第92話 患者にも病院を選ぶ権利がある


 *1


 今、僕はとある救急車に乗せられ、真夜中の道路を大音量の中で爆進している。こんなことになるなんて夢にも思ってなかった僕は、心の中で今頃は、家で深夜アニメでも見てから、シャワーに入っていることを想像していた。


 救急隊員の人が僕に何度も、「大丈夫ですか?」と尋ねる。


 大丈夫だが、強いて言えば、今日の──もう日付は変わってしまったが、深夜アニメを僕の家の鍵を渡すから、録画して欲しいことだ。


 なんで、救急車に乗ってるかって?


 説明しよう。


 それは全部ビビの所為だ!





 ♢ ♢ ♢ ♢




 夜の21時か、ずっと追いかけているアニメが今日から新展開になるんだよな〜。


 もう楽しみ過ぎて、ゲームも漫画も手に付かないよ。


 お菓子は別だけどね。


 てなわけで、お菓子を──あああああ!!


 そうだ! ビビに僕のクッキー全部あげちゃったんだ!


 マジかよ……お菓子を食べながらアニメを見ようと思ってたのに。


 でも、大丈夫。


 なんと僕には魔法のマジックアイテム……いやこれでは意味が二重になる。


 最近、アホな連中とばかり関わってきたから、アホがうつったか?


 とにかく、僕には魔法のアイテム、いつでもお菓子が食べられるゴミ屋敷──じゃなくて、骨董品店の鍵を持っているのだ。


 平たく言えば臥龍の店の鍵だが。


 臥龍の顔は平たくないけどね……。

 暑苦しい顔だけどね……。


 まあいいや、とにかく臥龍の店に行けばビビがいるから、24時間冷房完備のお菓子食べ放題の店に早変わりなわけである。


 臥龍がいない夜限定だけど。


 よし、そうと決まれば行くしかない。


 僕は家から臥龍の店まで歩いて10分ほどなので、『波動脚煌』は使わずに、徒歩で行くことにした。


 しかし徒歩でも早く歩けるようになったな。


 まるで競歩だ。


 多分、早くお菓子が食べたいと言う欲求から来ているのだと思うが。


 「お、もう着いた」


 ガチャリと、夜に臥龍の店のドアを開ける僕。


 なんだか不法侵入しているみたいだ。


 そんな少しだが、うしろめたい気分を残し臥龍の店に──


 「おお! 涼しい! なんて楽園なんだ。そしてビビの奴、良い思いしやがって。つーか、ビビはどこだ? また猫の姿に──ブッハ!!」


 天井から何かが落ちてきた。


 しかもかなり重い。


 300キロぐらいかな?


 並の人間だったら死んでるぞ!


 「痛ってえなあ。なんだ?」


 僕がその重さの正体を見ると、ブクブクに太った猫だった──いやビビだった。


 こいつもしかして──いや漫画じゃないんだから、いくらなんでも、食べたら食べた分だけ太るなんてことは──


 「あ……モヤシ野郎……だビビ」


 「太っちょのお前に言われたくねーよ。ていうか、お前の体どうなってんだ?」


 「ちょっと……待つビビ……」


 言うなり、僕の目の前で、見る見る小さくなっていく300キロの巨体の猫。


 と、そんなことを考えていたら、1分ほどで、いつもの姿になったビビであった。


 って、なんでだよ。


 「お前の体。どうなってんだ?」


 「俺も自分の体がどうなってるのか知るために、どれだけ食べたら自爆するのか実験してたビビ」


 「自爆って……ヤケクソになった第二形態の人造人間かよ……てかおい。まさか、そこまで食べたってことは、お菓子はもう──」


 「大丈夫だビビ。まだ残ってるビビ」


 そう言って渡されたのは、錆びついた缶に入っている缶パンだった。


 「え? これだけ? 本当にこれだけの?」


 「大丈夫だビビ。コーヒー味だビビ!」


 「そう言う問題じゃねーよ! これしかお菓子はないのかって訊いてんの!」


 「当たり前だビビ!」


 「威張って言うんじゃねーよ! しかもこれ、賞味期限切れじゃねーか! もう5年も前のもんだぞ!」


 「大丈夫だビビ! 加熱済みって書いてあるビビ!」


 「だーかーらー! そう言うことじゃなくて!」


 「あっ! そろそろ始まるビビ!」


 「何が始まるんだよ!」


 「なんか面白い深夜アニメがあるって、ネットで話題になってるやつだビビ!」


 言いながら、二階に駆け上がるビビであった。



 なんだかなあ……猫の姿でネットだなアニメだのって言われても……あああ!!


 もう夜の11時だ!


 11時30分から始まるんだよ! アニメが!


 は、早く帰らないと!


 そして、僕はポケットに賞味期限切れの缶パンが入っているのに気が付かずに、自宅に戻った。


 なんとかアニメが始まる10分前に着きました。


 てかさあ、この賞味期限切れの缶パン……本当に食べられるのかな?


 でも、もし死んだら……いやいや缶パン如きで死ぬわけないか。


 僕は恐る恐る、缶パンを開けてみたが、別段腐っているようには見えない。


 ものは試しだ。


 ええい! ままよ!


 そう言って、自分を鼓舞して缶パンを一口……お、結構大丈夫じゃん。


 そして、もう一口。


 うん、なんかボソボソしてるけど平気、へい──う、気持ち悪い。


 なんだこれ、お腹痛い。


 なんか吐き気が──これ、毒でも入ってんじゃねーか?


 とにかく救急車を──


 そして救急車の番号に電話をして、5年前の缶パンを食べたら、吐き気や眩暈や腹痛が酷いことを訴え、すぐに救急車が到着し、救急隊員の人にタンカーで運ばれた────




♢ ♢ ♢ ♢




 そして今である。


 「受け入れが大丈夫な病院が決まりましたよ」


 救急隊員の人の声だった。


 「どこですか?」


 「木多林大学病院です」


 「え?」


 木多林大学病院──悪い噂が絶えない病院だ。


 あの病院に行ったら殺されるだの、レビューを見ても星が1.2と言う最悪の数字を叩き出している。


 夜な夜な怪しい実験をしているだとか。


 昼間なのに先生がボーッとしてオペをしているだとか。


 必要もない薬をガバガバ処方するだとか。


 とにかくヤブ医者の巣窟なのは間違いない。


 だから僕は言った。

 もう決まったことなので、無駄だと知りつつも言った。


 「その病院だけは嫌だあああああああああああ!!!!」


 クソッ! ビビの奴ううううううう!!


 覚えてろおおおおおおおおおおお!!

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