 そして最後のラーメンの汁を全部飲み干すと、店内で拍手喝采の大嵐が巻き起こった。


 料理を作った店主さんも拍手している。


 ここは空気を読んで、僕も一応拍手しておいた。


 「それで、鏡佑。アンタに質問があるわ。あのシェルルとかいう大女とは知り合いなわけ?」


 「まあ知り合いってほどじゃ無いけど。僕もあいつから命を狙われてる立場だし……」


 「アンタがあいつから? アッハハハハ! 今の冗談で腹の虫も治ったみたいね」


 信じてないな灰玄め。まあ今は『波動消覇はどうしょうは』で、思念気を隠しているからだと思うが。


 「まあいいわ。お腹も腹八分目になったし。いいこと? もしまたあの大女に出会ったら、すぐにアタシの携帯に連絡すること。ちゃんと携帯のGPS機能も付けておきなさいよ。解った?」


 「お、おう」


 言って──灰玄もシェルル同様に颯爽とお会計を済ませると、夜のしじまならぬ、夜の繁華街に姿を消した。


 さてと、僕も帰るか。





 ────翌日



 臥龍の店で店番をしていると、速達便が届いた。


 昨夜のチャパラストゥルの書である。


 随分と早いな。


 中身を見たいが、臥龍がいないからな──とりあえず臥龍に届いたことを携帯で連絡しておくか。


 「あっ。臥龍さん。昨日のお茶なんちゃらの本が届いたぞ」


 「何いいいい!! 今すぐ行く!! 絶対に中身を開けるなよ!」


 臥龍の焦りっぷりは尋常ではない。


 そんなに歴史的価値があるのか? しかも4億の本だぜ?


 その後、なんと臥龍は、10分もしないうちに店に飛んできた。


 「はぁはぁ! 本が、やっと俺の物になったぞ」


 「よかったですね。4億のエロ本が手に入って」


 「だからエロ本ではない! チャパラストゥルの書だ! アベレージな学生の九条君には、この価値が解らないのか?」


 「うーん。絶版の漫画の方が価値があると思う」


 「もう君は喋るな」


 「へ〜い。解りやした〜」



 臥龍は瞳を輝かせながら、ダンボールを開き、縦横50センチはあろうかという、小さな無数の宝石のような、瀟洒な飾りまでついている本を取り出した──が、開かない。


 糊付けされているかの如く開かない。


 「うおーう! これは何なんだ?」


 その時である。店のインターホンが鳴った。


 こんな場所に訪れるのは、心絵ぐらいのものだろう。


 いや、心絵はインターホンなど鳴らさない。


 ではいったい誰だ?


 僕が、恐る恐るドアを開くと、シェルルとローザが立っていた。


 ローザは僕を睨んでいるかと思いきや──なんだか少し怯えているような雰囲気を感じた。


 というか、何だろう?


 そして開口一番、シェルルは臥龍に言った。


 「命が惜しければ、そのチャパラストゥルの書とオロメトンを我々に返せ。そのピース・アニマは2つで1つ。唯一『ミラーリング・ゲート』を開く物なのだ。そして元々は我々の物でもある。5秒で決断しろ。この場で死ぬか、ピース・アニマを引き渡すか」


 ヤバいぞヤバいぞ。


 あっそうだ! 灰玄に助けてもらおう!


 臥龍はローザの恐ろしさをよく知っている、だから今は──っておい!


 臥龍のやつ白目むいて失神してやがる!


 どこまでも使えないやつだ。


 「解った! そのピース・アニマは2つとも返す。その代わり、5分だけ時間をくれ!」


 「解った。5分だけだぞ」


 よし!


 僕はすぐに灰玄にメールをして、臥龍の店の前に大女がいると、メールで送信した。

すると、15秒ほどで、返信が来て、すぐに向かうとメールの文章には書かれていた。


 つーかレス早くね?


 まーいいや、この化け物のシェルルには、化け物の灰玄が何とかしてくれるだろ。


 なんか因縁があるっぽいし。


 でも何か胸の奥で、途轍もない嫌な予感が早鐘が如く、鼓動を打ち鳴らすんだよな……。

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